依頼 後編
2056年4月15日(土)
日が昇ってから数時間、空は白い雲が多く、時々吹く冷たい風が砂埃を巻き上げた。
建物がほとんどなく、更地に駅と線路が寂しく置かれているだけだ。それも放置された駅と線路。
それもそのはず、モノリスから数百mしか離れていない、その駅周辺はホームレスすら寄り付かない無人地帯なのだ。
輝紀と光里は、モノリス完成後に廃駅になった高尾駅にいた。輝紀たち以外にも、先日のブリーフィングにいた会社のスクアードに加え、柚木ペアを含む20組あまりのホワイトスパロー社のスクアードもいた。
依頼は大パンデミック前の東京と山梨と神奈川の県境になっていた生藤山で探索し、ターゲットの雑種を見つけ次第無線で柚木に報告し撤収するといった内容で、期間は1週間。
割り当てられた探索ポイントまではホワイトスパロー社が保有するUH-60で移動する。
光里には前日になってから依頼を伝えたため、見たかった時代劇が急に見れなくなって不機嫌のままだった。
輝紀がさっさと依頼終わらせて帰りゃいいじゃんかと言うと、光里は余計に不機嫌になって輝紀の足を踏み肩車を要求した。
輝紀は仕方なく要求に応えた。
「なぁ、光里。いい加減、機嫌直して歩いてくんないか? さすがにこれ以上はキツいんだが」
割り充てられた探索エリアに降り立ってからも肩車していた輝紀が懇願するように言ったが、光里は頑としてヘソを曲げ続けた。
輝紀はそこらへんに生えていたネコジャラシを取り光里にあげたが、光里は猫じゃないしと言って輝紀の頭にネコジャラシを刺した。
輝紀は痺れを切らしてその場で座り込み、左右に体をゆっくりかつ大きく揺らした。かなり乗り物酔いしやすい光里はすぐに気持ち悪くなってやっと輝紀から降りた。
光里は輝紀のバカぁと言いながらうつ伏した状態で丸く縮こまった。
輝紀は少しだけ悪怯れて持ってきた飴玉を取り出した。光里は顔だけ上げて口を開けた。
輝紀は面倒くさそうに包みをとって光里の口の中に入れた。光里が嬉しそうに飴玉を舐めているとレビスの奇声が轟き、どこに隠れていたのか大量の野鳥が鳴きながら空を埋め尽くした。
輝紀と光里はすぐに音がした方へ向かった。
「なんだ、これ?」
木々が生い茂る中、輝紀たちの目の前には毛が生えた大きなワニが転がっていた。
輝紀は転がっているレビスが生き絶えていることを確認してから光里に周辺の警戒に当たらせて、ゆっくりと近づいた。
体長は約3mで背中から尻尾にかけて鱗の隙間から毛が生えている。首あたりに犬らしき耳と口内に8本以上の犬歯が生えていた。
(こいつは2種だな。見る限り外傷がないけどなぜ死んでるんだ?)
輝紀がそう思いながら使い捨て用のゴム手袋をはめた手で2種のお腹を触ると、ゴツい手触りに反してビーズクッションみたいに潰れた。
輝紀は驚いて手を引っ込めた。もう一度触ったらまた潰れた。輝紀はそのまま背骨があると思われる部位にも触れると同じように潰れた。
(何かに潰された感じだな。ワニが基になってるからこいつを潰したやつは相当でかいんだろうな。けど巨大レビスの痕跡が全然見当たらないんだが)
と輝紀は思い、周辺の木々に何か手掛かりがないか探したが、特にこれといったものはなかった。ただ、コケや草で覆われた倒木が割合多く見えた。
輝紀は光里を呼び戻し、2種を踏み潰したレビスの臭いを嗅ぎ分けれるか聞いた。
光里は熊並みに鼻を利かすことができるので、輝紀は度々光里に臭いで追跡させることがあった。
光里は、朝飯前じゃっと言って辺りを嗅いだ。少ししてから、南南西に見える生藤山から少し遠ざかる南南東に向かって歩き始めた。
輝紀は光里の後を追いつつ、空を見上げた。
(今日曇りと言っていた天気予報がハズレそうだな)
輝紀は周辺の警戒をしながら雨宿りができそうな場所も探した。
輝紀の思った通り、昼過ぎに雨が降り始め、追跡を一時中断した。輝紀たちは探索途中で見つけた岩陰で雨宿りしていたが、夕暮れになっても雨が止まなかったのでそのまま一晩を過ごした。
探索2日目の朝、雨が止んだが臭いは雨で消えたため前日の追跡を諦めた。そして輝紀たちも他の人たちもターゲットの手掛かりが掴めず3日過ぎた。
2056年4月19日(水)
輝紀たちは探索初日に見つけた2種の近辺を捜索したが、何の手掛かりもなく時間だけが過ぎた。
少しだけ陽がさしている倒木で昼食を取っていると、探索前にペアごとに配られたトランシーバーから柚木の声が聞こえてきた。
輝紀は携帯食を食べながらトランシーバーに耳を傾けた。
『繰り返す。ジュリエット及びキロから定時連絡が途絶えた。インディアとリマは直ちに担当地区での捜索を中止し、ジュリエットとキロに急行せよ』
今回の作戦は生藤山の頂上を中心に半径6kmとする探索域をパイカットのように20区画に分けられ、真南から反時計回りにアルファー、ブラボー、チャーリーといった順に作戦区域に呼称がつられた。
各スクアードは充てられた区域の呼称で呼ばれ、輝紀たちは9番目の区域インディアを担当していた。
隣の区域ジュリエットまで行くには徒歩しかないが、輝紀たちはすでに疲労が蓄積していた。
輝紀は眉間にシワを寄せながらトランシーバーを取った。
「こちらインディア。これよりジュリエットに向かう」
輝紀がそう言って無線を切った。携帯食を平らげてから、光里と一緒にジュリエットへ向かった。
「輝紀兄ちゃん、2時方向からレビスの臭いがする。気をつけて」
さっきまでは陽気に鼻唄を唄ってた光里が急に真面目なトーンで言った。
輝紀は対レビス戦用のMP7Rを手に持っていたが、腰に下げたハンドガンP8にすぐ持ち替えれるようにストッパーを外し、レジューム製ナイフを持っていることを確認した。
装填されている銃弾はレビスに高い効果を発揮するレジュームが混ぜられているが、レジュームの需要と硬度が非常に高いので必然的にコストも高い。
そのため、銃弾にはレジュームのミックス率が高いものと低いものの2種類が存在し、それぞれ高弾と低弾と呼ばれている。
弾の消費が激しいサブマシンガンやアサルトライフルなどは弱弾が、弾の消費が少ないハンドガンやスナイパーライフルは強弾が使われる。
一方、光里は背中に携えた2本のレジューム製ロングナイフを手にしていた。基本的にオペレーターは銃を持たされないのでナイフがメイン武器になることが多い。
輝紀と光里は大きな音を立てないようにゆっくり進んだ。
木々が絶えるところに行き当たると輝紀は静かにMP7Rを下ろし、双眼鏡で辺りを見渡した。
レビスが視界に映らなかったので光里に近くにレビスがいないか聞いた。光里は先ほどのレビスの臭い以外はしないと言ったが、念のため、国連組織の1つ対レイビズ組織の訓練で教わった通り、輝紀は光里にP8を渡し先に渡らせた。
光里が横断している間、輝紀はMP7Rを構え、どこからレビスが現れてもいいよう気を張り巡らせながら光里を見守った。
光里が渡り終え、振り返った。輝紀が先していたことを今度は光里がやり、輝紀は静かに渡り始めた。
輝紀が残り半分まで歩くと突然レビスの奇声が鳴り響いた。輝紀はとっさにその場で伏せ、周りを警戒しながら心の中で毒づいた。
(クソっ、最悪だろ。隠れる場所が近くにないし前にも後ろにも行けねぇ)
輝紀は体が強張り自分の鼓動がうるさく聞こえた。
10分ぐらい経ってから輝紀は慎重に体を起こし再び歩みを進めたが、その10分間は非常に長く感じた。
ようやく輝紀も渡り終え、光里は輝紀にP8を返して言った。
「輝紀兄ちゃん、私もかなり緊張したんだからね! 悪霊を呼び寄せないでよね!」
「んなことできねぇよ。さっさと行くぞ」
と輝紀はP8を受け取り再び森の中を歩いた。
突然、光里が歩みを止め、声を潜めて輝紀に言った。
「すぐ近くにレビスがいるよ。多分もう少し進むと見えると思う」
輝紀は頷いて静かに双眼鏡を取り出し、注意深くに探った。すると木々の隙間にレビスの小さな群れが見えた。音を立てずに双眼鏡をしまい、簡単に武器のチャックを行ってからレビスに気づかれるギリギリまで近づいた。
輝紀は太い木の陰に隠れ、余計な荷物を置いて盗み見るようにレビスの群れを観察した。その周りに人間の道具が散らばっていることに気づき、攻撃を仕掛けることにした。
レビスの数は8体で全部寝ている。
どうやら半数は羊と何かのミックスで、残りは犬と何かのミックスの2種であるようだ。
輝紀はハンドサインで光里に攻撃することを伝え、MP7Rを構え、一番手前で寝ている2種の頭に照準を合わせた。
輝紀は緊張で呼吸が少し乱れていたが、無理矢理落ち着かせた。
(今だ!)
輝紀は力んだ指でトリガーを引いた。
甲高い連射音。
連続で襲ってくる衝撃。
輝紀は強い反動をなんとか抑えながら、他の2種にも銃弾を浴びせた。
最初に照準されたレビスは頭を吹っ飛ばされ即死。他は胴体や四肢をえぐられたが、まだ生きていた。
輝紀は数秒でリロードし、光里と一緒に飛び出した。
輝紀よりもずっと足が速い光里は、手前から順に2種の脳幹を一撃で断ち切っていった。
輝紀は奥の2種に集中射撃し、穴だらけにした。
弾が切れると、すぐにP8に持ち替え、撃ち続けた。
光里が最後の2種の首を切り落とした。
輝紀が見渡す限り、生き残っているレビスはいないようだった。
睡眠中に突然の奇襲。
そして、数分という速攻でレビスの群れは何もできずに全滅した。
輝紀は今の襲撃で他にレビスが襲ってこないか警戒しながら、荷物を取りにいった。
30分後、なにも起きなかったので、光里に周辺の警戒に当らせ、輝紀は散乱している道具を調べた。
(真新しいな。多分、ジュリエットの物だろう。けど、肝心の本人たちが見当たらない)
輝紀の見渡す限り、他に変わった物がなかった。
輝紀は襲撃した場所から少し離れると、岩陰に散らばる弾薬を見つけた。
輝紀は回り込むように近づくと、そこには男性が横たわっていた。
頭部の左半分と左腕が肩ごとなかった。
裂かれた腹部から腸や内臓が垂れ下がり、両足は何かに食い千切られていた。
輝紀はこれ以上見てられなくなり、目を背けた。
目線の先に、首掛けが落ちていた。その中には死んだ男の資格証明書が入っていた。
(資格取ってからまだ1ヶ月の新人だったのか…気の毒に)
輝紀は黙祷した後、彼のオペレーターの姿を探した。
しかし、なにも。仕方なく襲撃した場所に戻りトランシーバーを取り出した。
『こちらインディア。ジュリエットを確認した。プロモーターは死亡、オペレーターは行方不明。次の指示を』
「こちらアルファベット。インディアへ、報告を受け取った。こちらから1個スクアードを派遣する。それが着くまでその場で待機し、到着次第持ち場に戻れ。オーバー」
『こちらインディア。了解した』
そこで無線が切れた。柚木は待機していたペアにすぐに向かうよう指示を出した。
「やっぱり死んでいたか。もし奴の痕跡があったらいいんだけど」
柚木がそう言ってため息を吐いた。
横にいる柚木のオペレーター相原雲母が声をかけた。
「愛さん、気を落とさないでください。きっと、もうすぐターゲットの尻尾を掴めますよ」
「ありがとう、雲母。絶対見つけ出して回収しないと会社が潰れるかもしれないから焦っていてたわ。大事なのは常に冷静であることだからね」
と柚木がいいながら雲母の頭を撫でた。雲母は嬉しそうにしながら柚木に抱きついた。
「光里、今のうちに休んどけ。少ししたら移動するからな」
と輝紀はいいながらP8を持って立ち上がった。
光里には死体を見せないよう襲撃した場所を挟んで反対側に陣取っていた。
「妾が寝ている間襲うでないぞ、輝紀はん」
と光里はモジモジと気恥ずかしそうに言った。
「安心しろ、お前には女の魅力ないから誰も襲わねぇぜ」
光里に背を向けたまま輝紀がそう言うと、後ろからドロップキックを喰らった。
「てぇめぇ〜、ドロップキックかますなよ! くっそ痛ぇ」
と輝紀が背中に手を当てながら言った。
「そなたは淑女である妾を冒涜したのだ!当然の報いじゃ」
光里が拗ねるようにそっぽ向いた。
「淑女はドロップキックしねぇし、自分から淑女だって言わねぇよ」
「むぅ〜! 妾が淑女と言ったら淑女じゃ!」
と言いながら光里が地団駄を踏んだ。
輝紀は頭痛を覚えた。
2056年4日20日(木)
探索6日目を迎えた。
輝紀は昨日の死体が悪夢のように頭の中で蘇りなかなか寝付けないでいると、いつの間にか陽が昇っていた。
「輝紀はん、眠れなかったん?もし辛かったらあたいに甘えてもええんよ」
いつもの日替り古風口調で光里が心配そうに声をかけた。
「ありがとう、光里。てか、起きるの早いね」
輝紀は光里の頭を撫でながら考えふけった。
(よくよく考えたら、レビスに襲われたのなら普通あんな状態になるか? けど、とても人がやったようには見えないしなぁ)
光里は、考えふけっている輝紀の体を揺さぶりながら言った。
「輝紀はん、初日に追ってたレビスの臭いがするから起きたのじゃ」
「ほんとか! 方向はわかるか? それと近いか?」
輝紀が少し驚いた顔で光里に聞いた。
「ほんのちょっとだけ臭いがしただけだから正確な方向はわからないけどざっくりならわかるよ!」
光里が先導して、臭いのした方へ向かった。
生い茂る木々の中を進むにつれて、初日のレビスに近づいているのか、光里の言うには臭いが強くなっているらしい。
しばらくすると、木々が絶えているところに行き当たった。
(この前のように、ど真ん中で立往生するのは勘弁してくれ)
輝紀はそう思いながら、初日と同じように一人ずつ渡った。
今度は何事もなく渡りきり、輝紀はホッと胸をなでおろした。
輝紀がすぐに歩き始めると光里が思いっきり輝紀の服を引っ張った。
尻餅ついた輝紀は光里に文句言ようと顔を向けると、光里が早口で言った。
「臭いがどんどん強くなってる!もしかしたらこっちに近づいてるかも」
輝紀は少し焦りを感じながら身を隠すのにいい場所を探した。
近くに岩や洞窟がなかったので、光里に手伝ってもらいながら太い木に登った。
輝紀が地上から約4mの高さまで登ると、森の奥から巨大な生物の足音が聞こえてきた。
急いで、さらに上へと登った。
だいたい8mぐらいの高さまで登り終えると、小さく聴こえていた足音は内臓を揺さぶるほど大きくなっていた。
輝紀は足場にしている枝が安定してることを確認してから双眼鏡を覗いた。すると、約200m先にこちらに向かってくる黒い影が見えた。
そのまま観察していると、邪魔だった木々がどんどん倒され、その黒い影の全体像が一瞬だけ見えた。
輝紀は双眼鏡を覗いたまま光里に言った。
「光里! リュックからトランシーバー取って無線を繋げろ! 柚木さんにこう言ってくれ、"ターゲットを視認"!」
「なに、奴を見つけた? 状況開始! 雲母、すぐに部隊をヘリに乗せて」
とトランシーバーを耳に当てながら柚木が言うと雲母はすっ飛んで行った。
「すぐに座標を教えて。我々がヘリで向かうからそれまで隠れながら目標を捕捉し続けて!」
柚木はトランシーバーで光里に指示を出し、刀を携えてヘリに向かった。
「輝紀兄ちゃん、あれが今回の標的なの? なんか嫌な予感がする」
と光里が不安そうに言った。
「ああ、あれがターゲットだ。確かに何の動きもなく居座られてるだけでも不気味だな。しかも、ブリーフィングで聞かされてたけど、通った跡に木が生えて元通りになるなんて余計に気味悪ぃ。まぁ、柚木さんたちがくるまでの辛抱だ。それにしてもデカいな。体長は余裕で10m越してるんじゃないか? それに写真に写ってなかった羽もついてるし。雑種じゃなくて大雑種だな、絶対」
ターゲットのレビスとそいつが通った跡に生えて伸びる木々に釘付けされている輝紀は、いつもよりもよく喋っている自分に気づいていなかった。
光里が無線で報告している途中で目標のレビスが急に動きを止めた。
そして20分後、ヘリの音が聴こえてきた。
輝紀は光里に撤収準備するよう促し、少しずつ木を降りた。
枝と葉っぱの隙間から飛んでいる2機のヘリが見え、目標のレビスの上空を旋回してから奥へと飛び去った。
数分して輝紀たちは地面に着くと、目標のレビスの上空にまたヘリが旋回していた。
突然銃撃音が鳴り響き、瞬時に伏せた輝紀と光里は被弾しないように匍匐でその場を離れた。
「ライフル、撃ち方辞め! 総員抜剣! 突撃せよ!」
と柚木が大声で叫び、刀を抜いた。
3個スクアードがレビスの側面を、別の2個が正面から突っ込んだ。
各プロモーターは肉薄する相方のオペレーターをハンドガンで支援した。
次々とレビスに飛びつくオペレーターたち。
レビスは巨体に似合わぬ速さで前方のオペレーターたちを片方の前脚でなぎ払った。
だが、側面のオペレーターたちはもう片方の前脚を一撃離脱の繰り返しで斬りつける。
その脚はレビスの体を支えきれなくなった。
そこで一気に間合いを詰めた柚木と雲母。
雲母は目を、柚木は鼻を斬り、そのままレビスから離れた。
森中に鳴り響く雄叫び。
柚木たちは一旦距離を置いたが、突然数人のオペレーターやプロモーターが叩き飛ばされた。
羽の下から伸びる触手。その数4本。
雲母は反射的に動き、単独で突っ込んだ。
迫り来る雲母を狙う触手。
雲母は持ち前の驚異的な動体視力と跳躍力を生かして、触手の攻撃を華麗に避けた。
触手の根元まで肉薄した雲母。
衝撃音と共に触手の落ちる音がした。
続けて、レビスの首に忍び寄った柚木が下半分を斬り、去った。
雲母の斬撃を受け止めきれなかったレビスは崩れるように倒れた。
しかし、レビスはまだ残っている2本の触手で抵抗した。
1人のプロモーターを串刺し、別のプロモーターの頭を吹っ飛ばした。
柚木は続け様に2人も部下をなくしたが、表情は変わらなかった。
雲母が再び肉薄し、残ってた2本の触手を切断した。
そこでようやくレビスの抵抗が終わった。
柚木は倒れているレビスに近づき、半分繋がっている首に刀を当てた。
「貴様によって散った部下たちの怒りを受けて散れ」
刀を持ち上げ、辛うじて繋がっていた首を斬り落とした。
「クソっ、数が多すぎんだろ! 光里、柚木さんたちのところへ戻るぞ!」
と輝紀がいいながら予備弾倉も使い果たした。MP7Rを捨て、持ち替えたP8で近づいていた2種を倒した。
「輝紀兄ちゃん、しっかり捕まってて!」
と光里が言いながら輝紀の胴体に腕を回し、超人的加速でその場を離れた。
見えない壁を突き破ったような衝撃。
輝紀は光里の加速でろくに呼吸できなかったが落ち着いていた。
(さっき聞こえたレビスの奇声が仲間を呼んだんだな。めんどくせぇことしやがって)
光里のダッシュで、すぐに柚木たちがいるところに着いた。
輝紀は呼吸を整えながら、柚木が男性と言い争うのを見た。
「いい加減にしてください、柚木さん。一体、何人の部下を散らせば気が済むんですか!上のヘリからは見える限り少なくとも200体以上ここに迫っているんですよ!」
「私の命令を聞けないなら、ここで貴様が可愛がっているオペレーターの首を斬り落とす。それが嫌ならさっさと位置につけ」
男は屈辱的な顔をして、黙って森の方へ去った。
輝紀はその男が気になったもののすぐに忘れた、柚木に近寄った。
「柚木さん、すぐそこまでレビスの群れがきてます」
と輝紀が言うと、柚木は表情を変えずに言った。
「君がインディアだね。ターゲットを捕捉してくれて感謝する。すでにレビスの群れがここに近づいているのはわかっている。君たちもさっきの男について行って、レビスの群れを迎え撃って欲しい」
輝紀は完全に我を忘れて言った。
「ふざけるな、俺たちの依頼はターゲットの発見でだけだ。ターゲットが呼び寄せたレビスの群れとの戦闘は依頼されてねぇぞ」
輝紀は柚木に胸ぐらを掴まれ息を詰まらせた。
「ふざけてるのは貴様の方だぞ。ここでレビスの群れを撃退しないとヘリを着陸させれない。死ぬのが嫌なら私の指示に従え」
輝紀は何も言い返せず、悪魔すら怖気つきそうな柚木の冷徹な眼差しに押し負けた。不服に思いながら、光里を連れてさっきの男の後を追った。
輝紀たちが先の男のところに着くとすでにレビスと戦っていた。輝紀たちはすぐに加勢したが、P8に装填してある弾倉が尽きる前に戦闘が終わった。
「加勢してくれてありがとう。ところで、なぜここにホワイトスパローの人間じゃないやつがここにいる? 君たちはだれだ? 」
と先の男が輝紀に聞くと輝紀は答えた。
「ターゲットの位置を知らせた下請けだ。ターゲットと柚木さんのおかげでここに来たんだ。迷惑ならさっさと立ち去るが」
「いや、いい。君も大変だね、柚木さんに捕まって。俺の名前は土田優輝、こっちは相棒の笠原英寿だ。よろしく」
優輝がそう言うと、いつの間にか優輝の横にいた英寿が恥ずかしそうにお辞儀をした。
「俺は伊藤輝紀でこっちは奥村光里だ。立川防人民間警備会社に所属している。こちらこそよろしく」
と輝紀が言うと、光里が前に出て胸を張りながら言った。
「輝紀はんはあちしの大事なペットなのじゃ。虐めるでないぞ。輝紀はんを虐めていいのはあちしと千華お姉ちゃんだけじゃ」
「いつから俺はお前のペットになったんだよ」
と輝紀が呆れたように言った。
「君はそうゆう趣味なのか。いや、否定するつもりはない。周りの人に危害が及ばない限り、どんな趣味も容認するつもりなんだ」
苦笑いする優輝がそう言った。輝紀は口答えするのが嫌になって頭を抱えた。
「冗談だよ、伊藤君。それより、前衛を頼めるかな? 装備からして近接戦に長けていそうだからね。俺はマークスマンが本領なんで」
優輝が笑って輝紀に頼んだ。
「俺たちは近接戦しかできないから、むしろありがたい」
まだ不快感を示していた輝紀は答えた後、続けて優輝に聞いた。
「ところで、なぜあんたらはあのレビスを倒した後すぐに撤退しないでここにいるんだ?この人数だったら群れが来る前に脱出できただろうに」
「その話しはここを生き抜いてからにしようか」
優輝はそういいながら森の方にSR-25の銃口を向けた。輝紀と光里は瞬時に構え、レビスが現れるのを待った。
まだ輝紀の目にはレビスの姿が見えていないのに、優輝がSR-25を撃った。
するとレビスの奇声と続いて倒れる音が聞こえた。続いて、レビスの群れがこちらに向かって来る音も。
一定間隔で鳴る重い銃声。
発砲音の数だけレビスが倒れた。
輝紀の目でも目視できるまでにレビスが迫った。
優輝がリロードしている間、輝紀がハンドガンでカバーした。
光里と他にもいる1個のスクアードが両端のレビスを次々と斬り倒した。
そして、その群れの最後の1匹を光里が倒して息をついた。
「土田さんのおかげで群れの半分を倒すだけで済んだけど、それでも数が多すぎる。いつになったらここを撤収するんだ?」
と輝紀は呟くように言った。
「日没間際で退くだろうね。夜になったらさすがに、柚木さんでも避けたいだろうし。まぁ〜、とりあえずあと30分の辛抱だ」
と笑いながら優輝が答えた。
「土田さん、この作戦が終わった後、柚木さんに追加料金の請求しに行きたいから待っとくように言って欲しい」
と輝紀は半分冗談に聞こえるように言った。
「わかった、伝えとくよ。俺もこの後、柚木さんに話したいことがあるし」
優輝が笑顔でそう言って、SR-25を手に持った。
日没まで残り10分のところで、五月雨式に押し寄せたレビスの群れを撃退した。
輝紀はハンドガンの弾も尽き、ナイフ1本で死にものぐるいでレビスと戦った。途中までは光里と連携して戦っていたが、いつの間にかはぐれていたようだ。
輝紀が弾切れのP8を拾い、優輝たちがいるところへ向かおうとした。
顔の横を何かが静かに、鋭く空気を切りながら通り過ぎた。
後ろからレビスの奇声が聞こえ、倒れる音がした。
混乱した輝紀はとっさにナイフを持ち直し、後ろを振り返った。
頭のほとんどが吹っ飛んだレビス。
また、後ろから誰かの足音が聞こえた。
極度に高まる鼓動。
滴る汗に、濡れた手。
輝紀は、再び構えながら振り返った。
そこにはハンドガンを持った優輝がいた。
「輝紀君、最後まで気を抜いちゃいかんぞ。まぁ〜、俺の相棒に感謝するんだな」
優輝が笑いながらそう言い、向きを変え歩きだした。
(土田さんのオペレーターもマークスマンなのか?)
緊張から解き放された輝紀はナイフとP8をしまいながらそう思った。
「早く来ないと、ボッチで下山することになるよ」
と優輝に言われ、輝紀は急いで後に続いた。
2056年4月25日(火)
所々雲があるが、空は青く晴れていた。
辺りは高層ビルが建ち並び、全面ガラス張りのビルに陽が射すと、かなり眩しかった。
輝紀と玲華は、新宿の高層ビル街の一角を担うホワイトスパロー社の本社にいた。目的はもちろん違約金の請求だ。
5日前、輝紀たちは日没直後にヘリに乗って生藤山から離脱していた。ターゲットの襲撃から脱出するまでの間、合計約400体のレビスに襲われ、輝紀たちを含む26人中7名が死亡、1名が重傷を負った。
探索の依頼は輝紀たちがターゲットを発見した時に終了し、他の探索チームはヘリで回収された。
輝紀たちも当然ターゲットの座標を伝えた時点で、依頼を完遂したので自衛以外にレビスと戦う必要がなかった。
しかし、ターゲットの奇声が原因で輝紀たちはレビスの大群に囲まれ、必然的にホワイトスパロー社と一緒に戦わざるを得なかった。結果的に、輝紀たちはターゲットと間接的に戦闘したことになる。
拓也たの所属する立川防人民間警備会社は無名で、対するホワイトスパロー社は日本有数の大手なので、拓也と玲華はそう簡単に事が運ばないだろうと思っていた。
しかし、いざ交渉を始めると、あっさりと拓也たちの要求が通り、ものの5分で交渉が終わった。
「それでは、ホワイトスパロー社が契約違反としてMP7Rを1丁と250万円を御社に支払うことでよろしいですね?」
柚木が最終確認として聞いくと、玲華と輝紀は同意の印として頷いた。
「では、正式文書を作成しますのでしばらくお待ちださい」
と柚木が言い、先日のブリーフィングにもいたきっちりとした背広を着た男が部屋を出た。
次に扉がノックされるまで、部屋はずっと静寂に包まれていた。
「失礼します」
と言いながら、先ほど部屋を出た男とは別の男性が入って来た。輝紀はその人が誰なのか知っていた。
「初めまして、根本さん。そしてお久しぶりです、輝紀君。私は土田優輝です。今日からよろしくお願いしますね」
と優輝がどこかぎこちなく言った。
輝紀は、今日からという言葉に引っかかった。
玲華は柚木に顔を向けて尋ねた。
「こちらの方は?」
「ホワイトスパロー社に所属するプロモーターですが、今日を持ちまして我が社を退職します。本人の希望で御社と契約したいとのことで、暑がましいとは思いますが、この場をお借りさせてもらいました」
柚木は表情を変えずにそう答えた。
「輝紀君、土田さんのこと知ってるの?」
と玲華は輝紀に聞いた。
「知ってるもなにもこの前の作戦で一緒に戦った人だよ。結構強いし、人が良いよ」
と輝紀が答えた。
玲華はそれを聞いて、その場で優輝&英寿ペアを雇うことにした。