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晴れた空が嫌いでした。  作者: 津森太壱。
【晴れた空をきみに捧ぐ。】
20/23

18 : 逢いたくても、逢えなくて。2





 金色の髪、土色の瞳、きらきらと光る花を全身から出しているような翼種族の文官に、エリクは目をまん丸にする。髪の色は違えど、シャンテがもうひとりいる、と思った。

 その彼は、ロザヴィンを見るなりきらきら光る花をぶわりと増やし、いやそれはエリクの幻覚なのだろうが、とにかく全身を光らせた。


「今日は逃げないんだね、ローザくん!」


 いやそうな顔をしているロザヴィンにめげることなく、その人は突進してくる。ぶつかる勢いだったそれの衝撃がなかったのは、その人の襟首をシャンテが掴んで止めていたからだった。


「相変わらずウザいですね」

「ウザ…っ…シャンくん、それひどい!」

「あなたが来てどうするんです」

「だってローザくんが来たんだよっ?」


 飛びつかせろと言わんばかりのその人に、シャンテが深々とため息をつく。いっぽうロザヴィンは、エリクを巻き添えにしながら、じりじりと後ろに後退し、背中の翼を少し動かした。


「ああっ、ローザくん逃げないで! ぎゅって、ぎゅってさせて!」

「い……いやだ」

「そんな恥ずかしがっちゃって、もう可愛いなあ! ほら、約十年ぶりの僕だよ! 僕にとっちゃ一日ぶりだけどね! ほらほら!」


 おいで、と全身で誘うその人に、ロザヴィンは恐ろしく逃げ腰だ。

 いったいこの人は、誰だろう。

 ロザヴィンには兄がひとり、シャンテだけのはずであるから、兄弟というわけではないだろう。だとしても、その人は双子かと思うほどシャンテに似ている。


「ロザさま、あの人、兄さまに似てる」

「イゼル・ガルデン……叔父だ」

「叔父さま?」


 随分と若い叔父だ。そういえば父方のほうに、弟がいると聞いたことがある。ガルデン伯爵だ。


「兄さまにそっくり……」

「おまえ、それやめろ」

「それ?」

「シャンテのこと、そう呼ぶの」

「どうしてですか? ロザさまの兄さまなのに」

「きもい」

「きも……え?」


 ロザヴィンはときどきエリクでも聞かないような俗語を使う。おそらくその手の俗語だろうが、聞いたことがなくて首を傾げていたら、叔父だというイゼルがエリクに気づいた。


「きみはローザくんのお嫁さんだねっ?」


 向けられた言葉に、拒絶するようにエリクを隠したのはロザヴィンだった。


「どうして隠すかな、ローザくん!」

「なんであんたがいるんだ」

「そりゃ僕は兄上の補佐をやっているからね。ここにいて当然でしょ。知っているくせに今さらなに言うかなぁ」


 ロザヴィンが胸に飛び込んでくるのを待ち続けているイゼルは、にこにこと笑顔を絶やさない。ロザヴィンのほうはじりじりと、着実にその距離を広げていっている。


「やっぱり帰る」


 ばさりと、ロザヴィンが翼を大きく広げた。


 ふわりと身体が浮きかけたとき。


「イゼル、煩い。おまえの声、奥まで響いているぞ。シャンテも急に部屋を出て……衛兵も騒がしいし、いったいなんだ」


 シャンテの後ろから、もうひとり、シャンテにそっくりな人が現われた。

 その人を見たとたん、ロザヴィンの翼が動きをとめ、すとんと足が地に着く。


「ロザさま?」


 どうしたのだろう、と見上げたロザヴィンの顔は、強張っていた。エリクを抱く腕も、少し震えていた。


「……とーさん」


 え、とエリクは、現われたもうひとりのシャンテそっくりな人を、振り向く。

 金の髪、土色の双眸、やはり色は違えどシャンテに似ている。いや、この場合シャンテがその人に似ているのかもしれない。


「ロザ……?」


 ぽかん、としたその人、ロザヴィンの父親であるらしい人が、こちらを見つめてくる。


「兄上、久しぶりのローザくんですよ! お嫁さんつき!」

「は? 嫁って……は? ロザはまだ……」

「成人しましたよ、とっくに」

「婚約……」

「しましたでしょ、二年前に」

「そんな話……」

「しました。聞いてなかったんですか」

「ロザはまだ子ども……」

「いつまでも子どもじゃないんですよ、兄上。ローザくんだって、もう立派な青年です」

「……ロザ?」


 まじまじと、彼は見てくる。エリクは緊張したが、同じくらいロザヴィンも緊張しているようで、どくどくと早い鼓動が伝わってくる。


「……ひ、さし、ぶり……とーさん」

「久しぶり。なに、おまえ、結婚したの?」

「あ……うん」


 声が震えていた。なにかに怯えるようなその態度は、イゼルに対するものやシャンテに対するものとは、だいぶ違う。だが父だという彼は、こちらもまた随分と若く見えるが、ロザヴィンの常がそうであるように飄々としていた。


「え、もしかしてその報告? いつのまに婚約したの」

「二……年、前」

「とーさんびっくり……おまえまだ子どもでしょ」

「成人……したし」

「嘘うそ。だっておまえ、とーさんよりちっちゃいじゃん」

「う……うるせぇな。身長止まっちまったんだから、仕方ねぇだろ」

「止まっちゃったの? まあどちらにせよ、おまえまだ子どもだけど」


 はははは、と笑う父親の、そのあまりにふつうな姿に、ロザヴィンは気が削がれたようでほっと小さく息をこぼしていた。


 しかし。


「で? おまえ子どものくせに、結婚する気?」

「は……?」

「とーさん許した憶えないんだけど」


 にこにこと笑みを浮かべたまま、なにかさらりと、言われた気がする。

 ふと、シャンテが笑いともつかないような顔でエリクを見やってきて、ハッとした。

 手強いとは、こういうことだろうか。


「ねえロザ、とーさん、許してないよ?」

「え……だ、って……ロルゥとアッシュが」

「聞いてないし」

「シャンテとイゼルから」

「聞いてない」


 あくまで、聞いていない、とロザヴィンの父は知らぬふりをする。いや、ふりなのかそうでないのか、よくわからない。


「ロザはまだ子ども。その子どもがなにしてんの」

「成人した!」

「それは国が定めた年齢に達したってだけでしょ」

「成人は成人だろっ?」

「そんなの知ったこっちゃない。とーさんには関係ないね」

「国に逆らうってあんたどこの王サマよっ?」

「とーさんの法律だよ」

「あほか!」

「親に向かってあほとは……十二年もとーさんから逃げているくせに、久しぶりに逢ってその口を叩くか」

「あ……」


 睨まれてびくりとロザヴィンは震え、顔を強張らせる。

 どうなってしまうのだろう、とエリクは冷や冷やしながらふたりを見守るが、それくらいしかできないことが悔しい。なにせ、ロザヴィンの父は、エリクをちらりとも見ようとしないのだ。

 もしかして、逢いにこないほうが、よかっただろうか。


「ロザさま……」


 そっと呼ぶと、ハッとしたロザヴィンが、その双眸を揺らしてエリクを見る。泣きそうだ、と思った。


「ロザさま、だいじょうぶ。だって、義父さまだもの」

「……エコ」

「だいじょうぶ。わたし、ロザさま好きだもの」


 頬を撫でると、ロザヴィンはくしゃっと顔を歪め、すり寄ってきた。それはあまりにもロザヴィンらしくない仕草だったが、それほどまでにロザヴィンにとって父親という存在は大きく、また難しいものなのだろう。一挙一動に、どうしても、怖気づいてしまう。


「まあとりあえず、ローザくんを中に入れたらどうかな、兄上」

「そうだね。じっくり話し合わないと」

「国の法律は覆せないよ、兄上?」

「そんなの知らないって、言ってるだろ」

「頑固だねえ」

「おれは柔軟だよ。さあロザ、おいで」


 にこ、と再び笑みを取り戻したロザヴィンの父は、しかし逃げ腰のロザヴィンを無視して、中へ戻っていった。

 ロザヴィンが中に入りたくないと言った理由があの父なら、わかる気がすると、エリクは今頃になって理解した。そして、シャンテが「手強い」と言った理由も、頷けた。







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