07 : 罪は裁かれる。1
ぷんすかしながら歩いていたら、隣を歩いていた同僚の魔導師カヤに、「なにを怒っている」と言われた。
「べっつに」
「? べつに、という顔ではないぞ」
「アッシュとリレイリスの奇妙奇天烈な思考を不思議に思ってるだけだ」
「……そうか」
「そうか、ってそれだけなら訊くなよ!」
「……どっちだ」
「なにが!」
「怒っているのか、そうでないのか。訊いて欲しいのか、訊いて欲しくないのか」
「怒ってねえし訊くなって言ったよなっ?」
「……口が悪い」
「脈絡ねえ話やめろってこの前も言ったよな!」
「ところで監査だが」
「話ぶっ飛んだし!」
ああ疲れる、と気遣いなど不要な同僚にロザヴィンは腹を立てる。いっそ無視してやろうかと思ったが、残念なことに今回の任務の相棒はカヤだ。どうしたって一緒に行動しなくてはならない。
昨日はアッシュとリレイリスに疲れたロザヴィンだが、今日はカヤに疲れそうだ。
「で、監査がなんだ?」
深呼吸することで腹立ちを抑えたロザヴィンは、カヤに話の続きを促した。
「行く人間が決まった」
「ふぅん。で、誰よ? おれとあんた以外に、司法の文官が必要だってのは知ってるよ」
「シャンテだ」
瞬間的に、ロザヴィンは息を呑む。
「……は? シャンテ?」
思わず訊き返し、しかし聞き違いなどではないとカヤは頷いた。
「ああ、シャンテだ。もうひとり、司法の文官もくる」
「なんでシャンテ? あいつ、王佐だろ。司法に関係ねぇだろ」
なぜ兄が、とロザヴィンは空笑いする。
「詳しいことはわらないが、自分から行くと申し出たらしい」
「自分からって……それで陛下は? 許可したのかよ?」
「許可したから、シャンテが行くと決まった」
ロザヴィンはくるりと踵を返した。
「どこに行く」
「陛下に言ってくる」
「なにを」
「シャンテは王佐だ。こんな監査には必要ねえ」
「もう行く時間だ。今さら遅い」
「それでも」
今さらだとカヤは言うが、今それを教えたのはカヤだ。こればかりは忘れていたわけではないだろう。意図があったとしか思えない。
「おい、雷雲」
「うるせえ。よくも黙ってやがったな」
「なにをそんなに怒る。確かにシャンテは王佐で、司法の文官ではないが、王佐が動くということは大きな影響を与える」
「シャンテの王佐の立場を利用すんじゃねえ!」
「必要なことだ」
「うるせえ!」
兄が一緒だなんて、そんな息苦しい状態、耐えられるものか。
自分が魔導師である、その姿を、見られたくない。見せたくもない。
見られてたまるか、とロザヴィンは足を速めた。
が、しかし。
「行く時間だと、カヤさまはおっしゃられただろう」
その声に、姿に、ぎくりと身体が震えた。勢いのあった足も、止まってしまう。
「予定に変更はない。ヴィセック孤児院の監査には、わたしも行く。わかったら道を戻りなさい、ロザ」
「……シャンテ」
感情の読めない表情で、シャンテはロザの前に立つ。
逃げ出したくなった。
できないから、顔を背けた。
「……なんで、あんたが」
「わたしは王佐だ。王をお支えしなければならない」
「孤児院のことは、あんたに関係ねぇだろ」
「直接的には関係ないだろうね」
「だったら……っ」
「カヤさまがその孤児院の近くで見かけたという子どもを、引き取るとおっしゃられた。弟子にすると。わたしは王佐として、それを見届ける必要がある」
「堅氷が弟子をとるのだって、あんたには関係ねえはずだ」
「わたしは王佐だよ、ロザ」
王佐だ、という一言に、シャンテはすべての気持ちを込めて寄越した。
王佐だから、王を支えなければならない。
王佐だから、王が望むことをできるだけ叶えられるようにしなければならない。
王佐だから、王の心を汲まなければならない。
「……はっ、広義だな、王佐ってのは」
王がどんなときでも王であらねばならないように、王佐も、どんなときでも王佐であることが必要とされるらしい。
それなら、行くというシャンテを、ロザヴィンは止められない。シャンテは王佐で、ロザヴィンは魔導師だ。ここで兄弟の問題を、軋轢を、表に出すことは許されない。
わかっていたことだけれども。
「行きましょう、カヤさま」
「……ああ」
「場所は、ルスカン通りの奥、ヴィセック孤児院。よろしいですね?」
「おれが弟子にしようと思っている子どもはそこにはいないようだが、雷雲が保護した子どもは、その孤児院の出身だ。どうも、ひどい仕打ちを受けている」
「そうですか……」
はあ、とシャンテは息をつく。
「早く、罪を裁くとしましょう」
その呟きにも近い言葉に、ロザヴィンの胸はひどく、痛んだ。