女王様のしもべ
真っ赤な外観をしているハートのお城。
赤いハート柄の絨毯に壁に兵士たち。
その城には、気が弱い王様にかわって我が物顔で権力を牛耳るハートの女王様がいる。
王座にいる女王様は、美しい顔を歪めて頬杖をつき、嘆息した。
「女王様、どうか致しましたか?」
傍に控えていた白ウサギが尋ねた。
女王様は自分のひざ小僧辺りまでしか背丈がない、チョッキを着た白ウサギを鋭い眼差しで睨みつけた。
「アリスがおらぬ」
「ああ」
白ウサギはふくふくと透明色のヒゲをそよがせて、長い耳をピンと立てた。
「彼女ならお茶会に行っておりますよ」
女王様は勢いよく立ち上がった。
脇に控えていたトランプの兵や、女王様の影に隠れていた王様が飛び上がる。
女王様は深紅のルージュでなぞった唇をわななかせた。手に持った扇も震える。
「白ウサギや、そなた……アリスがここから逃げ出す手引きをしただろう」
「さて、何のことかわかりかねますな」
「嘘を吐くでない。そうとしか考えられん。アリスの部屋には何重もの鍵をつけていたのだ。それとも……」
女王様の冷えた視線が、白ウサギから他の者たちに向く。
「そなた以外の者がアリスを逃がしたと――」
「し、白ウサギ! すぐにアリスを……アリスをここへ連れ戻して来い!」
悲鳴に近い声で王様が女王様の声を遮った。王様の顔は真っ青だ。
彼は女王様のバルーンドレスに縋り付く。
「のう、マリー。白ウサギがすぐにアリスを連れて来てくれる。だから、落ち着いてくれ」
女王様は王様の懇願を受けて、しぶしぶ王座に身を預けた。
白ウサギは赤い目を瞬かせる。
「女王様はたいそうアリスが愛おしいのですね」
「うむ。アリスは見ていて飽きないからな」
微笑を浮かべる女王様は、本当に心からそう思っているのが見て取れた。
「なら、アリスを自由にさせた方がいい」
「何……?」
瞬間、空気が冷えた。
白ウサギは女王様の威圧に屈することなく、飄々と言葉を紡ぐ。
「縛らなくとも、必ずアリスは女王様のところへやって来ます」
女王様は不審げに柳眉を撥ねた。
「何故、言い切れる?」
「アリスと女王様は、友人だからです!」
白ウサギは前足を広げて声高に言った。
「わたくしとアリスが、友人?」
女王様は顎に細い手を当てて考え込んだ。そんな彼女の前に白ウサギは進み出る。
「さようでございます。アリスはよく女王様を遊びに誘っているではありませんか。友人と認めた者にしか遊びの誘いなどしないものです」
「…………」
女王様はますます不可解な顔をして考え込む。
ふっと白ウサギは赤目を光らせた。
「縛れば、アリスに嫌われますよ」
底冷えする白ウサギの言葉に、女王様は唾を呑み込む。
「――よろしい。そなたの言葉を信じよう。それにしても、白ウサギ。そなた、まるで自分がアリスを縛って嫌われたことのあるような言い方をするのだな」
女王様は愉快そうに白ウサギを眺めた。
彼は軽く会釈すると、鼻をひくつかせた。
「まさか。僕はアリスに追いかけられるだけが役目の、ただの白ウサギです」
白ウサギは自嘲するように笑った。