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4.婚約の行く末

 



 シェリーにも言い分がある。

 シェリーがお告げを信じるとリチャードに告げたのはシェリーなりの考えがあってのことだ。

 リチャードはお告げは自分の願望なのだと言った。それを聞いてシェリーは確かにそうかもしれないと思った。

 シェリーは心からルークに幸せになってほしいと思っている。だからこそ、シェリーが彼の婚約者の座に収まっていることを申しわけなく思っていた。

 シェリーは自分が王太子妃、ましてや未来の王妃になれる器があるとは到底思えなかった。

 ルークの婚約者として彼の隣に立つたびにそう実感していた。どこへ行ってもルークに守られ、庇われて、シェリーは彼に与えられるばかりで、シェリー自身がルークになにかを与えるということはない。

 ルークの隣はとても心地よくて、ずっと彼の隣にいたいと思う。けれど、このまま彼と結婚してもよいものか、と悩んでいた。

 そんなシェリーの悩みがお告げという形を取ったのかもしれない。


「君は心からルークとの婚約破棄をしているのか? 婚約破棄をして後悔しないと言い切れるのか?」


 リチャードにそう問われて、シェリーは考えた。

 婚約破棄を心から望んでいるわけではない。だけどこのまま彼の婚約者でいていいのかという悩みはある。

 ルークと婚約破棄をしたら、きっとシェリーは後悔をするだろう。後悔して、涙を溢すかもしれない。

 だけれど、それによってルークが彼に相応しい相手を見つけて結婚して、そしてルークが幸せになれるのなら、それでいいとも思うのだ。


 ルークには様々な悩みがあることをシェリーは知っている。口には出さないけれど、自分が王太子で良いのかと悩んでいることを知っている。

 ルークの兄であるリチャードはとても優秀な王子だ。ルークが生まれなければリチャードが王太子になっていただろう。

 それなのに自分が生まれてその役を取ってしまったことを、ルークは思い悩んでいた。

 ただ母親の身分が高いというだけで王太子となった自分と、優秀な兄。リチャードと比べられて辛い思いもたくさんしてきたはずだ。

 だけれどもルークは決してそれを表に出さず、まだリチャードを僻むこともせず、まっすぐに前を向いて進んでいる。そんなルークをシェリーはとても尊敬していた。


 だからこそ、ルークの結婚相手は、誰かに強制されたものではなく、望み望まれた相手であってほしかった。

 幼い頃より彼を知っているから、そしてルークのことが好きだから、妻となる相手くらいは自由に選んでほしいと思ってしまう。それが許されない立場であるとは重々承知のうえだ。

 シェリーはいつだってルークの“お姫様”でいられた。幼いころから、今までずっと、ルークはことあるごとにシェリーのことを「僕のお姫様」と呼ぶ。

 そのことはとても嬉しくてくすぐったいけれど、それももう卒業しなければならない時期が来ているのだ。


「わたしは、お告げを信じますわ」


 きっぱりとそう告げたシェリーにリチャードは一瞬だけ遠い目をした。

 けれどすぐに表情を取り繕い、「そうか」と呟く。

 リチャードの表情の変化にシェリーは首を傾げながらも、自分の気持ちをリチャードにぶつけた。


「それでルークさまが心から幸せになれるのなら、わたしの望む望まないに関わらずにそうなるべきだと思うのです。だって、ルークさまには幸せなっていただきたいのですもの。ルークさまが幸せになれるのなら、わたしはルークさまの“お姫様”であることを捨てても構いません」

「…シェリー…」


 リチャードは目を見張り、そしてくしゃっと笑った。

 滅多に見れないリチャードの心からの微笑みにシェリーは驚いた。


「…リチャードさま?」

「君はルークのことを大切に思っているんだな」

「そんなの当り前ですわ。ルークさまはわたしにとって家族と同じくらい大切な方ですもの。ルークさまはわたしの“王子様”なのです」

「…そうか。いや、そうだったな」

「はい。…あ。もちろん、リチャードさまも大切ですよ? リチャードさまはわたしにとってお兄さまのような存在です!」

「知っている。……ありがとう、シェリー」


 リチャードは子供の頃によくしてくれたように、優しくシェリーの頭を撫でた。

 大きな手の感覚がとても懐かしく、シェリーも自然と笑みが零れた。


「…できれば、それを直接ルークに言ってあげてほしいものだが」

「…はい?」


 きょとんとしてリチャードを見上げると、リチャードは苦笑した。


「シェリー。君の気持ちはよくわかった。だけどそれは君の一方的な思いで、ルークがどう考えているか君は知らないだろう? だから、一度きちんとルークと話し合うべきだと思う」

「ですけれど…ルークさまはお優しいから、わたしに気を遣って本当のことを仰ってくれないかもしれません…」

「ルークはシェリーが真剣に問いかけていることをはぐらかすような男だろうか?」


 リチャードの問いかけにシェリーはすぐさま首を横に振った。

 そんなシェリーの仕草にリチャードは満足そうに頷く。


「…わかりましたわ、リチャードさま。わたし、きちんとルークさまに自分の思っていることを伝えます」

「そうするといいだろう。きっとルークも喜ぶ」


 頑張れ、とリチャードはシェリーに言って、微笑んだ。




 

 シェリーは自分の気持ちをルークに伝えようと何度もした。

 けれどそのたびに言葉が出てこなくなって、ルークは不思議そうな顔を浮かべる。

(…どうして言えないのかしら? こんなこと、はじめて…)

 ルークやリチャードには昔から何でも言うことができた。くだらない想像上の話、現実では決してありえない物語のこと、絶対に叶うことのない夢の話…―――

 他の人には決して言えないこともルークとリチャードには言えた。それは彼らをシェリーが心から信頼しているからであり、彼らはシェリーの話を馬鹿にしないと知っていたからだ。

 どんなに馬鹿げた話でも彼らは最後までシェリーの話を聞いてくれた。だからシェリーは安心して彼らに甘えることができた。


 だというのに、今回はなぜか言えない。

 言おう言おうと思っても、口にしようとした瞬間、言葉が霧散されて消えてしまう。

 それはシェリーが心の底で自分の気持ちをルークに拒絶されてしまったら、という恐怖からくるものだが、シェリーはそのことに気付かない。いや、無意識に気付かないようにしていた。


 そんな状態のまま、シェリーはルークと共にに過ごした。

 ルークと一緒にいると、セラフィーナの視線をよく感じた。熱心に見つめる視線を感じてそちらを見れば必ずと言っていいほどセラフィーナの姿がそこにあった。

 そしてセラフィーナはルークの姿を熱に浮かされたような目で見つめているのだ。それはまるで恋する乙女のようで、そんな彼女の姿を見かけるたびにシェリーの胸はチクチクと痛んだ。

 しかしシェリーはそれに気づかないふりをした。この痛みについて深く考えてはいけないような気がするからだ。


「…シェリー?」


 ルークに呼びかけられて、シェリーははっとした。

 今は王宮で開かれている夜会にルークと共に参加をしている最中だったと思い出し、慌ててルークの顔を見ると、彼は心配そうにシェリーを見つめていた。


「さっきからぼんやりとしているけれど…気分が悪くなったの?」

「いいえ…わたしは平気ですわ」


 シェリーは微笑んでなんでもないとルークにアピールをしてみせた。

 それでもルークはまだ心配そうにシェリーを見つめる。

 なんだか居心地が悪くなって、シェリーは「飲み物を貰ってきますわ」とルークの傍から離れた。

 ルークから離れるとほっと息を吐いた。飲み物を貰ってくると言ったのはただの口実だが、飲み物を貰わずに戻れば口実だとバレてしまうため、シェリーは給仕係を探して飲み物を貰って戻った。

 そしてそこで見たのは、楽しそうに話をしているルークとセラフィーナの姿だった。

 セラフィーナは頬を染めてルークと話をしている。ルークも公の場で浮かべる微笑みではなく、もっと気安い笑みを浮かべていた。

 お似合いな二人の姿にシェリーの胸はズキズキと痛んだ。二人の姿を見ていられなくなって、シェリーはくるりと二人に背を向けた。


 会場を飛び出し、外に出るとシェリーは胸の痛みを吐き出すように息を大きく吐いた。

(どうしてこんなに胸が痛くなるのかしら…覚悟はしていたのに)

 覚悟はきちんとしていたつもりだった。ルークがシェリー以外の人を選んでも笑って受け入れられるように。そしてルークの手助けをしようと、そう決めていたはずだった。

 なのに、実際その現場をみたらどうだろう。胸が痛んで、二人の姿を見ていられなくて、逃げてきてしまうという有り様。なんて情けないのだろうと、嘲笑したくなった。


「シェリー!」


 冷静になって頭を冷やすためにもう少し歩こうと思っていた矢先に、背後からルークの声が聞こえ、シェリーは足を止めて振り返った。

 ルークはとても慌てた表情を浮かべて足早にシェリーに近づいた。


「シェリー、聞いてくれ。さっき、僕がセラフィーナ嬢と話していたのは…」

「ルークさま。わたし、覚悟はしています」


 シェリーはわざとルークの言葉を遮って言った。

 とても失礼なことだとわかっていたが、ルークの言葉を最後まで聞きたくなかった。


「ルークさまがわたし以外の方を選んだのなら、わたしは大人しく身を引きます。だから、良いのです。はっきりと仰ってくださいな」

「シェリー…」

「わたしが身を引くことでルークさまが幸せになれるなら、わたしは喜んで身を引きますわ。わたし、心からルークさまには幸せになってほしいと思っておりますもの」


 ルークに幸せになってほしい。

 その気持ちはずっと変わらない。今も昔も、これからだって。

 なのに、どうしてだろう。その気持ちは本当のはずなのに、いざその場面を迎えると心が嫌だと主張をしてくる。

 ほかの人なんて見ないで。わたしの王子様でずっといて、と。


「ルークさまのためなら、悪役にだってなってみせます。だから…」


 そのあとの言葉は出てこなかった。

 いいや、違う。言えなかった。わたしのことなんて気にしないで幸せになってください、と。

 微笑んで言うつもりだった。

 しかし微笑みの代わりに涙が零れて、シェリーは戸惑った。

 こんな、こんなはずではなかったのに、と。


「シェリー、泣かないで。僕は昔から君の涙に弱いんだ」


 ルークはシェリーを慰めるようにそっとシェリーを抱き寄せ、背中をぽんぽんと軽く叩いた。

 それは昔、まだシェリーが子供だった頃、シェリーが泣いてしまった時にルークが慰めてくれた仕草と変わらないものだった。


「僕はね、今、十分に幸せなんだ」

「……え?」

「昔からずっと守りたいと思っていた女の子のことを傍で守る権利を貰えて、その女の子に大切に思われているって実感できて、こんなに幸せなことはない」


 誰のことを言っているのだろう、と思わず顔を上げてルークの顔を見上げると、ルークはとても優しい笑みを浮かべて、とても愛おしそうにシェリーを見つめていた。

 その目にシェリーの胸はとくんと高鳴った。


「君のことだよ、シェリー。僕が一番大事にしたい女の子は君なんだ」

「で、でも…セラフィーナさまが…」

「彼女のことは君の誤解だよ。まぁ、君も彼女と話せばわかるだろうけど…」


 なぜかルークは遠い目をした。

 いったい彼女とルークの間になにがあったのだろうと思っていると、ルークは気を取り直すためにごほんとわざとらしく咳払いをした。


「だからね、婚約破棄は絶対にしない。君がいない未来なんて考えられないんだ」

「ルークさま…」


 ルークの言葉に胸がじんと熱くなった。

 胸が熱くて、まるで熱に浮かれたようにふわふわとした感覚に陥る。

 その感覚のまま、シェリーはルークに告げた。


「わたしも…ルークさまの傍にいられない未来を想像することができませんでした」


 婚約破棄をすると幸せになれるとお告げがあったあの日。

 シェリーは密かに涙を流した。それでもルークが幸せになれるのならお告げを受け入れようと思った。けれど、それだけで、先のことは考えられなかった。


「わたし…婚約破棄をしたいなんて思ったことは一度もありません。でもそれでルークさまが幸せになれるのなら…と思ったのです。わたしはルークさまに与えられてばかりでなにも返せていないから…」

「そんなことはない。僕は君の笑顔を見ると頑張ろうって思えるんだ。君の話を聞いていると僕の悩みなんて小さなことのように思えて、気が楽になる。シェリーが僕の支えなんだよ」


 思いがけないルークの台詞に、シェリーの瞳から涙が零れた。

 けれどそれは悲しみの涙ではなくて、喜びの涙だった。

(知らなかった…ルークさまが、そんな風に思っていらっしゃるなんて)

 自分もルークの役に立てていたのだと知って、シェリーはとても嬉しくなった。



 



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