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Red Dot   作者: Chris K. Tomato
プロローグ
3/11

出会いと別れ

発生源から程遠いここ土浦ですら、最早半分狂気に包まれたかのような混乱を見せた。2011年に起きた悲惨な震災ですら、ちっぽけに見えてしまうほどの混乱が。

レビスから逃れようと何万、何十万人もの群衆が、延々と列をなして東京方面に避難しようと向かっていた。


レイビズ感染の公表から約10時間後、自衛隊はついにレビスの大群を押し留めることができなく、敗北した。派遣されていた陸自きっての精強揃い3個戦闘団約1万人は、7000を超える損害を出し、壊滅した。


間に合わなかった増援部隊は、住民を避難させる時間を稼ごうと遅延戦術に徹したが、増大していくレビスの大群はジリ貧状態の自衛隊には手に余り、どこの戦線も非常に厳しい状態が続いていた。


また、日本以外にも、世界中でレビスが上陸し、群れを成し、急速に勢力を拡大した。

WHOはフェーズ6、いわゆるパンデミックフェーズを超えたと判断し、人類史上初めて大絶滅危機のフェーズ7を警告した。

 2043年11月22日


  月明かりのない夜空。

 暗闇に包まれた大地の中、避難民キャンプから放たれた弱い光が辺りを少しだけ見えやすくしていた。


  拓也は驚きを隠せず、ただ呆然と立っていた。

  清楚で恥ずかしがり屋だったクラスメイトの佐藤蓮が、身体中に泥と擦り傷が付き、スラムの人よりも酷い姿で、拓也の目の前に立っていた。

  薄暗くて、お互いに顔が見えなかった。


「ごめんなさい…本当にごめんなさい……」


  そう言い、泣き崩れる蓮を拓也はただ呆然と見ることしかできなかった。


  肌を刺す冷たい風が吹き、拓也は少しだけ混乱から立ち直り、蓮に何があったか聞いた。


  蓮は震える声で言った。






  広がる田園の中、前を走る二人の同級生を追って、既に悲鳴をあげている足に鞭打って走り続ける。


「……………………………!」


  後ろから、鼓膜が破れそうになる奇声が、聞こえた。さらに高まる鼓動。


  恐る恐る振り向くと、鹿のツノと熊の前足を生やした犬のようなレビスが牙を見せながら迫り来る。


  さらなる恐怖を感じ、無我夢中に走るペースを上げた。


  悲鳴をあげていた足が、段々ということを聞かなくなった。そして、急に一瞬だけ体が宙に浮く感じがした。


「………ぁ……」


  顔から地面に突っ込み、衝撃で意識が飛びかけた。


  口に入った泥を吐き出し、レビスの唸り声が聞こえた。

  死の恐怖に支配され、全く手足が動かない。


(た、助けて!)


  同級生の二人が急に振り返り、自分の方に向かって走ってきた。


「友久! お前の妹を助けるぞ!」


「苗字同じだからって勝手に家族にすんな、菅原!」


  同級生たちの声が聞こえて、不思議と安心感を覚えた。


  いきなり、覆い隠すように黒い影が、視界に飛び込んできた。


(さっきのレビス!)


  レビスは、そのまま走って、知樹と友久に襲いかかった。


  反射的に目を瞑り、体が強張った。

  耳を閉じたくなる、同級生たちの悲鳴と肉を咀嚼する音が聞こえ、涙が溢れ出していた。


  悲鳴と咀嚼音が消え、近づく足音に心臓が破裂しそうなる。


  突如、銃声が鳴り、巨体が倒れる音が聞こえた。そして、誰かが駆け寄る足音も。


「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」


  さらに複数の足音も聞こえ、ゆっくりと目を開けた。

  涙で視界がボヤけていたが、迷彩柄のヘルメットを被った男性が見え、そのまま意識が途絶えた。







  拓也は、レビス上陸で覚悟していたとは言え、たった数日前まで元気な姿で会っていた友達の死を受け止め切れないでいた。


  蓮はただひたすら、ごめんなさいと涙声で言い続けていた。


  また、話によると、拓也たちが遭遇した、三角コーンをレビスと勘違いして一瞬騒ついた地点で、拓也たちが通過した約2時間後にレビスが現れ、蓮たちがいたコンボイが襲わた。


  コンボイと言っても、その実態はほとんど車両がなかった。車両不足のせいで自力で歩けない人以外、全ての避難民は徒歩で移動せざるを得なかった。

 そして、政府高官が車両で避難しているという噂が広がり、大小様々な避難民の集団は、権力者への皮肉を込めて、コンボイと言われるようになった。


  襲ったレビスの数は少なく、偶然自衛隊の小隊が近くにいたため、大事に至らなかった。しかし、混乱で多くの人が犠牲になったという。ほとんどは子供や老人が…





「落ち着いたかい、蓮ちゃん?」


「はい。お陰様で少し落ち着きました」


「そう、良かったわ。ゆっくり休んでね」


  母は美由紀を連れて、避難民キャンプの中央にある配給所の方へ向かって行った。


  拓也は蓮の方へ目線を移した。光が弱く、はっきりと見えなかったが、彼女の手がまだ震えていることはわかった。


  なにか声をかけて安心させようと声をかけようとしたが、なんて声をかければいいかわかんなくなり、敢え無く失敗した。

  お互い何も話せず、冷たい風になびく葉っぱの音だけが残った。


  拓也がやっとの思いで口を開いた。


「佐藤さん、あんたはこの後、どうするの?」


 と言ったが、すぐに選ぶ言葉を間違えたと後悔した。

 蓮は俯いたまま、ペットボトルを持つ手を強く握りしめた。

  再び、心地悪い長い沈黙が続いた。




  沈黙したまま、母と美由紀が食料と毛布を抱えて戻ってきた。すると、二人の後ろに知らない女の子が、二人ついてきていた。


「後ろの二人は誰?」


 と拓也が聞くと、少女たちはびっくりして、サッと母たちの後ろに隠れて、様子を伺うように拓也を見た。


「美由紀のお友達、玲華ちゃんと妹の千華ちゃんよ。怖がりだから、脅かしちゃダメだよ、拓也。玲華ちゃん千華ちゃん、あの怖〜いお兄さんが、美由紀のお兄ちゃんだよ。雰囲気は怖いけど、根は優しいから安心してね」


 と母さんが言うと、玲華&千華という姉妹が恐る恐ると出てきた。


「姉の根本玲華です。こっちが妹の千華です。よろしく、お願いします」


 と言い、お辞儀してきた。


「拓也だ。よろしく、玲華ちゃん千華ちゃん」


 と言った拓也は、手を差し出したら、彼女たちはサッと母たちの後ろに逃げた。


  拓也はちょっとショック受けたが、後ろで蓮がクスっと笑うのを聞こえて、振り返らずに、少し元気が出たか、と安心した。




  母と交代で起きて、焚き火の前で座っていると、横に誰かが座ってきた。びっくりして横を向くと、そこには蓮がいた。


「驚かして、ごめんなさい。いつもお母さんと交代で見てるの?」


 拓也は目線を焚き火に戻して答えた。


「気にすんな。母さん一人だと、寝る時間がなくなるから、分担してるんだ」


「へぇ、偉いね」


  蓮はそう言って、自分の膝を抱きしめ、続けて言った。


「さっきの質問に答えてなかったよね。それを言いに来たの」


  拓也は、少し顔を強張らせながら、聴き続けた。


「家族とはぐれちゃって、路頭に迷ってたら、菅原君たちに会ったの。一緒に行動してたけど、私のせいであんなことになっちゃって。だから、小宮君たちに迷惑をかけたくないから、明日から別行動するね」


  拓也は、やっぱり言い方がマズかったと後悔した。

  また、しばらく沈黙が訪れたが、拓也が長く続かせなかった。


「佐藤さん、生き延びる糧あんのか?話を聞く限り、ないと思うんだ。あんたの決心を尊重したいが、正直俺は死なれて欲しくない。それで、少しの間俺らと一緒に行動しないか?その後に離れるかどうか決めればいいから」


  拓也はそう言い、恐る恐る蓮の方を見ると、蓮が真っ直ぐ拓也の顔を見ていたため恥ずかしくなって顔を背けた。


(佐藤さんってこんなに可愛かったっけ。てかめっちゃ近い)


  拓也は、そう思いつつ、返答を待っていると


「いいねぇ、青春」


「「いいねぇ、青春」」


  拓也と蓮はびっくりして、後ろを振り返ると、ニヤニヤしながら拓也たちを見る母と美由紀と根本姉妹がいた。


「ちょ、ちょ、ちょい!どこから聞いてた?!」


 と拓也は慌てて言い、蓮は恥ずかしそうに拓也から少し離れて、反対方向を向いた。


「始めっからに決まってるでしょ」


 とみんなニヤニヤして、美由紀が答えた。


  心の中で、クソっと毒づいた。


「まぁ、私は大歓迎だわ。蓮ちゃん、一緒に行動しましょ?」


 と母がそう言いながら、蓮に向かってウインクした。

  蓮は恥ずかしそうに俯いたまま答えた。

「お、お願いします」


 それを聞いて拓也は安堵したが、美由紀がずっとニヤニヤしながら自分を見ていることに気づいた時、明日が億劫に感じた。


(やばい、美由紀の長いイジりが始まる…)






 2043年11月23日


  美由紀のイジりを耐え抜いた拓也はやっと普段とは別のストレスから解放された。


  日暮れ前、拓也たちは臨時駐屯地が置かれている守谷に着いた。避難民キャンプが人海に埋もれてると思うほど、人でごった返しになっていた。また、避難民キャンプから少し離れている住宅街はまだ被害を受けてないように見えた。


  やっとの事でキャンプを通り抜け、駐屯地にたどり着いた。門番っぽい自衛官に弘樹の所在を聞いたら、偶然にもこの駐屯地に赴任していたので、すぐに面会できた。




  拓也は、ミリタリー映画に出てくるブリーチングを連想した。


「玲華ぁ!千華ぁ!」


  弘樹が部屋に騒がしく突入して来たと思ったら、次は根本姉妹を強く抱きしめ、感動の再会を分かち合っていた。


(え? 知り合いなの?)


  拓也はそう思った。


  弘樹は根本姉妹を抱擁した後、拓也の方を向き、手を差し出した。


「やぁ、拓也君。よく生き延びたね」


  笑いながら強い握手をされて、拓也は痛がった。


「あ、ごめんごめん。お母さんも美由紀ちゃんもお嬢ちゃんもご無事でなによりです」


  一通り、挨拶が済んだところを見計らって、拓也は父さんのことを聞いた。


「すまないがそれどころじゃなくなって新しい情報はない」


 と弘樹に言われた。

  拓也は期待してなかったので、あまり落ち込みはしなかった。


「ところで、今のレビス勢力と世界情勢知ってるかい? それと、東京の次にどこ向かうか決まってるかい?」


 と聞かれ、皆首を横に振った。


「そっか。なら、東京に向かうより習志野に行く方が、まだ安全だ。もうすぐ、東京も危険地帯になる。もはや、日本のどこもが危険だ。もちろん、他の国々もだいぶやられてる」


「え? 東京も危なくなるの? なんで?」


 と美由紀が思わず聞いた。


「発生源は、宮城と福島の間だけじゃなく、福井や山口にも飛び火してるんだ。しかも、ついさっき未確認ながら宮崎と和歌山と北海道にも広まったらしい。どうやら、Xウイルスは哺乳類だけでなく、鳥類や爬虫類などにも感染可能になったみたいだ。そのせいで戦線がどんどん増えている。元々、自衛隊は少数精鋭志向なんだが、そのおかげで自衛隊と警察を総動員しても全く人員が足りてない。急いで大量徴用しているが、お世辞にも全く足りているとは言えない」


  弘樹が言い終わると、場の空気が重くなり、美由紀が思わず口を滑らせた。


「もう、私たち助からないの?」


  さすがの美由紀でも、言ってすぐに後悔した。


「まだ確証はないが、レビスに有効な物質がある。ある偵察部隊がレビスに襲われ、散り散りになった。その内の生き残りがとある洞窟に追い詰められたが、それ以上レビスが向かって来なくなったと報告してきた。それを受けて、俺が調査しに行くことになったんだ」


  美由紀と根本姉妹は、すぐに希望の光を見たかのように表情が明るくなった。だが、母と拓也は暗いままだった。


「まぁ〜、そゆうことだ。準備が出来、次第すぐにここを離れろ」


  区切りがいいかのように、弘樹がそう言って部屋を出ようとすると、千華が走って弘樹の足にしがみつき、泣きながら言った。


「パパは私たちと一緒に行かないの?どうしてすぐここを出ないといけないの?」


  拓也はまた衝撃を受けた。


(えっ、パパ? 弘樹おじさんに娘がいるって聞いてねぇぞ)


  弘樹は振り返ってしゃがみんで千華を優しく撫でながら言った。


「理由はあとで、拓也君に伝えるからね。ここを離れた後はしっかりとあの根暗なお兄ちゃんの言うことを聞くんだぞ! 拓也君、陽が落ちて2時間後に、またここに来てくれ」


  弘樹は千華の背中を優しく撫でて、部屋を出た。




  キャンプに戻った拓也は陽が落ちて数時間後、言われた通りに再び駐屯地に訪れると、昼間の時よりも基地内が騒がしかった。


  弘樹に再び会うと、人気のない格納庫の裏に連れてかれ、弘樹が真剣そのもの目で口を開いた。


「拓也君、君も気づいてると思うが、娘たちを頼む。ここの部隊は君たち避難民の保護が任務じゃない。調査のために組まれた部隊なんだ。調査地はレビスに囲まれている状態のままで、包囲を突破して洞窟に入り、調査が終わったらまた包囲を突破しないといけないんだ。つまり、俺が無事に生きてここに戻る確率はないに等しい。だから、よろしく頼む。君に面倒を押しつけるようで悪いが、君にしか頼めない」


  拓也は、どこかの物語に出てくる騎士みたいに答えた。


「はい、任せてください。命にかえてでも、あの子たちも守ります」


  弘樹は、びっくりしたように言った。


「拓也君、君も生き延びるんだぞ! 決して、死に急ぐな。いいね?」


  拓也はニンマリして言った。


「僕も死ぬ気ないのでご安心を。弘樹おじさんも死なないで、生きて帰還してください。そうしないと、あなたの娘さんたちを嫁にしちゃいますよ」


  弘樹は、負けたなと笑いながら言った。


「わかった、わかった。しばらくの間、娘たちをよろしく頼むね」


「任せてください」


 と言い、互いに固い握手を交わした。




「拓兄ぃ〜! パパは何言ってたの?」


  千華が、戻って来た拓也にタックルしながら問い詰めたが、千華が思い描いたように拓也が転ばなくて、怒って拓也の弁慶を蹴った。


「落ち着け、千華!俺は逃げやしないから!!」


  拓也は、千華をなだめるように言った後、蓮に聞いた。


「佐藤さん、母さんと美由紀はどこ行ったの?」


「配給を取りに行ったはずなんだけど、なかなか帰って来ないね。私、様子見に行ってくるね」


「ちょ、待て!」


  止める間もなく、蓮は行ってしまった。走り去る蓮の後ろ姿を見ていた拓也は、嫌な予感でいっぱいになっていた。




  拓也の予感は、悪い事態は考えうる最悪のシナリオになるというマーフィーの法則に完全に当てはまってしまった。


  蓮が行ってから数十分後、キャンプの方から悲鳴が聞こえ、人々が逃げ惑って来た。


  拓也は、呆然として立ち竦み、根本姉妹も恐怖で強張り拓也にへばりついた。


(何があった? とりあえずどうするか。ここはこいつらを連れて逃げてから母さんたちを探すか、母さんたちがくるまでここで待つか)


  冷たい風が吹き、落ち葉が巻き上がった。


  キャンプ地から来る人々は、固まる拓也を気にする素振りもなく、我先にと悪魔に取り憑かれたかのようにキャンプ地から逃げる。


  軽いパニック状態に陥った拓也は、ふと園児らしき男の子に目が止まった。


  その男の子は、親とはぐれたように見え、必死に逃げる群衆の中で、ただ一人ポツンと泣きながら立っていた。


(俺は、この状況でなんであいつを見てるんだ?)


  すると、その男の子が、逃げる中年中背の男性にぶつけられ、頭から地面に倒れた。

  男性は、慌てふためきながら振り向きもせず、恐怖で染まった顔のまま走り去った。


  拓也は袖を引っ張られる感じがした。

  ハッと現実に意識が戻り、引っ張られた方を向く。玲華も拓也が見てた男の子を見ていたらしく、その子に指をさし何か言ってくる。


  しかし、拓也はなぜか聞き取れなかった。

  ただなんとなく、あの子を助けようよって言ってるような感じがした。


  拓也が動けないでいると、玲華が急に男の子の方に向かって走りだした。


  拓也は思わず、千華を連れて後を追った。




  真っ暗闇で頭ん中がグワングワンいいながら意識が遠のく中、


(あれ? さっきまでなにしていたんだっけ?)


「・・! ・・・・・?!」


(ん? 何か聞こえる…)


「・・・・・?!」


(まただ…ママが来てくれたのかな…)


  頭のグワングワンが少し治まってきた。


「・! ・み! だ・・・ぶ?!」


(ん? だれだろ?)


 と思い、わずかに片目を開けた。


「ね! きみ! だいじょうぶ?!」


 と聞こえたが、言葉として理解できなかった。


(綺麗な人だ…ママがいつも言ってた、天使さんなのかな…)


  そう思い、再び瞼を閉じた。その後、何かに持ち上げられた感じがして、ガンガン揺さぶられ、完全に意識が途切れた。






「大丈夫かな…生きてるのかな…」


  玲華は心配そうに顔を覗き込む。


「多分、大丈夫。倒された時に頭を打った衝撃で脳震盪を起こしたんだろう。1時間ぐらい寝かせとけば、そのうち起きるよ」


 と言いつつも、拓也は不安を抱えていた。


(こいつも気になるけど、母さんたちが気になる…)


  拓也たちは、慌ててキャンプから離れるように逃げたため、今いる場所がどこなのかわからないでいた。

 拓也はしばらく、どうしたらいいか考えていた。


(とりあえず、朝までここにいるしかないな…)


  気づいたら、根本姉妹は疲れて拓也の横で寝ていた。


(こいつらの寝顔を見ていると、妙に落ち着くな…)






 バキッ バキッ



  少し明るくなった空の下で、拓也は音に反応して、頭が冴えない状態のままとっさに身構えた。


(くそっ…いつの間に寝てたんだ?…逃げるのは…ダメだ、グッスリ寝てやがるこいつら…戦うしかないか…けどな、武術なんてやったことないし、そもそもレビス相手に武術って通用すんのか?…どうしよう…どうしよう…どうしたら良いんだ!……)



 バキッ バキッ バキッ バキッ



  徐々に、何かが枝を踏み折る音が、大きくなっていく。


  拓也の鼓動は激しく、呼吸は浅くなってゆく。

  拓也は、息を殺し、ジッと待ち構えた。


  そして、おぼろげにシルエットが見えた瞬間、何かが拓也の頭の中で弾けた。


(待てよ! 今の、人じゃないか? けど、人の形をしたレビスがいるかもしれない…まだ気を抜くな、小宮拓也!)


  少し恐怖が小さくなったが、とてつもない緊張は残ったままだった。


  苦しくなる呼吸。

  今にも破裂しそうな心臓。

  息を飲んだ瞬間、人の声がした。


「誰か、いるんですか?」


  若い女性の声、いや聞き覚えのある声だった。


  拓也は、まさかと思いつつも、警戒しながら尋ねた。


「もしかして、廣瀬さん?」


「小宮君?」


  そう聞こえたと同時に、クラスのマドンナ的存在だった雪が現れた。その瞬間、拓也は全身から力が抜け、どっと疲れが襲った。


「やっぱり、小宮君だ!よかった!本当によかった!」


 と雪が飛びつくように迫って、拓也の手を取った。嬉し涙を流しながら、よかったと言い続ける雪を見て、拓也は胸が高鳴った。


  さすがに騒がしかったらしく、拓也が後ろを振り向くと、根本姉妹と男の子が目をこすりながら起きて、何が起こってるかわかってないような顔をしていた。


「拓兄。その人はだあれ?」


 と眠たそうな声で千華が言った。


「私は廣瀬雪です。小宮君と同じクラスなの。よろしくね」


  雪は、拓也のハートを射抜いた笑顔で、拓也の横を通り過ぎて、三人の子供たちと一人ずつ丁寧に握手した。


  根本姉妹は雪に自己紹介を済ました。


  そこで、やっと頭が冴え始めたのか、名前も知らない男の子は、周りに知らない人に囲まれて不安と戸惑いの色を浮かべ、その場で硬直していた。


  雪は、そんな様子を見てその子と同じ目線になるようしゃがんで、優しく声をかけた。

「安心して、悪い人たちじゃないよ。僕のお名前は?」

 だが、男の子は目を泳がせるだけで何も答えれなかった。


  不思議そうに根本姉妹がその子に近づいたら、急に男の子が天使さんだと言いながら玲華に抱きついた。玲華は、漫画みたいにわかりやすい戸惑いの顔で拓也に助けを求めたが、拓也もまた戸惑っていた。




  雪が持っていた水を男の子に飲ませ、落ち着かせた。


「落ち着いたかな?」


 とクラスの男子たちをイチコロにしてきた笑顔で雪が男の子に声をかけた。


「うん、ありがとっ!」


 と男の子は笑顔で答えた。


「俺は小宮拓也だ。こっちの二人は根本玲華と千華で、そこのお姉さんは廣瀬雪さんだ。ところで、君の名前は?」


 と拓也は、なるべく怖がらせないように言ったつもりだったが、男の子は怖がった。


「拓兄、根暗で強面だもんね〜」


 と玲華に茶化された。


「だったら、天使さんよ。代わりに、名前聞いてこいよ」


 と怖気させようと睨んだが、玲華は気にもしないで笑顔で、はーいと言って男の子に駆け寄った。


「僕ちゃんのお名前を教えてくれる?」


「うん!いとうてるき!」


 と男の子は元気よく答え、ポッケから折りたたまれた紙を取り出して、玲華に手渡した。


  玲華は紙を広げて、すぐに拓兄に渡した。そこには、この手紙を見た方に輝紀をお願いしますと書かれてあった。


「お母さんとお父さんはどうしたんだ?」


  拓也は輝紀の方を向いて聞いたが、輝紀はまた怖がって答えられなかった。

  拓也は、面倒くせぇって思いながら玲華に聞くよう頼んで、やっと口を開いてくれた。


「ママはさっきまでいたけど、はぐれちゃった…パパはわからない…」


 と輝紀は俯きながら答えた。


「はぐれた時の待ち合わせ場所とかあるの?」


「パパの仕事場!」


「お父さんはどんなお仕事してるの?」


  玲華が聞くと、輝紀は首を傾げながら答えた。


「ん〜、サラリーマンって言ってた」


(こりゃダメだ…親に合わせるにはキャンプに戻るしか可能性ないだろうな…)


 と思ったら、急に拓也は母さんたちのことで不安になった。


「そういや、廣瀬さん。なんで、あんたがここにいるんだ?」


 と自分の不安を紛らわせようと、話を変えた。


「キャンプに着く手前で、ボロボロになった自衛隊の人から周辺の生存者探しに協力するようお願いされて、ここに来たの」


  だから、軽装ながら水を持ってたのかと、拓也は納得した。


「小宮君。キャンプに戻ろう。ここよりも安全だよ」


「それもそうだな。玲華、千華、それと…チビ助!動けるか?」


 と拓也が聞くと、三人共頷いたのですぐに出発した。





  拓也たちは言葉を失った。


  拓也たちが今いるところは、煙り臭く、所々から焦げた臭いと鉄の臭いが漂った。

  視界には、所々に小さなクレーターや黒い煙が立ち込め、穴を埋めたり黒い物体と瓦礫の搬出をしている自衛隊と避難民がちらほら見受けられた。


  拓也たちが呆然と立ち竦んでいると、迷彩服を着た自衛隊が来てた。


「ここは子供たちが来るような場所じゃない。安全な場所に連れて行くから、着いて来なさい」


 と言って、駐屯地の方へ向かった。

 拓也たちはススが舞っている中、その自衛隊の後を追った。




  駐屯地の真横に臨時のキャンプが設けられたが、とてもキャンプ地とは見えなかった。

 不満も言ってられないので、自分たちの場所を確保して、拓也一人で小枝や落ち葉を集めて戻ると、自衛隊の人が雪と話してるのが見えた。


  雪が拓也に気づいて手を振ってきた。すると、自衛隊の人も拓也に気づいて近寄って来た。

 拓也は、自衛隊が俺らに何の用だろうと思い、自分からも近寄った。


  お互いに手を伸ばせば届きそうな距離まで近くと、自衛隊の人が急に敬礼した。


「小宮拓也さんですね。根本一尉から伝言です。至急、駐屯地の第3格納庫に来てください」


 と言って、小枝や落ち葉を焚き火のところに置かせ、拓也だけを連れて駐屯地に向かった。




「拓也君、無事でよかった!」


 と弘樹は半泣きで、拓也を強く抱きしめた。


「ぐ、ぐるぢぃ」


 と拓也が呻く(うめく)と、弘樹はごめんごめんと言いながら身形(みなり)を整え、拓也に聞いた。


「娘たちも無事かね?」


「もちろん、無事ですよ」


 と、拓也は自慢気に左の拳でポンと自分の胸を叩いた。


「それは、よかった。ところで、拓也君のお母さんたちがどうなってるか、知ってるかい?」


 と真面目な表情で聞かれ、拓也は気を落として答えた。


「わかりません。母さんたちが配給を取りに行った後、騒ぎが起きて必死に逃げて、ついさっきキャンプに戻ったところなんです」


  弘樹は、そうか知らなかったのかと言うと、拓也は疑問が湧き、急に嫌な感じがした。


  拓也が口を開く前に、弘樹が先に口を開いた。


「本当に残念で伝えるのが辛いが、君に知らせないといけない」


  拓也は胃がキリキリいい始め、全身から血の気が引く感じがした。


「ま、まさか…」


「そのまさかだ……小宮凛花さんと小宮美由紀さんと佐藤蓮さんがキャンプ地で亡くなった状態で発見された」


  拓也は、思考と気持ちが捻れ、体の中で台風を超えるような拒絶反応が起き、何も考えれなくなり、その場で膝が折れた。


  弘樹は、拓也の肩を持ち上げながら聞いた。


「どうする?お母さんたちに別れの挨拶するか?」


 拓也は無気力に頷いた。


  弘樹はそれを見て、彼を連れて死体を安置している第3格納庫に入った。


  そこは、青いシートに包まれた亡骸が綺麗に並べられていた。弘樹は入り口付近で立ち止まり、拓也に場所を教え、拓也だけ行かせた。


  奥から7目の列で、右から4つ目から蓮と美由紀と母の順に安置されていた。


 つい何時間か前まで一緒に話してた人が、十何年も一緒に暮らしてきた大切な家族が冷たい物質となって横たわっているのだ。


 拓也はそこにきてやっと、親しい人の死を実感し、いつの間にか涙が溢れていた。静かに膝を折り、一人ずつ長い沈黙で別れを告げた。




  別れを告げた拓也が、さっき入った入り口から格納庫を出た。



「今に見てろ」



  拓也は小声でそう言って格納庫をあとにした。


  出入口の側に立っていた弘樹は、拓也の言った言葉を聞き逃しそうになった。悪寒を感じ振り返ったが、すでに拓也は暗闇の中へと姿を消していた。






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