20 : 逢いたくても、逢えなくて。4
その頃。
ロザヴィンは。
「子どもが子どもをもらって、なにする気?」
だの。
「自分がまだ子どもだって、なんでわからないかな」
だの。
「とーさんに勝てるようになってから、おとなだって言いなさいよ」
と、父にひたすら小言をもらっていた。反論したいところだが、父の一挙一動がどうしても気になって、それどころではない。楽しんで見ている叔父イゼルの飄々さが憎たらしい。
「お、れの……婚姻、なんか……あんたに関係ない、だろ」
勇気を持ってみはしたものの、声は小さい。
「は? なんか言った?」
ぎろりと睨まれては、もう反論の言葉すら思い浮かばない。
そんな自分に、らしくないと腹は立つものの、どうしようもできない。
「はあ……とにかく、とーさんは許さないから」
「兄上、ですが、もう書類は受理されましたよ?」
「イゼル、煩い」
「陛下に言ってくださいよ」
「わかった。陛下に言えばいいんだな」
「えっ? 兄上、嘘うそ、冗談、それやめて」
「なんだ、文句は陛下に言うべきなんだろう?」
「そうですけど! 陛下に文句なんて、不敬罪で捕まりますよ」
父とイゼルのやり取りに、やはり来るべきではなかっただろうかと考え、けれど、と思う。
父は、子ども、とロザヴィンを称した。自分のことを、とーさん、と称した。それはどこか、嬉しい。自分がまだ、この人の子どもであると、息子であると認められていることに、安堵する。
おれは捨てられていなかった。
「余裕だな、ロザ」
「え……?」
「なに笑ってんの」
笑っている、だろうか。だとしても、引き攣っていると思う。違うだろうか。
「ロザ?」
怪訝そうな父に、ロザヴィンは視線をまっすぐ向けた。
こうして父をまっすぐ見るなんて、なん年ぶりだろう。
「……とーさん」
するりと、声が出た。
「ん?」
「おれ……嫁もらう」
「だから子どもがなに言って」
「エコがおれを殺す」
「……は?」
「だから、とーさんは、解放されろ」
ずっと言いたかったことが、やっと、言葉にできた。
「……おまえ、なに言ってんの」
「おれの罪は、おれのものだ。とーさんが背負う必要はねえ」
「意味わかんないよ、それ。というか、親に向かってなに、その口調。シャンテを見習いなさいって、言ってるだろ」
「おれはシャンテほど賢くねえし」
「あのね、おまえはとーさんの子どもなの。シャンテだってとーさんの子どもなの。同じ子どもなんだから、できるだろ」
「無理だよ、とーさん」
くっ、とロザヴィンは笑えた。
「おれ、あんたの息子だけど……かーさんの息子でもあるし」
「ああ、エルティは口が悪……じゃなくて、そんなところ似なくていいから」
「かーさんを否定すんのか?」
「う……」
「それと同じだよ、とーさん」
だから、とロザヴィンは続ける。
「おれから解放されろよ、とーさん。おれはもう、魔導師として、生きてんだから」
「……とーさんは、子どもは子どもらしくしろって、言ってるだけだよ」
だからだ、とロザヴィンは首を振る。
「おれを殺すのは、エコだ」
「なんでそんな話になるの」
「そういう話だからだ。あんたは、おれを殺す必要がねえ」
「とーさんが子殺しをするとでも?」
「覚悟はあっただろ。おれが、罪を犯したときに」
あれはロルガルーンに引き取られる直前。ロザヴィンが大罪を犯したたとき。
父は確かに、悲しみに溢れた殺意を持っていた。
「もういいんだよ、とーさん……おれにはエコがいる」
息子の罪を自分のものにしなくていい。その罪に苦しまなくていい。
そう言うことが、漸くできたと、ロザヴィンは息をつく。
「おれは、生きてくから」
この罪と一緒に。
この罰を抱えて。
エリクと一緒に。
エリクと分かち合って。
そうして生きていく。
そう、決めた。
エリクが殺してくれる日まで、生きていく。
「だから、そんな話なんか、してないってのに……っ」
「ん?」
「とーさんはおまえの結婚を許さないって、それしか言ってない!」
「……は?」
え、と思ったときには、ごつんと、頭を叩かれていた。
「おまえはとーさんの子どもだ! 師団長にくれてやった憶えはない!」
「……は、は?」
なにを言われているのか、理解できなかった。
「勝手に、なにしてんだ!」
「勝手って……だって、おれ、魔導師」
「おまえはロザヴィン・バルセクトだろ!」
吃驚した。
父の形相に、ではない。
父の言葉に、である。
「おれ……まだバルセクトなのか?」
「まだっ? まだだって? ばかを言うな。おれは師団長におまえを奪われたんだぞ」
「うば……、は?」
「そのうえ籍まで師団長に? はん、誰がくれてやるものか。ロザはおれの子どもなんだから」
とーさん、ではなく、おれ、と言ってしまった父は、まるで、己れこそが子どもみたいだった。
「だいたいみんな勝手なんだよ。ロザが魔導師の力に目覚めたからって……なんでおれが手放さないといけないの。ロザはおれの子どもだよ? 魔導師なんて関係ないだろ。エルティだって魔導師だったんだから、ロザがそうでもべつに不思議じゃないよ」
ぶつくさと文句を言う父に、え、と放心する。笑ったのは、ずっと笑いをこらえているようだったイゼルだった。
「ぶはっ……なにこの親子! 擦れ違いもいいところ!」
「煩い、イゼル」
「だって兄上…っ…おか、おかしいですよ、あははっ」
「なにがおかしい」
「ローザくんの顔!」
おれかよ、とロザヴィンは顔を引き攣らせる。
「今まで見たことないくらい、すっごくきょとんってしてる!」
いやそうかもしれないが、と少し慌てて俯く。
「なに吃驚してんの、ロザ」
「してねえし!」
「なにおまえ、とーさんがおまえのこと殺すつもりだったって、本気で思ってたわけ?」
「お……思ってたよ、悪ぃか!」
「とーさんをなんだと思ってんの、おまえっ?」
父を、どう思っていたか、なんて。
考えるまでもなかった。
捨てられたと、思っていたのだから。
「だってあんとき……すっげえ怖い顔、してたし」
「あのとき?」
「おれが……罪、を」
あの殺意は本物だった。間違いはない。それまでにない恐怖を感じたのだ。
「……師団長を殺してやろうかとは思ったけど?」
「は……はあ?」
「手紙で一方的に、ロザを寄越せってきたんだよ? そのうえ、おれがいない間にその決定を下しただろ? わかりましたって、その返事もしてないのに。するつもりもなかったのに、いきなりそれだよ? 殺したくもなるよ」
開いた口が塞がらないとは、このことを言うのだと思った。
あの殺意は、ロザヴィンに向けられたものではなかったらしい。
愕然とした。
今までの思いは、いったいなんだったのだろう。この蟠りは、この溝は、どうして作られたのだろう。
「勘違い……?」
そう思うと、自分がばかみたいで、悲しい。
「とーさんには、捨てられたって……そう、思ってたのに」
「なにばか言ってんの」
「だって! だって……っ」
くそ、とロザヴィンは毒づく。
十二年も、勘違いしていた。その時間は、けして無駄ではないだろうけれども、無為なことをしたのも事実だ。
家族からの愛を、こんなにも、受けていたというのに。
「くそっ」
「口悪いなぁ……どこで憶えてくるの」
「かーさんだって口悪かったんだろ!」
「エルティも、お嬢さまのくせに口悪くてねえ……どこで憶えてきたんだか、今でもとーさん不思議だよ」
ぽん、と手のひらが、頭に乗った。それが父のものだというのは、すぐに知れる。
「ばかなことしたね、ロザ」
「うるせえ!」
「まったく……口悪いなあ」
やれやれ、とため息をついた父が、優しく、頭を撫でてくれる。
それは思いのほか、嬉しいらしいと気づく。
逢いたくても逢えなかったのに、逢ってみたらこれで、なんだか、とても笑えた。