ねえ
魔法って、と歩く速度を少し落として彼女が口を開いた。
「こどもと大人、どっちのためのものと思う?」
毎度のことながら、突拍子も無いことを言い出したなあ、と思いつつ僕はずれかかったカバンをなおしながら答える。
「そりゃあ、こどものためのものじゃないの? お菓子よ出てこいー、みたいな」
「毎度のことながら面白みの無い答えだね」
さいですか。
興味が削がれたように、彼女は前を向いた。夕日のせいで少し、彼女の顔が見づらい。
なんだかこのまま分かれ道まで会話がなくなりそうな気がして、なんとなく答えが気になる僕は彼女に問う。
「じゃあ、大人のためだっていうのか? このご時世、魔法を信じてる大人なんて少数派だぞ」
むしろ心から信じてる大人がいたらそれはそれで問題がありそうだが。
「その考え方がすでに面白みが無いってのよ、固定観念を捨てなさいって」
じっとりとした目を向けながら、彼女は言葉を続けた。
「少し考えてみたら良いのに、こどもが難しい呪文をチンタラ唱えられると思う? こどもはね、存在自体が魔法なのよ、呪文だのなんだのしなくても、できちゃうの」
はあ、と間抜けな返事をする僕を尻目にさらに言葉は続く。
「こどもは5歳まで神様ってよく言うじゃない? それと同じようなものよ、不思議なものと一体化してるから、こどもたちはなんでもできる」
「だとしたら、大人はそれを失ったから魔法を使っているってか」
「うーん、及第点くらいかしら」
正直こんなとこで満点をもらっても心底嬉しくない。
「大人はね、こどもを離れて不思議な力を使えなくなってしまったから、ややこしい過程を経て魔法を使うの」
うーん、と唸って。
「要するにこどもが羨ましいのね」
世界各国の偉大な魔法使いが急にしょぼく見えそうだ。
「どう足掻いたってあの頃には戻れ無い。世界が色鮮やかに見え、動植物と楽しく話していたあの頃には戻れない。それを恐れて彼らはめんどくさいことをしてでも魔法を使うのでしょうね」
果たして本当にそうだろうか。僕の知ってる魔法使いはそんなにロマンチストではなかったような気がするのだが。それに。
「そんな、色がどうだの、動植物がどうだのと、そこに重きを置いてる魔法使いなんてそんなにいないだろ」
「そうかしら、ちょっと考えてみて」
彼女は夕日に目を向けて眩しそうに少し目を細めた。
「最近ふと周りを見てみて、こどもの頃より色が褪せたなって感じることはない?」
それはわかるが、その話は目の網膜がとかそういう話ではなかっただろうか。褪せてしまったのか、僕も彼女に習って夕日を見たが目を細めるほどではなかった。
「結局のところ、大人はあの一瞬のころを失くしたくないのね。いろんなことを知って、身につけて、その分こどものころ一体化してた魔法を手放して。それを戻したいがために身につけた知識を精一杯つなぎ合わせて魔法を使ってる」
「だから、魔法はこどもじゃなくて大人のためのものだって?」
「まぁ、そういうことなんじゃない」
なんとまあ、適当な返しだ。
「……お前は、呪文がなくても魔法が使えるのか?」
彼女が少し目を見開いたようにしてこちらを向くと。
「何言ってんの? この時代の日本よ? 君って案外ロマンチストなんだね」
と返してきた。なんだか解せない。
「そういうのが、面白みのない答え、ってやつなんじゃなかったのか」
意地になって彼女にいうと。
「使い所ってのがあるのよ、君はまだまだみたいだけどね」
と、返ってきた。
「じゃあ、私こっちだから、また明日ね」
夕暮れの中、珍しく笑顔を残して彼女はさっさと遠のいてしまった。
笑顔に気を取られて咄嗟にかける言葉もないまま、僕も自分の帰路へとつく。目の前には先ほどより沈みかかった太陽が辺りを黄金に染めている。
いつもの夕暮れより色鮮やかに見えたのは、彼女の魔法のせいだろうか。