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死化量域のディススペル  作者: 流影
1/9

呪術者、講義される

〔帝。〕


真っ白な世界で


(…誰?)


声が聞こえる


(誰なの?)

〔ふふ、おやめなさいな、そんな他人行儀な語り口は。〕


楽しそうに笑う、少女の声


(…もしかして、姉さん…?)

〔正解。〕


目の前に人影が現れた

灰色の髪はショートボブ、右眼が蒼、左眼が金色、17ぐらいの小柄な少女


(姉さん、どうして…?)


姉さんと呼ばれた少女は薄く微笑んで


〔決まってるでしょう?〕


次に見た少女は、右半身が人間ではない何かになっていた。白と黒のまだらに染め上げられた体表がぬらぬらとした光沢を放つ

おぞましい、少女だったものは僕を優しく抱擁して


〔あなたを迎えに来たのよ?帝。〕


人ならざる声で、囁いた


「っ!!」


眼を開くと見えたのは白い部屋だった

都内にあるビルの会議室

学校の教室のように並んだ机には、真ん中に自分一人がポツンと座っているのみ

冷や汗が背中を伝い、悪夢明けの不快感に拍車をかける


「また、あの夢か…クソ」

「あー、夜裂 帝(ヤザキ ミカド)くん。僕は別にいいんだけどね、もう少し真面目に聞いてくれないかな?居眠りとかもっての他だよ」


柔和な声が聞こえて、顔を部屋の前方に向ける

教壇に立つ男は、指示棒でパシパシと、壁にかかるホワイトボードを叩いた。そのホワイトボードには、呪式の辿ってきた歴史やら仕組み種別やらが書き連ねてある

銀色の髪をオールバックに撫で付け、深緑のスーツを着こんだ30がらみの男は、眼鏡の位置をなおして


「せっかく基礎からやってるんだから、ちゃんと聞いてよー」

「もうその辺は知ってる事、ちょっ、わかりましたからペンを飛ばさないで下さい橘先生」


ボールペンが飛んできて背後の机に突き立った。普通に危ない

この男、橘は、政府の人間だ。と言っても非公式のものらしく、いくら探しても名前が見つからない

教壇に立つ姿は本物の教師のようにも見えるが、どうせマトモな人間ではないだろう


「んじゃ、呪式の歴史を最初からおさらいするよー。呪式の研究のもとになったのは、今から51年前の2025年に提唱された、軍備増強の風潮を受けて広まった、オカルトを軍事転用出来ないかというマユツバプロジェクトが発端だ」


窓の外では、葉っぱの落ちた街路樹が寒そうにしている

それらを眺めつつ、講義を右から左へ


(11月も半ば、この忙しい時期だって言うのに、一体俺は何をしてるんだろうな?)

「各国とも流行りに当てられて真面目に研究してたんだけど、そんな中突如として現れたのが、オカルト学者、後に天才呪術者と呼ばれる[新月(ツキナシ)]。彼は呪力と呼ばれるマユツバパワーを学問として体系化し、それの使用法まで確立してしまったんだね。これが呪術の始まり、今から31年前、2045年の事だ」

(おかしくないか、いや絶対おかしいよな。何故呪術者である俺が、いまさら基礎の基礎から呪術の歴史学び直してる?)

「そして実用化から13年、今から18年前に、新月の主催した世紀の大実験、後に百鬼夜行と呼ばれる出来事が起きる。呪力を使い空間に穴を空け、死後の世界と現世を繋ぐ計画だったんだけど、あまりにやることが無謀過ぎて、その場にいた呪術者だけじゃそのエネルギーを賄うことが出来なかったんだ、ねっ!」


シュッ!(ペンが飛翔する音)

「ふんっ」バキン(帝がペンを打ち返す音)

サクッ「痛っ!!」(ペンが刺さった音)


…今の顔狙ってたぞ。話はちゃんと聞いてるよ

橘は額に刺さったペンを抜き取りながらこう続けた


「…えー、ともかく、呪力が足りなかったことで大惨事になったんだけど…帝くん、呪力が枯渇した人間はどうなる?」

「呪力は、人間を人間という存在に留めている概念的な力と定義されています。よって人間であれば、その身に呪力を持っていると考えられます。その量、性質には個人差があり、使える呪式の種類や規模に影響しています。また呪力の性質は本人の経験、精神状態に依存しているようです」


教師(偽)は教科書をパラパラめくり


「経験、精神に依存っていうの、どこのデータ?テキストに載ってないんだけど」

「俺の部下です」

「君んとこの研究所か!そういうのいいから、しかも肝心なとこ答えてないし!大体」

「橘先生、話が脱線してます」


親切に挙手して正すと、不承不承といった様子で頷き、自分で解説を始めた


「えー…話を戻すと、呪力の枯渇した人間は人間の形に留まれずに崩壊する、これを異形化と呼ぶ。余談だが、この崩壊する様子から、呪われた力、呪力という呼び名が定着したんだ。異形は[食べる]ことのみを行動原理として動き、早急に処理する必要がある。話をさらに百鬼夜行に戻すけど、その場にいた300人の呪術者だけでは足りなかった呪力はどうなったかというと」

「不足分の呪力を補うために呪式が暴走、さらに3000人超の一般人が異形化し、事態の終了まで一月半かかった」


後を引き継ぐ

淡々と答えたが、少し顔に出ていたらしい

橘は気がついたようにこちらを見て


「そうだったね、君はあの時に…」

「もう昔の事です。それより、この講義にはなんの意味がありますか?俺がここに居るのは政府の命令で…」

「呪術者免許の取得だよね。それでこんな講義を聞かされる事になってるし、僕だって教師の真似事しなきゃならなくなった」


微妙な苦笑と共に橘が答える


「未だ法整備がなってないのに、よくそんな事をやる気になりましたね上の方々は」

「同意見だけどそんなこと言うなよー。君が試験に落ちたりなんかしたら僕、給料下げられちゃうよー」

「公務員がよく言う」


今日俺がかったるい講義なんぞ受けてるのは、今度の国会で成立する(予定)の、[呪力及び呪術に関する基本法案]なるものの項目の一つ(らしい)、[呪術者免許]を取るため

まだ施行されてないのだが、前例がいたほうがやりやすい、とのことでモルモットの一匹に選ばれたのがこの俺、とのことだ


「僕もおかしいとは思うんだけどね、上の考えることはよくわかんないや。では続き、呪力の効用なんだけど」


チラッとこちらを見る

ああなるほど、めんどくさいから全部説明しろと

さっさと帰れるんならそれでいい


「呪力はそれだけで何かを及ぼす事はありません。呪式を用い力に方向を与えることで初めて現象として観測できます。呪式は呪力を現象に変換する媒体で、その多くは同心円を組み合わせた円形を軸に、情報、命令を書き込むことで機能します。それらは数学的に統制されており作成には専用の数式が必要になりますが、複雑かつデジタル化によって状況が変わっているので省略します」


パチパチパチ、教壇で橘がニッコリ顔で拍手をしている。腹立つな


「はい正解、では最後に」

「待って下さい、まだやるんですか」

「これが最後だよ。禁忌の呪式とは?」


体が強張るのがわかった

意識して抑える、あの事を知ってるわけがないんだ、冷静になれ

座り直して口を開く


「…人体変質、死者召喚、不死化のこと。厳格に定められたものではないが、倫理的、人道的観点から使用を自粛することを推奨されているもの。いずれも過去に大事故を起こしたものばかりで、呪式は秘匿されている」


「おっけー、んじゃ、今日の分おわりー」

「無益な時間だった」

「帝くん言うことキツイね」


テキストやペンを鞄に突っ込もうとしたところ、声をかけられた


「ところで帝くん」

「なんでしょう」

「君は、ARES(アレス)に戻って来る気はないかい?」


ARESだと?

こんなところまで付きまとってくるのか


「…ARES隊員か?」

「まあそんなとこだと言っておくよ。どうだい帝くん、戻る気はないかい?」


語り口は変わらないが、橘の出す空気が俄然鋭くなる。この野郎、やっぱろくなやつじゃなかったな

この問いは何度も俺に投げ掛けられ、何度も同じ答えを返してきた

今回も、答えは決まっている


「お断りします」

「どうして。ARESは君の力を、存在意義を認め君を必要としているのに、どうしてそれを拒み続けるんだ?」

「簡単なこと、俺があなた方を必要としていないからです」

「まあそう言うなって。不安はあるだろうけど、何、君の実績なら恐れることはない」

「いい加減にしてください」

「君ならすぐにかつてのように、[虚無の手(ヴァニティ・コール)]の時のように上手く」


首に肉厚のタクティカルナイフを突き付けると、橘の饒舌は止まった

会議室の真ん中から橘が立つ教壇まで、約5m

それを、無助走の跳躍で詰めたのだ。人の反応を超えた、一瞬で

教壇の上に膝立ちする体勢のまま、低く暗鬱な声で警告する


「空気を読まないおしゃべりは寿命を縮めますよ」

「僕は君を非常に高く評価しているんだよ?それが」

「死ぬか?ここで、今すぐに」

「全く、18歳の少年にあるまじき物騒な物言いだね」

「最終警告だ」


ナイフを持つ右手に力を込める

あと数ミリ押し込めば致命の傷を負う、ギリギリの強さで

すると橘は空気を和らげ、両手を上げてひらひらと揺らした


「降参。さすがにそこまでやられたら諦めることにするよ」


無言でナイフを仕舞い、今度は歩いて座席に戻る


「では、失礼します」


荷物の片付けを終えてドアに向かうと、また後ろから声が聞こえた


「君に、一研究者として聞きたい」

「何でしょうか?」


足を止めずに背中で答える、あくまで事務的に、警戒を解かず


「警戒しなくていい、ただの好奇心だよ。新月の遺したアレ、君はあれをどう見る」


ドアノブにかかる手が止まった


「死化量域論…?」

「うん、それ。君はどう見てる?」


意外だな、そこまで関心の高い話題じゃないはずなんだが

まあ、研究者としてなら見解を述べるのもいいだろう


「……自身で踏み込む、他に無いと思います。しかしそれを観測できるものは無いわけだから…存在しないのと変わらない、私はそう推測します」

「貴重な意見ありがとう。またね」


失礼します、と頭を下げ、会議室を後にした


ビル(政府の持ち物らしい)を出ると、もうだいぶ日が傾いていた

時計を見ると、4時ちょっと過ぎ

よし、急いで帰ろう。今夜は、ちょっとスリリングな用事がある

流影です。

旧部分を削除し、新しく書き直すことにしました。

感想などいただければありがたいです。

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