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冬空に願いを~2016年蒼旗悠クリスマス短編集~  作者: 蒼原悠
【第一章──Under the Daylight】
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#2 案内人の憂鬱(『Friend, Fiend.』より)






 クリスマスイブの街に繰り出す人々の中には、どこかで待ち合わせて連れ立つ場合もたくさんある。誰もがみな、家族なわけではないのだ。

 そんな時、待ち合わせ場所に選ばれやすい場所は、必然的に行きやすさや目立ち方に優れたところとなる。

 代表格が駅だ。交通利便性で駅に(まさ)る場所は滅多になく、さらに周囲には賑やかな商店街や施設が集まっていることが多い。鉄道施設の魅力向上が図られるようになった最近では、駅そのものに待ち合わせ場所となるようなスポットが存在することすらある。

 渋谷駅の忠犬ハチ公やモヤイ像、東京駅の銀の鈴、池袋駅のいけふくろう、上野駅の翼の像──。人の集まる場所と目的地が両立する駅の存在は、お出掛けのために待ち合わせをする上では欠くことのできない大事なものなのだ。




 午前十一時。新宿駅の五・六番線ホームで、駅員姿の高田(たかだ)(つとむ)は出発する電車を見送りながらくたびれた息を漏らしていた。

「クリスマスだっていうのに、こうして今日も仕事か……」

「突然どうしたんですか、先輩」

 隣で車イス乗降用のパネルを畳みながら、後輩駅員の富久(とみひさ)(まさし)が妙な顔をする。そのくらい察してよと、勉は二度目のため息を吐いた。

「世間は特別な日だって言って楽しんでいるというのに、僕らときたらこうして仕事さ。山手線のホームなんか、会社員を押し退けてカップルとか家族連ればっかりだったらしいよ」

「仕方ないじゃないですか。先輩だって今日は予定なしって回答したから、仕事入れられてるんでしょ?」

「そりゃ、まぁ、そうなんだけど」

 しかも彼女だっていないし、と続けるのはさすがにプライドが許さなかった。柱に据えられた箱へパネルを仕舞い込む富久を眺めつつ、彼女ってどうやって作るものなんだろうなどと、今さら遅い疑問を勉は空に向かって唱えてみる。

 特急列車専用のこのホームには、人影も、電車も、今日も今日とてやはり少ないままなのであった。




 勉は、世界最大の利用客数を誇るここ新宿駅勤務の、駅員の一人だ。今年で勤続年数は三年目になり、同僚たちの中でも新宿駅の勝手をそれなりに知っている方の部類に入っている。

 元々、鉄道が好きでこの業界に入ってきた勉だったが、実際には駅員業務は闇の多い過酷な一面を持つ職業でもあった。だが、そんな事情を鉄道好きな友人たちにするのはさすがに忍びなくて、目下のところ勉の交遊関係は鉄道マニアと同僚以上に広がっていこうとしない。彼女ができないのはそのせいだと、もう何年も自分に言い聞かせてきた。

 無論、同僚の誰もが同じ境遇を抱えている訳ではなく、同じくこの駅に勤務する女性駅員の馬場(ばば)里美(さとみ)などは、大学の時に出会った彼氏と今も交際し続けているわけで。

 ──『お、高田じゃん! お仕事お疲れさま! じゃーねー』

 つい一時間前もこのホームで、美形の彼氏ともども特急成田エクスプレスに乗り込んでゆく馬場にそう言って茶化されたばかりだ。あの調子だと、イブは海外あたりで過ごす気らしい。

 (仕方ないのは分かってるけど)

 道行く幸せそうなカップルや、楽しそうな家族連れを視界に捉えてしまうたび、もやもやとした気持ちをいつも勉は抱え込むのだった。

 (それでもやっぱり、羨ましいんだよな……)




 外国人らしい大柄の夫婦が、富久に道を尋ねていた。

「サウステラス、どっちですか」

「サウステラスですね? でしたら、すぐそこの階段を登っていただいて、甲州街道側の改札口を出ていただいて、左に歩いていってください」

 富久はさらさらと答えるが、外国人夫婦はさっそく目を白黒させている。やれやれ、と勉はポケットから地図を取り出した。巨大ターミナル新宿駅では、案内するのに地図は必須の道具なのである。

「このように歩いてください。この地図、差し上げますので。何かご不明な点がありましたら、こちらの『?』マークのインフォメーションセンターをご利用ください」

 言いながらマーカーで地図に線を引き、手渡す。おお、と夫婦は感心したような声を上げた。

「ありがとう」

「いえいえ。仕事ですから」

 そして浮かべるは精一杯の営業スマイルだ。手を繋いで階段へ向かう夫婦を、富久と勉は並んで見送った。

 富久が、ぽつりと言った。

「カメラ持ってましたね、あの二人」

「胸の前に抱えてたね。一眼レフだった」

 勉も応じた。カメラの種類を一瞬で見分けられたのは、元マニアの性だ。

 サウステラスでカメラと言えば、訪問の目的にもおおよその察しがつく。小田急線線路の上空に架けられたペデストリアンデッキ・サウステラスでは、この時期にもなると植栽や木々に無数の豆電球が設置され、豪華なライトアップイベントが開催されるのである。きっとあの夫婦は、あの光の芸術を撮りに来たのだろう。

 カップルの在り方が十組十色なら、デートの在り方だって十組十色なのだ。

「いいですよね。手とか繋いで」

「羨ましい?」

「そりゃ羨ましいですよ、自分だって彼女いないんですから……。あーあ、だけどクリスマスイブにも仕事を休めない駅員のことなんか、彼女も飽きちゃいますかね」

 そんな冷たい彼女とは付き合わない方がよさそうな気もするが。彼氏や彼女を持っている人が身近に馬場しかいない勉の印象では、後輩の考えには何の助言もしてやれそうにない。

 運転士に合図を送るカンデラ状のライトの柄に、勉は僅かに力を入れた。

 だいたいクリスマスはカップルや家族で過ごすと誰が決めたのだ。友達同士だって構わないじゃないか──そこまで考えたところで、その友達とも最近は疎遠になってしまっていることに思い当たったから。




 昔、勉はこの仕事が苦痛で仕方なかった。

 公務員のような感覚で扱われがちな鉄道会社の職員には、心ない振る舞いや言葉が浴びせられることが多い。そうでなくても仕事の内容が多く、勤務時間も長い上にこれなのだから、苦痛に感じる人も少なくない。だからこそ、周りも同じ目に遭っているんだからと、これまでその苦労を勉は周囲に話すことができずにいた。友達からも同僚からも隠し続けた心労で、勉はいつも暗くなっていたのである。

 だが、今は違う。とある事件をきっかけに心を開く覚悟を決めた勉は、仕事の中で感じることや思うことを同僚や上司にきちんと話すようになったのだ。

 仕事仲間は仕事だけの付き合い。それまで勉は心の中で、どこかでそうやって人間関係に敷居を設置してしまっていたのかもしれなかった。その敷居の材料になっていたのは何だろうか。やはり真面目すぎる性分か、それとも。


 時計を見た富久が、あ、と呟いた。

「そろそろ交代ですね」

「もうそんなに経ったのか」

「もう十一時半ですよ。ほら、交代の人たちも来ましたし」

 言われて顔を上げると、二人の駅員が階段を降りてこちらへ向かってきているのが目に入った。お疲れ様ですとお辞儀をした富久が、暢気に笑う。

「次は俺、南口改札の担当なんですよね。あー、待ち合わせて新宿の街に旅立つカップル、たくさん相手にしなきゃいけないんだろうな」

 そうとも、と思う。駅員はそのためにある仕事なのだ。誰かがやらなければいけない、大事な仕事。その大事な仕事に勉も富久も就いている。

 せっかく同じ環境で頑張っている仲間なのだから、もっと近付こうと思ってみてもいいんじゃないか。

伸びをした富久の背中に、勉は声をかけた。

「あのさ。今夜、暇ある?」

「遊ぶ約束してた友達が急に彼女作りやがったんで、暇ですけど」

 富久の真顔の返答に、勉は苦笑した。この後輩にも苦労は多いらしい。

「だったら夕食でも食べにいかないか。なんなら僕が奢ってあげられるよ」

「え、マジですか!? いいんですか?」

「ずいぶん驚くね」

「だって先輩からそういう誘いなんて滅多にないじゃないですか」

 そうは言いつつも嬉しそうな富久の顔付きに、勉はほっと暖かな息をこぼした。よかった、勇気を出して誘ってみて。そう思った。

「どこがいいですかねぇ」

 勤務中なのを忘れてさっそく夢想を始めた富久の後ろから、何の話してたんだ、とばかりに交代の二人が顔を覗かせる。勉は二人にも同じ提案を向けてみた。今夜の夕食は四人で囲むことになった。


 仕事の話ができるだけの関係のうちは、まだまだ仕事仲間の範疇を出ることはないのだろう。せっかくクリスマスという、お祝いを名目に楽しく過ごすことのできるチャンスが転がっているのだから、プライベートを語り合うことのできる友達みたいな関係を目指してみるのも悪くない。

 そのチャンスこそ、一度は人間関係に躓きかけてしまった勉にとっては、一番のクリスマスプレゼントになるかもしれないのだ。


「僕は次、券売機のところで窓口対応か……。客が多いから大変そうだ」

「普段より人出が多いですもんね。乗り換えが分からないって人も多そうです」

「そういや富久、オレさっきまで券売機のところにいたけど、南口から東口に出たいっていう客がけっこういたから気を付けろよ。聞いた話じゃ、東口のスタジオオルタ前で巨大なクリスマスツリーが展示されてるらしい」

「あ、了解です!」

「ねー高田、終わったらどこに集まるか後で連絡しといてよ」

「分かった、送っておくよ。まだ具体的なことは何も決めてないから、選択肢になっちゃうけど」

「そしたら話し合って決めればいいじゃないですか!あ、俺はチキンの食える店だと嬉しいですよ」

「うん。そうだね」

「んじゃ、よろしくなー!」


 閑散としたホームの片隅には今日も変わらず、特別な一日を職場で過ごすことになってしまった駅員たちの日常が、車輪の響かせる音の合間にそっと花開いている。






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