密室
「密室」
彼女のぐるりを白い壁が遮っていた。
天井も床すら白く、彼女は目が覚めたばかりで、目をパチクリとさせた。 ピンクのクロコダイルが、彼女と対角線状の部屋の隅にじっとしている。 彼女はひざを抱えて、小さく丸くなり、クロコダイルを見つめていた。
服は木綿の白い生地でできていて、サラサラと肌になじんでいる。
癖なのか、よく左手の親指の関節を咬んでいる。そこだけが痛々しく赤くなっている。
ピンクのクロコダイルはのそりのそりと壁を抜けて、出ていってしまった。
彼女は立ち上がり、クロコダイルの消えた壁に手を当ててみたけれど、吸い込まれもせず、通り抜けることなどできなかった。
しばらくすると、背後でパンパンと拍手する音が聞こえてきた。
彼女は驚いて振り向いた。
紫色の手袋をはめた手だけが、パンパンと手拍子を打ちながら、空間を行き過ぎていく。
彼女はとっさに追いかけたけれど、間に合わず、手は壁の中へと消えていった。
彼女はしだいに不安を感じ始める。
この部屋は明るいけれど、すべてが白く、目がチカチカとしてくる。
一体どうやってこの部屋に入ったのか、彼女は思い出せない。
そう言えば、昨晩のことも思い出せない。すべての記憶がこの部屋と同じように真っ白だった。
彼女はまた四つ隅の一つに座り込み、何度か行き過ぎていくものたちを見送った。
その中で唯一まともな、学生服姿の少年が通って行く。
彼女はあわてて追いかけ学生服をつかんだ。
けれど、するりと手は空中をつかむのみで、唯一の人間は去ってしまった。
彼女はいたたまれなくなって、スンスンと鼻をすすった。
なぜこんな場所にいるか分からない。どうやってきたのか分からない。ここを通り過ぎて行くものが、なぜ自分に気付かず通り過ぎて行くのかも分からない。
涙が落ちても、白い床には染みひとつできず、彼女だけを白い空間に閉じ込めている。
何時間か、何日間か、はたして時間が過ぎ去っているのかも分からず、彼女はふと考えた。
これが普通なのではないだろうか。
しかし、そう考えると、彼女は意味もなくゾッとした。
やっとこの奇妙な部屋になじんできたというのに、もしも雑多な中にほうり込まれたとしたら、彼女のショックは並々ならぬものだろう。
彼女はこの空間以外にある、雑多な空間の存在だけは覚えていた。
ほうり込まれて耐えるくらいなら、むしろこのままの方がいい。
ある考えが彼女の中にゆきわたると、彼女の頬に涙が伝っていく。
(私は何から逃げ出したのだろうか?)