4.うさぎ族の先生
門とは反対側の町のはじっこに近付くと、ひときわ大きな木が見えてきた。クッキーの住んでいる家だ。
近付くにつれて、木のそばに作られた畑でハーブをつんでいる先生の姿が見えた。シャルロットには薬のことはさっぱりわからないが、きっと、薬草の調合に使うのだろう。
「プディング先生ー!」
シャルロットが呼ぶと、長い耳がぴくりと動いたあと、ふわふわの白い毛に包まれた顔がくるりとこちらを向いた。
空に向かってぴんと伸びたふたつの長い耳。ベストを着ていてもわかる、ふわふわの体毛に覆われた身体。おしりのところだけ丸く切り取られたズボンから出てる、もふもふした丸いしっぽ。黒い鼻にひっかけられた丸眼鏡の奥に見える、大きなアーモンド型の、赤い瞳。
先生は、うさぎ族だった。背丈は、シャルロットより少し大きいくらい。
うさぎ族が集まって暮らしている村があるらしいが、その場所は人間はだれも知らない。うさぎ族は静かに暮らすのを好む種族だから。お祭りや歌やお酒が大好きな人間たちとは対照的だ。
でもときおり、人間好きの変わったうさぎもいるらしい。そういったうさぎ族は村を出て、人間の町に住み始める。この、先生のように。
うさぎ族は嗅覚と聴覚がすぐれており、薬草を調合する薬師としての才能は人間の何倍もある。そうした特性は犬族や猫族などのほかの種族にもあり、なので人間の町ではとても重宝されているのだ。
今日シャルロットが会った、犬族と人間のハーフの郵便やさんは、脚力が優れているために郵便配達をまかされている。「朝から夕方まで手紙を運んでも、ぜんぜん疲れないんだよ」とよく自慢している。犬族は人間好きが多いらしく、わりとどの町にもいるので、人間とのハーフもたくさんいる。
「シャルロット。ここに来るのは久しぶりだね。どうしたんだい?」
先生が、うさぎの姿には似合わない低くて落ち着いた声で問う。ぱちぱちとまばたきするたび、鼻からはえたひげもぴくぴくと動く。
シャルロットは先生を見ているのが好きだった。こんなことを言うと怒られるかもしれないから秘密だけど、先生の動きはかわいくてユーモラスで、見ているだけで笑顔になってしまうから。
シャルロットとクッキーは、学校で毎日顔を合わせるため、お互いの家まで訪ねていくことはあまりない。
ケーキやパイを焼いた日などに、シャルロットの家に呼んでお茶をすることはあるけれども。
でも、あいにく今日は日曜日だ。クッキーに会うには、家まで来るのが確実な方法だった。日曜日はクッキーは家で、薬師の勉強をしているから。
「こんにちは、先生。ちょっと、クッキーに用事があって。呼んでくださいます?」
スカートのすそをちょん、とつまんでレディらしく挨拶をする。
先生はシャルロットのあいさつに顔をほころばせて応えると、ハーブをつんでいた手を止め、家の扉をあけてクッキーを呼んだ。
「おーい、クッキー! シャルロットちゃんが来てくれたぞー!」
木の洞の入り口には、その形にぴったり合わせた扉が作られてある。
中は入口に近い部分が台所兼居間になっていて、奥が書斎、二階のはんぶんまで作られたロフトにはハシゴがかけられており、そこはベッドが置いてあって寝室のような感じになっている。
木の壁の部分はくりぬかれて窓が作られているから、薄暗さは問題にならない。夜は天井からランプをたらしている。
先生もクッキーも小さいから、家が小ぶりでも問題はないらしい。
シャルロットの家は宿屋も営んでいるから、家の大きさは町でいちばんだ。でもここに来ると、私もここに住んでみたい、一度でいから、絵本で読んだリス族のように、ロフトのベッドで寝てみたい、と憧れるのだった。