第二話 おそらえ
「これね、フキノトウって言うんだよ」
「ふーん、フキノトウ……」
学校帰りに突然、何を言っているのだろうとくいくい引っ張られる袖に体を傾けられながら一人心の中で愚痴ていた訳です。一面雪畑、とはお世辞にも言えない位、朽木や連なる住宅街が眼前に広がっている訳だけれど、小さな畑を耕す戸建の家に、その緑い感じの草っ葉が雪の下から少しだけ顔を覗かしているのを目にした時に、そう言葉を掛けられた。
「春になると雪の下からね、ぽっこり顔を現すんだよ」
「何処が顔なの」
「言葉の彩だよ、香夜!」
「わざとだよー」
「もう、香夜ぁ!」
淡々と吐き捨ててみると案の定、麻祁はプンプンと腹を立てて腕をポコポコ攻撃してくるのである。御陰で私の腕は折れてしまいそう。怖い怖い。苛々しちゃう時は骨を齧ってカルシウム摂るのお勧めです。私は齧らないけど。
さてこのまま野放しにしておくと彼女は拗ねてしまうので、頭の上をするすると撫でる。
「はいはいごめんねー」
「うぅ……香夜……」
「麻祁は本当に草木の事詳しいね。私尊敬するよ」
「……ぐすっ、嘘でしょ」
「ウソジャナイヨ」
と、心優しい言葉を宣ってあげると、またブーたれた顔をして此方を睨み付けるのである。嘘じゃないのになぁー。けれども。彼女は完全に疑いの目を私に向けており、今にも噛みつきそうな剣呑な雰囲気を見に纏わせている。と思っているのは彼女だけである。私からすると、プルプル震える小動物とかが必死にプンスカ怒ってこっちを涙目ながらに睨み付けているだけにしか見えない。恐らく、私以外の人物も漏れなくそんな幻覚で苛まれる事請負だ。
「うー……」
「ほらそんなお顔しないで頂戴よ」
「だって、絶対……ったた…っ!」
ペシ、と真っ白ときめ細かな麻祁の額を人差し指で小突いてみる。そうすると、案の定突かれた額を摩りながら、うーうー唸るのである。余り強く小突いた訳ではない、と思うけれど妙に痛そうに額を抱えだす。
「軟弱だよ」
「軟弱じゃない! 爪が、少し……」
「え……ごめん……!」
「……っふふー、嘘! ったぃ!!」
今度は頭を叩きます。そういう冗談はお姉さんちょっと感心しないなー。お顔に怪我させたなんて一大事である。女子なのに。ともあれ傷付いてなくて良かったけれど、やっぱりもう一回叩いて脳細胞幾つか死滅させよう。
「ほらーほらほらー」
ペシペシ。
「うわっ、とごめん! ごめんなさいー!」
「全く、洒落にならないよ。そういった嘘は」
「うん、ごめん……」
「……さて、まだ寒いし。帰りにコンビニ寄って肉まんとか買おうか」
「! うん、食べに行くー!」
これ以上気温が下降していったらまた雪でも降り出すんじゃないかと不安になる位の凍えそうな寒さ。正に二月の空気。空も既に暮れ始め、日も地平線へと没していくのだろう。薄っすらと暗くなる始めて空を眺め、アスファルトの上を二人、揃って歩いていく。白い息が口元に現れては空の彼方へと昇り、消える。
目的地は近くのコンビニまで。