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死化量域のディススペル  作者: 流影
6/9

そして廻りだす

 帝さんの自宅だと紹介されたのは、かなり大きな日本家屋でした。


「大きい、ですね」

「両親の趣味らしい。何も無いとこだが外よりはマシだ、入ってくれ」

「帝さん」


 車を降り、すでに門をくぐっている帝さんを呼び止める。


「ん?」

「すいません…ちょっと、手を貸して貰えませんか?」


 今の今まで気づかなかったですが、今までずっと裸足でいたらしいです。それで寒い外を歩いてしまったためか、足が思うように動きません。

 帝さんは私の足元を見て「あ、そうか」と素の反応を返してきた後にこちらにやって来て


「え、ちょ」

「落ちるなよ」


 体の前で横向きに、所謂お姫様抱っこで抱え上げられました。


「えっと、何をしているんですか?」

「ん、地面が冷たいだろうと思って。靴取って来た方が良かったか?嫌だったら降ろすけど」

「嫌では、ないですけど…」

「んじゃ、このまま運ぶぞ」


 なんでしょう、顔色一つ変えずに女の子をお姫様抱っこする人って何なんでしょう。もしかして女の子に興味が無い種類の人なんでしょうか。

 それとも、彼の中で私は女の子の部類に入っていないのでしょうか。


「痛っ」


 モヤモヤして足を振り回すと、腰にいいのが入りました。


「何をする」

「なんでもないです」

「そりゃないだろ…」


 帝さんは玄関に私をおろすと「車に取ってくるものがある」と言ってまた出ていきました。入って左に曲がり右側の三番目の部屋に行ってくれ、とのことだったので、その通りに進み部屋に向かいます。

 ドアにかけられたプレートは、医務室、と読めました。中に入るとベッドが並んでいて、検査機器や薬品の棚が壁際を埋めています。

 デジタル表記の掛け時計に映る時刻は、23:12。ただそれよりも気になったのは、横にある日付表示。


(2076年、11月、18日…?)


 箱に閉じ込められていたのは何となく覚えている。けど、それ以前の記憶にかなりの混乱があるから、今が9月でないのは、そうなのかもしれない。

 問題は年号の方、私の知っている最後の年号は

 2053年だ。

 これではまるで


(まるで、私が23年遅れているような…?)


「令華?」


 振り返ると、帝さんが部屋の入り口でこちらを見ていました。


「どうしたんだ?難しい顔して」

「あ、いえ、時計が」

「時計?」


 私と同じように時計を見ると帝さんは、少し眉を潜めて


「あー…言いたい事は、大体わかった。けど今日はもう休め。簡易検査だけしたら部屋を案内するよ」

「え、部屋って」

「使ってない部屋があるから、それを使ってくれて構わない。広いだけが取り柄なんだ、この家は」

「でも、そんな急に、迷惑かけられません」


 帝さんは、頭を苛立たしげにかき混ぜながら次のようにのたまった。


「……面倒臭ぇな。遠慮や気遣いなんてのは自分に余裕がある奴の特権だ。そんな事言っても、どうせ行くあては無いんだろ?なら大人しく泊まってけ」


 確かに行くあてはないし、状況の把握すら満足に出来ていない。なんとも無茶な理論ではあるけど、他に選択肢もない。


「…では、お世話になります」

「ああ、すぐに器具を用意するからそこに座っといてくれ」


 記録用の紙や体温計を取り出す背中を見ながら、今日の事を振り返り、気付く。


「帝さん」

「なんだ?」

「ありがとうございました」

「俺、何かしたか?」

「あの時、魔徒から私を守ってくれて、自分の正体もわからない私を泊めてくれて。まだ、お礼を言ってなかったので」


 彼は振り返らずに答えました。


「俺がやりたくてやっただけの事だ。礼なんていらない」

「ありがとうございました」

「やめてくれ」

「ありがとうございました」

「やめろっての」


 体温など基本的な検査だけすると、医務室の向かいの部屋に案内され、すぐに眠りにつきました。

 その内装がどことなく女性を感じさせるものでも、帝さんが当然のように女性物の服を持ってくるのも気にならないくらいに、疲れていたからです。


 ―――――


 灰暗い、誰にも聞き咎められない部屋で。


「秀司さん、帝です。今いいですか」


 現在時刻午前2時。帝は専用の回線を使い、かつての上官、ARESの雨宮秀司に電話をかけていた。昨日の昼間の事が、どうしても気になっていたからだ。


「ああ、お前さんか。どうした?こんな朝早くに」


 そう言えば秀司さんは、0時以降は朝に分類する派だったな。だが、そんなことは今どうでもいい。


「一つ聞きたいことがあるんです」

「おうよ、唐突だな。なんだ?」

「二日前、ARES隊員を名乗る人物に接触を受けました」

「なんだそれ、自殺志願者か?」

「酷い言われようですね…」

「んで、そいつは何て?」

「ARESの人間であることと、自分に、ARESに戻ってこないか、と」


 電話の向こうで、秀司さんが驚くのがわかった。


「お前さんに?どんな命知らずだ」

「それを調べて欲しいんです、どうにもキナ臭いので」

「そういうことな。オーケイ、で、どんなだ?そいつは」

「銀髪、長身、橘と名乗りました」


 しばらく考える間を置き、秀司さんが答える。


「帝、知ってると思うが、この仕事にそんな目立つ外見のやつはいないぞ、お前さんの赤い目なんかはかなり特殊な例だ。目立てばその分、死にやすくなるからな」

「ええ、だから念のために聞きました」

「……つまり外部の人間が、お前さんの復隊を目論んでる、ってか?」


 さすが、話が早い。


「自分はそう考えています。ARESの人間を名乗っての接触と言い」

「ARESの内部事情をよく知らない感じと言い…確かに、何かありそうだな。わかった、こっちでも調べとく、何か判れば連絡するよ」

「お願いします、では」

「あ、ちょっと待て」


 電話を切ろうとすると、それを引き留められる。


「なんですか?」

「お前さんの意見を聞きたくてな。死化量域論、あれ、どう思う」


 ……またか。何だ、いま流行りの儀式かなんかなのか?

 呪術者は総じてオカルトに造詣が深い傾向があるため、たまにこういうのが流行る事がある。俺は呪術者の中でもはみ出し者だから、こういう事に縁は無いと思ったのだが。


「観測出来ないなら、あっても無くても同じ。どうせ、秀司さんもそんなもんじゃないですか?」

「お前さん、やっぱ嫌な奴だな。当たってるからなんとも言えないけどよ」


 二言三言で電話を切り、真っ暗な部屋を見渡す。また俺の知らない場所で、何らかの悪意が蠢いているというのか。


「いい加減、放っといてくれよな……」


 部屋を出て、医務室の隣にある自室に戻る。まあ、いい。明日からのことは、明日考えればいい。

 ベッドに潜り込み眠ろうとした時、部屋の外に気配を感じた。

 どうせ俺以外は彼女しかいない、躊躇い無くドアを開ける。


 ゴンッ


「いたっ」

「あ、悪い」


 ドアの前に立っていたのだろう、令華が額を押さえてこちらを見上げていた。


「うー…なんでしょう、なんかいろいろと理不尽です……」

「恨むなら、外開きのドアを恨んでやれ。で、なんで俺の部屋の前に立ってるんだ。夜這いか?」

「最低ですね……」


 ゴミを見る目で見られている。俺はそんな目で見られて興奮する人種じゃないから全然嬉しくない。


「んで?どうしたこんな時間に」


 電話を終えて戻ってきたから、2時10分とかそんなとこだ。


「……夢を、みました」

「……ほう。その様子だと、あまり楽しいものじゃなかったみたいだな。何を見た?」

「思い出せないんです。気がついたら、悪夢をみた事だけは憶えてて、1人でいたら、凄く、不安で、だから……」

「そう、か」


 俺にもあったな、そんなことが。

 眠る度に悪夢を見て、段々眠るのが嫌になってくる。それがまた不安になり、益々眠れなくなる。

 どうしたっけ、あの人は、こういうとき。

 ああ、そうだ。


「じゃあ、寝るまで側についていようか」

「……」


 ……なるほど、人の目はこんなにも鮮やかに、いぶかしむ感情を表現できるのか。やはり慣れないことはするもんじゃない。


「認めたくないものだな…」

「なんなんですか急に、純粋に気味が悪いですよ?」

「酷ぇ…俺も、毎晩のように悪夢を見たことがあってな。その時あの人が…姉さんが、俺が眠るまで一緒に居てくれたのを思い出して、それでちょっと、な。忘れてくれ」


 薬品棚に睡眠導入剤があったな、と考えていると。


「……んか」

「確か棚に睡眠薬が…ん?」

「だから…私が眠るまで、一緒に居てくれませんか……?」


 そう言って、俺の右手を握る。

 その細い手は、かすかに震えていた。


「わかりますか…起きてから、震えが治まらなくて…」

「…悪かった」

「許しません。だから少しだけ、私のわがままに付き合ってください」


 その後、繋いだ手をそのままに令華はベッドの中へ、俺はベッドの脇に席をとり、お互いの体温を感じながら眠りについた。

 令華は早々に眠り、帝も徹夜明けの疲れに押し流されていく。眠りに落ちる寸前、途切れかけの意識が言葉を紡ぐ。


「……温かいな。人間っていうのは…」


 凍りついていた運命を、再び溶かすぐらいに。

次回、過去編をちょっとやります。

リアルの方が忙しいためちまちまとやっていきたいと思ってます。

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