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晴れた空が嫌いでした。  作者: 津森太壱。
【晴れた空をきみに捧ぐ。】
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21 : 晴れた空をきみに捧ぐ。





 げっそりした顔で奥から出てきたロザヴィンは、けれどもどこか、すっきりしているようにも見えた。


「ロザさま」

「ん? ああ、待たせちまったか」


 悪かったな、と言いながら、ロザヴィンはエリクの頭をぽんぽんと撫でる。それは丸きり子ども扱いだったが、いやではないから肩を竦めて笑う。


「父上と、きっちり話はできたか?」

「ああシャンテ……いや、なんつぅか……とーさんって、あんなだったか?」

「あんな?」

「アッシュに似てる」

「レクト夫人に?」

「人の話、聞きやしねえ」

「あの人は昔から自分が法律だ。忘れたのか」

「どうにかしろよ」

「わたしが産まれる前からの所業を、どうしろと?」

「最悪」


 うんざり、とロザヴィンの顔には書いてある。けれども、それなりに打ち解けて話はできたようだ。口調がまるで違っている。緊張も解けている。


「だいじょうぶでしたか、ロザさま」

「ん。あとは、おまえの問題だ」

「わたし?」

「どうにかしてとーさんに気に入られてこい」


 そんな無茶な、と思ったのは、ロザヴィンの父がエリクをまったく見ようとしなかったから。


「わたし、嫌われました……」

「嫁舅戦争だな」


 あはは、と棒読みで笑うロザヴィンに、笑いごとではないとエリクは頬を膨らませる。


「まあけど、おまえとの戦争は、ある意味で楽しみにしてんじゃね」

「楽しまれても……」


 エリクとしてはもちろん気に入られたいし、仲良くしたい。だがそれ以前に、姿を視界に入れてももらえていないのでは、どうすればいいのか考えが及ばない。


「ところで、その父上はどこに?」

「仕事だと。まあおれもこのあと仕事だし、長居するつもりはなかったから、さっさと出てきた」

「薄情者……あれでいてあの人は、おまえにものすごくかまわれたいんだぞ」

「どこが薄情者だよ。仕事だって言ったのはあっちが先だぞ。どこがかまわれたいんだ」

「まったく……まあいい。今度、ゆっくり遊びにおいで。エリク、あの人のことはあまり気にしなくていい。今はとにかく、ロザの気を引きたいだけだから」


 ロザヴィンの気を引きたいだけ。

 シャンテはそう言ったが、確かにエリクにもそれは感じられた。だが、だからといって気に入られるには、難しそうだ。まさに手強い感じがする。


「時間がかかりそう……仲良くしたいのに」

「その気持ちがあれば、本来は人好きされるあの人だから、だいじょうぶだ」

「人好き?」

「たらし、とも言う。なぜかいろいろな人に好かれるんだ、あの人は」


 そういえば、ロザヴィンの父は手強そうだとエリクは感じただけで、どちらかというと好意を向けている。仲良くなりたい。そうしてロザヴィンのことをいろいろ話したい。


「うん、わたし、仲良くなりたいです」

「そういう人があの人の周りには多い。どうしてだろうね」

「いやな感じがしません」

「誰に対しても敵愾心を向ける人なんだけど……おかしいよねえ」


 嫌われたくないとか、仲良くしたいとか、それはロザヴィンの父がエリクにとっても義父であるからだと思うのだが、どうやらそういうこととは関係なしに、ロザヴィンの父は誰からも好意を向けられるらしい。


「あ……わたし、名乗り損ねました」

「ああ、それはだいじょうぶ。あの人、知っているはずだから」

「え、でも、ロザさまとわたしのこと聞いてないって」

「自分が法律の人だから、都合が悪いことは聞かない。けど、知らないふりをしているだけで、大抵のことを本当は知っている。そういう人だよ」


 それは、とエリクは思う。


「……ロザさまみたい」


 うっかりぽろりとこぼしたら、なぜかロザヴィンに額を指で弾かれた。


「一緒にするな」


 と、ロザヴィンは言うけれど、だって、その飄々とした姿は似ている。いや、ロザヴィンが似たのかもしれない。どうしたって親子だ。


「もういい。今日は帰るぞ、エコ」

「あ、はい」


 シャンテとのお喋りには飽きた、というよりも今日はもう身内との会話に疲れたらしいロザヴィンは、少し強引にエリクの手を掴むと引っ張り、来たときに降り立った場所へと足を向けた。後ろを、シャンテが律儀に、見送るためについてくる。


「また来るといい」

「もう来ねぇよ」

「今の時間ならあの人も休憩しているから、たぶん逢えるだろう。衛兵にはわたしから話を通しておく」

「来ねえって言ってるだろ」

「はいはい」

「じゃあな、シャンテ」

「兄さんと呼べ」

「あばよ、兄貴」

「まったく……ではね、エリク」


 外套の頭巾を被り直し、背に翼を広げたロザヴィンにエリクは抱き上げられ、ふわりと足が地を離れる。手を振るシャンテに、同じように手を振って別れを告げると、急速に地面が離れていった。


「また、来ましょうね」


 そう言うと、ロザヴィンは小さな声で、「ああ」と返事をしてくれる。


「わたし、ちゃんと名乗って、義父さまと仲良くなります」

「……ああ」

「できれば義母さまにもお逢いしたいのですが……」

「死んでる」

「はい……墓前に挨拶をさせていただきました。だから、もう一度お逢いしたいです」


 ロザヴィンの父と打ち解けるには、時間がかかるだろう。もともと、そんなに上手く仲良くなれるとも思っていない。だから、かけられるだけ時間をかけよう。残念なことにロザヴィンの母のほうは随分と前に亡くなって直接逢うことはできないが、墓前で逢うことはできる。できるだけ通って、たくさん、ロザヴィンのことを話そう。ロザヴィンの毎日を、アッシュに報告するように、話して聞かせよう。それで婚姻を許してもらえるとは思っていないが、時間はたっぷりあることだし、ロザヴィンはエリクを少なからず好いてくれているという事実がある。今は、それでいいと思う。


「慈光の魔導師エルティ」

「え?」

「昔、かーさんがそう呼ばれた」

「慈光の、魔導師……」

「おまえが行った墓に、かーさんはいねえ」

「え……?」

「あれはとーさんが作った墓だ」

「それって……?」


 エリクを抱き上げて飛んでいるロザヴィンは、真っ直ぐと前を見ている。その横顔に、なにか表情があるわけではない。


「魔導師は、魔導師として葬られる。家名があっても、その家の墓には入らねえ」

「……そ、なん、ですか」


 いきなりなんの話をされるのかと思いきや、それは死後の話で、少し胸が痛い。ロザヴィンの母の話ではあるが、ロザヴィン自身の話でもあるからだ。今このときに、どうしてそんな話を、と寂しくなる。


「覚悟しろ」

「……なにを、ですか」

「魔導師は魔導師として葬られる」

「……今そんなこと、考えたくありません」


 どうして、とロザヴィンに掴まる手に力を込めれば、それ以上の力がエリクを抱きしめてきた。


「魔導師は緑に囚われる。唯一許された自由は、死後も許されるもんじゃねぇんだ」

「なんのことかわかりません。聞きたくありません」

「聞け。覚悟しろ」

「いやです」

「おまえがおれを殺せば、そうはならない」

「……え?」


 聞きたくないと耳を閉ざそうとしたけれども、はっとして、エリクはロザヴィンを見つめた。


「おれを殺せ、エコ。おれを殺して、持っていけ」

「……ロザさま」

「おれは魔導師の墓に……かーさんと同じ墓に入りたくねぇんだ」

「……どう、して?」


 ちらりとエリクに視線を向けたロザヴィンが、ニッと笑った。


「罪人だから」


 その言葉を、エリクは否定できなかった。


「だから、おまえも罪人になれ」


 ひどく残酷で、ひどく甘い、誘惑だった。

 その誘惑に。

 エリクが勝てるわけもない。


「覚悟しろ、エコ。罪人になる、その覚悟を」

「……そんなの、とっくにできています」


 ロザヴィンを殺すのは、わたし。

 それを許されたのは、わたしだけ。

 その魅力にエリクは囚われている。


「晴れた空をおまえに捧ぐ」

「……晴れた空?」

「おれを嫌う、晴れた空を」

「どうして……」

「おまえがおれを殺すから」


 ふはっ、とロザヴィンは声を出して笑って、エリクが紡ごうとした言葉を奪って急に降下を始めた。


「ロザさま……っ」

「嫌われたくなかった……本当は」

「え……っ?」

「大切なものを奪われても……欲しかった繋がりを絶たれても……それでも、嫌われたくなかった」

「……なんの、こと?」

「ばかなことをした……手放したのは、おれのほうが先だったのに」


 急速に近づいてくる地面は、どこかの建物の屋根。落ちる、ぶつかる、と思ったところで、またふわりと浮遊感に包まれた。そうしてゆっくり、屋根に足をつける。とたんにロザヴィンがその屋根に転がったので、エリクも一緒に転がった。ふたりして仰向けに寝転び、燦々と照る太陽を浴びる。あ、と思ってロザヴィンの上に影を作ろうと身体を起こし覆い被さると、前触れもなく顔を引き寄せられて唇を吸われた。


「おれを殺せ、エコ。おれはおまえに殺されてやる」


 そう言ったロザヴィンの目は、とても優しく、笑っていた。







これにて【晴れた空をきみに捧ぐ。】を終幕とさせていただきます。

またいつか、ぽろりと書くことがあると思いますが、今のところはこの辺にて。


読んでくださりありがとうございました。

お気に入り登録してくださった方々、ありがとうございました。


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