第一話 お別れかい。
背中を木に凭れかけ、セルリアンブルーのお空をぼうっと只眺めていた。伸びる木陰の中に身を休めている私は掌で握っていたペンダントを一度、視界の真ん中へと動かす。
「…………」
長年愛用していたと聞いている。彼女から。どれくらい前なのだろう。五年? 十年? ……いや、彼女が生まれたその瞬間からだろう。シルバーアクセの、高価な代物。
木の幹に腰掛けていた背が僅かながらにずる。
視線を仰ぐ。樹齢もいった、大層大きい桜の木。小枝の隙間から弱々しく射し込む陽射し。だけれども、日は既に背中のその向こう側。背に戴ける迄には既に傾いている。そう、太陽を背に。
ギィ、ギィ、と……軋む音。
掲げていたシルバーアクセを慎重に下ろす。一面に夥しく群生する雑草。手近に生えた幾つかの赤い実を実らせている雑草を一つ毟り取り、手の内に籠める。
投げっ放しのだらしない両足。その足を雑草が取り囲んでいる為、所々擽られているかの様な痒みがある。けれど、足は動こうとしない。
泣き腫らした目を袖口で器用に拭う。あぁ、腫れぼったい。まだ元には戻らなさそうだ。それでも、人生に希望を見いだせる。今の“私”ならば。
雑草を指に挟めるように己が手に持ちながらも、その手を大地に宛てる。そうすると、地表まで露出した木の根に当たる。樹木特有のザラザラとした窪みのある表面。その上を、猫でも撫でるかのような仕草で摩する。
「……同じ様に、遊べるのかな」
ねぇ? どう思う?
何しろこんな経験、一生体験出来ることじゃないから。
ザァ、と一段と強い風が通り抜けて行く。前髪が風に靡いた。ひらひらと非常に緩急のつく流れで枯れ葉が落ちる。
氷に包まれそうな程に凍てついた乾風で、思わず身震いした。大きく貯めた息を吐くと、白く靄のような吐息が空に浮き、上へ上へと昇り、風が攫って行った。
雪でも降ったら、雪桜でも拝めるかも知れない。その時はきっと、言葉も出ない位に圧倒されるんだろう。この桜の木で雪の降り積もる桜が見えたのならば。
そういえば、雪好きだったっけ? 割と好きだったかな?
雪が降ったなら、雪の降る日は毎日欠かさず此処に訪れよう。と、思ったけれどそういえば毎日居るや、私。
茶色く変色した枯れ葉が目の前を遮り落ちていく。
遂には、桜の枝に付いていた葉の全てが、地面に落ちてしまった。
ギィ、ギィ、と定期的に軋む縄の音。木の枝を摩擦で削って行く音。
「…………」
ゆらゆらと揺らめく人の影が日の傾きによって此方まで長く伸びてくる。影送りでも出来たら良いんだけれど、貴女はきっとそれを許可しないんだろうね。心配しているから。
徐々に降下しゆく目線。
不思議な木だ。
今まで木の根を摩っていた手をパタリと止める。
私より少し高い位置、貴女の目からは一体どんな風に見えている?
「麻祁」