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異端児の武勇伝記  作者: 於保多ひろ
第一章
8/35

出会い、始まる

大体一週間ペースで更新できたらと思います。どうぞ。2月12日改稿しました。大幅に変わったので何卒。

 無事一限目を終えたダグザは二限目に選択した魔法史が実施される教室に移動している途中だった。

 彼は改めて痛感させられた校内の広さに、ため息をつく。

 その時、背後から声がした。ゆっくりと振り返ると小さな童顔の少年。


「ワルシーム……!」


「ダグザも魔法史を選択していたんだね」


 ワルシームの綺麗な金髪がキラキラ光っている。

 本当に男なのかとダグザはたまに思うことがあるほど、ワルシームからは男臭さが感じられなかった。


「まあね」


 ダグザが上の空で答える。

 目的の教室に辿り着くと、すでに大半の生徒が着席していた。


「結構多いんだな」


 ダグザが空いている席に着きながら言った。ワルシームがその隣に座り、周りを見渡した。

 教室内は等級別の教室と同じように、席は段々になっていて教壇を中心に半円を描いていた。

 まもなく全ての席が埋まると、教壇に立っていたかなり歳がいってそうな男が手を叩いた。


「じゃあ……授業を始めようかな……? 私はモヤーヤ。魔法史を担当している。君らの中には………歴史なんて……学んでも……仕方ないと思っている生徒も……中にはいるだろう」


 ゆらゆらと振り子の時計のように体を揺らすモヤーヤに眠気が誘われる。


「しかし……先人たちの魔法遣いの行いを……知ってこその今があるため……昔無くして今はないと言うように……学ぶべきなのである……」


 ダグザの隣の席の者が早くも机に顔を伏せ始めた。

 モヤーヤは大きな咳払いをして話を続ける。


「まず始めに…………この人無くして東の国は無かったろう……初代賢人にして、連合の創設者の一人……『オリエンテ』という人物について話そう」


 また一人彼の周りの席の者が眠りにつく。嫌な予感がしてワルシームの方を見ると、天真爛漫な笑顔ではにかんできたのですぐに前を向いた。


「戦乱の最中、『オリエンテ』含む四賢人は、四人の力を結集させ…………凄まじい力を見せつけることで……民衆をまとめ上げた……と文書に残っている……彼の偉大なる言葉は知っているかな? ……『人も魔法遣いも関係ない。強い者が上に立つのだ』……」


 それは一見、平等なようで人と魔法遣いを群衆として見たときに大きな差となることを見越しているように思えて、ダグザは心底不快だった。

 もはや起きて聞いている者は彼とワルシームを合わせて四、五人だ。


「この言葉は……皆知っていると思うが……この偉大な人物に隠れた……人の王の言葉は知らないかもしれない……私はこちらの方が……気に入っているのだが…………『戦うのが面倒になったのか。たとえ屍になろうとも、手を取り合うことはない』……結局この言葉を最期に……同胞に殺されてしまうのだから……不憫な王だ……」


 ダグザの心の底が少しばかり熱くなる。


「しかしね……私は……何故かと人の王が……好きなのだよ……歴史家……だからなのかもしれんがな……」


 聞いている者こそ少ないが魔法史に関しては学ばなければならないと、何となく思うダグザだった。それは人の王に興味を持ったのが理由なのか、それともモヤーヤの話が面白いからなのかよくわからなかったが。












 三限目。

 ダグザは、一人で魔法学の教室へと入った。

 ワルシームは一年目に受講済みだからという理由で選択していなかった。今頃試験特化の教室へ向かっているはずだ。

 どうやらこの科目が『二等級』の肝らしく、ほとんどの生徒ーー『二等級』になり既に今は二年目以降の生徒ーーは一年目に受講してしまうため、比較的人数が少なかった。

 しばらくすると担当の教師がガララッという音と共に登場する。

 ダグザは見覚えのある顔にひどく落胆した。


「皆さんごきげんよう。私が、魔法学を担当するクロエですわ。突然ですが、お元気ですか? そうですか。よかったですわ。それでは本題に入りますわ。今日は魔法学、最初の授業なのですが、この科目最大の課題を出しておきますわ」


 入ってきて早々金切り声を撒き散らし、機関銃のように話す彼女を見て、ダグザは一層体が重くなった気がした。


「その名も『生成』。この魔法がランク2にある時点で魔法遣いが戦で敗れることなどありえませんわ……フフッ……。まあ、少しずつ話していくといたしましょう……この魔法が誕生したのは今からたった百年前。つい最近ですの! 偉大なる魔法学者『ボロンボ=オーベルタール』の発表した『物質構成の理論』ーー全ての物質の大元は魔力であり、それらは魔力から再構築することが出来るーーによって実現したのですわ」


 声が高い上に早口だからなおさら聞き取りにくい。

 生徒の中には耳を塞いでいる者がいた。


「言葉より見せたほうが早いですわね」


 そう言ってクロエは手の平を上にし、魔力を集めていった。

 彼女の手の平を水色の光が包み、やがて光の中から現れたのは真っ赤に熟れた林檎(りんご)だった。

 ダグザは目を見張った。

 ようやく話を聞く姿勢になった彼にクロエが反応する。


「そこの反応の良いヴェルター君! 食べてみなさい」


 クロエは林檎を手渡した。

 ダグザはしばらくまじまじと林檎を見つめていた。

 どこから見ても完璧な林檎だ。

 彼はそのまま大きな口を開けて豪快に一口かじり、そしてすぐに後悔した。


「不味い……」


 ダグザは噛むたびに口いっぱいに広がる、なんとも言えない苦味に嘆いた。


「そうです! 不味いのですわ!」


 開き直るにも程があるとダグザは思ったが、口にはしなかった。


「これこそが『生成』ですわ! この魔法は生き物を除いて、この世界の全ての物質を生み出すことが出来るのです! まあ生き物も生み出すことには生み出せますが、それはいわゆる魔法兵器等に分類されますの。ただ、先程の林檎が不味かったように完璧なものは作れませんの。そのことについては魔力濃度の違いが原因とされていますわ」


 クロエは話しながらあらゆるものを『生成』していった。

 燃え盛る炎を。

 凍てつく氷塊を。

 雷鳴轟く稲妻を。

 それぞれ片手に浮かべた。

 これこそが魔法遣いだとダグザは思った。

 自分が望んだものを生み出す神のような存在。皆が崇め、尊敬し、また憎んだ存在。

 今その力を手にすることが出来るかもしれないのだ。

 彼の興奮は最高潮に達していた。


「これを習得することが、この一年間の課題としますわ。なお出来るようになった者は私に報告に来るように。明日からは他の魔法も教えていく予定なので、『生成』は自力で習得してくださいまし」


 クロエが話し終わった時、ちょうど終礼の鐘がなった。

 すると彼女はまた甲高い声で叫びながら教室を去っていった。

 それに生徒達も続き、次々と席を立つ。

 ダグザも今日最後の授業、魔術が実施される運動競技場へと移動した。

 運動競技場には50人を優に超える生徒がいて、それは彼が選択した中では最も人数が多かった。

 皆各々でまとまりを作り、談笑していた。


「黙れ!」


 そこへ野太い声が響く。

 声の主は非常に体格の良い男だった。

 服の上からでも逞しい筋肉が見て取れた。顔には幾つもの傷があり、それが余計に男の屈強さを演出していた。


「俺はマッドだ。魔術の担当として、今ここへ来ている、しかぁし! お前らは談笑しにきている奴がわんさかといるようだ。その上、魔術ってものがどんな科目かさえ知らない奴ばかりだろう……馬鹿どもがァ! 身の程を知りやがれ!」


 途端に運動競技場からは物音一つしなくなった。


「よし…。魔術は魔力を駆使した体術、とでも思ってくれ……少し見せてやる」


 マッドが指を鳴らすと地面から太い丸太が出現した。

 彼は両手に唾を吐き、擦り合わせた。これを不快と思う生徒はダグザだけではなかった。

 右手が青い光に包まれていき、ある程度光が安定してくると、そのまま彼は右手を丸太へと打ち込んだ。

 彼の手の平が触れた場所から波紋が広がっていく。

 決して柔らかくない丸太が波打つ様子はかなり滑稽だった。

 波が大きくなってきたと思うと、小さな爆発音とともに丸太が四散した。

 生徒達から歓声が上がる。


「見た目通りの破壊力だ。要は対象の内部に魔力を流し込むことが大切だ。今のお前らには人を殺せるほどの威力は期待できないが、ひどい吐き気がおそったり、足が立たなくなるくらいのことなら可能だ」


 マッドは生徒一人一人の前方に丸太を出現させ、各自で練習するように指示を出した。

 皆が掛け声を上げて平手打ちを繰り出す中、ダグザは丸太とにらめっこをしていた。

 彼の頭に浮かんでいたのは兵士養成学校でのことだった。

 よく丸太を相手に体術訓練をしていたなぁと思い出に浸っていると、勝手に体が動き出していた。

 彼は流れるような動きで丸太へと連打を打ち込んだ。


「おい、そこのお前。魔力を流さなきゃ意味ないだろ」


 マッドの怒声が飛んだ。

 ダグザは大声に焦って急いで手の平へと魔力を集中させた。

 そのままの動きの流れから丸太へと突く。

 しかし、足元が砂にとられ、ダグザの平手打ちは丸太を少し擦るだけに終わった。

「何やってるんだ下手くそ」とマッドが罵しろうとした瞬間、丸太が爆発して粉塵と化した。

 ダグザがわずかに触れた部分から、魔力が入り込み作用していたのだ。

 彼が足を滑らせた時に笑った者もそうでない者もしばらく口を開きっぱなしにしていた。

 その後、身を守るための『放出』を利用した防壁の作り方を習い、授業は終了した。

 ダグザは三時限目の魔法学のことを思い出しながら自室へと向かった。

 普段、当たり前のように部屋にいるガウルテリオの姿は無く、室内は窓から降り注ぐ夕日で紅く染まっていた。

 ダグザが倒れるように腰を下ろすと、お尻の下に何やら違和感があった。

 手で探ってみると訓練用の木剣だった。

 これを見る度に悲しみが込み上げてくる。

 しかし、いつまでもくよくよしているわけにはいかない。


「久しぶりに稽古でもしようかな……」


 噛みしめるようにゆっくりと呟く。

 彼は日が沈む前に稽古を終わらせたかったため、思い立ったらすぐに木剣を握りしめて運動競技場へと出掛けた。

 忍び足で廊下を移動し、こっそりと運動競技場を覗くと、幸い誰もいなかった。

 教師が形状を変化させる前の粒の小さな砂の地面が広がっている。

 ダグザは早足で中央まで歩き、深呼吸をした。

 彼の稽古にはいつも腕の立つ稽古台がいた。それは一人稽古の場合でも例外ではなかった。彼はいつものように目を瞑って空想の敵を思い浮かべる。ぼんやりとしか人影が徐々にしっかりと肉付けされていく。

 人数は多ければ多いほどいい。

 あの時(・・・)と同じ6人にしよう。

 皆、ギラギラとした殺意を彼に向けている。その方が燃えるのだ。

 ゴクリと。生唾を飲むのを合図に一人目が襲いかかってきた。

 鋭い突きの連続。彼はそのうちの二発を弾き、それ以外全てをかわした。

 そしてそいつの腹めがけて精一杯右腕を振り抜く。

 続いて二人目、三人目、四人目。

 ダグザが追い詰められていく。

 彼らの剣はギリギリでダグザをかすめ、彼らの蹴りはダグザの鼓動を速くした。

 それでも、ダグザは最高の気分だった。やはり剣術は気持ちがいい。

 彼は多数の斬撃を往なし、存分に剣を振るった。

 まるで可憐に舞う蝶のように。

 まるで火口で煮えたぎる溶岩のように。

 まるで恋に焦がれる乙女のように。

 その一つ一つの動きが洗練されていた。


「綺麗ね」


 突如、ダグザの視界に少女が入る。彼の眼前から敵の集団が消え去った。

 世界がぐるりと反転する。


「あらごめんなさい。邪魔だったのなら謝るわ」


 少女は申し訳なさそうな顔をした。

 とても可愛らしい顔つきをしている。

 肩までの透き通るような黒髪からは目が離せない。控えめな胸と細くしなやかな身体は彼の胸を熱くした。

 そして吸い込まれそうなくらい深い青色の目は思考回路を鈍くする。

 背はあまり高くなかった、少なくともダグザよりは。


「いや……そんなことは……ない……よ」


 驚きと緊張でうまく話せない。

 彼は今ほど自分に腹が立ったことはなかった。

 彼が必死に落ち着こうとしていると、唐突に少女が口を開いた。


「私も。よくここで一人稽古しているの。なかなかいい場所だと思うわ。あなたはどう思う?」


 心底どうでもいい質問だなとダグザは思ったが、やけにドギマギする。


「あ……ああ! そう思うよ」


 そう言うと少女は笑った。控えめにくすくすと。

 なんで綺麗な笑い声なんだとダグザは少なくとも十四回は思った。


「あなた……名前は何て言うの?」


 少女は言った。


「え? ……あ、ダグザだよ。ダグザ=ヴェルター」


 彼はどもりながら何とか答えた。


「そう。あなたが……」


「え?」


 彼はおもわず聞き返していた。

 それに対し少女は首を振り、その場を後にしようとダグザに背を向ける。


「君の! ……君の名前は?」


 ダグザは急いで引き止める。

 少女は彼の大声に驚いたが、やがて笑みを浮かべながらこう言った。


「マーベル。マーベル=ムーライト」


 去っていく彼女の後ろ姿が妙に印象的だった。この後ろ姿を死ぬ気で追い続けることになるとは今の彼は思いもしなかった。

読了ありがとうございました。

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