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勇壮伝 一  作者: 在原 功
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朝焼け

「運命か…」


思わず呟く。

少年はあからさまに機嫌を損ねた。


「1回会っただけなのになんでそんなに嫌な印象を与えられるの。才能だな」


儚げな容姿に似合わない啖呵にあっけにとられた。


「…そんなに変な事を言ったつもりはないんだが…いや、あれ?」


やっと父親に目を向ける。父は無言で腕を組む。父に向き直り問うてみた。


「なんでこの少年が…?私はハクトル様の話をしに来たのですが」


父はゆっくりと口を開く。


「新しい一角獣乗りの長だ。まぁ、もう少し後になりそうだがな」


一角獣乗りといえば騎士と共に王を助ける重役である。


「今の一角獣乗り…タルシャ様のお加減でも悪いのですか」


「ばかだな、まだ分からないの」


少年は左目にかかる白髪を鬱陶しげに払いながら遮る。紫色の瞳が見上げてきた。


「父上…」


一角獣乗りが決まるのは王が即位する時だ。現在の王の一角獣乗りはまだ健在である。そして何より、今俺は第二王子、ハクトル様について話をしにきた。つまり、


「俺はハクトル様が王になられるべきだと思う。ハクダル様は人の上に立つお方ではない」


「しかし、ハクトル様はハクダル様が王になられる事を望んでいます、お役に立ちたいと」


主人が楽しげに話した表情を思い出す。本当に彼の方はそれを望んではいないのだ。


「ハクダル様が何か行動を起こす前に手を打っておきたい。お前だってハクトル様の方が相応しいと思ったことがあるだろう。今の争いを見ても…此れは私情ではないのだ」


少年は我関せずと言った風に窓の外を眺めている。


「…ハクトル様が望む方を進みたいと思うのです。何か間違っていますか」


父は深く息をついた。


「間違っている。国を思え。お前はもう少し物を知った方が良い」



「それで、俺はなんで呼ばれたの?用がないなら帰らせて。エルメスが待ってる」


沈黙を遮ったのは少年だった。


「…え、エルメス?誰だそれは」


問うと、少年は苛々と俺を見上げた。


「友達。それより早く済ませて欲しいんだけど。なに、ハクトル様が王になった方が良いの?だったらそれで良いじゃないか。なにを迷ってるの」


口を開いたまま、暫く声を忘れていた。

応えたのは父であった。


「今聞いてもらった通りハクトル様はハクダル様に狙われる可能性が高い。特にハクトル様の即位を王が認められる迄の数週間だ。その間、ハクトル様を守って欲しいのだ」


「だったら城の方が安全だよ。強い騎士様がいるんでしょう」


反論に父が苦笑する。


「それがな…騎士の中にもハクトル様派とハクダル様派がいてな、仲間割れと裏切りはいつ起こってもおかしくない…全く騎士長としては面目無いが。タルシャの弟子が付いていれば心強い。その後の地位も保証する」


少年は面倒そうにため息を吐く。


「別に地位は大して欲しく無いよ。…でもタルシャさんの頼みだから協力はする。王子を守れば良いの?」


我に返った。窓の外から風が吹き込む。


「父上、その話、ハクトル様には…」


あぁ、と父は答える。


「暫く匿わせていただきたいという事だけお伝えした」


それでは騙すも同然である。


「父上、せめて本当のことを言いましょう。欺くのは好きません」


少年の通る声が遮った。


「ねぇちょっと待って。ハクトル様がハクダル様が王になることを望んでいたとしてね、自分が王になる為に匿われてると思うのと兄が王になる為に匿われらと思うの、どっちが楽?嘘をつきたく無いとかそういう自論で主人に辛い思いさせるの?ハクトル様って話聞いた限りでは優しすぎるよね。きっとその話を聞いても協力してくれそうだけど、無理やり笑ったところ見たいの?だったら少しの間だけでも嘘をついてた方が主人の為だと思わない?」


言い切って、ふっと息をする。唖然とする俺を横目で見やって背を向ける。


「帰る。後で話があるならその時また呼んで」



「待ってくれ」


咄嗟に呼び止めた。少年は怪訝そうに振り返る。


「なに?」


「…名前を聞いてなかった」


数秒悩んでなんとか尋ねる。呼び止めるための口実があれば良かったのだ。

開け放した窓から春の風が飛び込んでミルク色の髪をそよがせる。


「ミュカ・アクラーネ、そっちは?」


「アルフェア・ルイスだ」


少年は興味なさげに相づちを打つ。


「じゃあ帰る」


「一つだけ、聞かせてくれ」


目だけが此方を捉えた。


「俺はハクトル様の気持ちを分かっていないのだろうか」


ミュカはすっと目を細める。アメジスト色の瞳が光を飲み込んだ。


「…そんな事は、ないと思うけど」



少年が部屋を後にして暫く経ってから、ミュカという名前は古い神話の、光の神の名だと気がついた。



食卓は重苦しい雰囲気に閉ざされていた。

父が口火を切る。


「聞いて欲しいことがある」


兄や妹達が父に目を向けた。


「我が家はハクトル様につくことにする」



一瞬の後。

銀とガラスのぶつかる鋭い音が響いた。


「父上。それはどういうことですか。ハクダル様はどうなさるおつもりで」


穏やかながら重い父は深く息をしてから応えた。


「補佐に回っていただくことになるな」


「父上…!」


抗議の声に父が重ねる。


「ならばお前はハクダル様が王になられるべきだと思うか」


「私はそう思います。此れは譲れません」


「国のことだぞ、それは私情ではないか」


「そうだとしても、」


兄は真っ直ぐに父の眼を見て告げる。


「私はハクダル様の騎士です。それをお忘れなきよう」


兄は踵を返し部屋を立ち去る。


「兄上!」


背を追った。




「アルか」


「兄上…待ってください」


いや、と首を振り兄は微笑む。


「俺はハクダル様でないといけないのだ。…ハクダル様も俺でないといけないと言いたいところだが、それを言えば嘘になってしまうな…」


なにも言えずただ立ち竦んでいる俺の頭にふっと手を乗せる。


「お前はハクトル様をお守りしろ。それがお前の道だ」


そう言って兄は、父によく似た笑顔を見せた。



「全く、よく似た兄弟だ」


「よろしいのですか?」


私は父に問う。この家のことを預かる身としては気が重い。兄には返ってきて欲しい。

弟のカエリアが尋ねる。


「ハサエル兄上はハクダル様につくのですよね。私達はハサエル兄上の敵なのですか」


双子の妹も口々に訴えた。


「ハサエル兄様とアル兄様が戦うの?」


「私、そんなの嫌」


三人を纏めて抱きしめる。


「大丈夫。大丈夫よ。そんなことにはならないわ」


自分の声が頼りなかった。

父は低く唸る。


「ハサエルは何もかも見えている。或いはハクダル様を諌められるのはハサエルかもしれないな」




「お父様、私城へ行こうと思います。城で情報を集めればお兄様とアルがぶつかるのを止められるかもしれない」


「ウィルフィ…」


父が頷くのを待たず駆け出す。一刻でも早く。忙しく立ち働いていないと不安で崩れ落ちそうだった。



青い空を仰ぐ。今日は気持ちの良い日である。


「エルメス、暫く知らない人が来るみたいなんだ。…エルメスを放って置いたりはしないけど」


一角獣に寄りかかって話しかける。

呟いた。


「アルフェア、か…」



この道が正しいのか。未だ分からないがするべき事は分かっている。なにがあろうと忠誠は変えられない。


「不出来な息子で申し訳ないな…」


自分で言いながら、冗談みたいだと笑い飛ばした。此れからは息子として、兄としてでなく、騎士として生きて行こう。…これが俺の道だ。


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