夢っぽい何か。
本編の「姉。」の少し前です。
ふと気が付くと、デュークは全然知らない所に一人で立っていました。そこは怜が見たら「和室」と言いそうな所ですが、デュークにとってはどこか遠くの異国っぽい謎の空間です。
窓の外は真っ暗ですが、デュークがいる場所は明るいです。天井からぶらさがるやけに眩しい照明器具のおかげです。怜が見たら「電気」とか「蛍光灯」とか言うでしょうが、やっぱりデュークはそんなことは知りません。魔法とは違うものではないかとぼんやり思っただけでした。
ここはどこなのか、それ以前にどうしてここにいるのかをデュークは考え、二十秒くらいかけてようやく、ここに来る前に自分がとある宿で寝たことを思い出しました。寝たのであればこれは夢。彼はそんな結論を出しました。
夢とわかる夢ならば好き勝手するのがデュークです。とりあえずぽーんと跳んで高い所に行きます。しかし、今回はやけに現実的で、体がそこまで軽いようには感じません。つまらない。そうデュークが思った直後、襖が開きました。
襖を開けたのは神様でした。黒いローブを着ていて、さらにフードを目深にかぶっていて不審者感がものすごいですが、それでもデュークには神様だとわかりました。不思議です。何故か片手に持っている、急須と湯呑みを載せたお盆のせいでしょうか。たぶん違います。よくわかりませんがさすが神様です。夢だからと言ってしまえばそれまでです。
「まあ座れ」
神様が喋りました。デュークが聞いたことのある声でした。
デュークは言われたとおりにしました。すぐそばにあった座布団の上に正座で座りました。神様も、お盆をちゃぶ台に置いて、デュークの反対側に座ります。フードをかぶったままです。
神様が急須で湯飲みにお茶を注ぎました。緑茶です。デュークが緑茶を見るのは初めてです。自分の前に置かれたお茶をデュークはじっと見つめ、それから神様に質問してみました。
「これは何ですか」
「お茶。お前がときどき飲むのと材料は一緒だ。手の加え方が違うだけ」
「そうですか」
未知のものではないとわかったデュークは、緑色のお茶を一口飲んでみました。わりと好きな味でした。
「お前に聞いてみたいことがあるんだ」
そう言われて、デュークは顔を上げて神様を見ました。
神様の見えている部分の肌は若々しいです。声も若いです。フードを取ったら自分と同じくらいの歳の青年がそこにいるのではないかと、デュークは頭の隅で思いました。
「何でしょうか」
「好きな人はいるか?」
全く予測できなかったその質問にデュークは呆気にとられました。が、彼の表情に変化はありません。別にポーカーフェイスが得意というわけではありません。どういうわけか感情が表に出にくいだけです。ジークより動きません。
「どうだ?」
再度聞かれたデュークは、十秒くらい考えてから答えました。
「いません」
「まあそうだろうな。気になる人はいるか? 目の前のものと何の関係もないのに思い出したり、気が付けば考えてる人はいないか?」
そう言われて、デュークの頭の中にすぐにとある人物の姿が浮かびま……せんでした。会った回数のわりによく考えている気がする人はいますが、その人の姿をしっかり思い出せません。気になっていないということでしょうか。しかしそうならば考える回数はもっと少ないのではないか……。デュークはそう思って、
「います」
と答えました。
「素直でよろしい。誰だ?……いや、これは聞かないでおく。どんなやつだ?」
「よくわかりません」
「旅してて見かけたやつか?」
「少しだけ会話もしました」
「そうか。……一目惚れが近いか」
一目惚れ。その言葉はデュークにはいまいちしっくりきませんが、神様がそう言うならそうなのかもしれません。「好き」と思ったことは一度もありませんが。
「少し意外だな。あいつみたいにじわじわ好きになるかと思ったんだが」
「あいつ、というのは」
「お前の姉」
「……姉」
さらっと言われたことにデュークは戸惑いました。彼は一人っ子だからです。
しかしすぐに納得しました。彼は養子で、血縁者を一人も知りません。血の繋がった姉がいると考えれば、知らない姉の話が出てきてもおかしくありません。
「姉がいるのですか」
「弟もいるぞ。お前も知ってるやつだ」
デュークは年下の知人を思い出してみましたが、それっぽいと思える人がいません。
「外見がかなり違うから気付いたやつがいたらすごいぞ。まあ似てる所もあるから、お前とあっちと両方をじっくり観察するやつがいたら気付くかもな」
デュークと彼の弟は、基本無表情なことが同じな上に、言動がよく似ているのですが、神様は性格について聞かれないのをいいことに黙っていました。
聞きたかったことを聞けた神様は、デューク相手にどうでもいい話をし始めました。それをデュークは適当に相槌を打って聞きます。
しばらくするとデュークは眠くなってきました。夢の中で眠くなったのは初めてかもしれません。この状況を夢と言っていいのかわかりませんが。
「これは夢ですか」
今さらデュークは疑問を口にしました。
「そう思ってていい。でもこれはお前が一人で見てるんじゃない。俺がお前をここに連れてきたんだ」
つまり……。デュークは眠くてうまく回らない頭で考えます。
「……聖女の夢と同じようなものですか」
「近いな。――眠いか」
「とても」
デュークのまぶたが下がります。
「今日はわざわざご苦労。……」
神様は最後に、聞いたことのあるようなないような言葉を言いました。上手く聞き取れませんでしたが、眠いデュークは聞き返しませんでしたし、何と言ったかも考えませんでした。
デュークは座布団に座ったまま目をすっかり閉じました。
「眠い」の他に「足が痺れた」なんて思いながら。




