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死化量域のディススペル  作者: 流影
4/9

窮虎

 混乱と恐怖で外に飛び出して、前を見ると、一体のガーゴイルがこちらを見ていました。

 それは私に手をかざして、[光鉱化]で描いた[光子熱]の呪式を私に向けます。

 呪式に光が集まったのが見えて死を覚悟したとき、私の眼前に黒い背中が見えました。

 その後、辺りが真っ白になって目をつむり、目を開けた私の前には、まだその背中があって。


「手間、かけさせやがって…!」


 その突き出した左手の周囲には光で描かれた呪式が浮いていて、私を殺すはずだった光は帝さんの手元で折れ曲がり、私のはるか後方の山中に突き刺さって、一帯を火の海にしていました。


「[反重力場(はんじゅうりょくば)]…あなたは、一体…」


 [反重力場]、斥力を発する核(という概念)を空間上に設定することで、近づいたものを物質非物質を問わず退ける、防御の呪式です。決してメジャーな式ではないはずですが。

 私の問いかけに、彼は血の色の瞳をこちらに少し向け。


「これを知ってるのか、珍しいな。ヤザキミカド、夜を裂く帝で、夜裂 帝、ただの呪術者だ。付け加えるなら、目の前で人が死ぬのを見過ごせないお節介焼き、かな!!」


 ドンッ!!という車がぶつかったような音がして、ガーゴイルがすごい勢いで吹っ飛びました。帝さんが式の一部を変化させ、術の斥力をぶつけたのです。

 そしてすぐに、私の手を掴んで走りだしました。


「帝、さん…」

「走れ!これ以上は呪式を使えない!」


 帝さんは、とても人間の範疇には収まらない速力で私を引き、助手席に押し込みました。条件反射的にシートベルトを締めます。

 すると車は凄い勢いで加速、悪路をものともせず走り抜けます。


「自分だけでは対処出来ません。早急に応援をよこしてください今すぐに!」

『わかったわかった、俺と部下が行く、場所は』

「位置情報送ります!」


 帝さんがディスプレイで誰かに喋っている。

 サイドミラーに、光が映りました。


「掴まって伏せろ!」


 咄嗟に伏せます。

 車が左右に思いきり振られるのがわかって、その次に、窓のすぐ横を熱線が通り過ぎ、サイドミラーを蒸発させていきました。

 振り返ると、先ほどのガーゴイルが飛行し、こちらを追ってくるのが見えます。


「長くは保ちませんよ!」

『あと3分!持ちこたえろよ』

「ふざけんな、うおっ!?」


 また熱線、急ハンドルを切ってかわします。ガーゴイルはさっきよりも近づいているようで、追い付かれるのも時間の問題のようです。

 使えそうな物はないか、辺りを探ると、それらしきものがありました。


「あの」

「喋るな舌噛むぞ!」

「それ…」


 私が指差したのは、座席の後ろに無造作に置かれたライフル。その形状とボディに彫り込まれた呪式は、呪力併用兵器の特徴。通常兵器の限界値を、呪式を用いて突破した次世代兵器。

 帝さんはチラとそれを見て。


「こっちに寄越せ!」

「あ、はい!」


 なんとなくわかります。帝さん一人なら、この状況から抜け出すのは容易いでしょう。彼は恐らく、人間から少なからず外れているから。

 それがわざわざ車を駆るのは、私を連れているから。

 私はライフルの銃身に腕を回して持ち上げようと

 …持ち上がりません


「…無理です、重いです」

「…いろいろ含めて30kgぐらいあるからな」

「あの、どうすれば…」

「よし、ハンドル替われ」

「え、あの、ちょっと!」


 私がハンドルを持たされてうろうろしている間に、帝さんは座席後ろのライフルを片手でひっ掴み、座席の間に突っ込みます。それに彫り込まれた識別コードは、バレットM82sCstmと読めました。

 ハンドルを返却すると、誰に言うでもなく帝さんが呟きます。


「超長距離対物狙撃銃バレットM82。頭に直撃しても形が残ってるか試してやる」

「それいろいろと大丈夫なんですか…」

「やらなきゃやられる。他に選択肢が残ってない、っと!?」


 熱線をかわしながら言う。

 見ると、運転席側のドアは今の一撃で熔け落ちていました。

 帝さんがライフルを肩にあてがいながら、こちらに話しかけます。


「しっかり掴まっとけ」

「何を…?」

「ドリフトで反転してこいつをくれてやるんだ。鼓膜が破れるから、反転したら耳をしっかり塞げ」

「うわぁ」


 この人無茶苦茶言ってる。

 どうしてこうなった。


「いくぞ!!」

「っ!!」


 体がドアの方に押し付けられ、車が反転していくのがわかります。

 体感で120゜ほど回転した時、両耳を思い切り塞ぎ、その最中、帝さんがライフルを構えるのが辛うじて見えました。

 そして180゜になった瞬間。

 ――ドゥンッ!!

 耳を塞いでいても聞こえる、轟音というよりは、衝撃と表現すべきか、反動で車が左右に傾ぎ、窓ガラスが粉々になっています。

 膨大なエネルギーを受けた弾丸はガーゴイルの頭部に直撃し、その破片を撒き散らせながら、その体を後頭部から地に倒しました。


「ふぅ……もう起きてくるなよ。令華、怪我はないか」

「なんとか。ちょっと頭打ちましたが…」

「そうか、良かった。…もう、落ち着いたみたいだな」

「そう、ですね。まだ混乱してますけど…ひとまず冷静にはなれました」


 命からがら生き延びて冷静も何も無いかもしれないけど、少なくとも、まともな思考ができるようにはなった。


「あなたが、私を閉じ込めるか害する意志が無いのはひとまず信用します」

「ああ、その方が助かる。だが、まだ説明しなければならない事の半分も説明しきれていない。まずはあのガーゴイルを俺の知り合いに引き渡して…」


 視界の端に、光。

 振り向くと、先程地に伏した筈のガーゴイルが起き上がり、こちらに呪式を向けていました。とはいえ到底無事と言える状態にはなく、頭の大部分は吹き飛んで、眼球の上半分が剥き出しになっています。

 ガシャッ

 ライフルをリロードした音と同時に、帝さんの声が聞こえました。


「クソ、浅いか!耳塞げ!!」


 耳を塞ぐと、間髪いれずに再びの衝撃を感じ、今度こそ致命傷を与えたかと思いました。

 しかし、弾丸はガーゴイルには当たらず、その後ろで激しい衝突音と共に地面を抉るのみでした。

 ガーゴイルの手元に輝く呪式、それは。


「[反重力場]…!」

「…次の攻撃が終わったら、奴と反対側に走れ」


 言うが早いが帝さんは車を降り、車とガーゴイルの間に立ちました。


「何を言ってるんですか!」

「一発は防ぐ、俺を置いて逃げろ、と言っている。二度も言わせるな」

「でも」

「お前も薄々気づいているだろう。そう簡単にはくたばってやらない。時間も策もない、行け!!」


 ガーゴイルが光子熱の式を構え、相対する帝さんが手袋をした左手を前に出す。

 ガーゴイルの呪式が一際輝く、その一瞬前、緊迫する両者の間に、何かが転がって来ました。


 ギイィィィン―――!!


 それは甲高い音を立てて破裂しました。

 帝さんにならって目を覆っていたから見えませんでしたが、辺りは真っ白な光で照らされていたでしょう。

 転がってきた何かの正体は、フラッシュバン。激しい閃光と音で敵を無力化する非殺傷兵器。

 目を開けるとそれを投入した本人が来て、帝さんの後ろから声をかけました。

 長い黒髪、黒いスーツを着崩した、20半ばぐらいに見える男。


「よぉ、無事みたいだな」

「これのどこが無事ですか」

「そう言うなって、これでも最大限急いだんだ。じゃ、応援ついでに、俺の部下を紹介してやろうかな」


 自然に会話を交わす二人、どうやら、あれが帝さんの知り合いのようです。

 ガーゴイルが視力を回復し、話し込む二人に向かって熱線を放ちます、しかし、二人は見向きもしませんでした。黒い壁のようなものが熱線を阻んでいたからです。

 恐らく、呪式による不干渉化、それを使ったと思われる呪術者は、スーツの男のすぐ近くに潜んでいました。


「こいつは俺の直属の部下の1人、水無神 エリナ(ミナカミ エリナ)だ。[断絶(だんぜつ)]の呪式を使う、うちの部隊の防御役だ」

「宜しくお願いします!」


 紹介された女性が、手を挙げて挨拶した。

 こちらも黒のスーツ姿で、ウェーブがかかった肩までの茶髪、背は女性にしては高く、スラリとしたモデル体型を際立たせている。だが顔は割と童顔で人懐っこい笑みを浮かべているため、無闇に小動物っぽい。


 熱線を防がれたガーゴイルが、今度は腕ずくで排除しようと考えたのか、こちらに向かいます、が。

 突如出現した銀色の杭に脚を地面に縫い付けられ、身動きがとれなくなります。

 見えている限りで1メートル程はある金属杭。

 それが左右の脚に三本ずつ、深々と突き立っています。


「んで、あっちが神々里 功(カガリ コウ)、速力操作系の使い手。斬り込みのアタッカー」


 脚を縫い付けられ動けないガーゴイルに、大柄な男が飛び付きました。

 短く切り揃えられた黒髪に、筋骨隆々の体躯、いかにも強そうな見た目。男はその予想に漏れず、拳で、3mもあるガーゴイルを叩き伏せ、その頭部を殴り潰しました。

 恐らくは、拳と同時に周りの空気を硬化、速度を上乗せして殴ったのでしょう。

 あれだけ猛威を振るったガーゴイルはものの数分で沈黙し、二度と起き上がる事はありませんでした。

[反重力場(はんじゅうりょくば)]

要はブラックホールの逆。

あちらが全てを引き寄せるのに対し、こちらは全てを遠ざける。

[断絶(だんぜつ)]

設定した二点間の干渉を無くす式。

適正者が少なく研究が進んでいないため、原理はわかっていない。

現象としては、強固な壁が出現したように見える。

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