むしゃくしゃして内緒にしたら大変なことになった。
「二の姫様は泣いておられました!」
無表情が常の次女付きのメイド兼護衛兼影のサノが珍しく顔を赤くし悔しそうに言った。
愛娘が涙をこぼすほど追い詰めた原因は他ならぬ自分だ。
なんで気付いてやれなかったのだろうと、深く深く後悔した。
次女…リシュルカは容姿としては素朴な顔だ。
今は亡き私の祖母によく似ている。
家族はもちろん屋敷の者や領民を愛し、優しく気配りのできる人であった。
私の母は傾国級美女であったがそれ故、怨み嫉みに翻弄された人であったので祖母にそれはそれは懐いた。
もはや盲目的ともいえる程の愛であったといえる。なかなかエキセントリックな人でもあった。
その美貌とエキセントリックさは長女と三女に受け継がれている。正直、そこは似て欲しくなかった。
さておき、そんな私の祖母によく似たリシュルカを母は溺愛した。
三女の元婚約者が次女に紅茶をかけたあげく、こいつじゃ嫌だと駄々をこねた時は百戦錬磨な私の妻ですら戦慄させたほどの怒りようだった。
あかん、恩人なのに一族郎党皆殺ししかねん!的な状態に。
じゃあ、三女が産まれたらねーとお茶を濁して母親を宥めるのに半年要し、このまま王都に居たらいつか壮絶な復讐劇とか遂げそうな予感しかしなかったので両親から家督を譲り受けその時は在命だった祖母のいる領地へと送ったのだった。
愛する祖母の世話に夢中になり母の怒りはとりあえずおさまった。
そこでメデタシメデタシ…とはいかなかった。
急な引き継ぎは色々な問題を生んだ。
今まで家を取り仕切っていた母の仕事をどうするか…だ。
妻は戦士としては右に出るものはいないが、婦人としての力は壊滅的であった。
私は外交官としてあちこち飛び回る生活をしていたので、あまり力になれず…
長男の妻に期待していたが、やって来たのは王子より王子らしい美青年な娘だった。
それでも家族が力を合わせ、家をもり立ててくれた。
そこには使用人たちを始め、護衛部、影達も力を合わせてくれたからに他ならない。
長女が嫁いでも何とかなったのは、皆の力もあるが、やはりリシュルカの采配があったからこそだった。
これでも傾国級美女の息子なので私の容姿は美しい。
それを利用し外交を有利に進めることもあるほどには。
それ故、女性陣にはもちろん一部男性にも囲まれるのには慣れていたし、あしらいもそれなりにできている…のだったが…ある時からムキムキ野郎や猛者野郎共にも囲まれるようになった。
理由はすぐに分かった。リシュルカだ。
王都にある我が家には使節団という名目で、各国の武力に自信のある者達がやって来る。
我が最強の妻やそれに似た次男と殺し合…いや、闘うためだ。
正直、戦闘大好き脳筋は闘う為なら手段を選ばないこともあり、何度か屋敷が半壊したり、庭にクレーターができて庭師達が泣いて激怒し草刈り鎌で追いかけ回し事件が起きたりと色々あった。
それがある時からピタリと止んで、野郎共に取り囲まれる事が増えたのだ。
リシュルカが主体となり屋敷を取り仕切るようになってから、である。
女学院に通いつつ、客のための采配を振るリシュルカ。
品行方正でどこに出しても恥ずかしくないリシュルカ。
うちの娘は天使か!と思える性格のよさと気配りのよさ。
本人は全く知らないが、十三歳になってからそれはそれは縁談話は持ち上がった。
しかしである…名目使節団は妻や次男が、社交界では長女と長男夫婦が、領地に行く話は私の母が…ことごとく潰した。いや、現在進行形で潰している。
正直に告白すると私も両手両足では足りないくらいには…潰した。
女学院経由での話は持ち上がらなかったが、
どうやらリシュルカさんもしくは先輩が自分の兄弟と結婚すれば親族に…!あ、でもうちの兄もしくは弟に任せられる?的な葛藤やリシュルカさんの義姉妹になるのは私じゃー的な潰し合いがあったらしく表面上は穏やかなようであった。
我がバンバード家は政略結婚を国の為、家の為に代々続けてきた。
先祖たちのたゆまぬ努力と私自身の努力、そして子ども達がそれぞれ優秀だった事もあり三女が産まれてすぐの婚約を結ぶと、これといって無理に政略を結ぶ必要もなくなった。
それだけ家も、そして国も安定してきた…という事。
喜ばしいことだ。
ならば…と私は思った。
リシュルカを無理に駒として嫁がせなくとも、家に残らせ本人が望む者を婿に迎えいれ長男夫婦と家をもり立てていけば良いのでは…と。
もちろん私の一存では決めて良いわけでない。
緊急家族会議が開かれ、満場一致でリシュルカは嫁に出さず婿もらおうぜ案は採用された。
私は内心ちょっぴり結婚できなくてもずっと養っていくもんね!絶対手放さないもんね!と考えもしたのは内緒だ。
そんな家族会議が開かれた直後、隣の大陸にある超大国である帝国からリシュルカを望む話が持ち上がった。
帝国の第八皇子が妻にと望んでいる…と。
因みに、その時リシュルカ十四歳、第八皇子は九歳。
実に五つの差。
彼はその当時から四年前、一年近く我が家に逗留していた。
超大国は大国であるが故、争いも多かったようだ。
彼は先代皇帝に大変可愛がられており皇太子と同腹故、様々な思惑により狙われる身だったが故の我が家への逗留だった。
兄である皇太子が新皇帝となり、国は落ち着き彼は祖国へと帰った。
が、彼はそれから年に一度はやって来るようになった。
超大国との繋がりは様々な利益を生む。彼が来る度、ささやかであっても利がもたらされた。
彼自体良い子であったし(これはリシュルカの教育の賜物と後から知った。さすがである。)、屋敷の者にも可愛がられたし、リシュルカの後をついて回る姿は私も微笑ましく思っていた。
…その話が持ち上がるまでは…………
「皇子、申し訳ないのですがリシュルカの夫は婿に入ってもらわねばならないのです。
残念ですが…」
と言って色々あったが断った。
うん、断れた…はずだった。
しかしである、一年後―…
ヤツは満面の笑みで祖国の許可をとってきた、婚約者にしろと私に迫ったのだった。
頼みの妻と次男はすでに懐柔され、ラスボスこと私の母の許可すらもぎ取ったヤツに私はなすすべもなかった。
なので、条件を出した。
その一、バンバード家は代々政略結婚の家系であるので、政略とするだけの理由や実績を示せ。
その二、妻と次男程ではないにしろ体を鍛え自国の猛者に一本とれるくらいは強くなれ。
その三、リシュルカが十八歳になるまでは接触禁止、ただし普通のやり取りの手紙は許可。
その四、成人するまで(※ヤツが。)は清い交際を続けること。
その五、私達と同居すること。
せいぜい、その位の条件で誓約書を書かせたうえで血判を押させる事位しかできなかった。
思春期ボーイになれば血迷って他の外見のいい女に引っかかるか、恋とかにブンブン振り回されてそこで縁が切れるんじゃないの?と思っていた。
というかそうなる事を望んでいた。
リシュルカはもちろんの事、執事長と影の長、長男以外にはその事を伏せていた。
ヤツの心代わりで破談になったらリシュルカが可哀想…が建前、本音としては婚姻させてたまるか!、であった。
しかしながらそうはならなかった。
ヤツはほぼ全ての条件をクリアしたのである。
今、ヤツを縛るのはリシュルカが十八歳になるまで接触禁止の条件のみ。
このままでは女学院卒業前には婚約してしまう。
ヤツの祖国の帝国の成人は男女とも十五歳とされており、このままいけばリシュルカ二十歳で婿にもらう計算だ。
父としては家にいるものの、なんかやだなぁという感覚だ。
そんな寂しくなっちゃう男親としての心境の為、今まで黙ってきたというのに…
まさかこんな事になろうとは…
物凄く嫌ではあるが、私は腹をくくり静かに話始めたのだった―…




