婚約者がいないのはどう考えてもこの顔のせいだ。
リシュルカは普通の子だった。
いや、家柄や身分としては高位貴族で、知識と教養は努力と根性でそこそこのレベルにまで達しているのだ。
いるのだが…、リシュルカは顔立ちが普通だった。
いわゆるモブ顔。
気を抜くと周囲に埋没してしまう程。
姉は眩いばかりの美女、妹は姉をも凌ぐかもしれない程の美幼女、兄達も美形、父に至っては輝くほどの美形なのに自分はモブ顔。
ちなみに母は魔獣を素手で倒せる筋肉モリモリ眼力鋭いマッチョなアマゾネスなので逞しく凛々しい。
そんな濃い家族に囲まれていながらにして、リシュルカは普通だった。
ある意味、誰といてもリシュルカは霞み、印象に残らない。
え?あの家にそんな子いたっけ?的扱いを受けることも結構ある。
その為なのか定かではないが、政略結婚が当たり前の一族なのにリシュルカには十七歳になっても婚約者がいない。
妹など産まれたときから婚約者が決まったというのに、だ。
あと数ヵ月で十八歳になる。
この国での女子の結婚適齢期は二十歳まで。
それを過ぎれば行き遅れだ。
五つ上の姉は十八歳で嫁いだというのに…
そんなリシュルカだが、家族に忘れられたり邪険にされる事など無くむしろ大事にされていると断言できる。
家族にも屋敷の者にも不思議なほどに好かれている、とも思う。きっとそれは家族や屋敷のみんなが優しいからなのだ。
身内の欲目で可愛がられているに過ぎないのだとリシュルカは思っている。
だからこそ、その優しさが辛い…と最近感じる。
女学院に通うリシュルカはそもそも出会いがない。
というか共学の学園はともかくとして女学院は花嫁修行や淑女教育に重点を置く。
そもそも女学院は、ある程度の社交や繋がりはほしいが悪い虫を寄せ付けたくない・箱入りで育てたい等の嫁入りまでの安全対策の場でもあったりする。
それ故、友人や同級生、ましてや後輩までもが婚約者が居るのが普通。
そんな中でいえばリシュルカは異端でもあった。
恋愛小説は素敵と思えど自分が主人公のようなドキドキキュンキュンを体験したいかと問われると答は否である。
あれは、はたから見るからこそ良いのだ。
美形には家族達で慣れているが、物語のような言葉を紡がれたら心臓が持たないだろう。
卒業まであと一年もない。
けれども…リシュルカの婚約者は決まらない。
これは歳の離れた中年もしくは老人に嫁ぐか、はたまたお飾りを希望する貴族に嫁ぐか、外国でぼっち嫁入りを果たすかの三択しかないのかもしれないと最近黄昏ている。
いや、バンバード家に産まれたからには誰の何処に嫁ごうと家の為、国の為最大限の努力はするつもりだ。
そんな話すら無いことに落胆と申し訳なさがジワジワとリシュルカの心を蝕んでいるのだ。
声が掛からないということは、価値の無いと同意義なのではないのだろうか…?
もう一押し美醜加減や癖のある顔立ちであればこんなことにならなかったのかもしれない。
「リシュルカお姉様!
お勉強一緒にしましょう!」
天使のごとき愛らしさと美しさをそなえた妹が、ドアを勢いよく開けていきなり乗り込んでくる。
その天真爛漫さはまばゆいばかり。
暗く深く沈みかけたリシュルカの心は浮上し、ぴしりと背を伸ばして振り向いた。
無作法もどうでもいいかなぁと思えてくる程の妹は、もうすぐ6つなのだが賢いわ口が回るわで先が末恐ろしい天才児である。
「そうね、ではまず入り直す所から始めましょう?
私の可愛い素敵な妹は淑女ですものね。」
リシュルカは可愛いは正義だと思っている。
なので、この天使な妹をでろっでろに甘やかしたい気持ちもあるのだがそうもいかない事情がある。
妹は同じ高位貴族に嫁ぐことが義務づけられているので、幼いからといえどもそれ相応の礼儀作法が求められるのだ。
妹は美しい。
それ故人を引き付けるが、その分やっかみも受けやすい。
だからこそちょっと厳しいことも言わなければならない。
「むぅ、分かりましたわ!
私、お姉様みたいな立派な淑女になって見せますからね!」
口を尖らせながらも、またやり直しを始める妹にリシュルカは曖昧に微笑んだ。
淑女らしい行為ができることを取ったらなにも良い所がないのだから、それにかけるしか無いのだ。
なんだかんだ言っても結局…外見がものをいう。
愛すべき妹がリシュルカを越えたとき、今のように微笑んでいられるか…それを考えるとなんだか胃が傷んでしまうのだった。