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死化量域のディススペル  作者: 流影
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帰路

 ガーゴイルの処理を後から来たARES隊員に引き渡し、ひと段落した後。


「ありがとうございます、助かりました」

「呪力の使えない呪術者って笑えねえよな。呪術者もただの人間だってことを痛感するぜ。あ、お前はちょっと違うか」


 雨宮 秀司(アマミヤ シュウジ)、ARESの時の上官で、数少ない友人の一人。適当な性格は未だ健在のようだ。

 令華は車にいてもらい、今回の件について話している。秀司さんの後ろには、部下である男女が控えていたのだが。


「ハッ、[虚無の手(ヴァニティコール)]ってのはどんなやつかと思えば…ガーゴイル一匹処理出来ねぇただ目つきが悪いだけのガキじゃねぇか」

「ちょっと神々里さん、聞こえてますよ…」


 男の方(神々里と言ったか)がこちらを見て悪態をついた。取り合っていてはキリがないため軽く見返すだけにとどめたのに、秀司さんが蒸し返す。


「神々里、確かに帝はARESを辞めて衰えた。こいつの専用式、[虚無の手(ヴァニティコール)]はどこにいったかわかんねえし。でももしこいつが本気になったら、俺達プロの戦闘呪術者が束になっても敵わな」

「そんなことはいいです。処理の方はどうなっていますか?」


 彼なりのフォローだったのだろうが、話が逸れ始めたので修正する。それでなくとも、あの頃の話など聞きたくない。


「えっとな…目撃者なし、被害も軽微。焼けた山の所有者は御愁傷様だが…まあ、上がなんとかしてくれるさ」

「それでは、自分はもう帰っても?」

「あ、ひとつだけいいか」

「なんですか」

「誰なんだ?あの白い子」


 もう話すこともなさそうなので帰ろうとすると、面倒な事を聞かれた。

 よし、誤魔化そう。


「黙秘します」

「合法なんだろうな、それ…まあいっか、報告書から消しとこ」


 それを聞いた連れの女の方(水無神だ)が、呆れ顔で言う。


「雨宮隊長、また上に怒られちゃいますよ?この前も、報告書の再々提出させられてたじゃないですか」

「今回はいいんだよ。帝の名前出せば上も黙るって」

「ふわぁ、噂通りの権威ですね!」

「目をキラキラさせないで下さい。そして無断で人の名前を、それも免罪符みたいに使わないで下さい」

「別に良いだろ?そのお陰で、都合の悪いこと全部無しなんだからさ」

「そりゃそうですが、ね…」

「んじゃ、もういいだろ、神々里は俺と帰還、エリナはこの場で解散だ。またな、帝」

「ああ」

「りょうかい!」


 二人が対称的な返事をして、秀司さんが去っていく。神々里はその後についていき、俺とすれ違う時に余計な事を呟いてきた。


「また逢おう、[星降る聖夜(スターフォール)]」


 その忌み名を知っている事にまず驚いたが、同時に不愉快さも感じた。ARESは辞めたのではなく、それが原因で居られなくなった側面もあったからだ。正直、あまり関わりたくない男だ。


「機密を嗅ぎ回ると早死にしますよ」

「……じゃあな」


 喧嘩を吹っ掛けてくる呪術者は嫌いだ。そういう奴に限って、すぐ死んだから。

 昔の事を思い出していると水無神がこちらに近づいて来て、目をあわせるや否や頭を下げる。


「さっきは、神々里さんが失礼しました!あの、夜裂 帝さん、なんですよね」

「…水無神さん、でしたか。何かご用ですか」

「あ、いえ、用って程じゃないんですけど、私が一方的に知ってるだけで、あの、一度お話ししてみたいなーと思ってて…」


 上目使いでこちらを見る仕草がすごく小動物っぽい。


「自分と話しを、とは…奇特な方ですね」

「いえ、そんなことは!あ、申し遅れました。私、ARESで雨宮隊長の部下をやってます、水無神 エリナ、22歳です。エリナって呼んでください!」


 随分と無邪気な人だな。

 そうか歳上だったのかそうは見えんな。

 などいろいろ考えつつ。


「夜裂 帝、18歳、脱退後は夜裂呪力研究所の所長をやっています。よろしくお願いします、水無神さん」

「そんな他人行儀な喋り方やめてくださいよ!エリナって呼んでください!」

「ではエリナさん」

「むー…」


 何故かむくれている。なんだ、なんか悪いことしたのか。いや、気づいてはいるが、さすがに初対面でしかも目上の人を、いきなり呼び捨てにはしない。


「ええと、話って何ですか、なにか聞きたいことでも?」

「……」

「エリナさん?」

「……」

「…エリナ?」

「はい!」


 成る程、そうやって呼び方を矯正されるのか、よくわかった。

 なんの為にだ。


「何か話があるんじゃないです…あるんじゃないのか」


 敬語を使おうとするとムッとされた。ほう、敬語も駄目なのか、自分は俺に敬語使ってるのに。

 なんなんだ一体。


「帝さん本人に会ったら、聞きたかった事があったんです」

「俺に答えられる事なら、答えるが」

「あれだけの功を立てながらARESを辞めたのは、何故ですか」


 顔には出ていないようだが、心底驚いた。予想だにしない質問で、不意討ちとはまさにこの事だ。つまり、ARESにおいての功というのは――


「…それは、人狩りで築いた地位を、何故棄ててしまったのか、と言うことか?」

「はい」


 ARES、対悪性呪術拡散部隊、通称アレス。呪術を悪用する危険がある人物(実際は対テロ等も含む)を政府の命令により隠蔽する裏の治安部隊。

 その中でも人狩りは、対象を強襲、捕縛もしくは殺害する実働部隊。そこでの功とは、殺した数に比例する。

 何を期待して、こんな事を聞くのか。


「そう、だな…もう殺すのも、死ぬのを見るのも嫌になった、と言ったところか。迷いも躊躇もあったが、後悔はしていない」

「そう、だったんですか…」

「ん?ああ」


 エリナはそれ以降黙ってうつ向いてしまい、じっと地面を見ていた。

 暫く喋らなかったので気になって声をかける。


「エリナ?どうした?」

 「じゃあ帝さんも…迷いながら、闘っていたんですね」


 も、とはどういうことか。

 目で続きを促すと、エリナは思い出すように語り始めた。


「何年か前の事になります。私は、ちょっと事情があって、街をさ迷っていた時期がありました。そんな私を拾い上げてくれたのが、ARESだったんです」


 …たまに聞く話だ。

 ARESは子供を保護し、そのまま[教育]を施して部隊員にするケースが少なからずあるという、俺も似たような物だが。

 きっとその内の一人、なのだろう。


「でも、私はそこに居場所を見つけられなくて、でも、今の私にはここしかなくて、そんな時間が何年か続いて。ある時耳にしたのが、[虚無の手(ヴァニティコール)]、夜裂 帝の脱退だったんです。彼は地獄のような戦場から、たった一人で奇跡の生還を果たすと、それまでの事を何もかも捨て去って脱退した、と聞きました」


 二年前、か。詳しいことが機密扱いだから、そう伝わっていたのか。……しかし現実は違う、俺が生き残ったのではなく、俺以外が殺されたのだ。


「その時思ったんです、私がしがみついているこの場所に彼が意義を見出だせないのは、私には見えていない何かが見えているのだと。一度お話ししてみたかったというのは、そういうことです、ですから」

 「エリナ、何かを勘違いしているようだが」


 潮時だ、もう聞いていられない。どうもエリナは、俺を信仰の対象にしている節がある。俺はそんな立派なものじゃないし、何より異端だ。

 裏でも表でも、異端者は害されるのが常、裏ではそれが即、命のやり取りに繋がる。


 「俺がARESを辞めたのは、他に何かが見えているからじゃない、単に嫌になっただけだ。それと、もう俺に関わろうとするな、俺が望まずとも、いつか死ぬぞ」


 忠告と言うよりは、警告。もう俺の周りで死体が増えるのは嫌だ。

 突き放して遠ざける、これで解決する、はずだったのだが。


「優しいんですね」

「は?」


 目の前で笑っている彼女は、今なんと言ったか。


「私の身を案じてくれたんですよね、ありがとうございます」

「待て、俺はそんなつもりは」

「でも私なら大丈夫です。これでも6年のキャリアを持ってるんですから!」

「話を…」

「前よりもっとファンになっちゃいました!」

「……」


 逆に気に入られたようだ、どこで選択肢を間違ったのだろうか、そもそも説得する意味はあるんだろうか。

 今は、引いておこう、車に待たせている令華の事もあるしな。

 …決して、そこでニコニコしているエリナを論破するのが面倒になった訳じゃない。


「……もう、行ってもいいか?」

「はい!ありがとうございました。機会があったら、またお話ししましょうね!」

「そのうちな…」

「では!」


 瞬きする間に、エリナの姿は目の前から消えていた。呪式の発動が全く見えなかったが恐らくは、光に干渉する類いの呪式を使ったのだろう。相当な腕前だ。


(六年のキャリアは伊達じゃない、か…要注意だな)


 車に戻ると、令華が黒い瞳で訝しげにこちらを見据えながら口を開く。


「あの三人、ARESの隊員ですね、部隊長も一人いました。ARESは裏の治安部隊、現代の公安零課、それを通信一本で呼び出せる人間……帝さん、あなたは一体何者なんですか」

「そんな事まで知っているのか?」


 ARESは政府直属の機関だが、その存在と活動内容は厳重に秘匿されている。余談だが、国会で度々問題になる使途不明無駄予算の9割程は実は、非公式な機関の運営に充てられているという。


「まあここじゃなんだ、取り敢えず俺の自宅に行く。話はそれからだ」

 「え、そんなことして大丈夫なんですか。その、私のような、身元のわからない人間を家に上げて」

 「家族はもう居ないし、俺が気にしないから問題ない」


 家族はもう居ない。ニュアンスを察したのか、令華はふざけてかえした。


 「そう、ですか…なるほど、独り暮らしの家に見知らぬ女の子を連れ込むんですね」

 「うわ、犯罪臭が凄い…」


 ガラスが吹き飛んでドアが熔け落ちたバンを走らせ、家路につく。

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