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わからない。

 ある日のこと。

 エドワードたちは、とある酒場で夕食を食べていました。すごくおいしいよ行くべきだよ、と地元住民に熱く勧められたからなのですが、

「この時間帯は避けるべきだったかな……」

「そうかもしれない」

 エドワードは少し後悔していました。ジークも同様のようです。

 なぜなら、近くの席でお酒を飲んで酔った人々が、下品な話を結構な声量でし始めてしまったからです。食事中に限らず近くから聞こえてくる話として決して面白いものではありませんし、そのような話を強く嫌いそうな人とエドワードは一緒にいます。不愉快な状況です。

 まあエドワードの心配の対象である怜は居づらさを感じている様子もなく普通に食事を進めているのですが。魚がおいしいのでしょう、嬉しそうな顔さえしています。

(聞こえてないんだな……)

 エドワードは少し安心しました。安心したので、それをジークにそっと伝え、あとは「聞こえない、聞こえない……」と自分に言い聞かせて食事を続けました。そのうち、問題の客たちからはエドワードには意味の理解できない言葉も出てくるようになって、無いもの扱いをするのが逆に楽になりました。おいしいご飯を楽しむ余裕が増えました。

 エドワードのお皿の中身が三分の二なくなった頃、

「触るなって言ってるでしょう!」

 近くで女性が大きめの声を出しました。ぺちん、と何かが叩かれた音も聞こえました。問題の客の一人が給仕の女性にちょっかいを出して、その女性が注意したのです。

 店員の声は問題なく聞こえたようで、怜が顔をそちらに向けました。そして少し眉をひそめました。酔っぱらいたちに気が付いたようです。

 その後、怜は周囲を見回してから言いました。

「お酒いっぱい出る所にしては想像してたのより静かだと思ってたんですけど、みんな結構騒いでたんですね……」

 どうやら怜は、エドワードを不快にさせた人たちに限らずいろんな客の声が聞こえていないようです。この街の人はお酒を飲むと開放的になりやすいのかもしれません。

「単語だけじゃなくて、発言丸ごと聞こえない人もいます」

「へえ。それはいいね」

 と怜に言いつつ、周囲の客に対して「なんてやつらだ……」という思いを強くするエドワードでした。

「そんなに、品のない話が飛び交ってるんですか」

「どうだろう。いちいち聞き分ける気にならないよ。でも、そこの人たちのはよく聞こえてきて参ったよ」

 件の客たちは今は特に問題のない話をしています。怒られたのが効いたのでしょうか。

「あんなに賑やかい人たちだったんですか」

「うん。あの人たちの声も全然聞こえなかった?」

「ときどき笑ってるのは聞こえてました。笑い声が聞こえる程度の大きさで喋ってるんだと思ってました」

「そっかあ。そうだったら良かったのになあ」

 そうであればエドワードにとってもジークにとっても今夜の食事はとても良いものとなったでしょうに。

 数分後、お皿を空にしたエドワードがお茶(これもおいしい)をゆっくり飲んでいると、離れた席から怒鳴り声が聞こえました。どうやら客の中年男性二人の間で揉め事が起きてしまったようです。よくそんなに相手を悪く言う言葉がぽんぽん出てくるなあ、とエドワードが感心してしまう程に罵詈雑言の応酬が行われています。自分の正当性を主張することはなく、ひたすら相手を貶しています。語彙は豊富ですが程度の低すぎる喧嘩です。

 あんなになるならお酒なんて飲むものじゃない。エドワードはそう思いました。

 酔っぱらい二人など見ていても面白くもなんともないのでエドワードはすぐに興味を失ったのですが、約四十秒後にまたそちらを見ることになりました。一際大きな音が聞こえてきたからです。怜を含めて喧嘩に気付いていなかったか気にしていなかった客たちも驚いたように音の発生源を見ました。

 うるさかった酔っぱらい中年二人が床に倒れています。何かが起きた現場に店員が慌てて向かいました。

「今のはすごかった」

 ジークが言いました。彼は何かを目撃したようです。

「何があった?」

「あのみかん色の人が倒した」

 うるさい二人は周りの客がなだめても喧嘩をやめず、それに怒ったか呆れたかした人が実力行使で二人をおとなしくさせたのです。

「何かの達人だと思う」

 ジークが見たものをエドワードは興味深く聞きました。怜はあまり関心がなさそうな顔で一応聞きながらご飯を食べていました。

 その後は特に問題を起こす客は現れず、エドワードたちは平和に店を出ることができました。


◇◆◇


 こんなこともありました。

 ある大雪の日に宿で過ごしていた時のことです。

 エドワードが自分一人の部屋でうつらうつらしていると、本を手に怜が訪ねてきました。宿の人に借りた小説の内容がわからないので教えてほしいとのことでした。

 眠気がどこかに行ったエドワードはにっこり笑って「いいよ」と言いました。

 怜は本を開くと、ある単語を指差しました。

「この『いるとこあむ』ってどういう意味ですか」

「この場合は……『悪い色男』ってところかな。悪魔の名前だよ」

 罵倒に用いられますが、褒める気持ちもそれなりにある言葉です。エドワードは意味のついでにその悪魔の話も怜にしました。

「そうなんですね。この人にぴったりです」

 知らなかった言葉の意味がわかって嬉しそうにした怜ですが、問題はまだあるようでした。怜は何ページも一気にめくりました。本のだいぶ終盤へ飛びました。

「この辺りからここまでは何度読んでも何が起きてるかわからないんです。知らない単語がちらほらあるのと、表現が不思議っていうかぼやーっとした感じのが多くて、そのせいか文章が頭に入ってこなくて……」

 怜が理解できないという部分は九ページにも渡っていました。エドワードはざっと見て、ところどころの単語や台詞で怜が困った理由を察しました。が、すぐに、怜は本を多く読んでいるし十年間も学校に通って学んでいる身であるというのに、エドワードに聞きにくる程に内容を理解できないのは変だと感じて、違う理由に思い至りました。

 何にせよ飛ばしていい場面だと思ったのでそれを言おうとして……もしかしたら何か重要なことが書いてあるかもと思い直して、ちゃんと読みました。主人公の女の子のことを相棒の男の子がとても好いていることはよくわかりました。怜が理解できた部分も確認したところ、いかに愛しているかしっかり書かれていましたので、理解不能なところはそのままでよいだろうとエドワードは判断しました。

「どんな場面かわからないのは、レイちゃんに聞こえない言葉があるのと原因は一緒かもしれないよ。……大人向けなことが書いてあるよ。重要そうなことは何もないからわからなくても大丈夫じゃないかな」

 エドワードの言葉を聞いた怜は五秒ほど経ってからわずかに顔を歪めました。

「そ、そうですか……ごめんなさい」

 謝罪の言葉が出てきました。

 つまりは怜はこの本のような文章を読んだ時、具体的なことや、国や地域の文化特有のことは知らないで理解しきれないにしても、何の場面か気付くくらいの知識はやはりあるのです。今の怜は成人向けやそれに近しい文章に対して雰囲気すら読み取ることが困難になっていると見ていいでしょう。

 怜は急いで本を閉じてエドワードにお礼を言うと、逃げるように部屋を出ていきました。その少し後、左隣の部屋の戸が開いて閉まる音が聞こえました。怜が動かしたにしてはせわしい音でした。少しばかり冷静さを欠いているようです。

 一人になったエドワードは安堵して体の力を抜きました。怜の疑問に答えるにあたって失敗しなかったと思ったからです。自分が怜に対してあのような話をするのは慎重さが求められることと感じていました。性別が違って、年齢が違ってついでに微妙な年頃で、仲良くなった感じはしても親しい友人というわけではなく、それなのにずっと一緒にいる相手とはしにくい話でした。



 その夜のこと。エドワードはジークに、怜と本の話をしました。

 ジークに話すことではないと思っていたのですが、宿の温泉に浸かっているうちに気が緩んで「話してみるかー」という気分になったのです。

「暴言とは違うし、全体的に柔らかい文章だったし、別にいいと思うんだけどな。まあレイちゃんはああいうのは女子向けに書かれたやつでも避けそうだけど……」

「レイの国はそういうのは十八歳からだって神様が言ってた」

 エドワードとジークの故郷であるニールグ王国では十六歳からです。結婚も十六歳から可能です。そして実は、挿絵についての条件を満たす小説だと十四歳から「まあ良いでしょう」と許されます。でも描写の割合が高いと挿絵が一切無くても許されません。

「へえ。じゃあ読めちゃだめなくらいだったのか」

「声みたいに遮られればレイにもエドにも良かったのにな」

「うん」

 遠回しな表現が多かったから遮断されなかったのかも、とエドワードは思いました。


◇◆◇


 魔王を倒した翌日の午後のこと。

 三人はミール村の教会の庭でゆるゆると過ごしていました。怜が昔の出来事について思い出したことをぽつぽつと話し、それをエドワードとジークが聞いてたまに質問します。

 怜は自分に認識できない言葉についても話しました。

「私って一部の言葉がわからないじゃないですか」

「うん」

 この日までに、怜には「聞こえない」と「文章を読んでも意味がわからない」に加えて「そもそも読めない」ことがあるのがわかっています。「読めない」は何か書いてあることだけしかわからないという状態です。先頭の文字が何かすら理解できません。

「あれ神様が親切っていうより、私のお母さんの要望を受けてだと思うんです」

「どういうこと?」

「私、前に来た時は全部の言葉がわかったみたいなんです。それでお母さんが神様に怒って……」


■■■


 ある年のある日の夜のこと。

 小さな怜は宿屋の一室にいました。そこで、母の旅の仲間であるお兄さんお姉さんたち――昔の勇者一行――と、しりとりを始めました。母のみどりは参加せず、怜をたまに助けます。

 最初にうっかりしたのはエレックでした。次に脱落したのはローズだったのですが、その直後、怜が幼児には難しい言葉を出しました。

 日本語で表現すると、

 アーロン「見取り図」

 ローズ「頭巾。あっ」

 みどり「怜、“ず”だよ」

 怜「ずかんそくねつ」

 といった感じです。

「わあ。レイちゃん、難しい言葉知ってるね」

 ソフィアが褒めるとレイは「うん!」と得意げに頷きました。

 それから三周した後にソフィアが撃沈して、残るは怜とアーロンとなりました。二人の勝負はなかなか終わりませんでした。アーロンが日本語でいうところの「る攻め」のようなことをしても怜はぽんぽん返しました。

「どうなってるんですか、この子の語彙は」

 言葉が尽きてきたアーロンがみどりに尋ねました。

「普段は幼児そのもの――いや結構発達してますけどそれでも子供らしい言葉を話すのに、今は立派な大人のようです」

「神様が教えてくれたからいっぱい知ってるよ。でも他人が使うの聞くまで意味がわかってないのが大半で、今はまだおしゃべりする時にはなかなか出てこないの」

 日本語でたとえると、「快晴」という単語を知っていてもそれが何を表すのかは知りません。空の状態であることすらわかっていません。誰かが空を見上げて「今日は快晴だね」と言えばその意味を理解して「うん」とか「ちがうよ」とか言います。そこで習得するかと思えばそうではなく、適切な場面で自分から「快晴」を使うようになるまではしばらくかかります。

「“言葉を聞く度に辞書引いてる”って考えるとわかりやすいかな」

 辞書を引けないこともあります。商品名などの範囲の狭い呼び名が特にそうです。「きぞく」と初めて聞いたとして、それが芋のこととはわかりません。これは至って普通のことですね。

 でも結構充実している辞書なので、見たことも聞いたこともなくてもある程度の情報を得る単語がわりとあります。例えば「王城の庭でマリアブルーが所狭しと生えてたよ」と言われると怜は「王様が住んでるお城のお庭にお花がいっぱい生えてる」と理解します。なお「砂糖四の二号」と言われると「青い花」ということまでわかります。

「神様仕込みだなんて強敵すぎる……」

「うっかりしないわけじゃないからね。それにそろそろ、ね」

 みどりは怜の味方なのではっきり言いませんでしたが、アーロンには伝わりました。そろそろ怜が眠くなってくる時間なのです。

 アーロンはしりとりを再開しました。

 ローズが怜を応援しながら、怜の髪の毛をいじり始めました。小さな三つ編みを作っていきます。

 早々に負けてかなり暇だと感じていたエレックが怜より先にうとうとし出した時、それは起きました。

 怜が悪気は一切無くアーロンに向けて罵倒語を発しました。よりにもよってアーロンのような落ち着きある男性を貶す時に使われる言葉でした。

 アーロンはしりとりだとわかっていても硬直しました。前もって事情を聞いていたのですぐ平常を装えるくらいに復帰しましたが。

「今、何かすごいこと言わなかったか?」

 エレックが顔を上げて仲間たちに尋ねました。

「ちびっ子が言うこととしてはすっごい威力だった」

 ローズが手を止めて答えました。

 ソフィアは知らない言葉だったので黙っていました。

 お姉さんお兄さんたちが変な空気を醸し出すので、怜は「あれ? れい、まちがえた?」とか思っていました。

 みどりはというと、娘の突然の暴言に驚いた後、怒った顔になって「さーとーうーくーんー」と言いました。それは仲間たちには意味不明な言葉でしたが「あの野郎」的な雰囲気を彼らは感じ取りました。

「……怜。それは悪い人が使う言葉だから、言っちゃだめ」

「はーい」

 みどりは日本語で怜に言いつけました。この時は怜の魔法に対しての耐性よりみどりの魔力の方が強かったので、怜は魔法にかかりました。

「さっきのはだめだから、別のこと言って」

 みどりに指導されて、怜は少し違う(辞書の並び的に近い)言葉を言いました。

「……あっ」

 よく考えずに言って負けました。



 仲間たちがそれぞれの部屋に引き上げた後、みどりは荷物からメモ帳と青色のボールペンを取り出しました。そして少々乱暴にペンを動かして文章を書きました。書き終わると用紙をメモ帳から離し、それを折り畳んで怜に持たせました。

「これを神様に持っていってね」

「うん」

 怜は預かった手紙をなくさないように、すぐに小さな鞄にしまいました。この鞄は康一が用意したものです。布を縫い合わせてちょっと刺繍しただけのものですからそんなに丈夫ではありませんが、怜が手紙を運ぶのに使う分には十分上等なものでした。たまに怜が拾った綺麗な石や葉っぱが入っています。

 怜はその晩はみどりと一緒に寝て、翌朝ローズ一行が宿を出立する前に別れました。

 宿で目を閉じた怜が三十秒後に目を開けると、彼女は佐藤神社の玄関にいました。目の前には神と康一がいて怜を見下ろしていました。

 怜は靴を脱ぐ前に、みどりから預かったものを神に渡しました。神は手紙をその場で読み、「しまった」と呟きました。

「どうかした?」

 康一が尋ねると、神は無言で彼に手紙を見せました。

「……あー……。これは良くないね」

「うまくやれたと思ったのに……どーしよ」

 大人と同じように覚えさせたのでは発達に支障が出るかもしれないと思って、神なりに苦心して幼児用に言葉を覚えさせる方法を編み出したのですが、大量のよろしくない言葉の制限ができていませんでした。

 これまで神はローズたちと楽しく話す怜を見て自分のしたことに満足していましたし、みどりと康一はまさか幼児に対して俗語や隠語まで充実した辞書を丸ごと覚えさせるような所業を神がしたとは思っていなかったので、問題に気付く人がいなかったのです。

「まあ良識ある人たちとの遊びで発覚して良かったと思おう」

「そうだな、うん」

 怜は仮にイリム語で「残酷な描写」を音読されようものならその内容を理解してしまうのです。非常に悪い状態です。康一の言うとおりあの場で発覚したのは幸いでした。



 二週間後、怜は再びローズたちの元へ行くことになりました。

 神はみどりへの手紙を怜に持たせました。

「俺が『ごめんなさい』って言ってたってお母さんに伝えてくれよ」

「うん」

 何か頼まれると怜はいつもこんな感じで返事をしていました。

 元気良く「いってきます」と言って怜は目をぎゅっと閉じました。

 出かけた先は景色の良い湖畔でした。ローズたちはそこでお昼ご飯の用意をしていました。十分前まで魔物退治をしていましたが、今は遠足のような雰囲気です。

 怜は真っ先に神から言われたことを母に伝えました。

「かみさまが『ごめんなさい』って、いってたよ」

 そして手紙を差し出しました。

 手紙を開いたみどりにローズが寄っていって尋ねました。

「レイの言葉のことの返事が来たの?」

「うん。今読むからちょっと待ってね」

 みどりが手紙を読む間、怜はローズに頬を触られていました。ローズに多少伸ばされようと特に嫌がることはなく、「ぷにぷにー」と言ってにこにこしているローズに「たのしい?」と聞いてみたり、自分でもつんつんしてみたり、ローズの頬をむにむに押させてもらったりしていました。

 手紙を読み終えたみどりは溜め息をつきました。

「現状は解決策が無くて、いくつかの単語を魔法で発言禁止にして、あと変なことは理解しないようにもしたって。念のためにお守り付きで」

 みどりは怜に鞄を見せるよう言いました。

 鞄の内側に複雑な模様の描かれた札が縫い付けられていました。それだけでなく、追加された内ポケットに、魔法使いの杖によく取り付けられている石がしまってありました。

「力ずくだけど神様がやるんなら立派に解決策になるんじゃないの?」

「私としては変なものは回収してほしかったし、神様もさすがに怜が知り過ぎててまずいとは思ってるみたいだよ。やろうと思えば消せるけど記憶全体に影響が出かねなくて、安全に消す方法をこれから考えるんだって」

「ふうん。神様も生き物をどうこうするのは大変なんだね」

 ローズは自分が神がかなりあれやこれやした生き物であることを知らずにそんなことを言いました。多くの人々のように「人間は神が創った」と思ってはいましたが、その「人間」は遠い遠い先祖のことであって、自分が神に直接創られたなどと考えたことはありませんでした。

「そうみたい」

 みどりもローズがどうやって生まれたか知りませんでした。



 みどりと怜が日本に帰る直前のこと。

 神はみどりの前で申し訳なさそうな顔をして言いました。

「怜ちゃんが覚えちゃった言葉のことなんだけど……一部消すのは無理だから全部消すしかなくて……。あ、前に手紙に書いたような心配事は起きないからそこは安心してくれていいです。急に語彙が貧弱になって本人は戸惑うだろうけど、まあそれくらいのはず」

「そう…………惜しいような気もするけど、あっても向こうじゃ別に得しないだろうし、消してくれる?」

 そうして、怜はイリム語もアルスリア語も綺麗さっぱり忘れました。

 家に帰ってからしばらくは、怜は伝えたいことがあっても適切な言葉がわからなくて困って、ちょっぴり泣きながらなんとか喋ることがよくありました。


■■■


「小さい子にいらないこといっぱい覚えさせちゃったのか……それは神様が相手でもお母さん怒るよね」

 エドワードがそう言うと、怜もジークも「理解できる」と頷きました。

「今のレイちゃんは、知らないものは知らないよね?」

「はい。知らない物の名前聞いたら、名前と前後の文章でそれが何か推測するだけです」

 イリム語でもアルスリア語でも、日本語で知らない言葉を聞いた時と同じです。

「神様は“辞書”の内容削った……にしては削り過ぎだから、きっとレイちゃんは昔とは違う覚え方をしたんだろうね」

 植物の名前とか削る必要はありませんからね。

「普通に外国語を覚えるのと同じ感じだと思います。前は、魔法の、って私が言うと紛らわしいですね……“魔術の呪文を覚えたけど何ができる魔術なのか全然わかってない”っていうのが近い気がします」

 例えば「ファイヤー」と唱えればマッチ程度の火が出せる魔術があるとします。小さい怜は「ファイヤー」を知っていてそれが呪文であることもわかっていますが、唱えると何が起きるかはわかっていません。魔術で火を出したいと思った時に何と唱えればよいかわかりません。

「でも誰かが唱えてるのを聞けばどんな魔術かわかる不思議な状態だったんだね」

「はい」

「で、教育上よろしくない魔術の呪文まで理解しちゃうし、状況によっては唱えちゃうから神様は制限したわけだけど。変な言葉を聞いてもわからないようにしたってことは、聞こえてたってことだね」

「たぶんそうです」

「となると、今のレイちゃんに聞こえなかったり読めなかったりする言葉があるのは、新しく覚えさせないためかな?」

「そうかもしれません」

「小説が読めてもわからなかったのは、昔みたいに理解に制限がかけられたからかな。守りが固いね」

 というか過剰ではないかとエドワードは思いましたが、喧噪を気にせず食事を楽しむ怜の姿を思い出して、損という程のことはしてないし、むしろ得してるしいいか……とも思いました。

「一度抗議されたわけだし、慎重にもなるよね。ジークはどう思う?」

「自分の考えたものがうまく作用するか確かめたかったっていうのもあると思う。読んでもわからないのに読めなくしてるのは過剰だ。新しい魔法か他の神秘的な何かを創り出したから、慎重にいくついでに昔のものと一緒にレイに施してみたんじゃないか。あと、自信がなかったから複数の策を用意した可能性もある。……俺とあの人がうまくいかなかったからな」

「……」

 エドワードは何と言うべきかだいぶ悩みました。

 昨日親から「優秀な姉のようにはいかなかった」と言われたも同然の少年に対して、彼の親の行動についてどう感想や意見を言えばいいというのでしょう。

 怜も何も言えないでいます。

 異様な静けさの中、エドワードはなんとか考えをまとめて口を開きました。

「お姉さんがうまくいきすぎたんだぞ」

「兄はともかく俺はだめだろう。魔法を使えないくらいなんだから」

 即反論されましたが想定内です。これだけではあまり意味がないと思ったから考える時間が必要だったのです。

「神様に自信がないとして、それはジークとあいつのことだけが原因じゃないと思うんだ。神様はいろんなことで思ったようにはできてない。食べたらいけないものがわからないレイちゃんとか、遺伝させられない性質とか……僕並の回復能力とか」

「……そうだな」

「ジークが自分を特に失敗したものみたいに思うことはないんだ」

 エドワードの考えに怜がこくこくと頷いて同意しました。

「……別に俺は悲しんでたりふてくされたりしてるわけじゃない。魔力が想定より弱く生まれたって聞いて、ああそうなのかって思っただけだ」

 そういうことにしたいと強がっているのがエドワードにはわかりました。神から聞いたことにもっと思うことがあったから、エドワードと怜が何も言えなかった時にジークも黙っていたのです。彼の主張するとおりの感想だったら、仲間二人が黙り込んだ時に「気にするな」くらいは言ってのけるはずです。

 だから、エドワードはもう少し言葉を足しておくことにしました。

「立派な剣士になった。仲間と一緒に魔王を倒した。お姉さんと一緒でとても良くできてるじゃないか。ね、レイちゃん」

「はい」

 エドワードの言葉は多少は効果があったのか、ジークがわずかに笑いました。そして、

「ありがとう」

 と言いました。

「俺のことはいいからレイの話に戻ろう」

「私に聞こえない単語の話ももう憶測しか出ないので終わりです。次は……」

 怜が違う話を始めたところで、

「皆さーん」

 三人に声をかける人がいました。エドワードたちが声の方を見ると、見習い司教の少年が教会の窓から顔を出していました。彼は昨日怜を教会の出口まで案内したあの人です。

「おやつ食べませんか? 魔王を倒したお祝いなので、贅沢ですよ」

「食べるー!」

 エドワードが三人分まとめて返事をしました。

 おやつの後も三人はのんびりと過ごしました。平和な一日でした。

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