第三話 武和達、愛媛ご当地モンスター退治の旅始まるぞなもし(後編)
ともあれみんなは岡山行き特急しおかぜに乗り込み、今治駅到着後。
「戦う前にお昼ご飯食べよう。もうお昼過ぎとるけん。ワタシ、回復アイテムけっこう使ったけど普通にお腹すいて来たよ」
「回復アイテムは食糧代わりになるほどカロリーないけん、よほど大量に摂取せんと満腹感は得られんぞなもし」
「リアルのものと同じか凌駕するくらいの美味しさなのに、そんな仕組みになっているのは素晴らしいですね」
「ちなみにゲーム上では日中、ゲーム内時間で七時間くらい食事させずに旅させ続けとったら空腹の表示が出て敵からダメージ受けんでも体力減ってくるぞなもし」
「そこも面倒なリアル感だな」
まずは駅近くのファミレスにて昼食を済ませ、そのあとバス利用で来島海峡&しまなみ海道絶景スポットとなっている、糸山公園を訪れた。
展望館付近を散策し始めてほどなく、さっそくご当地の敵モンスターとご対面。
いろんな種類のタオルが浮遊したり跳ねたりしながら近づいて来た。
「やはりタオル製品の数々がモンスターになってましたか」
「お土産に欲しいなぁ」
光穂と文乃はその姿を見て和んでしまう。
「ゲーム内ではタオル美術館内にも出没する今治のタオル達。体力は14から37まであるけんどどれも雑魚じゃ。ゲーム上では一回の戦闘につき五種類くらいで襲ってくるぞなもし」
「確かに弱そうだけど、素早過ぎる。なかなか当たらんぞ」
武和が竹刀、
「ひらひらして当たりにくぅい」
乃々晴がヨーヨーでぶっ叩き、
「いたたたっ、首絞めてこようとして来やがったよ」
柑菜がバットとGペンを用いて、三人で何度か空振りになりながらも一分足らずで全滅させた。モンスター化状態時と同じ柄の今治タオルを残していく。
またすぐに新たなご当地敵モンスターが。
「今度は鯛だぁ。美味しそう。あたし刺身で食べたいな」
「ワタシも刺身派よ」
「私もー。愛媛の鯛はすごく美味しいよね」
「わたしは鯛めしも大好きですよ。あの大きさなら、かなりの人数分ありそうですね」
体長は二メートルくらいあり、海中で泳いでいるのと変わらぬ動きで宙を漂っていた。
「来島海峡の鯛ちゃん、体力は28。お隣徳島編の鳴門の鯛ちゃんに比べればかなり弱いぞなもし」
「的が大きいから楽に勝てそうだ」
武和が果敢に立ち向かっていったら、
「うぉわっ!」
急にくるっと向きを変えた来島海峡の鯛ちゃんに体当たりされ吹っ飛ばされてしまった。
「鯛の体当たり食らったら大ダメージ貰うぞなもし。他の皆様も気をつけてつかーさい」
夢子は注意を促しながら武和に一六タルトを与えた。
「サンキュー夢子ちゃん、俺たぶん腕折れてたと思う」
武和、完全復活。
「あんなに機敏に動けるなんて、やばそうじゃ。逃げるって選択肢もありじゃよね?」
「ここは逃げましょう」
「その方がいいよ。武和くんみたいに大怪我しちゃう」
「あたしは戦いたいけどなぁ」
「うわっ! 私の方襲って来たぁ」
文乃はとっさにその場から逃げ出す。
「俺に任せて。今度は上手くやるから」
武和はマッチ火を来島海峡の鯛ちゃんに向かって投げつける。
来島海峡の鯛ちゃん、一瞬で炎に包まれて瞬く間に消滅した。
「武和お兄ちゃんすごーいっ! これぞ本当の鯛焼きだね」
「武和様、弱点を上手く利用しましたね」
「やっぱ武和お兄さんは主人公じゃ」
「ありがとうございます武和さん」
「武和くん、勇気あるね」
「いや、そんなことないと思う」
武和は照れ笑いする。嬉しく思ったようだ。
「さっきの敵に関しては姿残しといて欲しかったよ。ぎゃんっ、いたぁい」
柑菜の体にビリッと痛みが走る。
「いってぇっ! 俺も食らった。くらげの攻撃だな。動け、ない」
武和の予想通り、すぐそばに傘の直径三〇センチくらいのアカクラゲ型モンスターが空中を漂っていた。
「柑菜様、武和様。痺れ状態に侵されちゃいましたか。クラゲの針は毒針やけんど、この場合毒状態やないけん毒消しでは回復出来んぞなもし。倒すかしばらくすれば自然に治るぞなもし。伊予あかくらげ、針攻撃は危険じゃけど体力は21しかなくて防御力も低いぞなもし」
「モンスターくらげさん、くらえーっ!」
乃々晴の手裏剣一撃であっさり消滅。
「体が動かんかったけど、マッサージされとるみたいでけっこう気持ちよかったよ」
「俺は不快に感じたけどな」
柑菜と武和は痺れ状態から回復した。
「あっ、焼き鳥だ。あれも美味しそう♪」
文乃は、ぴょんぴょん飛び跳ねながら近づいてくる数体の五〇センチくらいの大きさのそいつをうっとり眺めてしまう。よく知られている焼き鳥とは違い、串に刺さっておらず鶏皮が鉄板焼きされたようになっていた。
「あちちっ!」
武和は、今治焼き鳥くんが超高速回転したさいに飛び散った熱々たれをぶっかけられた。
「武和様、体力34の今治焼き鳥くんに接近戦は危険ぞなもし」
「焼き鳥さん、くらえーっ!」
乃々晴は楽しそうに水鉄砲をぶっかけて消滅させた。
「バリィさんの焼きしょこら残していったよ。太っ腹な敵じゃね」
柑菜はマッチ火で黒焦げにして消滅させたのち、残していった回復アイテムを嬉しそうに拾い上げアイテムに加えた。
「バリィさんの焼きしょこらはゲーム上では体力が15回復するぞなもし」
夢子が伝えている途中で、
「おっと、危ねっ!」
武和は直径四〇センチくらいある、骨付き鶏の空揚げ型モンスター数体に突進されそうになったが辛うじてかわした。
「凶暴せんざんきだぁ!」
「この今治名物もけっこう美味いよね」
乃々晴のヨーヨー、柑菜のバット、
「防御力、見た目通り焼き鳥くんよりは高いな」
武和のマッチ火攻撃によりあっさり消滅。
「体力35のせんざんきちゃんの突進攻撃は来島海峡の鯛ちゃんの体当たり以上に大ダメージ食らうぞなもし。武和様、素早さも旅開始直後よりほうとう上がっとるね」
夢子が褒めた直後に、
「いやぁん、なんかべっとりした目玉焼きと、煮豚のようなものが頭に覆い被さって来ました。前が見えません」
光穂が何者かに先攻された。
直径一メートル以上はある巨大皿に盛られた料理型モンスターに襲われたのだ。
「今治名物B級グルメ、焼豚玉子飯のモンスターか。友近さん、大丈夫か?」
「息苦しいですぅ」
「重いな」
武和は光穂の頭にこびり付いた焼き豚のたれ付き半熟目玉焼きと煮豚を手掴みして引き離してあげた。
「ありがとうございます武和さん。疲れました」
光穂は体力をかなり消耗してしまったようだ。お顔と髪と上着も半熟の黄身とたれでべとべとにされていた。
「光穂ちゃん、これ食べて」
文乃は登窯の里を与えて全快させてあげた。
「焼豚玉子飯ちゃんは体力27ぞなもし。皆様、身動き封じに注意してつかーさい」
「分かった。うわっ、動き早っ!」
武和も巨大皿から新たに飛び出した半熟目玉焼きと煮豚に包み込まれてしまう。
「鬱陶しい」
けれどもすぐに自力で引き離した。
次の瞬間、焼豚玉子飯ちゃんは急激に弱った。
「生クリームかけたらこうなっちゃった」
乃々晴はにこにこ微笑む。巨大皿に盛られた半熟目玉焼き目掛けてぶっかけたのだ。
「乃々晴様、不味くしちゃったね。ちなみにこの敵、焼き豚のたれで攻撃すると逆に体力回復しちゃうぞなもし」
夢子も楽しそうに笑っていた。
「そんな武器もあるんじゃね。あとはワタシに任せて」
柑菜がすみやかにマッチ火を投げつけて消滅させると、バリィさんのカップラーメンを残していった。光穂と武和の体に付いた汚れもきれいに消える。
みんなは付近を引き続き歩き回っていると、
「うわっ」
武和、
「きゃっ!」
文乃、
「びちょびしょになっちゃったよ」
柑菜、
「体中べたべただぁー」
乃々晴、
「磯臭いわ」
光穂、
「冷たいぞなもし。これは『来島海峡のうずしおくん』のしわざじゃね」
夢子、
全員背後から海水をぶっかけられた。
「どうだおまえら」
すぐ近くに渦の形をした物体が。そいつは人間の言葉でしゃべった。
「また先攻されちゃったわ。来島海峡のうずしおくんさん、これくらいでわたし達が怯むと思った?」
「冷たいけど、物理的ダメージはないぞ」
光穂と武和は怒りの表情だ。
「おれの必殺技はこれだけじゃないんだぜ。くらえっ! は・か・た・の・しお」
来島海峡のうずしおくんは自信満々にそう言うと、体を超高速回転させた。
周囲一体にブワアアアアアッと突風が起きる。
「きゃあっ!」
「いやぁん、こいつ海水の癖にエッチじゃ」
文乃と柑菜のスカートが思いっ切り捲れ、ショーツが丸見えに。
「うわっ!」
武和はとっさに視線を逸らす。
「よそ見するなよ少年。せっかく見せてやったのに」
「ぐわっ!」
来島海峡のうずしおくんにタックルを食らわされてしまった。
「いってててっ、背骨折れたかも。起き上がれねえ」
武和は弾き飛ばされ地面に叩き付けられてしまう。海水もけっこうかかった。
「武和くぅん、大丈夫?」
文乃は心配そうに駆け寄っていく。
「文乃お姉ちゃん、危なぁいっ!」
乃々晴は文乃の背後に迫っていた今治焼き鳥くんをヨーヨーで攻撃。
会心の一撃で退治して、鶏卵饅頭を手に入れた。
「ありがとう乃々晴」
「どういたしまして」
「文乃様、戦闘中に他の仲間の心配をし過ぎると、自分もやられちゃうぞなもし。武和様ならうちが回復させるぞなもし。武和様、これを」
夢子はすぐさま醤油餅を武和に口に放り込んだ。
「おう、痛み消えた」
武和、瞬時に完全回復だ。
「武和さん、わたしは問題なしですよ。あれ?」
光穂の穿いていたショートパンツもビリッと破れて、クマちゃん柄のショーツがまる見えに。
「俺、何も見てないから」
武和はとっさに顔を背けた。
「光穂お姉さんのパンツもかわいいよ」
柑菜はにやける。
「あの、武和さん、なるべく早く忘れて下さいね」
光穂は頬をカァッと赤らめ、ショートパンツを両手で押さえながらお願いする。
「分かった」
武和は光穂に対し、背を向けたまま承諾した。
「油断したな」
来島海峡のうずしおくんは表情は分からないが、嘲笑っているように思えた。
「来島海峡のうずしおくんの体力は41ぞなもし。弱点は熱風」
「ついにこれが役立つ時が来たね。来島海峡のうずしおくん、くらえーっ!」
「海水のくせに生意気じゃ」
「ぎゃふん」
乃々晴のドライヤー攻撃と柑菜のマッチ火攻撃で退治成功。
伯方塩まんじゅうを残していった。
「よかった♪」
ショートパンツの破れも元に戻って光穂はホッと一安心した矢先に、
「きゃっあん! 真っ暗です」
また何かに今度は上空から襲われてしまった。
「光穂ちゃんが閉じ込められちゃったっ!」
文乃は慌てて呟く。
「息苦しいです。熱いです」
光穂は高さ二メートくらいの茶碗型モンスターに覆い被されてしまったのだ。
「桜井漆器くん、体力は39。今治市に出る敵じゃ菊間鬼瓦に次いで防御力高いぞなもし。弱点は無し。火にも強いぞなもし」
「伊予桜井の伝統工芸、桜井漆器のモンスターかよ。友近さん、すぐに助けるからな」
武和はさっそく竹刀で攻撃。一撃では倒せず。
「とりゃぁっ!」
柑菜もすみやかにバットで攻撃。まだ倒せなかった。
「すごく硬いね」
乃々晴のヨーヨー攻撃。これでも倒せず。
武和達がもう一度攻撃を加えようとしたところ、桜井漆器くんは消滅した。
「皆さん、ご協力ありがとうございます。酸欠になりかけました。あと十秒遅れてたら体力0になってたとこでした」
代わりに現れた光穂はハァハァ息を切らし、汗もいっぱいかいていた。彼女も中から扇子で攻撃していたようである。
「光穂ちゃん、これ食べて」
文乃は鶏卵饅頭を与え、光穂の体力を全快させた。
「わたし、今治では酷い目に遭わされてばかりだな」
光穂はしょんぼりした気分で呟く。
「光穂様、元気出してつかーさい。次に向かう場所では光穂様の本領を発揮出来るイベントがあるけん。それは光穂様がおらんと突破出来んと思うぞなもし」
「どんなイベントなのかしら?」
「それは着いてからのお楽しみということで」
夢子とこんな会話を弾ませている最中、
「ん? 乃々晴ちゃん、どうした? 体調悪いのか?」
武和は異変に気付き、優しく気遣ってあげる。
「あたし、ちょっと頭がくらくらして来たの」
乃々晴は砂浜に座り込んでしまっていた。
「乃々晴、大丈夫?」
「乃々晴さん、熱中症になっちゃったみたいね」
文乃と光穂は心配そうに話しかけた。
「そうみたい」
乃々晴は俯き加減で伝える。
「炎天下で長時間戦い続けとったけんね。乃々晴、日陰に移動させたるよ」
柑菜がおんぶしてあげようとしたら、
「乃々晴様、これ食べてね」
夢子はいよかんジュレを差し出す。これもゲーム内にあったものだ。
「ありがとう夢子お姉ちゃん」
乃々晴は一気に平らげると、
「気分、すごく良くなったよ」
瞬時に完全回復。
「よかったね乃々晴様」
夢子がにっこり笑顔でそう言った直後、
「フォフォフォ、皆の者、敵モンスター退治、良く頑張っておるようじゃな。若い娘さんがぎょうさんおって嬉しいわい。男主人公一人だけで来るゲーム内での標準進行より、こっちの方がずっと良いわい」
突如、白髪白髭、老眼鏡をかけた作務衣姿の仙人風なお爺ちゃんがみんなの目の前に姿を現した。
「おう、そっちから来てくれたんか。行く手間が省けたよ。光穂様、まさにそのイベント到来ぞなもし。ゲーム上ではこの敵、綱敷天満神社に出るぞなもし」
「エロそうな爺ちゃんじゃね」
柑菜はそのお方の風貌を見てにっこり微笑んだ。
「フォフォフォフォッ。わしは小学生の女子が一番の好みなのじゃよ」
お爺ちゃんはとても機嫌良さそうにおっしゃる。
「ロリコンなんかぁ。見た目通りじゃね」
「あたしが好きなの?」
乃々晴がぴょこぴょこ近寄っていこうとしたら、
「乃々晴、このお爺ちゃんに近づいちゃダメだよ。エッチなことされるからね」
「そんなことしないよ」
「いや、しそうだよ」
文乃に背後から掴まえられた。
「このお方は学力仙人といって、対戦避けることも出来るけんど、戦った方が後々の旅で有利になるかもぞなもし」
「学力仙人のイベントうざ過ぎってレビューに書かれてたけど、愛媛編で早くも遭遇するんだな」
武和は興味深そうに学力仙人の姿を眺めた。
「敵モンスターだけど、倒せば味方になってくれるぞなもし。主人公達に学力向上を授けてくれるいいお方よ。小学生の女の子の中でも、勉学に励む子が特に好きなんぞなもし」
「ホホホッ。わしはゲーム上では綱敷天満神社におるのは学問の神様、菅原道真公が祀られておるからじゃよ。わし、午前中はリアル綱敷天満神社におったのじゃが、早く勇者達に会いたくてタクシーを利用してここまでやって来たのじゃ」
「タクシー利用か。なんか、仙人っぽくないな。雲に乗ってくるとか」
「雲に乗れるとかあり得んし。少年よ、現実的に考えよ」
学力仙人はにこにこ微笑む。
「そう突っ込まれたか。俺らの居場所知った方法も、夢子ちゃんが事前にメール送って知らせてたとか」
「その通りぞなもし武和様。勘が鋭いなあ」
「やっぱそっか」
「ホホホッ、見事正解じゃ。その点は超能力とは思わんかったか少年。ホホホッ。そこの乃々晴と申されるお嬢ちゃん、わしに勝負を挑んでみんかのう?」
「やる、やるぅ」
「乃々晴、危ないからダメだよ」
「小学生の乃々晴様では、まだ無理だと思うぞなもし」
「戦いたいんだけどなぁ」
「わたしがやりますっ!」
光穂が率先して学力仙人の前に歩み寄った。
「ショートがよくお似合いのお嬢さんは、東大志望かのう?」
学力仙人が問いかける。
「いいえ、わたしは京大第一志望よ」
光穂はきりっとした表情で答えた。
「そうか。まあ京大でもいい心構えじゃ。戦いがいがあるわい。それっ!」
学力仙人はいきなり杖を振りかざした。
「ひゃっ!」
光穂は強烈な突風により吹っ飛ばされてしまう。
「想像以上に強いな。このエロ爺」
武和はとっさに光穂から目を背けた。
「きゃんっ!」
服もビリビリに破かれて、ほとんど全裸状態にされてしまったのだ。
「なかなかのスタイルじゃわい」
学力仙人はホホホッと笑う。
「立ち上がれないわ。かなり、ダメージ、受けちゃったみたい。痛い」
仰向けで苦しそうに呟く光穂のもとへ、
「大丈夫? 光穂ちゃん、これ食べて」
文乃はすぐさま駆け寄って、一六タルトを与えて回復させた。けれども服は戻らず。
「学力仙人、攻撃もエロいね。ワタシも協力するよ」
「エッチなお爺ちゃん、くらえーっ!」
柑菜はバット、乃々晴は水鉄砲を構えて果敢に挑んでいく。
しかし、
「ほいっ!」
「きゃわっ! もう、よいよエッチな爺ちゃんじゃ」
「いやーん、すごい風ぇ」
光穂と同じように攻撃すらさせてもらえず杖一振りで服ごと吹っ飛ばされて、ほとんど全裸状態にされてしまった。
「柑菜も乃々晴も大丈夫?」
「平気よ、文乃お姉さん」
「あたしも、大丈夫だよ」
「すごく苦しそうにしてるし、そうには思えないよ」
文乃は心配そうに駆け寄り、登窯の里で全快させてあげた。破かれた服はやはり戻らず。
「一応、やってみるか」
柑菜と乃々晴のあられもない姿も一瞬見てしまった武和も、竹刀を構えて恐る恐る立ち向かっていったが、
「それっ!」
「うおあっ!」
やはり杖の一振りで吹っ飛ばされ大ダメージを食らわされてしまった。けれども服は一切破かれず。
「男の裸なんか見たくないからのう」
学力仙人はにっこり微笑んだ。
「武和さん、相当効いたでしょう? これ食べて元気出して下さい」
「ありがとう、友近さん」
明日用の替えの服を着た光穂は鶏卵饅頭で武和を全快させてあげた。
「次は、お嬢さんが挑んでみんかのう?」
「いいえけっこうです!」
学力仙人に微笑み顔で誘われた文乃は、青ざめた表情で即拒否した。
「このエロ爺、とんでもない強さじゃわ。これは倒しがいがあるよ」
「中ボスの力じゃないよね?」
柑菜と乃々晴は圧倒されるも、わくわくもしていた。
「どうやっても、勝てる気がしないわ」
光穂は悲しげな表情で呟く。
「この仙人、見た目のわりに強過ぎだろ。どうやって勝つんだよ?」
武和は柑菜と乃々晴のあられもない姿を見ないよう視線を学力仙人に向けていた。
「ホホホ、まあ今のお主らには勝てんじゃろうな。けどわしも鬼ではない。お主らにわしにハンディを与えさせてやろう」
学力仙人はそう伝えると、数枚綴りの用紙を武和に差し出して来た。
「これ、テストか?」
「学力仙人はデフォルトじゃかなり強いけど、学力仙人が出すペーパーテストの正答率と同じだけ攻撃力、防御力、体力も下がるんぞなもし。例えばこれに六割正解すれば、デフォルトの能力値から六割減になるんぞなもし。ちなみにゲーム上ではネット検索対抗で一問当たり三〇秒の制限時間が設けられてるぞなもし」
夢子は解説を加えた。
「相当難しいのばかりじゃから、お主ら程度の頭脳じゃ三割も取れんと思うがのう。まあ三割取れたところでまだまだわしには通用せんじゃろう」
学力仙人はどや顔でおっしゃる。
「確かに難し過ぎだな。マニアックな問題が多いと思う。高校生クイズの地区予選のよりも難しいんじゃないか?」
武和は苦笑いした。
ベースボールを【野球】と日本語に訳した最初の人物は?
小説『洪水はわが魂に及び』の著者は誰?
愛媛県内にある次の地名の読み仮名を記せ。【上浮穴】【五十崎】【元結掛】
などの一問一答雑学問題が特に多く出題されていた。
「あたし一問も分からないよぅ」
「ワタシもじゃ」
「柑菜ちゃん、乃々晴ちゃんも、服破けてるから」
前から覗き込まれ、武和はもう片方の手でとっさに目を覆う。
「すまんねえ武和お兄さん、すぐに着てこーわい」
「この格好でいたらお巡りさんに逮捕されちゃうね」
柑菜と乃々晴は自分のリュックを置いた場所へ向かってくれた。
「私も、ちょっとしか分からないよ。三割も取れないと思う」
文乃もザッと確認してみて、苦い表情を浮かべる。
「それならわたしに任せて」
光穂はシャーペンを手に持ち、楽しそうに解答をし始めた。
全部で百問。一問一点の百点満点だ。
「どうぞ」
光穂は三〇分ほどで解答を終え、清々しい笑顔で学力仙人に手渡した。
「ホホホ。かなり自信のようじゃが……うぬっ! なんと、九八点じゃとぉっ! ネットで調べる素振り見せておらんかったのに」
学力仙人は驚き顔で呟く。
「光穂様、さすが賢者。大変素晴らしいぞなもし。どこにでもいるごく普通の高校生なら三割取れれば上出来なこの超難問テストで九割八分の正解率を叩き出すなんて。学力仙人、能力値九割八分減で野球拳男並に弱くなったと思うぞなもし」
「本当か? 姿は全然変わってないけど」
武和は少しにやけた。
「いや、わしの強さは全く変わってないぞな」
学力仙人は自信たっぷりに杖を振る。しかし先ほどのように風は起きなかった。
「明らかに弱くなってますけど。学力仙人さん、エッチな攻撃した仕返しよ」
光穂は扇子で学力仙人の頬を引っ叩いた。
「ぐええ! まいった」
学力仙人は数メートル吹っ飛ばされてしまい、あえなく降参。
「能力値極端に下がり過ぎだろ」
武和は思わず笑ってしまう。
「服も戻ったわ」
「ほんまじゃ」
「勝ったんだね」
光穂、柑菜、乃々晴の破かれた服も瞬く間に元通りに。
「ホホホッ。皆の者、今後の旅、健闘を祈るぞな。これを持って行きたまえ」
学力仙人はみんなに学力向上のお守りを一つずつ手渡すと、ポンッと煙を上げて姿を消した。
「なんか、急に頭が冴えて来た気がするよ」
「俺も」
「私も」
「わたしもですよ。今ならどんな東大京大の過去問も簡単に解けそうです」
「あたしもすごく頭が良くなった気がする♪ 勉強しなくてもテストで楽に百点取れそう。ん? ぎゃあああああああっ! かっ、柑菜お姉ちゃあああああっん」
乃々晴は突如視界入って来た物に気付くや大声で叫び、柑菜の背中にぎゅぅぅぅっとしがみ付いた。
「乃々晴、あれ、そんなに怖いかな?」
柑菜はにこにこ微笑む。
「怖いよ、怖いよぅぅぅ」
乃々晴はだんだん泣き出しそうな表情に変わっていく。
「あれは確かにめちゃくちゃ怖いよ。夢に出て来そう」
「いきなり目の前に現れたらビビるよな。リアルのよりも表情かなり厳ついと思う」
文乃と武和は同情してあげる。
「ここは菊間じゃないけど、移動して来たのね。暑い中ご苦労様です」
光穂は笑みを浮かべ、ちょっぴり感心していた。
みんなの目の前に現れたのは、高さ一二〇センチくらいある鬼瓦型モンスターだった。
怒りの形相でみんなを睨みつけていた。
「ゲーム上では今治市の旧菊間町に出没する菊間鬼瓦くんは体力44。打撃や火にも強いけんど、水や生クリームにはかなり弱いぞなもし」
「これは乃々晴が倒すしかないよ」
柑菜は楽しそうに勧める。
「怖い、怖ぁい」
乃々晴はそう言いつつも、勇気を振り絞って柑菜の背後から少し顔を出して狙いを定め、水鉄砲を発射した。
ぐわぁぁぁぁぁ~。
菊間鬼瓦くんは苦しそうな叫び声を上げる。
「まだ消えないよぅぅぅぅぅ」
「乃々晴様の今の攻撃力なら、もう一発できっと消えるぞなもし」
「消えて、消えてぇぇぇ~」
乃々晴は涙目で今度は生クリームをぶっかけた。
ぐぉぉぉぉぉぉぉ~。
菊間鬼瓦くんは断末魔の叫び声を上げ、見事消滅。
「怖かったよぅぅぅ」
ぽろりと涙を流す乃々晴。
「乃々晴、よく頑張ったね」
文乃は優しく頭をなでてあげた。
「乃々晴様は鬼の類が苦手なようじゃね」
「ほうなんよ。おばけや妖怪絵巻風の妖怪もね」
「柑菜お姉ちゃん、笑わないでー」
乃々晴はむすっとふくれる。
「乃々晴様、レベルが上がればきっと克服出来るぞなもし」
夢子が慰めた矢先、
「熱ぅい。ぃやぁーん、服が溶けて来たぁ~」
文乃の悲鳴。宙をゆらゆら漂う六〇センチくらいの大きさの火の玉にまとわりつかれていた。
「大三島に伝わる怪火、亡者の霊火とされているオボラさんみたいね。これもここまで漂って来たのね」
「竹刀は効かなそうだな」
「火で攻撃したら逆にパワーアップしちゃいそうじゃね。乃々晴、あれは妖怪やけど怖くないの?」
柑菜はにやけ顔で尋ねる。
「全然怖くないよ。ただの空飛ぶ火だもん。怖い顔じゃないもん」
乃々晴はにっこり笑顔できっぱりと答えた。
「愛媛編ではあまりに恐ろしい風貌の妖怪型モンスターは出て来んよ。お隣徳島編祖谷にはうじゃうじゃおるけどね。ゲーム上では大三島に出没するオボラ、体力は40。風と水が弱点ぞなもし」
「みんなー、熱いから早く倒してぇ~っ!」
文乃はブラとショーツが少し露になり服が一部焦げてしまっていた。
「これもエロ攻撃かよ」
武和は一瞬見てしまい、とっさに文乃から目を背ける。
「エッチな火の玉さん、これでもくらえーっ!」
乃々晴はオボラに水鉄砲を命中させる。一発では消せなかった。
「意外としぶといのね」
光穂は続けて扇子でパタパタ仰ぎ、見事消滅させた。
「やっと涼しくなったよ」
文乃の服も無事瞬時に元の状態へ。
「乃々晴様、光穂様、ええ戦い振りじゃね。皆様、このあと松山市内に戻ったら、そこの敵ともう一度戦ってみてつかーさい」
みんなはその後は新たな敵モンスターに遭遇せず、数名の一般客が待っていた最寄りのバス停へ辿り着くことが出来た。
今治駅からは特急しおかぜに乗り継いで松山駅到着後、路電で松山市駅まで向かいまた付近の人通りの少ない所をぶらつくことに。
「全然痛く無いよ」
柑菜は鍋焼きうどん型モンスターからまた熱々出汁をぶっかけられたが、ほぼノーダメージ。このあと鍋側面にバット一撃で消滅させた。
「確かにかなり弱く感じる」
「武器がいらないね」
武和と乃々晴は野球拳男を平手打ち一発で倒した。
「いよかんこまちは指でつついただけで倒せますね」
光穂は五体で襲って来たいよかんこまちをあっという間に撃退。
「あーん、またスカート捲って来たぁ。やめてー。あっ、あれ?」
文乃はお遍路爺の肩をポンッと押しただけで消滅させることが出来た。
「やったぁ! アニヲタ君倒せたよ。お小遣いいっぱいゲットッ! ワタシの素早さが上がったおかげじゃな」
柑菜はいよのアニヲタ君の姿を見かけるや、すぐに追いかけてGペンミサイルを投げつけ消滅させることが出来た。
レベルアップを実感したみんなはJR松山駅前へ歩いて戻っていく途中、
「お遍路爺、また現れたな」
路上で武和が発見すると、
「あのお遍路にあるまじきエッチな爺ちゃん、ワタシがやっつけるよ」
「あたしもやるぅ」
柑菜と乃々晴は武器を構えて楽しそうにそいつのもとへ駆け寄っていく。
「とりゃぁっ!」
柑菜はバットで背中を、
「お爺ちゃん、くらえーっ!」
乃々晴はヨーヨーで肩を一発攻撃した。
「いたたたぁ。こらっ、お嬢ちゃん、何するの?」
「まだ消えんか。攻撃力足りんかったようじゃね」
「もう一発叩けば消えそう」
「あのう、この方は本物のお遍路さんみたいぞなもし。人型の敵は本物と見分けつきにくいんもおるんぞなもし。リアルのを参考にしてデザインされとるけん」
夢子が苦笑いして呟くと、
「えっ!? すっ、すみませんでしたぁ~」
「お爺ちゃんごめんなさぁーい」
柑菜と乃々晴は慌てて謝罪。
「いや、いいんじゃ。なんか今朝からこの辺りにお遍路の格好をして若い女性に猥褻な行為をするけしからん輩が出ておると聞いておるし。お嬢ちゃん達はわしがその者と思ったんじゃろう? では、旅路気をつけてな」
本物のお遍路さんはホホホッと笑って快く許してくれ、バス停の方へ足を進める。
「間違いなく敵モンスターのお遍路爺のしわざぞなもし」
「ついに一般人にも直接被害受けたやつが出たわけか」
「松山市内の商店で、商品が誰かに入られた形跡もなく持ち出される不可解な現象が相次いでるみたいよ。アニメイト松山とらしんばんさんも被害に遭ったみたいじゃけど、それはきっとアニヲタ君、声ヲタ君のしわざじゃろうね」
柑菜は自分の携帯をネットに繋いでローカルニュースと関連記事を確認する。
「泥棒もやってる敵モンスターさんは、あたし達が懲らしめなきゃいけないね」
「わたし達、使命感がさらにふくらみましたね」
ますます戦意の高まった乃々晴と光穂に対し、
「敵モンスターさん達、大人しくしてて欲しいものだよ。私達にも襲い掛からないで欲しいよ」
夢子は困惑顔でこう願うのだった。
☆
JR松山駅到着後。
「うち、リアル佐田岬灯台にも寄りたいところじゃけど、交通の便悪いし遠過ぎるけん今回の旅ではスルーするよ。ゲーム内ではモンスター化して、佐田岬灯台納言って敵モンスター名で愛媛編のボスになっとるんぞなもし」
夢子はみんなの分の大洲までの乗車券&特急券を購入している時に、こんなことを打ち明けた。
「佐田岬灯台がボスなんか。そこもユニークじゃね。戦い楽しみじゃ」
「あたしもーっ! どんな攻撃してくるのかなぁ?」
「俺は風貌的には宇和島の牛鬼が愛媛編のボスに相応しいと思うけど」
「私もボスは牛鬼だと思ってたよ」
「わたしも牛鬼さんだと予想してたわ。ボスのいる場所、佐田岬じゃないんですね?」
光穂は少し不思議がる。
「ゲーム内では佐田岬灯台、モンスター化したことで伸縮自在で自由に動けれるようになって愛媛県内各地を旅行中って状況になっとるんぞなもし。ようするにあの場所に無くて行方不明ぞなもし。リアルと同様、佐田岬に留まらせるんはかわいそうじゃけんって製作者の意図でこんな設定にしたらしいぞなもし。ゲーム内では主人公ら勇者に倒されることで普通の佐田岬灯台に戻って、リアル同様あの場所に聳え立つことになっとるんよ」
ともあれ、みんなは特急宇和海を利用して伊予の小京都、大洲へ。
伊予大洲駅からタクシー利用で訪れた観光名所、おはなはん通りを散策していく。
「ここも松山やとべ動物園と同じくおへんろ。のアニメの聖地じゃね。いよのアニヲタ君おらんかなぁ」
「柑菜様、残念ながら、松山市内よりも遭遇率はほうとう低いぞなもし」
「俺、せっかく来たことだしポコペン横丁の方も見てくるよ。うぉわっ、びびった。いってててぇぇぇ~っ! おい、やめろっ」
武和は空間に突如現れた数羽の鵜に襲い掛かられた。よく見ると縄で繋がれていた。
「武和くん、大丈夫? あっ、鵜匠さんだ」
文乃は風折烏帽子、漁服、胸当て、腰蓑を身に纏ったおじさんが縄の先にいるのを見つけた。
「よけられたよ」
「素早い鵜だね」
柑菜と乃々晴の鵜への手裏剣攻撃、ともに空振り。
「大洲鵜匠さん、鵜は手強いけど鵜匠本体はかなりの雑魚ぞなもし。本体を倒せば鵜も同時に消えるけん本体を狙うのがベストぞなもし」
夢子のアドバイスを聞き、
「鵜匠のおじちゃん、くらえーっ!」
乃々晴は手裏剣を鵜匠本体に命中させた。これにてあっさり消滅させたと思ったら、
「きゃあああんっ!」
「ひゃっ、もう、エッチな風じゃね」
突如、霧を伴った突風が起き、文乃と柑菜のスカートが思いっ切り捲れてショーツが思いっ切り露に。
「霧で全く見えないのが幸いだな」
と言いつつも、武和は内心ちょっぴり残念がってしまった。
「すごい風。でもあの仙人のお爺ちゃんの杖の風よりはマシだね」
「スカートじゃなくてよかった。これはモンスター化した肱川あらしですね。リアルでは今の時期には起こらないのですが」
「ゲーム上でも女の子を仲間にして、肱川に架かる長浜大橋を渡るとモンスター化した肱川あらしにスカート捲られる光景を年中見られるぞなもし」
夢子は吹き飛ばされそうになりながらも楽しげに伝える。
「それはいらない要素だと思う。おわっ! いもたきのモンスターも来たか」
霧が晴れた途端、高さ八〇センチ、直径一メートルくらいある巨大鍋型モンスターが現れ武和目掛けて襲い掛かってくる。
「こいつは絶対」
武和が予感した通り、
「やっぱりな」
そいつは鍋の中に入っていた里芋、油揚げ、こんにゃく、鶏肉、しいたけなどを熱々出汁ごとぶちまけて来た。武和は頭からぶっかけられてしまうも、
「武和くん、大丈夫? いもたきさん、食べ物を粗末にしちゃダメだよ」
すぐ隣にいた文乃は傘を広げてダメージを回避出来た。
「文乃様、素早い判断じゃったね。大洲のいもたっきーの体力は43ぞなもし」
「母さん手作りのよりずっと美味いな」
武和は具材まみれにされながらも、上機嫌で鍋の側面を竹刀でぶっ叩いて消滅させた。
「焼鮎もほうとう美味いじゃん」
「本当にすごく美味しいね♪ 倒すのが勿体ないよね」
「そうですね。お土産に持って帰りたいです」
柑菜、乃々晴、光穂は、近くに現れた焼鮎型モンスターと楽しそうに戦っていたというより突進攻撃を堪能していた。
そんな中、
「きゃあっ! この志ぐれさん、すごく美味しそうだけどすごくエッチだよぅ。あんっ、やめてぇ~」
文乃は空間にいきなり現れた和菓子型モンスターに胸を服越しに吸い付かれてしまう。
「大洲銘菓【志ぐれ】のモンスターもやはり現れたか。意外に強そうだ。またしても女の子に対してけしからん攻撃だな」
武和は長さ四〇センチくらいある、羊羹のような形のそいつが文乃の体から離れたのを狙い、竹刀でぶっ叩く。
「ぐはぁっ!」
次の瞬間、粒餡をお顔にたっぷりぶっかけられてしまったものの、とっさに目を閉じてダメージ軽減。
「志ぐれさん、体力48。打撃攻撃は一撃で仕留めんと粒餡ぶっかけられるぞなもし」
「この辺の敵になるとトラップも付いて来とるんじゃね。美味そうな志ぐれちゃん、焼き志ぐれにしたるよ」
焼鮎型モンスターを消滅させて来た柑菜はマッチ火を投げつける。
「エッチな志ぐれくん、もっと甘くなーれっ!」
乃々晴は続けて生クリームをぶっかけた。
これにて消滅。志ぐれを残していく。
武和の顔と服に付いた粒餡の汚れも同時に消えた。
「ぃやぁんっ、もう、何するんですかぁっ、志ぐれさんさん、そんなとこ、吸わないで下さい。あんっ!」
もう一体空間に突如現れた志ぐれさんに股間をショートパンツ越しに吸いつかれた光穂は扇子で攻撃。会心の一撃で消滅させた。
「お顔紅潮させてええ表情じゃ。光穂お姉さんのこの表情は超レアじゃね」
「もう、撮らないで下さい柑菜さん」
「あいてっ! ごめん、ごめん」
デジカメをかざして来た柑菜の頭も扇子でパシンッと叩いておいた。
その直後、
「皆様、大洲へようおいでたなもし」
女性の穏やかな声が聞こえてくる。まもなくみんなの前に姿を現した。
「この子、大洲に伝わる妖怪の濡女子ちゃんじゃない? イメージより若くて美人じゃね」
「濡女子っていう妖怪、あたしも知ってるぅ。この濡女子は顔が全然怖くないね。普通の人間のお姉ちゃんに見える。恰好は変だけど」
「この人も妖怪なんだね。私も妖怪には見えないよ」
「あのゲームの製作者は現在の大洲市菅田に現れたいう濡女子さんをこんな風にデザインされたんですね。言い伝えにかなり則していると思います」
三姉妹と光穂は興味深そうにじっと見つめる。
「なんかエロいな」
武和は姿を数秒拝見したのち、罪悪感に駆られたのか視線を道路に向けた。
腰の辺りまで伸びた長い黒髪、ぱっちりしたキラキラな瞳、少し青ざめてはいたが十代半ばくらいの少女の顔つきで、背丈は一五〇センチあるかどうかくらい。その名の通り全身びしょ濡れで、胸と恥部を木の葉で纏っただけの露出度だった。
「大洲の濡女子は姿形は諸説あるけん、基本的な設定が言い伝えに則してれば顔つきはどんな風にデザインしてもええじゃろうという製作者の考えで、こんな萌え系の造形になったみたいぞなもし」
「それは初耳じゃ」
大洲の濡女子は満面の笑みを浮かべる。
「大洲の濡女子の眼光はパーティ全員を痺れ状態にさせれる威力があるけど、この敵は味方モンスターぞなもし」
「そんな能力が使えるとは、か弱そうな見かけによらず相当強いんでしょうね」
光穂は感服したようだ。
「いえいえ、愛媛編ボスにも遠く及ばんぞな」
大洲の濡女子はほんわかした表情で謙遜する。
「あの、悪いんだけど、目のやり場に困るから。これ、よかったら、着て欲しいな」
武和は大洲の濡女子に伊予絣の浴衣をプレゼントした。
「だんだん。ほじゃけど、これを着るとウチの個性が失われてしまうけん、着ずに飾っておきますね。お礼にこれ、差し上げるよ。ほな皆様、今後の旅路も気をつけてつかーさい」
大洲の濡女子は志ぐれ、月窓餅、鮎もなかを差し出してくれると瞬く間に姿を消した。
「武和様、ええ気遣いじゃね。大洲の濡女子は何かアイテムを差し上げると、お礼に大洲銘菓をくれるんよ」
「太っ腹な濡女子ちゃんじゃったな」
柑菜はスケッチブックにちゃっかりイラストを描写した。
「皆様、ここまでよいよええ戦い振りじゃったぞなもし。もう夕方やけん今日の戦いはやめにして、滑床渓谷のねきまで移動して宿を探しましょう」
「滑床、三連休中でレジャー客多そうだけど、当日予約で泊まれるのかな?」
武和は少し心配になった。
「森の風旅館は、まだ空室があるみたいよ。食事付きで高校生以下は一人当たり一泊一万五千円だって。六名以上だと団体割引で一万二千円よ」
「それでも高めじゃけど全部屋露天風呂付き客室なんかぁ。光穂お姉さん、ここにしよう!」
「ゲーム機とソフトも備えてあるのっ!? あたしもここがいいな♪」
「私もー」
「風光明媚なええ場所にあるね。うちもここがええぞなもし」
「ではしておきますね。わたしもすごくいいなって思ったよ」
光穂は携帯のネット画面を閉じると、さっそくその旅館に電話予約。
「ゲーム上でも事前予約してへんと、宿に泊まれん場合もあるぞなもし」
「そこもリアルさがあるな」
武和はそのシステムも余計だなっと感じたようだ。