第二章 双子の塔 4
セリーヌの骸を残して、クレアとエミリアはルチアと共に塔を出た。ルチアは震えながら、重い口を開いた。
「お話ししなければならないことがあります…すべての真実を」
エミリアが振り返った。
「真実?」
ルチアは涙声で語り始めた。
「ある日のことでした。マチルダ様がシスター・セリーヌと私を枕元にお呼びになり、『今から言うことを手紙にしたためてくれ』とお頼みになったのです」
ルチアは記憶を辿るように話した。
「手紙の内容は、修道院再建の真実でした。聖都からやってきて、この地で修道院を再建しようとしたものの、蛮族の襲撃が絶えず、信者の方々も次々と聖都に逃げ帰り、絶望的な状況に陥ったこと。そして、その苦境を乗り越えるため、暁の使徒の協力を受け入れざるを得なかったこと…その全てを大教母様にご報告し、ご判断をいただくためのものでした」
ルチアの声が小さくなった。
「しかし、内容を聞くうちに、シスター・セリーヌの顔が青ざめ、手がひどく震えて、とても文字が書ける状態ではなくなってしまったのです。それで…私が代わりを務めることになりました」
エミリアは息を呑んだ。
「手紙を書き終えると、マチルダ様は私にこうおっしゃいました。『この手紙の内容を院長に知られてはなりません。あなたの名前で配達人に渡せば、院長も中を改めることはないでしょう』と」
ルチアは涙を拭いながら続けた。
「私の故郷は聖都でしたから、都合が良かったのです。私は自分の名前で、故郷にいる兄のハンスに宛てて手紙を送るように見せかけました。兄は、私が修道女になることを父に反対してくれるほど、私のことを心配してくれていましたから、きっと力を貸してくれると思ったのです。そして、その手紙の中で、ハンスにこの告白を大教母様へ届けてくれるよう託したのです」
その言葉に、クレアがはっとしたように顔を上げた。
「待て。そのハンスという男…どんな見た目をしている?」
ルチアはきょとんとして答えた。
「兄様ですか?金色の髪に、青い瞳をしています。左の目の下に、小さなほくろが…」
「間違いない」クレアが頷いた。「ここへ来る道中、ある商人に行き会った。あんたへの手紙を託されたんだが、その男がまさしくその特徴だった」
「まあ!」ルチアは驚きに目を見開いた。「兄様が、ハンス兄様がここまで来ていたなんて…!」
兄が自分のために危険を冒してくれている。その事実に、ルチアの胸は熱くなった。
「ですが…」ルチアの声が絶望に震えた。「シスター・セリーヌが、手紙の内容を院長様にお話ししてしまったのです」
クレアが唸った。「裏切ったのか」
「院長様は激怒なさいました。そして、私とマチルダ様を、この塔に幽閉なさったのです」
エミリアは周囲を見渡した。この寂しい塔が、二人の牢獄だったのだ。
「では、シスター・セリーヌは? 彼女はどうなったの?」
ルチアの頬を涙が伝った。
「シスター・セリーヌは…心から敬愛するマチルダ様が、自分のせいでこのような場所に閉じ込められることになったと、ひどく自分を責められました。そして…錯乱状態に陥られ、この塔で…首を吊って命を絶たれたのです」
クレアが息を呑む。
「そして、院長様は…」ルチアは恐怖に顔を歪ませた。「院長様は、亡くなったシスター・セリーヌの御遺体を、あの恐ろしい術で操り、この塔の番人となさったのです。私たちがさきほど倒したあの化け物は…かつて私たちの友人だった、シスター・セリーヌだったのです」
エミリアは怒りに唇を噛んだ。
「なんてことを…」
「だから、お二人がここへ来てくださって…本当に…」
ルチアは再び泣き崩れた。
エミリアはルチアの肩にそっと手を置いた。
「もう大丈夫。私たちが来たからには、必ずマチルダ様を助け出し、院長の罪を明らかにします」
クレアが頷いた。
「ああ。そして、セリーヌの魂も解放してやらねばならん」
その時、エミリアの脳裏に重要な記憶が蘇った。
「待って」エミリアが立ち止まった。「今、気づいたことがあるの」
クレアとルチアが振り返る。
「院長の正体について、もう少し考えてみましょう」エミリアが深刻な表情で語り始めた。「私が異端審問官として訓練を受けていた時、教官から聞いた話があるの。暁の使徒は、正統教会の内部にも多くのシンパを持っていると」
クレアが眉をひそめた。
「どういうことだ?」
「特に地方の修道院や聖堂には、彼らの影響下にある聖職者が配置されていることがあるって聞いたことがあるの。そして、ここルメリアのような辺境の修道院は、中央の監視の目が届きにくい」
エミリアの推理が続く。
「もし院長が暁の使徒のメンバーだとしたら、死霊術を使えることも説明がつく。そして、マチルダ様の過去の協力について、院長が詳しく知っていることも」
ルチアが息を呑んだ。
「それでは、院長様は最初からマチルダ様の秘密をご存じだったということですか?」
「おそらくそうでしょう」エミリアが冷静に分析した。「考えてみて。マチルダ様が数十年前に暁の使徒と協力されたとき、彼らはまだ単なる学術サークルだった。教会に学問の自由を制限される中で、真理を探求したいと願う知識人たちの集まり」
エミリアの推理が続く。
「当時のマチルダ様にとって、彼らは危険な異端者ではなく、知性の高い協力者に見えたはず。修道院再建という大事業を成し遂げるために、彼らの知識と技術を借りることは、それほど大きな罪には思えなかった」
クレアが眉をひそめた。
「だが、何かが変わったということか」
「そうよ。やがて暁の使徒は力を持つようになり、教会内部への浸透を始めた。そして一部の者たちは、死霊術のような禁断の研究に手を染めるようになった」
エミリアの声に怒りが込められた。
「マチルダ様は、自分が協力した組織がそのような存在に変質してしまったことを知って、深く後悔されているのでしょう。だからこそ、大教母様にご判断をお仰ぎしたかった」
ルチアの瞳に涙が浮かんだ。
「それで院長様は、マチルダ様の過去の協力を弱みとして利用し、修道院を支配下に置いた。マチルダ様の権威を盾にしながら、実際の運営は院長が握る」
エミリアの瞳に怒りが宿った。
「そして、もし私の推理が正しければ、歴代の院長が、すべて暁の使徒から送り込まれた可能性もある。表向きは正統な聖職者として、実際には異端の拠点を築くために」
「恐ろしい話だ」クレアが唸った。
「でも、それだけじゃない」エミリアの声が震えた。「教会の中枢部にも暁の使徒のメンバーが潜入している可能性が高い。地方の院長人事を決めるのは、聖都の上層部よ。もし彼らの中にメンバーがいたら…」
ルチアが震え声で尋ねた。
「それでは、私たちが大教母様にお送りした手紙も…」
「大教母様ご自身は信頼できる方だと思うけれど、その周りにいる者たちの中に、暁の使徒のメンバーがいるかもしれない」エミリアが深刻な表情で答えた。「だからこそ、私たちが直接派遣されたのかもしれないわ。大教母様も、誰を信用していいかわからない状況なのかも」
クレアが歯ぎしりした。
「つまり、この修道院だけの問題じゃないってことか。もっと大きな陰謀の一部だと」
「そういうこと。ここで起きていることは、教会全体を蝕む病巣の表れかもしれない」
エミリアは周囲を見回した。夕闇が迫る中、修道院の建物群が不気味な影を落としている。
「だとすれば、マチルダ様を救出するだけでは終わらない。院長の正体を暴き、この修道院に隠された真実をすべて明らかにしなければ」
「ああ」クレアが力強く頷いた。「やってやろうじゃないか。どんな大きな敵が相手でも、真実は我々の側にある」
ルチアが不安そうに呟いた。
「でも、もし院長様が本当に暁の使徒のメンバーなら、きっと他にも仲間がいるでしょう。私たちだけで戦えるでしょうか」
「案ずるな」クレアが大剣の柄に手を置いた。「こっちには選ばれし者の力がある。それに、セリーヌのような犠牲者をこれ以上出すわけにはいかない」
エミリアも剣に手をかけた。
「そうね。そして今度こそ、すべての真実を明らかにする。ルチア、あなたの勇気とあなたの兄ハンスの命がけの行動のおかげで、私たちはここまで来ることができた。無駄にはしない」
ルチアの瞳に涙が浮かんだ。
「ありがとうございます。マチルダ様を、どうかお救いください」
三人は決意を新たに、塔のさらに奥、マチルダが囚われているであろう場所へと向かった。暗闇の中に、より深い陰謀の匂いを感じながら。