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すべてが赤



 まるで鏡を隔てたようにそっくりな双子は、頬杖をついて湖のほとりにいた。

 双子の兄弟・ダムとディーは、アリスが話す童話に夢中になっている。


「それでね、おばあさんは狼に食べられてしまうのよ」


「うわあ、それでそれで?」


「どうなるの?」


 まだ成長過程にある双子は、くるくるした愛くるしい瞳を輝かせてアリスを見つめる。

 アリスはそんな彼らの頭を撫でる。


「続きは今度ね。今日は二つもお話してあげたでしょ」


「つまんない」


「つまんないよ、アリス」


 双子はふて腐れて、ごろんと草の上を転がった。アリスより二つ下の二人はもっと幼く見える。

 十三歳とは思えないくらい、双子は甘えん坊だった。

 しかし、それを帽子屋や三月ウサギに言うと、彼らは目を丸くして否定してきた。


『ダムとディーほど冷めた子供はいない』


と。

 帽子屋は真顔でアリスに教えた。だが実際、ディーとダムはとてもアリスに懐いており、いつも可愛らしく着いてくる。

 冷めた部分など、微塵も感じたことはなかった。


「そうだ! ダム、あの話をアリスにしてあげようよ!」


「うん! そうだね、ディー。いつもアリスは僕らに面白い話をたくさんしてくれてるんだから、お返ししなくちゃ」


 ぱっと双子は弾けるように笑い、アリスの両脇にすり寄ってくる。

 アリスは首を傾げた。


「あなたたちが、お話してくれるの? あたし、言っとくけどかなりの量の物語知ってるからね?」


 念を押す。

 自慢じゃないが、アリスはこの世界に来る前からたくさん本を読み込んでいた。しかも、ここに来てからは暇な時間があれば、ハートのお城にある書物庫に足を運んで本を読んで過ごしているのだ。

 双子は臆面もなく白い歯を見せて笑う。


「大丈夫だよ。とっておきのお話だから、きっとアリスも知らないし、気に入ってくれると思う」


「間違いないね」


「ふーん。じゃあ、お願いしようかな」


 アリスは興味を惹かれた。

 双子は自信満々だ。よほど、珍しい話なのだろう。


「昔々、この不思議の国はとても狂っていました」


「今も狂っているけどね」


 ダムが話し始めると、ディーは合いの手を入れる。

 アリスの表情が固まる。


「誰もがアリスを求め、日々自分に与えられた役割をきちんと果たして過ごしていました」


「僕だったら、退屈しちゃうな。役割なんて」


「ディー、黙っててよ」


「はいはい。わかったよ、ダム」


 最早、どちらがディーでダムなのか、アリスには判断がつかない。双子たち本人にもわからなくなることがあるらしい。

 それはどうかと思ったが、今はそれよりも双子が紡ぐ話の続きが気になる。


「そんな時、そんな世界に嫌気がさした住人が立ち上がったのです。その住人は世界を統べる刻の支配者と争い、死闘の末に不思議の国を崩壊させたのです」


「その住人が誰かはわからないけどね」


「崩壊したこの国は、少しずつ再生して今のこの国となりました。けど、崩壊前と後には少しズレができてしまいました。存在していたはずの住人が消え、存在していなかった住人があらたに加わったのです」


「僕ら双子がその新たな住人なんだよ」


 アリスは息を呑んだ。白い肌に冷や汗が伝う。

 双子は、とろんとした目をこすった。眠たくなってきた証拠だ。彼らは幼い子供のようによく寝る。


「この話は、ワンダーランドの昔話……いや、僕らの記憶だけにあるものなんだ。だから、他の住人たちは誰も知らない」


「他の人に言うのは駄目なことかもしれないけど、アリスだけは特別だよ」


 ダムとディーは同じ声で言う。


「…………記憶?」


「そう」


 双子は声を合わせた。


「本来は存在していなかったはずの僕らが生まれた時点で、正常になろうとしていた世界がまたヘンテコに歪んだんだと思うね」


 ダムは硬質な口調で言った。おおよそ、今までアリスに見せていた子供らしい表情ではない。


「そう、なの」


 アリスは無理矢理笑顔を取り繕った。

 それをじっと双子は見つめる。


「アリスは、崩壊前の不思議の国を知っているの?」


 核心をつくディーの言葉に、アリスは蒼い目を丸くした。

 ディーをダムが小突き、首を横に振る。


「ディー、駄目だよ。それは訊いちゃいけないことだ。僕らはそれを訊くのを許されていないだろ」


「ああ、ごめん。そうだった」


 へらりとディーは表情を崩す。つい先程まで冷えた目をしていた少年とは思えない、屈託ない顔。

 ダムとディーはアリスの膝に顔を寄せた。


「大丈夫だよ、アリス。僕らは君の味方だよ」


「これから先に何があっても、過去に何があったとしても、僕らだけはアリスを助けられる」


「ディー、ダム……。あなたたち……」


 双子は酷く真剣な眼差しをしている。


「だって、僕らだけがしがらみを持ってない。役割の記憶を持ってない。自身の意思に沿って、行動できる」


 アリスは言葉に詰まった。

 何も言えないアリスをよそに、双子はアリスのエプロンの上に頬を擦り寄せた。

 ディーは目を瞑りながら呟いた。


「世界の幕引きは、すべてが赤に染まってたらしいよ。ハートの城よりも、赤く」


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