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Red Dot   作者: Chris K. Tomato
東京圏
5/11

依頼 前編

  瓦礫と化した民家や、塗装が剥がれ所々弾痕が残るオフィスビル、脇にどかされ錆び朽ちた自動車。


  それらの一部は、雲の隙間から漏れ出た光によって、不気味に照らされている。

  そんな中、無数の人々が列をなして歩いている。


(あれ? さっきまで何して……って、寒っ!)


  吹いた風が想像以上に冷たくて、思考を邪魔される。

  体を震わせながら辺りを見渡すと、乞食みたいな酷い身形の人たちが疲れ切った顔をして歩いている。


(なんだ、こいつら? こんなに寒いのに、ジャケットもコートも持たないのか? ってか、ここってどこだ? なんか懐かしい感じがするけど)


  そう思いながらも、人の流れに従って歩いていると、急に一面広がる更地に出た。遠くに小さめなモノリスが見える。


  突如、後ろから地響きと射撃音が聞こえてきた。

  慌てふためく人がちらほらいるが、ほとんどの人がパニックを引き起こさず、歩き続けている。


(え? 服装は汚いけど、どう見ても一般市民だよな。なんで銃撃音がこんなにも鳴り響いているのにパニックを起こさないんだ?)


  聞こえてくる音の中に混じる嫌な音を感じとった。レビスの群れがこっちに向かう時の音だ。


(早くこの場から離れないと!)


  だが、なぜか体が勝手に立ち止まる。


(はぁ? なんで、止まんだよ! レビスの群れがこっちに向かってるんだぞ! お願いだから、さっさと動けっ!)


「急に立ち止まって、どうしたの、拓兄?」


  懐かしい声が聞こえると同時に衝撃を受ける。

  守谷で拾われた後、ずっと母親代わりだった雪が、幼い頃の玲華と千華と知らない男の子を連れてこっちに近づいてくる。


(えっ、雪姉ちゃん?! な、なんで…)


「拓也君、どうし・・・」


  混乱する思考に御構い無く、勝手に腕が持ち上がって、口が動く。


「少し黙って。何か変なんだ」


(ちょっと、待て! 勝手に動くな、この体!雪姉ちゃん、レビスの群れが近づいてるんだ! 早く逃げて!)


  困惑した顔の雪が、焦ったくなるほど、ゆっくりとあたりを見回す。


「何もおかしいことないと思うけど…」


(いや、さっきから言ってんじゃん!レビスがここに来てるんだって!)


  いきなり顔が北東に向く。

  周りの人たちが狂気に取り憑かれた人を見るような目でこっちを見てくる。


(なんだよ。ゆっくり歩いてないで、お前らもさっさと逃げろ! てゆうか、さっきからなんなんだよ、この体)


  いきなり、真横から無線が入る音がして、驚いて振り向く。


(あれ? いつの間に、自衛隊の分隊が横にいんだ?)


  分隊の指揮官らしき隊員が、無線を切ると大声で命令を下す。


「戦闘準備っ!!! 北東よりレビスの大群が我々に向かっている! 我が隊はここで陣取りやつらを迎え討つ! 避難民の皆さんは迅速に予備モノリスへ向かってください!」


(予備モノリスって。まさか、ここって習志野? どうゆうことだ?)


  人々が一斉に最寄りのモノリスに向かって、駆け走りはじめる。

  少数の自衛隊がその流れに逆らい、あちこちに残る瓦礫に身を寄せて、陣地を構える。


(そういえば、こいつは誰だ? なんか親近感が湧くんだが)


  目の前に玲華と千華の他に知らない男の子が雪の後ろを追いかける。最寄りではない海寄りのモノリスに向かって。


  段々と息が上がっていく。


「死にたくなければ、死ぬまで走れぇ!」


  また勝手に口が動いた。すると、前から男の子からツッコミが入る。


「死にたくないのに、死ぬまでって、おかしいだろ!」


(なんだ、こいつ? ふざけてんのか?)


  突如、後ろから激しい銃撃音が鳴り響き、続いてレビスの奇声と人の悲鳴が大音量で聞こえてきた。

  身体中に血が沸き立つのを感じる。そして、呼吸が浅くなっていることに気づいた。


  約400mほど走ると、千華がつまずいて転ぶ。

  後ろから千華の腕を掴んで、強引に引き起こしながら走り続ける。


  一瞬だけ後ろを振り向くと、数十匹のレビスがこちらに向かって走っている。


  心臓が破裂しそうなほど激しい鼓動。

  汗で濡れた服がまとわりつく気持ち悪さ。


(すぐ後ろにレビスが来てんぞ! もっと走れ!)

「すぐ後ろにレビスの群れが来てる! 気をつけろ!」


  再び後ろを振り返ると、150m以上離れていたレビスの群れがいつの間にか数十mぐらいまで迫っていたように見える。

  さらなる恐怖と絶望を感じる。


  前を向いた瞬間、後ろから大きい爆発音がして、急に体が中に舞う。

  地面に叩きつけられ、肺から空気が搾り取られる。

  頭痛と耳鳴り。

  押し潰れそうな肺。

  思うように動かない手足。


  全てが同時に起きている。

  どの体勢でも苦しい。

  動くと全身が痛む。動かなくても全身が痛む。

  皮肉にも、死の恐怖だけがボロボロの体を突き動かす。


  爆発がした方を向くと、間近に迫ったレビスの群れが消えている。


(助かったのか? )


  身体の中から熱が溢れんばかりに湧くのを感じる。


  ふと空を見上げると、白く塗装されたSH-60が低空で飛んでいる。

  そして、モノリスの方を向くと、約500m先のモノリスと、地面に伏している雪たちが見える。


  夢中になって、這い蹲ってゆっくり立ち上がり、雪たちを助け起こす。

  唐突に、上空から射撃音が、後ろからレビスの奇声が、一緒に聞こえてきた。


(やばい。早く走れ! まだ追ってくるぞ!)

「早く走れ! まだ、奴らが追ってくるぞ!」


  先にモノリスに向かって走り出す玲華と千華と男の子の三人を、雪と一緒に追う。


  腕や足が鉛のように重くなっていく。

  体の内側がかなり痛む。

  呼吸をするのも苦しい。


(もっと速く走れ! 痛みなんて無視しろ!)


  突如、上空で爆発音がして、続いてヘリの墜落音が聞こえた。

  急に寒気がして、振り向く。


  飛びかかるレビスと目が合う。

  反射的に横へ飛び避け、地面に倒れ伏す。

  しかし、背中にノコギリで切られたような痛みと、生温かい滴りを感じる。


  レビスが気になって前を向くと、雪が自分で自分の足を引っ掛けて転んだ。

  背中の痛みを堪えながら雪を助けようと立つが、鶏冠が生えた狼みたいなレビスが威嚇しながら立っている。

  雪を蚊帳の外に置くように、レビスとの距離を保ったまま、睨み合う。


  レビスの肩口から、モノリスへ向かって走り続けている玲華たちの姿が見える。


(この光景は見たことないけど、身に覚えがあるな…)


  すると、レビスの目に石が当たり、怯む。

  タイミング良く、雪が横から割り込んでくる。腕を掴まれ、雪と一緒にモノリスへ駆け出す。


「拓也君、全力で走って!」


  雪のたなびく髪に目を奪われいた。


(なんだろう、この感じ。まだレビスから逃げきれてないのに)


  さっきまでの恐怖と焦燥感が嘘のように消え、心休まっている状態に近い不思議な感覚になっている。

  ふと、モノリスの麓でジャンプしたり、早く早くっと言わんばかりに手を大きく振っている三人が見えた。


(これって、まさか…)


  突然、後ろを向かされる。

  さっきのレビスすぐそこまで迫っている。その距離約10m。


(やばい。このままじゃ、どっちも死ぬ…)


  しかし、切迫詰まった感覚が急に消え、入れ替わりに、背負っていた何かを捨てたような感覚が訪れる。

  雪の手を振り払い、体がレビスと対峙するように振り返る。武器もないのにも関わらず。


  振り返った瞬間、目の前にレビスの膝が迫っていた。

  避けきれず顔面に直撃した。

  受け身を取ることもできず、後頭部から地面に突っ込む。

  レビスの膝蹴りと倒れた時の衝撃で、頭の中身がスティックでグチャグチャにかき回されたかのように痛み、呼吸以外何も聞こえない。


  ほんの僅かに頭が動く。

  モノリスの方を向いた瞬間、心の中にあるなにかが、音を立てて完全に崩れ去る。


(このクソレビスめぇぇぇぇぇ! 雪姉ちゃんから離れろぉぉぉぉぉぉ!)


  大好きな雪がレビスに食い千切られ、血の池が創り出される。

  無気力で、小さな涙を流していることに気づく。


  雪を襲ったレビスは向きを変え、自分に向かってゆっくりと近づてくる。

  目の前にレビスの足が現れ、見るも無残な肉塊となった雪も泣き崩れる三人の子供たちの姿も見えなくなった。


(来るなっ! 来るなぁ!! こっちに来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!)


  一瞬で視界が真っ暗闇になった。

  そして、拓也の声が脳内にダイレクトで届いた。




 ーーー今に見てろーーー









「うわぁぁぁ!」


 と輝紀は叫びながらイスを倒し、バッと起き上がった。びっしょりと冷や汗を流し、肩で浅く息をしていた。少し周りを見渡すとクラス中から視線を浴びていることに気づいた。


「大丈夫ですか、伊藤君?」


  少ししかめっ面になっている新しい担任が輝紀に言った。


「すみません。夢を見てました」


  輝紀はそう言って、倒したイスを戻して静かに座った。所々から、クスクスっと笑う声が聞こえ、輝紀は恥ずかしすぎて死にそうだった。


  御構い無しに担任は何事もなかったかのように話を再開した。


  輝紀はまだ恥ずかしくて身体中が熱かったが、すぐ横の窓から見える青空を眺めた。

  どこまでも青く澄んでいる大空。

  輝紀は自然と気持ちが落ち着く感じがした。


(またあの夢か。新年度始まってまだ5日しか経ってなくて、登校初日で見るとか最悪。いい加減、見たくないんだが)


  輝紀は、誰も聞こえないように小さなため息をつき、目を閉じた。






  適度に涼しい風が吹き、小さなピンク色の花びらが舞った。舞い上がった桜の花びらは嘲笑うかのように、親友と一緒に下校する輝紀を襲った。


「マジかよ…」


  輝紀は再び、死にそうなぐらい恥ずかしく思った。


「あぁ、マジだ。最奥の1組までバッチし聞こえたぞ。俺はついに輝紀の頭が手に負えないほどイかれちまったのかと思ったぞ」


  輝紀の親友大熊公平(おおくまこうへい)が腹を抱えながらそう言った。


「わ、笑うなよ。後で担任に呼び出し喰らって、こってりと怒られたんだしよ…」


  輝紀が拗ねるように口をとんがらした。


「始業式でも寝てたのに、よく連続で寝れるなぁ。さすが、居眠りの神! 青タヌキに助けられるメガネ野郎といい勝負しそうだな」


「いい勝負しなくていいし。代わりにミーシャがジャイアニズムの創始者と勝負してこいよ」


  公平は身長が160cmもない小柄なので、輝紀や親しい人は、苗字の大熊から取って、ロシア語で小熊という意味のミーシャと呼んでいる。


「あんなもん図体がデカいただのデブだろ? だったら楽勝だ」


「対戦相手間違えた。お口バッテンのウサギと戦えよ」


「はぁ?そいつは無理だな。せめて、貞子にしてくれ」


「ミーシャ、オバケは無理じゃね?俺らからは触れることもできねぇし」


「だったら、さっきまでのヤツらは2次元だから、そいつらも無理だろ」


「いや、被り物を着たアルバイターなら3次元だ」


  お互いに、何言ってるんだと思い、笑い合った。

  笑い疲れた公平が話を変えた。


「ところで輝紀、進路どうすんの? 大学行く気ないって聞いたんだが」


「わかんない。仕事が軌道に乗ったらいいんだけど」


  輝紀は目を落として、そう答えた。


「仕方ないさ、まだ無名だもんな。っま、進路なんて今はどうでもいい。夏頃に決めればいいしな。そんで、今日も暇なまま終わんだろ? だったら、苺ミルクパフェ食いに行かね?」


  公平が気さくに誘ったが、輝紀は断った。

  公平が、そうかとだけ言って別れた。







  輝紀は帰りの道中ずっとさっき見ていた夢のことを考えていた。


(PSCやり始めてから、やっと見なくなったんだけどなぁ。できれば、もう見たくねぇ…)


  気づいたら、去年から住んでいる家の前に着いていた。コンビニと民間警備会社(PSC)の事務所になっている1階に行かず、住まいになっている2階へ外に付いている階段を登った。


  元々、1階しかなかった潰れたコンビニ店を玲華が買取って改築したのだが、住まいはともかく外に取り付けられた階段は狭く急な上に踏む度にギシギシと音を立て心もとなかった。


(さっさと修理してほしいな)


 と輝紀は心の中でボヤいた。


  輝紀は自分の部屋にカバンを置き、そのまま1階の事務室に向かった。

  扉を開けると、普通のコンビニ店の事務室よりも少し広めな部屋の真ん中に安っぽいセンターテーブルと背もたれをつけたベンチと中古の二人掛けソファが、奥にオフィスデスクとクルクル回るオフィスチェアが置かれていた。


  輝紀が事務室に入ると、オフィスチェアでクルクルと回りながら、おかえりとドップラー効果を付けて言う少女がいた。

  その子がイスを回すのをやめ、輝紀の元へ行こうと駆けたが、まっすぐ行けずセンターテーブルの角にぶつかって盛大に転んだ。

  輝紀は苦笑いしながら手を差し伸べた。


「光里、あんなにクルクル回ってたんだからそうなるわ。ほら、大丈夫か?」


  輝紀の相棒である奥村光里(おくむらひかり)はうっすら涙目の顔を上げ、輝紀の手を取って立ち上がらせてもらってからバッと輝紀に抱きついた。


「感動の再会じゃな、輝紀殿」


「今度はどこの時代劇にハマってんだよ」


 と微妙な表情で輝紀が言うと、光里が急に輝紀から離れ、自慢げに手を腰に添えて言った。


「よくぞ聞いてくれた。拙者は伊達政宗公にハマっちょる。輝紀殿も観たいか! 今すぐにでも見せてやるぞよ!」


「興味ねぇ。てか、色んな人物の口調混ざってねぇか?」


 と輝紀は軽く受け流した。


  光里は肩を落として部屋の隅っこに行った。そして、壁に向かって念仏を唱えるようにぶつくさ言い始めた。

  輝紀は不気味に感じたが、いつものことなので無視して事務室を出た。


  玲華が経営するコンビニまがいの小店に入ったが、数人のお客さんがいるだけで玲華姉の姿が見えなかった。お客さんの一人がレジの前で待っていたの輝紀は玲華に代わってレジを打った。


  しばらくして、大きい段ボールを抱えた玲華が店の奥から出てきた。


「あら。おかえり、輝紀君。今日もお店を手伝ってくれてありがとう」


 と玲華は抱えてた段ボールを下ろし、微笑みながら言った。


「暇だったからやってるだけだよ。それよりその中には何入ってんの、姉さん?」


  輝紀はそう言って玲華に近寄った。

  玲華はちょっと待っててねと言い、ハサミかカッターを取りに店の奥に行った。


  輝紀は苦笑いせざるを得なかった。玲華が履いてるジーンズの後ろポケットにカッターが入っていたのだ。


  少ししてから、店の奥から聞こえた。


「輝紀く〜ん。ハサミかカッター知らない?」


「姉さん、ジーンズのポケット確認した?」


 と輝紀が大きめな声で言うと、奥から、あったと聞こえ、玲華が戻ってきた。


  玲華が刃を出して、段ボールのガムテープを切り、蓋を開けた。

  輝紀も箱の中を覗くとびっしりと詰まった本がそこにあった。


「お目当の本どこかな〜」


 と言い、玲華が鼻唄を唄いながら次々と本を取り出していった。すると、お目当の本を見つけたのか、色あせた本を手に取り観察するように見た。


「それ、なんの本?」


 と輝紀が聞くと玲華はその本に付いてた埃を払いながら答えた。


「昔、拓兄がお気に入りだった本だよ。絶版してたから探すの苦労したよ」


  "拓兄"というワードを聞いて、輝紀は胃酸が逆流する感覚に襲われた。それでも、輝紀は気になったことを聞いた。


「お気に入りの本ってどんなの?見せて」


  玲華はその本を輝紀に渡した。


「スノッリのエッダ? 聞いたことねぇや」


 と輝紀は言い、裏表紙にあらすじがなかったので適当にページをめくると手が恐怖で固まった。


(へ、ヘビ…)


  輝紀は右腕が震え始め慌てて本を閉じた。

  玲華が心配そうに声をかけると輝紀はびっくりして玲華を見た。輝紀の顔は青白く、異常に汗を流しながら呼吸が乱れていた。

  輝紀は本を持ったままその場に座り込んだ。玲華は輝紀から奪うように本を取り上げ、優しく輝紀の背中をさすった。







「拙者が側におらんと店の手伝いもできんのかいな。まだまだお子ちゃまだな、輝紀殿」


 とオフィスチェアに座っている光里が両足をバタバタさせながら言った。


「お子ちゃまのお前に言われたくねぇよ」


  二人掛けソファで休んでいた輝紀が言い返しテーブルの上に置かれていた冷えたお茶を飲み干した。


「そんで俺が寝ている間、依頼とかなかったか?」


 と輝紀が聞くと光里は顔を横に振った。輝紀は今日も暇だなと呟くと光里が一緒に時代劇観ようとせがんだ。


  輝紀は鬱陶しく感じソファでふて寝した。

  光里はほっぺを名一杯膨らまし、寝ている輝紀の脇腹に遠慮なく飛び乗った。輝紀は光里を突き落として痛みで起き上がって吠えるように言った。


「内臓を潰す気か!」


「お主が全然拙者に構ってくれないからじゃ!これ以上構ってくれないならクツの裏にガムつけるぞ!」


「わかった、付き合ってあげるかそれは勘弁してくれ」


  遂に輝紀が折れ、2階に向かい光里と一緒によくわかんない時代劇の観賞に付き合った。




  時代劇観賞中ずっと光里が輝紀の足の上に座って観ていたせいで輝紀が冷蔵庫に行こうとしても足が痺れて冷蔵庫の影すら見ることができなかった。


  光里はその光景を見て軟弱者めっと言いながら悪代官みたいに笑っていた。輝紀は何か言い返そうと口を開いた瞬間、事務室と連結している固定電話が鳴った。

  輝紀は痺れる足を無理矢理動かし受話器を取った。


「はい、こちら立川防人(さきもり)民間警備会社です。ご依頼でしょうか?」


  輝紀がそう言って電話の相手が答えるまでしばらく待ったが何も返ってこなかった。


「あの〜もしもし、間違い電話ですか?」


  再び返答を待ったが何も返ってこなかった。返答もなくずっと電話が繋がりっぱなしで輝紀は不気味に感じた。

  輝紀がもう一回声をかけようとした瞬間電話の向こう側から奇声と悲鳴が聞こえ、そこで電話が切れた。

  輝紀は心臓の鼓動を全身で感じるほど驚いていた。


  電話の奇声と悲鳴が横にいた光里にも聞こえみたいで不安そうな顔で輝紀を見上げていた。

  輝紀はすぐに受話器を置き、座卓の上置いてあるPCを開いた。


 プロモーターの資格を取った際、会社にかかった電話の発信位置を特定するソフトと10分ごとに更新されるレビス出現マップのソフトをPCごと支給されていた。


  輝紀は2分もかからずに発信位置を特定した。場所は高尾山、しかも相模湖寄りの。

 輝紀は戸惑った。


(なんで高尾山から電話がかかるんだ?モノリスの外だぞ。それに東八王子にもPSCがあるのにわざわざうちのとこにかけるか?)


  輝紀が難しい顔で画面とにらめっこしていると千華が部活から帰ってきた。


「ただいま〜って輝紀、変な顔してなにしてるの?」


 と千華が手も洗わずに輝紀の横に座った。

  輝紀がPCを千華に向け、ついさっき起きたことと見に行くか無視するか迷ってることを話した。


「通報者がパニックでここに電話をかけた可能性を捨てきれないけど、ここは無名だからそんなことないよね。行かない方がいいよ」


 と千華が答えた。

  輝紀も光里も最もだと思い、その日高尾山には行かなかった。









 2056年4月8日(土)


  輝紀は春休みの気分が抜けない状態で初っ端からの授業は辛いので得意の居眠りをしたら担任に怒られ入学式の準備を手伝わされたのであった。


  そのせいか、午前を10時過ぎても輝紀は布団の中でぐっすり寝ていた。すると光里が勢いをつけて輝紀に飛び乗った。輝紀は潰されたカエルのような声を出し目覚めの悪い起こし方で起こされた。輝紀がここはガツンと言おうとしたら先に光里の口が開いた。


「輝紀はん、警察がきちょるよ。輝紀に用があるんやて」


  輝紀はすぐに会おうとせずゆっくりと布団から出てシャワーを浴び、着替えてから玄関に向かった。


  二人の警察官は相当待たされ、お怒りの様子だった。それでも輝紀は詫びる気持ちがなくむしろ少し気分を良くした。


(ふん、どうだ。俺から幸せの時間を奪ったツケだ、豚警(とんけい))


 と輝紀は心の中で罵った。

  太った方の警察官が警察手帳を見せながら言った。


「立川防人民間警備会社の方ですね。お持ちのパソコンを持って署まで同行願います」


  輝紀は表情を変えずに同行を拒否した。


「嫌です。同行願いなら拒否権ありますよね。今あまり機嫌が良くないので他に用がなければお帰りください。どうしても同行して欲しければ理由を教えてください」


  もう一人の警察官が遂に怒りを表し怒鳴り散らした。


「散々、人を待たせておいて帰れとは何様のつもりか、小僧が! 大人しく民警のPCを持って付いて来い!」


  太った警察官がキレた警察官を片手で制止し落ち着くよう言った。そして輝紀の方へ一歩進み穏やかな声で言った。


「お騒がせしてすみません。確かに貴方が言うことは合ってますが言葉遣いに気をつけてください。それでは理由を説明しますので同行をお願いしますね」


  太った警察官が理由を述べ、輝紀は大人しく同行した。






「それで俺はここで何をすればいいんだ?」


  輝紀が少しイラだったような声で言った。


「先ずは、おととい。5日の午後6時半ごろ不審な電話がかかってこなかったか?」


  答えたのは年かさで頭のてっぺんがハゲたおじさんだった。

  輝紀は少し驚いた。


「どうしてそれを知ってる?」


「それは機密なんでね。それよりどういった内容だったのか?」


「だったらクライアントの守秘義務があるから答えれないね」


 と輝紀が答えるとハゲ刑事がため息をついて言った。


「他の人に漏らさないなら教えてやる。その代わり話の内容を話してくれよ」


  輝紀は少し勿体ぶるようにわざと間を置いて了承した。


被害者(ガイシャ)の通話履歴がうちに来るようになっててね。それで辿ったら君んとこが出てきたんだ」


  輝紀はなるほどって言い、イスの背もたれにもたれかかってた姿勢を前のめりに変え、約束通り言ってやった。


「なら俺の番だな。シンプルに言うとクライアントとは何も話していない」


  するとハゲ刑事が思いっきり机を叩き飛びかかるように身を乗り出したが、輝紀がまだ続きがあると言って制止した。


「本当にクライアントとは話していないんだ。俺が電話に出たんだが、俺から何か言ってもずっと沈黙していたんだ。ところが急に誰かの悲鳴とレビスの奇声が聞こえた。その後電話が切れた。念のためにすぐ発信位置を調べたがな」


  ハゲ刑事は怒りを抑えて落ち着きを戻して言った。


「ならその座標はわかるか? できれば今すぐ見せて欲しいんだが」


  輝紀はすぐPCを開いて履歴を辿って、求められた発信位置を見せた。同席していた女性警官がその座標をメモした。


  「高尾山? なんでそんなところから電話が?」


 とハゲ刑事が疑問の声をあげた。

  輝紀はしかめっ面で、俺が知るわけないだろと伝え、ハゲ刑事は唸りながら考え込んだ。


 輝紀が黙って眺めてると、ハゲ刑事の口が開いた。


「まぁいい。協力感謝する。それじゃ君は帰ってよし」


 と言いそそくさと女性警官を連れて部屋を出てしまった。

  輝紀は、人をなんだと思ってんだよと呟いて署を出た。






  家の前まで帰った輝紀は部屋に戻って寝直そうと思ったが、なんとなく1階の事務室にふらっと立ち寄った。

  戸を開けると、ちょうど光里がきちっとした背広を着た見知らぬ男性にお茶を出すところだった。


「おかえり〜。お客さんだよ〜。妾が一人で接客しておったのじゃ! 偉いじゃろ?」


 と光里が言いながら輝紀に抱きついた。


  輝紀は、はいはい偉い偉いと適当に答えながら、無理矢理光里を引き剥がし事務室の外に出した。外から輝紀のバカって聞こえたが輝紀は無視して、立川防人民間警備会社の者ですと言い、その男と握手してからセンターテーブルを挟んでベンチに座った。


「どんなご用件で?」


 と輝紀が聞くと、クライアントは押し黙ったまま黒いリュックの中から茶封筒を取り出して輝紀の前に差し出した。

 輝紀は黙ってそれを受け取った。茶封筒から1枚の紙を取り出し目を通した。輝紀は目を見開いて顔を上げるとその男性は無表情で静かに言った。


「その紙に書いてある通りです。このことは誰にも教えないでください。もちろんオペレーターにも知らせないでください」


  輝紀が何か言おうしたが男は続けて言った。


「何度も言いますが、その紙に書いてある指示に従ってお来しください。お待ちしております」


  男が支度して出ようとした時、輝紀が慌てて聞いた。


「ちょっと待ってくれ。これをうちの社長に伝えてもいいか?」


  すると男が少し目を見開いたがすぐに無表情に戻って、では社長と一緒にお来しくださいとだけ言い残し事務室を出た。


  男と入れ替わりに光里が入ってきた。


「話はもう終わったん?」


「姉さんにも伝えないといけないけどそれ以外は終わったよ」


 と含みのある言い方で輝紀が言うと光里が目を輝かせながらこちらを見つめていた。


(しまった。時代劇の観賞に付き合わされる)


 と思い全速力で事務室を出たが通りに出る前に捕獲された。


  その後、輝紀は時代劇をたっぷりと見せさせられたのであった。もちろん輝紀の膝の上に光里が乗りながら。








 2056年4月11日(火)


  輝紀と玲華は満員電車の中にいた。目的地の四谷駅で2人は電車から吐き出されるように降りた。

  玲華は大学時代の通学でいくらか慣れていたが、お初の輝紀は大変だった。


  先ずこれ以上人が入れないだろと思うほど人が乗っている中にまだ人が乗りこむ光景に、普段ラッシュアワーで電車に乗らない輝紀はカルチャーショックに近い衝撃を受けた。


「輝紀君。どうだった、通勤ラッシュは?」


 と玲華が微笑みながらへばっている輝紀を後ろから覗き込んだ。


「絶対に一生電車に乗らねぇ」


 と輝紀は吐き出すように言った。


  そうしているとすぐに次の電車が来て大量に人が降りてきた。輝紀はもう人酔いで倒れたくなった。


「も〜こんなんでへばったら勝てる2種にも勝てなくなっちゃうよ。それより早く行かないと遅れちゃうわよ」


 と玲華がいい輝紀の手を引っ張って四谷駅を出た。




「みなさん集まりましたね。それではブリーファーが来るまでしばしお待ちください」


 とおととい輝紀の元に訪ねた男性がいい、部屋を出た。


  輝紀は部屋にいる10人足らずの人を見たが一緒に仕事をしたことある1人を除いて全員見覚えがなかった。玲華が輝紀だけに聞こえる声で言った。


「多分みんな私たちみたいに小さい会社だと思うよ」


(また下請けか)


 と輝紀が不快感を感じながら思った。


  すると扉が開いて見覚えのある女性がさっきの男を連れて入って来て、部屋の中が騒ついた。

  その女性はマイクが置かれてるところに行き、マイクを手に取った。


「初めまして、みなさん。今回ブリーファーを務めるホワイトスパロー社の柚木愛です。私をご存じの方もいると思いますがどうぞお見知り置きを」


 といい柚木がお辞儀をして話を続けた。


「早速ですが依頼の話に入ります。今回のターゲットはこちらです」


  その瞬間柚木の後ろのスクリーンに1枚の地図と数枚のレビスの写真が映し出された。それを見て下請けの人たちは戸惑いを隠せなかった。


(あ、高尾山に少し近いな。まぁ〜、あの電話とは関係ないだろうな)


 地図を見ていた拓也はそう思った。


「今回の依頼内容は簡単です。生藤山周辺でターゲットを探して見つけてください」


  柚木がそう言うと、同席者の一人が立ち上がって声を荒げながら言った。


「そいつは雑種じゃないか! 俺たちがそれを倒せると思ってんのか? ふざけんな!」


  雑種、それはステージ3の別称だ。ステージ3には、ミックス数が多すぎて元を全て特定するのが不可能なレビスが分類される。元がわからなければ、レビスの能力もわからないので不意を突かれやすくなる。

 そのため、ステージ3以上のレビスは手練れのペアや装備の揃った軍が担当するのが常識になっている。


  ステージ1やステージ2はミックス数が少ないので元が特定しやすい。そのため、2種類のミックスであるステージ1は2種、数種類のミックスだけど元を特定できるステージ2は3種とそれぞれ呼ばれている。


  男が発言許可をもらわずに発言したが、柚木は微塵も表情を変えずに応えた。


「私どもが依頼しているのはターゲットの発見であって、撃退ではありません。座標を教えていただければ、あとは私どもがやりますので」


  それを聞いて声を荒げていた男は押し黙って座った。

  柚木は他に何か言いたい人がいないことを確認してから話を続けた。


「今回のターゲットは少々厄介です。高さ4mを超す大型レビスですが、奴が進んだ跡は木々が芽吹き、急速に成長し、数時間後には元通りの森林になってしまうのです。その上、DNAの取り込みが速く、この写真にはない器官が新たに生えてる可能性があります。可能性はまだ低いですが、作戦実行時にはステージ4になっている可能性がありますので、ターゲットの座標を送った後、直ちにその場を離れてください」


  ステージ4というワードが出ると、会場は騒ついた。


  ステージ4、それは雑種よりも巨大なレビスが分類されるため、別名大雑種とも呼ばれている。

  巨大になるだけならまだ良いが、現代科学でも理論を解明できていない能力を持っていることが多い。

  そのため、AROが定めるランキングで上位1万位以内のランカーと特殊部隊しか、ろくに戦えないので、下請け程度のペアは逃げるしか手がない。


  会場が騒ついても、柚木は気にすることもなく話を続けた。


「では、続けて詳細なタイムスケジュールと報酬の話に移らせていただきます」






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