表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
晴れた空が嫌いでした。  作者: 津森太壱。
【晴れた空が嫌いでした。】
3/23

01 : 欲しいのは無関心。1





 おまえはまるで雷そのものだな。

 その一言から、ロザヴィンは雷雲の魔導師という渾名で呼ばれるようになった。

 ロザヴィンを雷だと称したのは、三つばかり歳上の同じ魔導師で、妙に排他的で淡々とした性格の、バケモノのように大きな力を持つ平民出の魔導師だ。ロザヴィンも排他的で冷めた性格をしていたので、堅氷の魔導師と呼ばれていたその魔導師とは、歳は離れていたが妙に気が合い、会話はなくとも一緒にいることが多かった。


「そこまでにしておけ、雷雲」


 制止の声に、ロザヴィンはふと意識を現実に引き戻す。


「あん?」

「やり過ぎだ。もういい」


 腕を掴まれて、それまで触れていたものから引き剥がされる。

 ばちばちっ、と火花を散らしていた雷光が止んだ。


「あー……だな」


 意識を、雷を起こしていたその場に向けて、ロザヴィンは嘆息する。

 刑を言い渡されて収監されていた囚人のほとんどが、ぴくぴくと身体を震わせながら気絶していた。


「謝んねぇよ? だってこいつらが悪ぃし?」


 様子を見にきただけのロザヴィンと、そして堅氷の魔導師カヤ・ガディアンに対し、罵詈雑言を飛ばしたのは囚人たちだ。腹が立って雷を起こし、感電させても、ロザヴィンは悪くない。


「相変わらず雷そのものだ……なにが気に喰わなかったんだ」


 嘆息する同僚に、ロザヴィンはふんと唇を歪ませる。


「あんたをバケモノと罵った声がした」

「……、そんなことで」


 腹を立てることではない、とカヤは呆れるが、ロザヴィンには大層な理由になる。

 同胞を悪く言われるのはとても気分が悪い。ましてそれが、国から恐れられるほどの力を持ってしまっただけのカヤに集中するのは、いやでたまらない。


「おまえだっておれのことをバケモノと言うだろうが」

「おれはいいんだよ」

「どういう理屈だ」

「おれもバケモノみたいなもんだから」


 感覚が狂っている。

 そう言えば、カヤはその鉄面皮を少し歪めた。


「もう行くぞ。時間だ」


 なにを思ったのか、それは表情から窺えなかったが、促されるとロザヴィンはしぶしぶ獄舎の地下牢をあとにした。

 外に出ると、いやに晴れた空が目を焼く。


「くそ、まぶしい」


 文句を言うと、前を歩いていたカヤが立ち止まって振り向く。


「そうか、さっきまでは曇っていたからな」


 ぱちん、と指を鳴らしたカヤは、その動作だけで魔導師の力を発動させ、ロザヴィンの頭上に外套を落とした。


「もうちっとまともな出し方ねぇの?」


 カヤのような細かな力を発動させられない、というかまだ勉強中であるロザヴィンは、唐突に視界を覆った布に顔を引き攣らせる。


「しかもこれ、おれのじゃねぇし」

「おまえの外套がどこにあるか知らない」

「部屋だよ!」


 そこ以外のどこにあるというのだ、と文句をつけながらも、せっかくの厚意は無駄にしない。カヤの外套を素早く広げると、すっぽりと頭から被った。


「あっちぃ……くそ、めんどくせぇな」

「仕方ない。弱いんだから」

「うるせえ。あんたはなんで平気なんだ。おれより白いくせに」


 カヤの頭は、老人のように色がない。真っ白な髪だ。双眸は深い森色で、どちらかというと色白な肌をしている。対してロザヴィンは、髪も双眸も灰褐色、肌はカヤと同じように色白な部類に入り、とても中途半端だ。

 互いに同じようなくせに、なぜかロザヴィンは陽光に弱く、カヤは陽光に強かった。

 不思議である。


「気になっていたんだが……おまえ、どうしてそんなに口が悪いんだ?」

「脈絡ねえ話ヤメロ」

「出逢った頃からおまえの口がどんどん悪くなっていくから……不思議だ」

「成長期だバカヤロウ」

「……どこで覚えてくるんだ?」

「てめえこそどうやったらそんなどーでもいーこと不思議に思えんだ」

「……口が悪い」


 ふむ、と唸った同僚は、ロザヴィンにくるりと背を向けると歩き出した。

 この同僚との会話はわりと疲れる。それでも嫌いではない。むしろ楽でいい。互いに、種類は違うが、バケモノであり異形であるから、気を遣わなくて済む。なにかと気にしなくていいというのは、とても気分がいいものだ。


 ふっと息をつきながら獄舎の敷地を出ると、看守宿舎から見慣れた魔導師が出てきた。


「ロザヴィン!」

「げ……」


 カヤではなく、ロザヴィンを真っ先に呼んだ魔導師に、ロザヴィンはうんざりする。


「来てたのかよ」

「来ると連絡があったな、そういえば」

「早く言えよ!」

「忘れていた」


 同僚はどうやら、あの魔導師が来ることを知っていたようである。黙っていたのは意図的ではないだろう。忘れていたというなら、本当に忘れていたのだ。カヤはそういう魔導師である。


「くそ、逃げっかな」

「そこを動くでないぞ、ロザヴィン!」

「ぐ……」


 一歩後退しただけで、鋭く釘を刺された。


「今おまえの力を獄舎内で感じたぞ、ロザヴィン! なにをやっておる!」


 怒鳴りながら近づいてきたのは、ロルガルーン。ロザヴィンの師、そして王立魔導師団の師団長だ。出逢った当初はまだ壮年の域にいたロルガルーンも、ここ数年ですっかり老けこんで、目許には皺が増えた。

 年寄りになったなぁと、暢気にも思う。


「なんもしてねぇよ」

「嘘をつくでない! 堅氷の、おまえはなんのためにロザヴィンと行動しとるんじゃ!」


 ロルガルーンの怒号は同僚にも及んだが、そよりとカヤは流す。


「おれは止めた。ほどよいところで」

「なんっじゃそれは! 意味なかろうが!」

「うるさい連中を黙らせただけだ。なにが悪い」


 ロザヴィンも師を師と思わぬ行動を取るが、なかなかにカヤの態度も大きい。長身の己れより華奢な師団長を、上から冷たい眼差しで見下ろしている。

 そろそろロルガルーンの血管が切れそうだ。いや、切れたか。顔が真っ赤だ。


「ぶっ倒れんぞ、くそじじい」

「誰がくそじじいじゃ!」

「てめぇだ、くそじじい」

「こんのばか弟子が!」

「そのばかを弟子にした師は誰だよ?」


 はん、と笑ってやったら、ロルガルーンの目が据わった。


 とたん。


 にゅ、と伸びてきた手に胸倉を掴まれ引っ張られた。


「なにしやがる、じじい」

「帰るぞ」

「はあ? 誰が帰るかよ。放せ、くそじじい」

「堅氷の、おまえも帰るがいい。これはわしが連れて帰る」

「ちょ…っ…おい、じじい!」


 ぐいぐいと無造作に引っ張られると、思うように抵抗できない。引っ張られている場所も首に近いせいで、前のめりになる。


「……ロルガルーン」

「なんじゃ、堅氷の。早う帰らんか」

「だいじょうぶだ」


 ロルガルーンを止めてくれるのかと思った同僚は、逆にロルガルーンを後押しするかのように言った。


「おい、堅氷!」

「雷雲、おれはこのまま行く。またどこかで」

「ずるっ!」


 ロザヴィンをロルガルーンに丸投げしてくれた同僚は、踵を返して反対の道へとすたすた歩いて行ってしまった。

 ちっ、とロザヴィンは舌打ちする。


「ロザヴィン」

「んだよ、じじい」

「焼けてはおらぬか」

「ああ? ああ……堅氷がすぐ外套貸してくれた」


 くそ、と胸の裡で毒づく。

 これだから年寄りに片足を突っ込んだ師はいやだ。ロルガルーンは、晴れた空が及ぼす陽光にロザヴィンの肌が焼けていまいかと、そう心配したのだ。


「早う結界の中に戻れ。今日の陽射しはおまえにはちと強かろう」

「……わかってる。つか、なにしに来たんだよ。今日はほんとになんもしてねぇぞ。まあ、ちっと、びりびりはやったけど……」

「やっとるではないか!」

「少しだよ! で、なんか用?」

「殿下がお呼びじゃ」

「殿下? あ? なんか用事あったか?」


 はて、と首を傾げながら、ロザヴィンはずるずるとロルガルーンに引き摺られる。

 殿下とは、この国ユシュベルの王子シィゼイユのことだろう。ロザヴィンを呼ぶとしたらシィゼイユしかいない。彼の姉である王女殿下は数年前に王位を継いで今や女王陛下であり、先ほどロザヴィンを丸投げした友人カヤといつのまにか結婚して子どもまで設けていたので、ロザヴィンを呼ぶなどあり得ない。そして彼らの妹王女はロザヴィンと接点がないので、こちらも違う。

 シィゼイユの用事はなんだろう。

 そもそもシィゼイユはいつ王都に帰ってきたのか。

 植物研究に熱を入れるシィゼイユは薬師で医師、継承権を放棄して国中を歩いている研究者だ。そのシィゼイユに呼び出しを受けるくらいの仲になったのは、ロザヴィンがロルガルーンに弟子入りしてすぐのことになる。だからシィゼイユとは、幼馴染みたいなものでもあった。


「おまえのその色を治すとおっしゃっておられた」

「……色を治すぅ?」


 んな無茶な、とロザヴィンは呆れる。

 治すもなにも、髪も瞳も灰褐色なのは、陽光に焼けただけだ。治るものではない。


「正確には、その肌だけでも焼けぬよう、薬を処方するとおおせじゃ」

「はあ。まぁた無駄なこと考えついたのか」

「そう言うでない。殿下のお気持ちじゃ」


 初めはただの濃い土色だった。どこにでもある色彩を持っていた。

 けれども。

 ロザヴィンは、いつ頃からか陽光に焼けるようになり、気づいたら今の灰褐色になっていた。陽光に焼けていると、そう気づくのが遅れたせいで、今はこの進行を留めるべく手を打っている。

 とはいえ、尽力してくれているのは薬師で医師でもあるシィゼイユや、ここにいるロルガルーンで、ロザヴィン自身はあまり気にしていない。白い肌が焼けた日には痛くてどうしようもないが、陽光が遮られてさえいれば焼けることはないのだ。

 少々不便な体質ではあるものの、深刻に悩むほどのものではなかった。


「べっつに、焼けたって困るもんじゃねえし……痛ぇけど」

「ほれみたことか」

「うるせえな」


 よく晴れた日中は外を歩けない。それは少しどころかとてもつまらないことだが、外套で陽光を遮れば歩けなくはない。今のように、暑くてもすっぽりと外套に包まれてしまえば、髪も双眸も、肌も焼けない。

 だいじょうぶなのに、と嘆息したところで、看守宿舎にある転移門に到着した。

 看守宿舎にある転移門は、魔導師団棟の転移門に通じている。カヤが基礎を提唱し、力を注ぎ入れ、ロザヴィンがその呪具を作った移動装置だ。


「おまえたちの遊びもたまには役に立つ」

「すげえ役に立ってんじゃねぇか」

「黙らんか」


 胸倉を離された手で、べちん、と頭を叩かれた。

 くそじじい、と文句を言ったら、足を踏まれた。

 痛みに蹲ったら、その間に転移門が発動した。







読んでくださりありがとうございます。

ヒロインはまだ出ません……スミマセン……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ