表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
晴れた空が嫌いでした。  作者: 津森太壱。
【晴れた空が嫌いでした。】
4/23

02 : 欲しいのは無関心。2





 行け、と言われたので、仕方なくロザヴィンはひとりで王宮に向かう。他の魔導師と違って、いや貴族と違って、ロザヴィンの灰褐色の髪や双眸は王宮では目立つため、カヤから借りた外套はそのまま着て廊下を歩く。

 暑い。

 暑いが仕方ない。


 王弟殿下となったシィゼイユの部屋に、扉を軽く叩いて返事がくる前に入った。


「ローザ!」

「伸ばさないでください、ロザです」

「ローザのほうが可愛いよ」

「ふつうに呼べよ」


 ふざけてくれた王弟殿下シィゼイユは、金色の髪を長く伸ばしていて、後ろで緩く結えていた。その双眸は深い蒼、まさに貴族然としていたが、恰好は医務局の制服でまとめられている。


「まあいいか。久しぶり。髪伸びたね、ロザ」

「殿下こそ」

「放っておいたらこうなっちゃって」


 にこ、と微笑む相変わらずのシィゼイユに、「おれもです」と答えながらロザヴィンも淡く微笑む。

 魔導師団に入団した当初、髪や双眸の色がどんどん変化していくロザヴィンを不気味がらなかったのは、ロルガルーンとカヤ以外で、シィゼイユが初めてだった。しかもシィゼイユが、ロザヴィンの髪や瞳、肌も陽光に焼ける体質だと、一番に気づいた人だ。


「ああそうだ、誕生日おめでとう」

「あ? ああ……そういえばそろそろか」

「そろそろというか、もう明日だよ。十六歳になるよね?」

「殿下は二十歳か。おめでとうございます」


 シィゼイユとは、産まれた日づけが一緒だ。それもあって仲良くなれたと思う。こうして呼ばれて、ふつうに会話するくらいには。


「ありがとう。贈りものがあるんだけど、受け取ってくれるかな」

「薬以外なら」

「ん? ああ、ロルガルーンから聞いた? 違うよ、別の贈りもの」


 贈りものを用意した、というシィゼイユは、部屋の中央にある低い卓の上に置いていた箱に近づき、その蓋を開ける。おいで、と促されて、目深に被っていた外套の頭巾を脱ぎながら、ロザヴィンはそばに寄った。


「魔導師の外套だよ。特注なんだ」

「うわ……値が張りそうなもん、よく作りましたね」

「ふふん。これを作るために今回の旅に出たんだよ」

「は? これのために?」

「そうだよ」


 なに暇なことをしてくれているのだか、と少々呆れる。


「あんた王弟殿下なんですから、下っ端のことなんか気にかけなくていんですよ?」

「だってロザは可愛い弟だからね。お兄ちゃんは弟を可愛がりたいのだよ」


 うきうきしながら、シィゼイユは真新しい黒の外套を箱から出し、ロザヴィンの前に広げる。


「さあ、さっさとカヤの外套を脱ぎなさい。というか捨てなさい」

「は……なんで堅氷のだって」

「身体の大きさに合ってない。ほらほら、いいから脱いで捨てなさい。そしてこっちを着てみなさい」


 早く、と促されて、ロザヴィンは借りた外套を脱ぐと、捨てろと言われたが綺麗に畳んで後ろに隠した。自分の姉と結婚し義兄弟となったカヤがいたく気に喰わないらしいシィゼイユは、カヤに対してのことならやるといったらやる人なのだ。


「うん、ぴったり。着心地はどう?」


 着用してみた新しい外套は、生地がとてもいい。少し緊張するほどだ。


「暑くねえ……むしろ涼しい?」

「素材に拘ってね。夏は涼しく冬は温かい。そして陽光に含まれる害を完全に遮断する。さらには耐久性にも優れた逸品だ。さすがわたし、よく見つけて作ったよ」

「……そんなに気にしてもらんなくていんですけど」


 素材に拘ったのは、陽光に焼けてしまうロザヴィンを考えてのことらしい。


「おれ、忘れてたんで、なんも用意してないんですけど」

「いいよ、一生カヤの外套を着ないでそれ着てくれれば。ああでも、そうだね……承諾をもらおうかな。それがわたしへの贈りものになる」

「承諾?」


 そんなものが贈りものになるのか、とロザヴィンは首を傾げる。シィゼイユは、にっこりと笑みを深めた。


「本格的に、国を巡ろうと思ってね。隣国へも行こうと思うんだ。ユシュベルの医療向上に、少し力を入れたい。そのためには留学も必要だし、植物の研究ももっと深く行う必要がある。とりあえず疲れるまで、やってみようかと思うんだ」

「……それ、今までみたいな旅じゃねえって、そういうことですか?」

「そうなるね」


 だから、とシィゼイユは言う。


「許してくれるかな」

「許すって……おれにそんな権限はありませんよ」

「わたしは城を出る。もう戻らない。そういうことだよ」

「城を……出る?」


 随分と前に、シィゼイユは王位の継承権を放棄している。それは襲爵したということで、ユシュベル王国においてシィゼイユは王弟殿下であると同時にホーン公爵だった。殿下ではなく、本来なら公爵と呼ばれる最上位貴族なのだ。


「医務局を辞めるんですか?」

「いや、医務局には所属しておくよ。なにかと便利だし、辞めるなと言われたからね、姉上に」

「陛下は承諾されたんですか」

「そう。まあわたしの人生だからね。あとはロザの承諾をもらうだけ」

「なんでおれの……」

「弟だから」


 それはまるで、実の兄であるかのように、シィゼイユは言った。


 その言葉に、幾度救われたことだろう。

 幾度、実兄のその姿を、シィゼイユに重ねたことだろう。


「……ひとりで、行かれるんですか」

「うん」

「だいじょぶですか?」

「なんだい、それ」

「いやなんとなく。まあ、あんたなら世界中の医療を習得してきそうですけど」

「ふふん。わたしは神童と呼ばれた天才だからね」


 ふふふ、と微笑むその姿は、出逢った頃から変わらない。ロザヴィンを弟と言ってくれたその日から、シィゼイユは変わらずロザヴィンを弟のように可愛がってくれる。


「まずは隣国でわたしも勉強してくるから、帰ったら連絡するよ。その頃にはロザも大きくなっているだろうし、そうしたら自由も利くようになるでしょ? 魔導師として、わたしを補佐してくれると嬉しいな」

「は? なんでおれがあんたの腕にならねぇと」

「楽しみにしているよ、ロザヴィン」


 シィゼイユの笑みに勝てるわけがない。

 この人は、兄のようなものだ。可愛がってもらった記憶が、実兄のそれと重なる。こうする、と兄が決めたことを、ロザヴィンが否定するわけにはいかない。


「……。はいはい、勝手にしてください」

「よし! じゃあこれ、あげる」


 旅路の御祝いに、とシィゼイユは、本当ならロザヴィンが用意すべき贈りものを追加する。懐から出てきたのは、紙袋に入った薬だった。


「日焼け止めだよ。顔とか手とか、露出する部分に塗る薬だ。効果は試したからだいじょうぶ。あと、こっちは焼けちゃったときに塗る薬ね。定期的にこれは送るから、使って」


 寄越された薬を受け取ろうとして、ふと、その手が止まる。

 こうして自分を気にかけてくれる人が、もう城には戻らないと言っている。それは自分になにをもたらすだろう。

 一瞬だけ動きを止めたロザヴィンだったが、その手に軟膏の入った容器を握らせられて、ふと視線を上げると苦笑したシィゼイユに出迎えられた。


「だいじょうぶだよ、ロザ。気に喰わないけどカヤもいるし、ロルガルーンもいる。それに、シャンテだってね」


 ハッとする。

 久しぶりに、シャンテ、とその名を聞いた。実兄の愛称だ。


「あの人は……おれのことなんか」

「ロザ、駄目だよ」


 言おうとしたことを遮られた。


「自分を卑下したら駄目だって、教えただろう? だいじょうぶ、シャンテは……シャンティン・バルセクトは、ちゃんとロザヴィンの兄さんだ」


 だいじょうぶだよ、とシィゼイユは繰り返し、ついでのようにロザヴィンの頭を撫でた。


「今日の晩餐にはロザ、きみも出ること。シャンテも出る。ロルガルーンも、姉上も、わたしがお世話になった人たちみんなで、宴だ。逃げたら駄目だからね」

「……今日で終わりなんですか?」

「明日には立つよ」

「随分と気が早いですね」

「時間が勿体なくて」


 今から楽しみでならない、という顔をしたシィゼイユに、ロザヴィンは唇を歪めた。

 この人がいたから、実兄との軋轢もいくらか緩和されていた。それが消えるのかと思うと、明日からの人生が憂鬱になる。


 ロザヴィンは実兄が嫌いなのではない。

 ただ、苦しめたくない。幼い頃のように、苦しませたり悲しませたりしたくない。

 けれども、ロザヴィンの魔導師の力が、そうさせない。

 だから実兄を避けていた。

 シィゼイユに実兄を重ねていた。

 なんて自分勝手だろう。

 捻くれ歪んだ自分に、厭気がした。







そしてヒロインはまだ出ない……スミマセン。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ