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第一章 荒野の修道院 5

 扉を叩く乾いた音で目が覚めた。いつの間にか眠っていたらしい。ぼんやりと戸口を見ると、エミリアがすでに起きだしていた。

「誰なの?」 彼女は扉の向こうに問いかけた。

「セリーヌです。こんな深夜に申し訳ありません。マチルダ様が大変なのです」

 エミリアは鍵に手を掛けた。

(誰が来ても開けてはいけません。夜明けまでは)

 ルチアの言葉が頭のなかで木霊した。

「だめだ! 開けてはいけない」

 クレアは叫んだが、遅かった。

 ドアが開いた瞬間、その隙間からエミリアの頭上に黒い影が落ちてきた。真っ赤な鮮血が闇の中に飛び散る。扉が押し開けられ、部屋に押し入ってきた襲撃者の顔をみてクレアは凍りついた。顔面の左側半分の皮膚が剥がれ落ちて、白い頭蓋骨が露出している。残った顔面の半分はセリーヌのものだったが、すでに干からびており、蛇の抜け殻みたいにひび割れていた。

 黒いローブから覗く血の気のない灰色の腕には樵が持つような大きな斧が握られていた。


 エミリアは赤く染まった肩口を抑えながら床に転がった。身を捩ってかわしたおかげで、頭を直撃されるずにすんだが、かなりの深傷を負っている。それでも気丈な彼女は床を這いながら、次の一撃を逃れようともがいていた。

 もうそれをセリーヌと呼んでいいのかわからないが、そいつは壊れた鞴のように荒い息を吐きだし、エミリアに近づいていく。


 姉を傷つけられて、クレアは怒りで目が眩んだ。しかし今は意識を集中させなければならない。武器もなしに、斧を持った相手と戦うためには力が必要だ。ルチアが言ったように聖騎士には「選ばれし者が授かる力」がある。人によってどんな能力か違いはあるが、クレアの場合は一時的に身体能力を大幅に増幅させることができた。どれだけ持続できるかは、集中の多寡にかかる。感情の起伏が激しいせいか、まだ十分にその力を制御できないでいた。今のように傷ついたエミリアを前すると意識を集中できない。


 化物が斧を振りかぶる姿が目の端に映った。

 もう力を十分溜めている時間はない。エメラルド色の瞳が猫のように銀色に変わると、クレアはセリーヌの化け物に体当たりした。そいつは吹っ飛び、壁の板の中に身体をめり込ませた。

 クレアはエミリアを振り返った。


「クレア、油断するな」

 エミリアが叫んだ。化物は素早く壁から身体を引き抜くと、斧をクレアに向けて繰り出した。

 クレアは屈んでそれをかわす。力のおかげで十分に見切れた。次々と繰り出される斧をすべて紙一重でかわす。

 だがそれもいつまで持つかだ。倒せない限り逃げ場の無い狭い部屋では、力が切れたらおしまいだ。

 エミリアには治癒能力がある。時間を稼げば動けるようになるはずだ。

 問題はあれだけの傷を負って、意識を集中できるかどうかだった。

 ちらっとエミリアの方をみると、ブーツから短剣を引き抜いていた。いつの間にそんなのものを持ち込んだのだろう。修道院への武器の持ち込みは戒律によって固く禁じられている。

「クレア!」彼女は短剣を床の上に滑らせた。

 まったくこの姉は規則には糞真面目なくらい律儀なくせに、一旦その必要があると認めれば、こっちが心配になるほど大胆に破る。

 きっとエミリアはなにか不穏なことが起こる予感があったのだろう。

 クレアは足元に滑ってきた短剣を足で受け止めて、拾い上げた。タイミングを見計らって背後に回ろうと、化け物の次の攻撃を身構えて待つ。

 化け物は肩で息を吐きながら、斧を大きく振りかぶると、そのまま踏み込んで、叩きつけるように打ち下ろした。

 奴にとっては快心の一撃だったが、クレアはその軌道を余裕を持って捉えることができた。ぎりぎりまで引きつけて、斧をくぐり抜けると、滑り込むように化け物の背後にでた。計算通り運んでクレアはにんまりとした。

「さあこれでおしまいだ」

 短剣を逆手に持ち替えると、背中に突き立てた。刃は根元まで抵抗もなく刺さったが、化け物はまるで痛みを感じていないように微動だにしない。クレアは刃を抜くと何度も黒いローブの背中に突き刺した。布が裂けて、灰色の皮膚が剥き出しになったが、一滴の血も出ていなかった。強烈な腐臭が鼻をついた。


(こいつ不死身なのか)

 刺されるままになっていた化け物は、そのままの姿勢で身体ごと壁に体当たりした。肋骨のあたりに強い衝撃を感じてクレアは息が止まった。化物は斧を構え直して、よろけるクレアに狙いを定めた。

「殺られる」

 そう思った瞬間、エミリアが背後から羽交い締めにしてそれを阻止した。

「今のうちに逃げなさい」

 エミリアが激痛に顔を歪めながら言った。

 そんなことができるはずがない。クレアは拳を握ると、半分崩れているセリーヌの顔面に何発も叩き込んだ。ぐしゃりと骨が砕ける音がした。皮膚のない部分の頭蓋骨が割れて、ぽっかりと黒い穴が覗いた。

「クレア早く逃げなさい!」エミリアが再び叫んだ。

 化物はエミリアを振り払うと、片腕を伸ばしてクレアの喉をつかんだ。意識が遠ざかり、力が抜けていく。もし立ち上がったエミリアがその腕に取りすがらなければ、そのまま絞め落とされていただろう。


 銀色に輝いていた瞳が元の色に戻る。

 二人は部屋の隅に追い詰められた。化物はゆっくりと間合いを詰めてくる。

「いったいこいつはなに?」

「今はそれを考えている暇はないのよ。もう一度動きを止めてみせるから、逃げなさい」

「いやだね」

「これは姉としての命令よ。私にはあなたを守る義務があるの」

「そんな義務、糞食らえだ!」

 クレアはもう一度短剣を構えた。そのとき化け物の肩越しにに白い影がみえた。

(ルチア?)

 その白い影が何かをこちらに向かって放り投げた。クレアの大剣だ。

「クレア、そいつの首を落とせ!」

 エミリアはそういうと、ベッドのシーツを掴み投げつけた。シーツは空中で広がり、化物の頭にすっぽりっと被さった。クレアは剣を構えると、もがいている化物の首を見定めて渾身の力で振るった。

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