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Red Dot   作者: Chris K. Tomato
東京圏
8/11

霞ヶ浦遠征編 Part1

 2056年5月9日(火)


  徐々に赤く染まりゆく空。


  学校から帰ってきた輝紀が事務室に入ると、ベンチでチーズケーキを食べている光里と英寿が見えた。


「あ、おかえり、輝紀君。新宿にある有名店で買ってきたチーズケーキ食べる? うまいぞぉ〜」


  横から話しかけた優輝が、輝紀に切ったチーズケーキを乗せた皿を差し出した。


  輝紀は、ありがとうと言って受け取った。

  チーズケーキを食べた瞬間、目を見開いた。


  美味しい。口に入れた瞬間にとろける口溶け、口の中に広がる上品なチーズの香り、そしてほのやかで爽やかな甘さ。


  輝紀は慌てて優輝に聞いた。


「こんな美味しいケーキは初めてだ! ありがとう、ツッチーさん。けど、結構高かったでしょ?」


「スーパーで買うよりは高いけど、美味しさを換算すれば、むしろ安い方さ」


  優輝は笑って、光里や英寿と一緒にチーズケーキを食べていた。


  優輝が食べ終わったところで、まだチーズケーキを味わっている輝紀に言った。


「輝紀君、5時半ごろに新しいソファーが届くと思うから手伝ってね」


「そ、ソファー? なぜに?」


  輝紀は驚いたが、チーズケーキを口に運ぶ手は止めなかった。


「そりゃ〜変えるためさ。ここに来た時、ほんとびっくりしたよ。このソファーはめっちゃ古いし、今時ベンチを置く事務室なんて聞いたことない。だから、注文したのさ」


  優輝がそう言って、お茶を飲んだ。


「まさか、会社の経費で?」


  輝紀は恐る恐る確かめた。


「まさか。全部、俺のお金さ。安心しな」


 と言って優輝はガハハハハと笑った。

  輝紀は困ったような顔で言った。


「ツッチーさん、どんだけ金持ちなんだ? 先週は30万もする最新のパソコンと最新のタブレットを2台、その前は冷蔵庫とクーラーを買ってきたばっかりじゃん」


「株の儲けをこの会社に寄付という形で、減税してるんでね。俺も君らも助かるんだから気にすることはない! あ〜それと、来週はこのテーブルとそこのデスクとイスを買い換えるつもりだから、何か希望あったら言ってくれ」


  また優輝は大笑いしながら言った。

  輝紀は、さすがにここまでくると唖然した。

  すると、扉が開く音がして、輝紀たちは音のした方に顔を向けた。


「チーズケーキの良い香りがしてたから、店閉めて来ちゃった」


 と言って、玲華が笑顔で事務室に入って来た。


「お? 社長も食べる? ちょっと、待ってて。すぐ出すから」


 と優輝が言い、すぐにチーズケーキを乗せた皿を玲華に手渡した。

 玲華は、ありがとうと言い、受け取った。


「美味しいぃ! どこで買ったの? 高かったでしょ〜」


 とチーズケーキを食べた瞬間、目を丸くした玲華が言った。


「ガハハハハハッ! 社長も、輝紀君と同じこと言ってるな。買って来て良かった」


 と優輝は嬉しそうに言った。


「ね〜、ツッチーさんのランキングって何位なの?」


 とチーズケーキを食べ終えた光里が聞いた。


「そういえば、2週間も経ってるのにろくな挨拶してなかったな。千華ちゃんが帰って来たら、まとめて自己紹介するよ」


 と優輝は言ってお茶を(たしな)んだ。

  半分中身のなくなったペットボトルが横に置かれていた。






  2時間後、千華が部活から帰ってきた。


  優輝は冷蔵庫から、取っておいたチーズケーキを取り出した。千華はそれを優輝から受け取り、ベンチに座った。

  優輝は英寿と並ぶようにソファーに座り、口を開いた。


「それじゃ、全員揃ったね。まだしてなかった俺と英寿の自己紹介をするよ。先ず、俺から。名前は土田優輝。2週間前まではホワイトスパロー社にいた。好きなものはチーズケーキと猫で、嫌いなものはトマトだ。トマトソースは大好きなんだがね。今のランキングは3500位前後だ」


  優輝が言い終わると、英寿にバトンタッチした。


「えっと……ぼ、僕の名前は……か、笠原……英寿……です……よ、よろしく、お、お願いします」


 と、顔を少し下に向けた英寿は目をあちこちと泳がせながら、たどたどしく言った。


「まぁ、見ての通り、英寿はかなりの人見知りなんでね。優しくしてやってくれ」


  優輝が付け加えて言った。


「一緒に戦った時、強いなと思ってたけど、やっぱりホワイトスパローにいただけあってめっちゃランク高いなぁ。けどさ、ここは俺と光里のペアしかいないし、俺たちのランキングが8万4000位あたりなのに、なぜホワイトスパローのとこ辞めてうちに来たんだ?」


  輝紀がそう言って、ジッと優輝を見つめた。


「あの時、一緒に戦って惚れたってことだけじゃダメかな?」


 と優輝が笑顔で答えていたものの、彼の目は笑っていなかった。


「どうしてもって言うなら、無理には聞かないけど、私は聞きたいな」


 と玲華が少し悲しげな表情で言った。

  優輝はため息をついて答えた。


「今はまだ言えないっと言ってみたいが、隠す必要ないから言うわ。ホワイトスパロー社のやり方がどうも俺には合わなくて、ギクシャクしてたところだったんだ。ちょうどあの作戦で輝紀君と光里ちゃんの連携を見て、きっと良い会社で俺たちに合いそうだなって思ったんだ。だから、ここに来た」


 と優輝がニヒッと笑って言った。

  輝紀は、目を瞑って笑う優輝を見て、どこか違和感を感じた。









 2056年5月13日(土)


  緑輝く木々や草むら。

  眠たくなるようなポカポカする日差し。

  スーパーの帰り道にある公園を横切る輝紀と光里の姿がそこにあった。


「久しぶりのデートじゃな、輝紀殿!」


  本当に嬉しそうな顔をした光里が言った。


「おい、前向いて歩け。危ねぇぞ」


  輝紀は、後ろ向きで歩く光里に注意したが、光里は聞く耳を持たず、両手を広げてクルクルと回り始めた。


「危なくないも〜ん。ノロマな輝紀殿と違って反射神経が良いんだし〜」


「少しぐらい荷物持てよ。くっそ重てぇ。それと、反射神経は存在しねぇよ。正しくは反射だ、覚えときな」


  輝紀は一番軽い袋を持たせようと差し出したが、光里に逃げられた。


「淑女に荷物持ちさせるとは、とんだ曲者じゃな」


  光里がそう言って、走りだそうとした時、地表に出ていた木の根っこにつまずいて顔面から転んだ。

  泣きだす光里。

  砂まみれになった光里の服。


「だから、危ねぇって言っただろ。ケガはないか? あ〜あ、服と顔が土まみれになりやがって」


  運良く公園にいたので、輝紀は光里を起こし、買い物袋と一緒にベンチに座らせた。


  水飲み場で濡らしたハンカチで、光里の顔や手を優しく拭いた。

  まだ涙目の光里に、夏場以外いつも持ち歩く飴をあげた。幸せそうに飴を舐める光里を見ていると、カラーコンタクトが取れていることに気づいた。


「光里、カラコンが取れてるぞ! 顔を隠せ! 家に帰るまで何があっても顔を上げるなよ!」


  慌てた輝紀は、公園内で光里の赤い目を見られなかったかと辺りを見回した。

  光里は、すぐに顔を隠すように下を向き、赤い目を見られていないことを願った。


  しばらくして、少なくとも公園内で光里の目を見た人がいないことを確認した輝紀は、光里を連れて急いで公園を出た。






(あと、もう少しで家に着く)


  輝紀は、公園を出てずっと辺りを警戒しながら足速に歩いていた。


  すると、細い路地から男性が急に現れ、輝紀はとっさに避けたが、下を向きながら輝紀の後ろにくっついていた光里はその男とぶつかって倒れた。


「大丈夫か、お嬢ちゃん? ぶつかって、ごめんね」


  光里とぶつかった男は悪怯れるように謝って、光里に手を差し出した。


  それを見た輝紀は慌てて間に入ろうとしたが間に合わず、光里の目を見た男がパニックを起こした。


「ん? そ、その目は! おい、赤目が出っ・・・」


  輝紀は、買い物袋を落とした右手で男の後頭部を強打し、気絶させた。


  男が倒れると同時に、輝紀は自由になった右手で光里の腕を掴み、男が出てきた路地に逃げた。

 




「君だね? すぐ、そこの通りで男性を殴り倒したのは」


  以前にも、輝紀の元に訪れたことがある太った警察官が少し呆れたように言った。


「間違いありません。しかし、あそこで騒がれるよりはマシだと思いますが」


  少し俯いた輝紀が答えた。


「私は君が最善な方法を採ったと思っているが、罪のない一般市民を殴ったのは事実だ。事情聴取させてもらうね」


  太った警察官は取り出した手帳にメモをしながら、一通り輝紀から事情を聞いた。


  メモを書き終えると、手帳を閉じて輝紀に諭すように言った。


「まぁ〜書類送検はするけど、不起訴処分になる事例だから安心しなさい。ただ、こんなことは、また起こさないようにしてね」


  太った警察官がそう言って事務室を出た。


(大事にならなくて良かった)


 と思いながら輝紀はため息をついた。


  太った警察官が出た後、気まずそうな顔をした光里が入ってきた。


「ごめんなさい」


  部屋に入って早々にそう言って、光里が頭を下げた。

  輝紀は頭を下げている光里の両肩に手を置き、優しく声をかけた。


「光里は何も悪くない、気にするな。悪いのは光里たちを知ろうとしない大衆が悪いんだ。みんなが理解すればこんなことは起きない」


  まだ、俯いたままの光里を見て、話し続けた。


「光里、自分が嫌いか? それとも憎いか? 」


  光里は押し黙ったまま、頷いた。


「俺は哲学者でもなんでもないからマシな言葉をかけれないけど、これだけは言わせてほしい。光里は俺たちが愛する大事な家族なんだ。例え、全世界を敵に回しても、少なくとも俺はお前の味方だ」


  光里は、急に輝紀に抱きついて泣き始めた。輝紀は優しく抱きしめ、光里の気が済むまで泣かせた。






  陽が沈み、住宅街には食欲をそそるいい香りが漂ってきた。

  また一人、立川にひっそりと(たたず)む建物の中に消えていった。


  千華がただいまと言って靴を脱いだ。

  輝紀は、どこかイラついている千華に声をかけた。


「おかえり、千華。大会どうだった?」


「どうもこうもないわよ。走るの大っ嫌いなのになんで陸上大会に出させるの? 空手部なのよ、私? あ〜も〜ハゲワシコーチめぇ〜! あとでぶっ飛ばしてやるんだから!」


「まぁ〜、女子の中じゃ、結構速いから選ばれてもしかたないさ。それにコーチは足腰の強化になると思ったんだろ?」


  輝紀は、千華の機嫌を直そうと、そう言ったが、逆に怒らせた。


「あ〜はいはいはい、輝紀はいいよねぇ〜足遅くて。もう1回肯定したら、万力で耳たぶを潰すわよ」


  輝紀はそれ以上何も言えなかった。

  すると、シャワーから出た光里が、家に帰っていた千華に駆け寄った。


「千華お姉ちゃ〜ん、おかえり! ねぇ、聞いて、聞いて!」


 と言って、千華に飛びついた。

  光里を見て、機嫌を良くした千華は光里を抱き上げて、何あったか聞いた。


「輝紀殿が愛する家族だって言って、妾を抱きしめてきたの!」


 と、光里がイタズラの笑みで言った。


「え? 私がいない間に、そんなことされたの? これは、お仕置きしないといけないね、光里ちゃん」


 と千華も不気味な笑みで、光里を下ろしながら輝紀に向かって言った。


  ゆっくりと後退りする輝紀。

  ゆっくりと前進する千華と光里。

  突然、二人の後ろから声がした。


「社長に晩餐にお呼ばれされて来たんだけどな。輝紀君、あの時はまだ冗談かと思ってたんだが、すでに本物だったとはね。ついにやってしまったのか。誠に残念だ」


  悲壮感を感じさせる表情でそう言う優輝がいた。


「ちょ、待て! ついにってなんだよ! 光里!誤解させるような言い方すんなよ!」


  そう言いながら、慌てる輝紀にお構いなく千華が迫った。


「刑務所に入る前に言い残したことはないかな、不潔なむっつりスケベのロリコンさん?」




  立川市のある建物から、嫌ぁぁぁぁぁと言う叫び声が外に漏れた後、笑い声が溢れた。








 2056年5月14日(日)


  カーテンの隙間から漏れる朝日。

  外から雀のさえずりが聞こえてくる。


「おい起きろ、輝紀君。お客さんが来ているぞ」


「眠ぃ〜。まだ、7時前じゃん。こんな時間に来んなし。ってか、なんでツッチーさんがここにいるの?」


  眠くて目をこすっていた輝紀が驚いて、目が覚めた。


「なんでって言われても。昨日、みんなで晩御飯食べた後、事務室で泊まったんだが、悪かったか?」


 と言って笑う優輝が続けて言った。


「それより、お客さんを待たせちゃいかんぞ。さぁ〜早く起きた、起きた!」


  輝紀は優輝に引っ張り起こしてもらって、洗面所に向かった。





「お待たせして、すみません。立川防人民間警備会社の伊藤です。ご用件はなんでしょうか?」


  急いで、人前に出れる程度の身形を整えた輝紀の目の前には上下黒い背広を着た男性がいた。


「伊藤様、こんな朝早く訪れてすみません。応じてくださって、ありがとうございます」


 と黒い背広の男性が頭を下げて言った。


「いえ、お気になさらず。仕事の都合上慣れてますので」


 と輝紀は社交辞令っぽく応えた。


「それでは、時間がありませんので単刀直入に伺います。御社も霞ヶ浦遠征に参加して頂けませんか?」

「は、はい? 霞ヶ浦遠征って来月中旬に行われるあの霞ヶ浦遠征ですか?」


  黒い背広の男性は、戸惑う輝紀を気にせず話を続けた。


「はい、そうです。昨夜、ホワイトスパロー社の柚木様から御社に土田様のペアがいらっしゃると聞きまして、急遽お伺いしに来たところなんです」


  いくらか落ち着きを取り戻した輝紀は聞いた。


「わざわざ、こんな小さな会社に来てまで土田さんに? なぜですか?」


「一人でも多く、スナイパーを集めるためです。伊藤様もご存知の通り、核燃料やその資材を霞ヶ浦まで運ぶという大掛かりの作戦です。しかし、利根川の河口付近までは海自が護衛しますが、河口から霞ヶ浦までの間は地上戦力で守らないといけませんので、こうして探し回っています」


  輝紀は不安に思うも、とりあえず参加することにした。


「ありがとうございます、伊藤様。それでは、車を用意してありますので、準備出来次第ご乗車ください」


  黒い背広の男性が言ったことに、驚いた輝紀は慌てて聞いた。


「車を用意してあるって、もしかしてこれから説明会があるんですか?」


「はい。御社が会場に到着次第、説明会が始まります」


  黒い背広の男性がそれだけ言うと、どこかに電話をかけた。


  輝紀は、急いで玲華と優輝に掻い摘んだ説明だけして、優輝と一緒に車に乗り込んだ。







「長らく、お待たせしたことをお詫び申し上げます。それでは霞ヶ浦遠征の概要を説明させてもらいます」


  指定された席に着く前に、輝紀は防衛省の中にある会場を見渡していた。


(東京圏の大手PSCが全部ここに揃ってるし、小規模ながら有名なところもちらほらいる。とんでもない作戦に参加するんだな)


  輝紀が舌を巻いていると、横の優輝に突かれた。


「輝紀君、こんなことで気圧されてちゃ〜、作戦前に寝込むことになっちゃうぞ。しっかりとせい」


  意地悪そうに優輝が言った。

  輝紀は口答えしようと口を開きかけたが、優輝がジェスチャーで輝紀に前を向けっと伝え、輝紀は従った。


「皆様もご存知の通り、5年前に少なくない犠牲を払い、霞ヶ浦の水上に原発が建てられました。今回の作戦は、5年に1度、核燃料の取り替えを行う輸送隊を護衛するという重要な作戦です。詳しい作戦内容は、作戦責任者の安藤陸将から説明がなされます」


  陸自の士官服を着た白髪の男性が演壇に登り、司会者からマイクを受け取った。


「霞ヶ浦遠征の作戦責任者、安藤拓篤(あんどうたくま)です。早速ですが、本題に入ります。先ず、横須賀基地から銚子港まで海自がコンテナ船を護衛します。銚子港とその周辺は第67普通科連隊が守る予定で、河口から霞ヶ浦の牛堀までのラインは第ニ空挺団に加え、1個機甲科大隊と3個普通科大隊及び1個対戦車ヘリ小隊が就きます。諸君らには、自衛隊の狙撃チームと一緒にルート周辺の監視と接近するレビスの排除をして欲しいと思っています。作戦コード名はブルドック、Xデーは追って連絡します」


  言いたいことだけ言った安藤は、質問がないか少し間をおいた。会場で質問者が出なかったので、そのまま演壇から降りた。


(約5000といったところかな。東京圏にある全兵力の約6分の1も参加するのか)


  輝紀が普通に驚いていると、司会者が最後に加えた。


「それでは、今月の25日までに各会社で動員できる狙撃チーム数を本省にお知らせください。これで本日の説明会は以上となります」


  会場に灯りが灯されると、輝紀は優輝に言った。


「めっちゃ、早く終わったね。狙撃チームってことは、うちにはツッチーさんたちしかいないから、俺と光里は行けないのか?」


「いや、狙撃チームはスナイパー以外にもスポッターや護衛が要るから、強制的に輝紀君たちも参加だよ」


  呑気そうに優輝がそう答えた。

  それを聞いた輝紀の心のには半分嬉しい気持ちと半分怖い気持ちが同居していた。

  そんな輝紀を見た優輝が言った。


「今回を機にスナイパーデビューでもしてみるかい?」


「いやいやいや、俺には無理だって。AROの選抜射手でギリギリ3級取れた程度だったし」


  それでも優輝は誘った。


「昔は昔だ。1ヶ月前の作戦で見た限り、射撃の腕はそんなに悪くなかったよ。それに、霞ヶ浦遠征は潜入ミッションというより、防衛戦の方が意味合いが強いから大丈夫さ。本業の人に場所取りとか偵察とか任せりゃいいんだし」


  気楽そうに笑う優輝を見て、輝紀は少しだけやってみる気が起きた。


「ツッチーさんがそこまで言うなら、チャレンジしてみるよ」


「よ〜し、それなら俺ん家に行くか」


  嬉しそうに言って会場を出た優輝に、輝紀が少しワクワクしながら付いて行った。








「まるで悪の組織の武器庫みたいだな」


  壁いっぱいに並べられている色々な銃器。

  優輝の家の地下を訪れた輝紀は、心を奪われたような感覚に陥り、自然と口が動いた。


「本当にこれ全部が許可された武器なの?」


「失礼なやつだな、輝紀君。全部ちゃんと許可書あるぞ」


  優輝は、幼稚な男の子が心奪われたような顔をする輝紀を見て笑いながらそう言い、武器を物色し始めた。


「近接メインの輝紀君にはどれがいいかな。フルオートかセミオートがいいかな〜。ん〜、めんどくさいから全部出すか」


  優輝はそう言って、4丁のスナイパーライフルをデスクに並べた。


「右から順にSR-25、C20、SVD、SCARだ。自由に持って構えてみて」


  輝紀は右から順に手に持ってみた。

  構える輝紀をじっくりと観察する優輝。


  輝紀は一通り触ってみたが、どれが良いかわからなかったが、優輝が黙って真ん中のスナイパーライフルを片付けた。


「それじゃ、その残っている両端のスナイパーライフルを持って、射撃しに行こうか」


 と優輝が言って、ガンケースを取りに行った。


「この近くに射撃場あるの? まさか自衛隊の訓練所にお邪魔するのか?」


  優輝は、勝手に慌てる輝紀を面白おかしそうに見た。


「ここらに射撃場はないし、部外者の俺が自衛隊の訓練所使えるわけないじゃんか。モノリスのところで撃つんだよ。射撃訓練ついでにレビス狩りもしてりゃ、誰も文句言えねぇさ」


  笑ってそう言う優輝を見て、本当に大丈夫かと思った輝紀だった。







  優輝の家は、モノリス寄りの所沢の外れにあるので、モノリスに着くまであまり時間がかからなかった。


  優輝は、よくこの辺りで射撃訓練するらしく、歩哨の自衛隊は顔パスで輝紀たちを通した。


(本当に、モノリスまで着いちゃったし。本当に、大丈夫だったし。けど、本当に通しちゃって大丈夫なのか、自衛隊さん)


  優輝は、ずっと不安になっている輝紀を余所目にスナイパーライフルを調整していた。


「調整終わったよ、輝紀君。俺が教官兼スポッターやるから安心して撃ちたまえ」


  優輝が体をどけて、スポッターの器具を取り出した。輝紀はまだ不安に思っていたが、腹をくくって、銃に取り付いた。


「それじゃダメだよ。伏射の形になってない。先ず、全身の力を抜いて。次に、両足を肩幅に開いく。どっちの足も爪先から踵まで地面にくっつける。そして、スナイパーライフルの延長線上に、肩から踵までの真っ直ぐな軸を合わせる。それだけでも、随分と変わるよ」


  輝紀は、優輝の言った通りに体を動かすと、急に安定した。驚いて興奮したように言った。


「うわっ! 全然ブレなくなった。すげぇ」


「ガハハハハハ! 今の君は、まるで園児みたいだぞ! あ、ちなみにどっちも照準調節(ゼロイン)は500mに合わせてあるから、そこまでならクロスヘアをターゲットの真ん中に合わせるとだいたい当たる。さぁ〜撃ちたまえ、輝紀君。距離250、1時方向にお手頃なレビスがいるぞ」


  笑っている優輝の声を聞いて、輝紀は燃えた。


  1時方向に向いてレビスの姿を探した。すると、木の裏にレビスが寝ているのを見つけた。

  ターゲットは、スコープで何倍にも拡大されてはいるが、木が邪魔で見える部分が小さい。


  輝紀は、他にレビスがいないか周りを探ったが、見つからなかったので、諦めて元のターゲットに戻した。


「撃つ前にトリガーは絞る。トリガーを絞る指に何かに少し引っかかる感触がしたら、そこで止める。トリガーを引く時は、力を入れずにリラックスして引くんだ」


  優輝は、集中モードに入っていく輝紀に後ろからアドバイスした。


(こっちに尻を出して寝るとは愚かなレビスだな)


  優輝のアドバイスを聞いた後、輝紀はスコープに映るターゲットに集中した。


  脈打つ鼓動と浅くなる呼吸音以外聞こえない世界。

  スコープに映る、あらゆる物がだんだんとスローモーションになっていった。


  ゆっくりとトリガーを絞り、チャンスを待った。

  映る景色がゆっくりと上下左右に揺れる。


  トリガーを握る手に(にじ)む汗。

  不気味に聞こえる鼓動。

  ひたすら機会を待った。


  クロスヘアがターゲットの尻に合わさった瞬間、直感的にトリガーを引いた。

  輝紀の右肩を襲う強い衝撃。

  一瞬だけ変わるスコープ内の世界。


  再びスコープが元の世界を映すと、苦しそうに暴れ回っているレビスがそこにいた。


  血が沸き立つ感覚。

  身体中で感じる拍動。

  初めての狙撃でターゲットに当てたのだ。


  突然、スコープ内で暴れまわっていたレビスが、何かに糸で引っ張られたかのように倒れた。


  輝紀は集中が解け、色々な自然の音が聞こえてきた。

  我に返ったように横を向くと、立ちながらSCARを構えていた優輝がいた。


「見事だったな、輝紀君。初めてにしちゃ、かなりの上出来だ。けど、一撃必殺でターゲットをあの世に葬らないと、半人前のスナイパーですら、成れないな」


  輝紀は、嬉しそうにそう言う優輝を見て半分嬉しかったが、半分悔しかった。しかし、その悔しさは、今までに味わったことのない清々しさを伴っていた。


「SR-25でかなり合ってるみたいだけど、せっかくだからSCARの方も撃ってごらん」


  優輝はそう言って、SCARを輝紀に渡して、再びレビスを探した。

  輝紀は興奮を覚えながら、SCARを構えた。


(さっさと出てこい、レビス。俺がその頭をぶち抜いてやる!)


  しかし、30分ぐらい経ってもレビスが現れなかったので、輝紀たちは引き上げた。


「今日はSR-25しか撃てなかったけど、いい経験だったろ? 中々、いい集中だったぞ」


  優輝はそう言って輝紀に向かって、ニヤッと笑った。


「ありがとう、ツッチーさん。今も信じられないんだ、初めての狙撃で当てたことが」

  輝紀はまだ震える両手を眺めた。











 2056年5月30日(火)


  雲に覆われた夜空。

  街灯の灯る道を歩けば美味しそうな香りが誘惑してくる住宅街。

  そんな誘惑すらものともしない人がいた。


  輝紀が疲れた顔をして事務室に入った。


「おかえり、輝紀はん。今日は遅かったね」


  元気一杯の光里が輝紀に飛びついた。


「担任に、居眠りの罰として補講喰らったんだよ」


 と、聞いている人も疲労感を感じさせる声で輝紀が答えた。


「これに懲りて、居眠りを卒業することね、居眠りの神様」


  輝紀が驚いて後ろを振り返ると、いつの間にか輝紀の背後に立っている千華が、不気味な笑みを浮かべていた。


「し、仕方ねぇだろ。眠いもんは眠いんだし、そもそも授業がつまんねぇんだよ。どうしても、生徒たちに寝られて欲しくないなら、眠くならない授業をしろってんだよ」


  輝紀は驚きながら愚痴もこぼした。


「授業は楽しいものだと思ってるの? 授業はお勉強するためのものよ? お寝んねグランプリの会場じゃないのよ?」


  千華が意地悪そうに言った。


「はい、そこまで。イジりタイムは、後にしてくれ」


  紙束をひらひらと揺らす優輝が、そう言って輝紀にその紙束を輝紀に投げ渡し、さらに話しを続けた。


「輝紀君、防衛省からブルドックの取扱説明書が届いたぞ。担当場所は潮来(いたこ)の町外れで、Xデーは6月17日だそうだ。それと、アサルトライフルとスナイパーライフルはサプレッサーを必ず装着で、ハンドガンとサブマシンガンはサプレッサーの携帯必須だってさ」


「え〜、サプレッサー持ってかないといけないの? 俺のP8はサプレッサー装着不可のバージョンだし、会社のMP7Rは連射速度が高すぎて、サプレッサーを多めに持ってかないといけないんだけど」


  輝紀は嫌そうな顔で愚痴った。


「俺のハンドガン貸すから我慢して。向こうさんは、銃声でレビスを引き寄せるのを避けたいのだろうね」


  優輝は、嫌そうにしている輝紀をなだめるように言った。


「SR-25借りているのに、さらにハンドガンまで借りるとちょっとバツが悪いよ」


 と、少し困った顔をした輝紀が言った。


「大丈夫さ。3ヶ月前までメインに使ってたヤツだから、俺らには何の問題ないさ。それに、スナイパーライフルも問題ない。俺がMSR、英寿がTac-50を使うしね」


  優輝は笑って、そう言った。


  一通り紙束を読み終えた輝紀は興奮を覚えた。


(こんなにも戦いたいって思ったのは初めてだ。今なら、スナイパーに人気ある理由が理解できる)


  そう思った輝紀が急に両膝が折れた。

  そのまま体勢が崩れ、拘束された。


  光里が膝カックンをし、千華がどこから持ってきたのかわからない縄で、倒れた輝紀を縛り上げたのだ。


「何すんだよ! てか、この縄はどっから持ってきたんだし!」


「1ブロック隣の建設現場から持ってきたよ。地面に落ちてたから拾ってきた」


 と、光里が平然とした顔で答えた。輝紀は呆れて、物を言えなかった。


「それじゃ、輝紀。さっきの続きをしよっか」


  油性ペンを持った千華が笑顔でそう言って、輝紀に迫った。

  輝紀は全力で怖がった。




  そして、以前にもあった悲鳴が立川防人民間警備会社の事務室から漏れ出た。






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