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晴れた空が嫌いでした。  作者: 津森太壱。
【晴れた空をきみに捧ぐ。】
21/23

19 : 逢いたくても、逢えなくて。3





 それは意地なのか、それとも緊張なのか、エリクには後者のように思えたけれども、ロザヴィンの父が建物の中に戻ってからしばらく、ロザヴィンはその場を動かなかった。

 きっかけはロザヴィンの叔父、イゼルが作った。


「ほら行くよー」


 と、ロザヴィンの腕を掴むとずるずると引っ張って行った。

 いきなりだったので、エリクは取り残されてしまって、シャンテに苦笑された。


「一緒に行くか?」


 と、シャンテには訊かれたけれども、どうすればいいのかはわからなかった。だから沈黙したら、シャンテが「おいで」と優しく言ってくれた。


「ここは父が管理する書庫の一つでね。イゼルはその補佐をしている。わたしは休憩がてら、ここに眠っている本を読みにくるんだ」


 だから揃っていたんだよ、と歩きながら説明される。


「まあ、ロザはわたしが休憩している時間を見計って、来たんだろうがね。臆病者だから、わたしという緩衝剤があれば父に逢えるかもしれないと、思ったんだろう」

「……ロザさまが、臆病者?」

「エリクは知らないのか? ロザはつい最近まで、父はおろかわたしのことも、ずっと避けていたんだ」


 シャンテから語られるロザヴィンのそれは、エリクの知らないことだ。


「どうして、兄さまを……」

「臆病者だから」

「ロザさまはかっこいいです」

「エリクにはそうかもしれないな。いや、うん、そうなんだ。わたしも、ロザはかっこいい魔導師だと思うよ。あれの正義は、誰よりも強い」

「正義……」


 ああそれで、とエリクは頷く。

 ロザヴィンは、己れが人殺しだと、言っていた。それは泣きながらの懺悔だった。嫌悪だった。憎悪だった。


「ロザさまは……どうして、そんなに強く、正義を持つのでしょう」


 エリクにとって、目の前にいるロザヴィンがすべてだ。人殺しであろうがなんであろうが、ロザヴィンは愛する人だ。正義感が強かろうが弱かろうが、そんなものは、関係ない。


 けれども。


「それがロザさまを、苦しめているように思えるのは……わたしの気のせいでしょうか」


 正義感が強いロザヴィンは、そのせいで、苦しんでいる。エリクにはそう見えた。


「そうだな……わたしも、きちんと言えばよかったんだろう」

「言う?」

「ロザを手放す前に、きちんと……ここがおまえの帰る場所だと、おまえの家族はここにいるんだと、そう言ってやればよかったんだろうな」


 今だから言えることだけれど、とシャンテはため息をつくように笑った。


「そうすれば、あんなに強い正義を持たなかったかもしれない。いや、正義があることはいいんだ。ただロザは……強過ぎる」


 わたしのせいだな、と言いながら、シャンテはある部屋の前で立ち止まり、置いてある長椅子にエリクを促した。エリクが腰かけると、その隣にシャンテは座る。


「ロザさまのそれが、どうして兄さまのせいなんですか?」

「可愛くて」

「へ?」

「弟がね、可愛くて、仕方なかったんだ。今もだが」


 くすくすと笑ったシャンテは、あの頃はわたしも若かったからなあと、エリクには頓珍漢なことを言う。


「可愛いあまりに、周りが見えていなかった。気づいたときには、すべてが……なにもかも、遅かった」

「気づく?」

「魔導師の、力の発現」


 わたしは発現しなかったがとシャンテは言うが、エリクだって魔導師の力はない。そもそも、エリクはその力がよくわからない。


「わたしは、よく、わかりませんけど……それに気づくのが遅かったから、ロザさまが?」

「たぶんね。わたしはロザを可愛がるだけで、怒ったり、叱ったり、あんまりしなかったから。悪いことも、良いことも、分別をつけて教えられていなかったと思う。だから……ロザは、わからなかったんだ。それが、悪いことだと」

「悪いことって……」

「ロザが街で灰色の魔導師と呼ばれているのは、知っているか?」

「はい。とても強い魔導師で、どんな罪でも断つと……」

「どんな罪でも……か」


 ふっと笑みに陰りを見せたシャンテが、きゅっと、強く手を組んで視線を伏せた。


「魔導師を牽制するための魔導師。罪を犯した魔導師を罰する魔導師。罪を犯した者には慈悲なく罰を下す魔導師」

「え……?」

「それがロザに与えられた刑罰」

「……刑、罰?」


 なんだそれは、とエリクは息を飲んで瞠目する。


「六歳の頃には、ロザは、そういう魔導師であることを決められたんだ」

「……どうして?」

「人を殺してしまったから」


 罪もない人を、それが己れの罪になるとも知らず、気づかず、悪意もなく殺してしまったから。

 ロザヴィンが、自分を「人殺しだ」と言ったのは、本当のことだったらしい。


「そしてわたしは、その現実を、拒絶してしまった……駄目な兄さんだ」


 力なく笑うシャンテに、そんなことはないと、否定してやることは、できなかった。なぜなら、だからロザヴィンが今でも苦しんでいるからだ。人殺しだから、誰か殺してくれと、泣いたからだ。

 ロザヴィンは罪を知っている。

 贖罪のために、罪を裁き続けている。


「こんな話、聞かせるべきではなかったかな」


 俯いて唇を噛みしめたエリクに、シャンテが申し訳なさそうに言う。

 いいや、とエリクは首を振った。


「わたしには関係ないもの……っ」

「関係ない?」

「ロザさまは、わたしが殺すもの……誰にも殺させないっ」

「……物騒な話だな」

「ロザさまはわたしのロザさまだもの!」


 叫ぶように言うと、呆気に取られたらしいシャンテが、ぽかんとしていた。


「とんだ惚気を聞かされているな、わたしは」

「だってわたしのロザさまだもの……っ」


 今さらだ。エリクはもうロザヴィンに出逢ってしまったし、出逢った頃にも戻れない。あの立ち姿を、見なかったことにはできない。


 だから。

 関係ない。


 ロザヴィンのそれを聞かされても、脅されても、なにをされても、エリクにとってロザヴィンはすべてだ。

 それくらいに、エリクはロザヴィンが好きだ。


「なんだ……心配、要らないのか」

「……心配?」

「いや、エリクを疑っていたわけではないが……ロザは今でもわたしにとって可愛い弟だから、生半可な気持ちでは困るなとは、思っていた」

「わたしロザさま好きだもの!」


 怒鳴ると、シャンテが「はは」と声を出して笑った。


「きみがそうだから、ロザは父に逢う気になったかな」

「ロザさまは臆病者じゃない」

「いや、うん、今はね」

「かっこいい」

「そうだな……逢いたくても、逢えなくて……それでやっと、逢えたんだから……そうだな」


 かっこよくなったのではないか、と笑いながら言うシャンテに、エリクは頬を膨らませた。







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