あたしの居場所
そのイカれたお茶会は、永遠に終わらない気がしてた。
「ねえ、帽子屋さん」
あたしの呼びかけに彼は応えない。
見事に咲いた色とりどりのポピーやパンジーが咲いた三月ウサギの庭。
底抜けに青い空にはクリーム色のわた雲が浮いている。
いい天気だ。
まさに絶好のお茶会びよりで、泣けてくる。
鼻のあたまがツンとして、あたしは目頭が熱くなるのを感じた。
意図せず涙がこぼれ落ちる。
あたしのエプロンドレスの上に横たわっている帽子屋のまぶたが微かに動いた。
辺り一面、赤かった。
お茶会に使うテーブルも、絶対高かろうティーカップも、紅茶ポットも。お皿だって。
全てが赤に染まっていた。
トランプの兵がここへ来たのだと一目見た瞬間わかった。
(……女王は知っていたのね)
あたしが女王に内緒でお茶会へ行っていたことを。
だって。
彼に会いたかった。
ハートの女王があたしを気に入るも気に入らないも彼女の勝手。なのに、城から出るななんて、ひどい束縛。
そんなあたしの幸せは、このイカれたお茶会だった。
三月ウサギの庭で開かれるあたたかいお茶会。誰の誕生日かなんて関係ない。
となりで彼が微笑んでいてくれれば笑顔になれた。
金髪青目のマッド・ハッター。
誰にも媚びない潔い美しさは、あたしの心を奪った。
「ごめん、ね」
何もかも、だいなし。
木の下で三月ウサギも眠りネズミも伸びている。彼らもまた、トランプの兵に逆らったのだろう。
永遠に終わらないはずのお茶会は、あたしのせいでめちゃくちゃになってしまった。
「……謝らなくて、いい」
人差し指で涙がぬぐわれる。
びっくりして下を見ると、帽子屋が微かに笑っていた。
自慢のシルクハットは無惨にもどこかへいってしまっているのに。
彼は余裕ありげに目を瞬かせた。
「壊れたら、また最初から作り出せばいいんだよ」
優しく、とても優しく彼は言った。
あたしをなぐさめてくれているのだろう。
あたしがお茶会に参加したばかりに女王の怒りを買ったにもかかわらず。
「帽子屋は、優しすぎるよ……っ」
こんなに傷だらけになって。なお、あたしに微笑みかける。
帽子屋はフンと鼻を鳴らした。
「アリスがいないと、退屈だからな。あの女王のことなんて気にしなくていい。これからも、お茶会に来てくれ」
「でも……」
言いよどむあたしを見て、帽子屋は起き上がった。
そして、白い手袋をした手であたしの頬に触れると、唇と唇が重なった。
息を吐かさないその行為に顔が朱まる。
ようやく、帽子屋があたしを解放してくれた。
彼は優雅に笑う。その笑みは見た者全てを虜にする。
「アリスが僕だけのものだったらいいのに」
そう、彼は言ってふたたび唇をあわせた。
永遠に終わらないイカれたお茶会は一時中断して。
今はただ、愛しいひとに口づけを。