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晴れた空が嫌いでした。  作者: 津森太壱。
【晴れた空をきみに捧ぐ。】
22/23

20 : 逢いたくても、逢えなくて。4





 その頃。

 ロザヴィンは。


「子どもが子どもをもらって、なにする気?」


 だの。


「自分がまだ子どもだって、なんでわからないかな」


 だの。


「とーさんに勝てるようになってから、おとなだって言いなさいよ」


 と、父にひたすら小言をもらっていた。反論したいところだが、父の一挙一動がどうしても気になって、それどころではない。楽しんで見ている叔父イゼルの飄々さが憎たらしい。


「お、れの……婚姻、なんか……あんたに関係ない、だろ」


 勇気を持ってみはしたものの、声は小さい。


「は? なんか言った?」


 ぎろりと睨まれては、もう反論の言葉すら思い浮かばない。

 そんな自分に、らしくないと腹は立つものの、どうしようもできない。


「はあ……とにかく、とーさんは許さないから」

「兄上、ですが、もう書類は受理されましたよ?」

「イゼル、煩い」

「陛下に言ってくださいよ」

「わかった。陛下に言えばいいんだな」

「えっ? 兄上、嘘うそ、冗談、それやめて」

「なんだ、文句は陛下に言うべきなんだろう?」

「そうですけど! 陛下に文句なんて、不敬罪で捕まりますよ」


 父とイゼルのやり取りに、やはり来るべきではなかっただろうかと考え、けれど、と思う。

 父は、子ども、とロザヴィンを称した。自分のことを、とーさん、と称した。それはどこか、嬉しい。自分がまだ、この人の子どもであると、息子であると認められていることに、安堵する。

 おれは捨てられていなかった。


「余裕だな、ロザ」

「え……?」

「なに笑ってんの」


 笑っている、だろうか。だとしても、引き攣っていると思う。違うだろうか。


「ロザ?」


 怪訝そうな父に、ロザヴィンは視線をまっすぐ向けた。

 こうして父をまっすぐ見るなんて、なん年ぶりだろう。


「……とーさん」


 するりと、声が出た。


「ん?」

「おれ……嫁もらう」

「だから子どもがなに言って」

「エコがおれを殺す」

「……は?」

「だから、とーさんは、解放されろ」


 ずっと言いたかったことが、やっと、言葉にできた。


「……おまえ、なに言ってんの」

「おれの罪は、おれのものだ。とーさんが背負う必要はねえ」

「意味わかんないよ、それ。というか、親に向かってなに、その口調。シャンテを見習いなさいって、言ってるだろ」

「おれはシャンテほど賢くねえし」

「あのね、おまえはとーさんの子どもなの。シャンテだってとーさんの子どもなの。同じ子どもなんだから、できるだろ」

「無理だよ、とーさん」


 くっ、とロザヴィンは笑えた。


「おれ、あんたの息子だけど……かーさんの息子でもあるし」

「ああ、エルティは口が悪……じゃなくて、そんなところ似なくていいから」

「かーさんを否定すんのか?」

「う……」

「それと同じだよ、とーさん」


 だから、とロザヴィンは続ける。


「おれから解放されろよ、とーさん。おれはもう、魔導師として、生きてんだから」

「……とーさんは、子どもは子どもらしくしろって、言ってるだけだよ」


 だからだ、とロザヴィンは首を振る。


「おれを殺すのは、エコだ」

「なんでそんな話になるの」

「そういう話だからだ。あんたは、おれを殺す必要がねえ」

「とーさんが子殺しをするとでも?」

「覚悟はあっただろ。おれが、罪を犯したときに」


 あれはロルガルーンに引き取られる直前。ロザヴィンが大罪を犯したたとき。

 父は確かに、悲しみに溢れた殺意を持っていた。


「もういいんだよ、とーさん……おれにはエコがいる」


 息子の罪を自分のものにしなくていい。その罪に苦しまなくていい。

 そう言うことが、漸くできたと、ロザヴィンは息をつく。


「おれは、生きてくから」


 この罪と一緒に。

 この罰を抱えて。

 エリクと一緒に。

 エリクと分かち合って。

 そうして生きていく。

 そう、決めた。


 エリクが殺してくれる日まで、生きていく。


「だから、そんな話なんか、してないってのに……っ」

「ん?」

「とーさんはおまえの結婚を許さないって、それしか言ってない!」

「……は?」


 え、と思ったときには、ごつんと、頭を叩かれていた。


「おまえはとーさんの子どもだ! 師団長にくれてやった憶えはない!」

「……は、は?」


 なにを言われているのか、理解できなかった。


「勝手に、なにしてんだ!」

「勝手って……だって、おれ、魔導師」

「おまえはロザヴィン・バルセクトだろ!」


 吃驚した。

 父の形相に、ではない。

 父の言葉に、である。


「おれ……まだバルセクトなのか?」

「まだっ? まだだって? ばかを言うな。おれは師団長におまえを奪われたんだぞ」

「うば……、は?」

「そのうえ籍まで師団長に? はん、誰がくれてやるものか。ロザはおれの子どもなんだから」


 とーさん、ではなく、おれ、と言ってしまった父は、まるで、己れこそが子どもみたいだった。


「だいたいみんな勝手なんだよ。ロザが魔導師の力に目覚めたからって……なんでおれが手放さないといけないの。ロザはおれの子どもだよ? 魔導師なんて関係ないだろ。エルティだって魔導師だったんだから、ロザがそうでもべつに不思議じゃないよ」


 ぶつくさと文句を言う父に、え、と放心する。笑ったのは、ずっと笑いをこらえているようだったイゼルだった。


「ぶはっ……なにこの親子! 擦れ違いもいいところ!」

「煩い、イゼル」

「だって兄上…っ…おか、おかしいですよ、あははっ」

「なにがおかしい」

「ローザくんの顔!」


 おれかよ、とロザヴィンは顔を引き攣らせる。


「今まで見たことないくらい、すっごくきょとんってしてる!」


 いやそうかもしれないが、と少し慌てて俯く。


「なに吃驚してんの、ロザ」

「してねえし!」

「なにおまえ、とーさんがおまえのこと殺すつもりだったって、本気で思ってたわけ?」

「お……思ってたよ、悪ぃか!」

「とーさんをなんだと思ってんの、おまえっ?」


 父を、どう思っていたか、なんて。

 考えるまでもなかった。

 捨てられたと、思っていたのだから。


「だってあんとき……すっげえ怖い顔、してたし」

「あのとき?」

「おれが……罪、を」


 あの殺意は本物だった。間違いはない。それまでにない恐怖を感じたのだ。


「……師団長を殺してやろうかとは思ったけど?」

「は……はあ?」

「手紙で一方的に、ロザを寄越せってきたんだよ? そのうえ、おれがいない間にその決定を下しただろ? わかりましたって、その返事もしてないのに。するつもりもなかったのに、いきなりそれだよ? 殺したくもなるよ」


 開いた口が塞がらないとは、このことを言うのだと思った。

 あの殺意は、ロザヴィンに向けられたものではなかったらしい。

 愕然とした。

 今までの思いは、いったいなんだったのだろう。この蟠りは、この溝は、どうして作られたのだろう。


「勘違い……?」


 そう思うと、自分がばかみたいで、悲しい。


「とーさんには、捨てられたって……そう、思ってたのに」

「なにばか言ってんの」

「だって! だって……っ」


 くそ、とロザヴィンは毒づく。

 十二年も、勘違いしていた。その時間は、けして無駄ではないだろうけれども、無為なことをしたのも事実だ。

 家族からの愛を、こんなにも、受けていたというのに。


「くそっ」

「口悪いなぁ……どこで憶えてくるの」

「かーさんだって口悪かったんだろ!」

「エルティも、お嬢さまのくせに口悪くてねえ……どこで憶えてきたんだか、今でもとーさん不思議だよ」


 ぽん、と手のひらが、頭に乗った。それが父のものだというのは、すぐに知れる。


「ばかなことしたね、ロザ」

「うるせえ!」

「まったく……口悪いなあ」


 やれやれ、とため息をついた父が、優しく、頭を撫でてくれる。

 それは思いのほか、嬉しいらしいと気づく。

 逢いたくても逢えなかったのに、逢ってみたらこれで、なんだか、とても笑えた。







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