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晴れた空が嫌いでした。  作者: 津森太壱。
【晴れた空をきみに捧ぐ。】
19/23

17 : 逢いたくても、逢えなくて。1





 今日は仕事も休みなのか、昼ものんびりとしていたロザヴィンは、しかし唐突に長椅子を離れるとエリクの腕を掴んだ。


「ロザさま?」

「出かける」

「あ、そうなんですか……いってらっしゃいませ」

「おまえも行くんだよ」

「わたしも?」

「ああ」


 ほら行くぞ、とエリクの腕を引っ張って、ロザヴィンはなんの準備もなく歩き出す。出かけるならそれなりの用意を、とエリクは言ったのだが、必要ないと言われてしまった。


「なら、せめて、ロザさまの外套を!」

「あ? ああ、そうか……晴れてやがるか」


 長いこと陽光を避けているせいか、ロザヴィンはどこに行こうとも日陰にいることが多い。それはもう意識的なものではなく、家の中にいるときは窓際に近づかない。廊下も、陽が入るところは絶対に歩かない。それが面倒なときは、家の中でも外套を羽織っている。その外套は友人だという王弟殿下から賜ったそうで、陽光に含まれる害を完全に遮断するのだという。そんな便利なものがあると、脱がずにいるのも頷けるというものだ。

 ロザヴィンは外套を取りに一度部屋に戻ったが、やはりエリクにはなんの準備もさせず、どこへ行くのかも言わなかった。


「エリク、治療院にはわたしがひとりで……あら、お出かけするの?」


 午後はいつものように治療院へと出かけるアッシュが、ロザヴィンに引っ張られているエリクを見つけて目を丸くする。


「あの、ロザさまと、出かけます。治療院へは……」

「いいのよ。もともと今日は休ませようと思っていたから。ローザ、エリクに無理をさせては駄目よ。あなたのせいで身体がつらいのだから」

「母さまっ」


 確かに歩くのは少しつらいけれども、休まなければならないほどひどくはない。その原因にエリクは真っ赤になったが、ロザヴィンは飄々と「ああ」と頷く。


「夕食はどうするの?」

「帰れたら帰る」

「そう。シャンティンに、よろしく伝えてね」

「……なんでわかんだよ」

「顔に書いてあるもの。兄さまになんて言おう、って」

「ほっとけ!」


 ふん、とロザヴィンはアッシュから視線を逸らし、すたすたと歩き始める。エリクは慌てて「行ってきます」と、手を振った。


 外に出る直前、ばさりとロザヴィンが外套を羽織る。


「掴まれ」

「え?」

「飛ぶ」

「飛ぶって……、ひゃあぁあ!」


 ぐん、と上からの圧力と足許の浮遊感に驚いた一瞬、エリクはロザヴィンに抱えられて空へと、飛んでいた。


「ろっ、ろざさまぁ!」

「落としゃしねぇよ」


 ちゃんと掴まれ、と言われて、エリクは全身でロザヴィンにしがみつく。

 空を飛ぶなんて、初めてだ。


 ふと、ロザヴィンとエリクを空に運ぶ、ロザヴィンの翼が目に入る。

 一対の翼は灰色で、空の自由を得た鳥の翼とは違う形をしている。


「ロザさまの翼……」

「あ? ああ……斑で、汚ねぇだろ」

「ううん。すごく、きれい……」

「はあ?」


 手を伸ばして、そろりと、触れてみる。柔らかそうに見えたのだが、けっこう硬い。


「ぅひ!」

「ひゃあ!」


 がくん、と身体が揺れて、慌ててロザヴィンにしがみつき直す。


「お、おま、いきなり触んなよ!」

「え? わ、わたし?」

「変なとこ触んな! ぞわっとした……っ」


 どうやらエリクが触れた部分は、ロザヴィンにとってくすぐったい場所であったらしい。ふだんは消えていて、使うときにしか表に出てこない翼なのに、ちゃんと感触があるようだ。


「触ったの、わかるんだ……」

「こういう感じだよ」

「え? ひゃああっ」


 つつっと背骨を真っ直ぐ上から下へとなぞられて、吃驚する。


「ぞ、ぞわっと、ぞわっとしたっ」

「飛んでるときに触んな。わかったか」

「はいっ」


 飛んでいるときに触れるのは危険だとわかった。


 それにしても、その衝動を抑えるには、ロザヴィンの翼は綺麗だ。斑で汚いと本人は言うが、そんなことはない。


「……そんなに触ってみてぇなら、飛んでねぇときにしろ」

「え……」

「言えば出してやる」


 ああこの人は、どうして、わかるのだろう。欲しいと思う言葉はたくさんあるし、それを言ってくれないときのほうが多いけれども、言わなくても伝わってくるものがある。


「わたし、ロザさま好き」

「聞き飽きた」

「好きだもの」

「はいはい」


 ああ好きだなぁと、エリクはつくづく思う。どうしてこんなに好きなのか、それがわからないくらいロザヴィンが好きだ。


「ロザさま」

「なんだよ」

「好き」

「……あんまり言うな。腹にくる」

「ごめんなさい。でも、好きなんだもの」


 ぎゅうっとしがみつけば、それ以上の力でロザヴィンは抱きしめてくれる。

 エリクのことが好きなのか、そうでないのか、そんなのはどうでもいい。今確かに感じるこの腕の中が、とても幸せだ。


「すぐ着く。もう降下すっから、しっかり掴まってろよ」

「はい」


 ふわふわとした気持ちは、風を切る音に少しだけ緊張する。宙にいるという不安感はロザヴィンのおかげで薄れているが、それでも初めての飛行はエリクにはちょっとした恐怖だ。


 足が土を踏んだとき、心底ほっとする。


「離れるな」


 と、足が地面にあるのに引き寄せられて、ロザヴィンの外套の中に包まれた。


「ロザさま?」

「少し黙っとけ」


 静かにするようロザヴィンに言われたとき、数人の足音が乱雑に聞こえた。それはこちらに向かっていて、近くにきたと思ったらその足音が止む。


「なに者だ!」


 という言葉に、驚いた。ロザヴィンが言ったのではない。言われたのだ。


「外套が違うだけで、わかんねぇのかよ?」


 陽光の下なのに、ロザヴィンが目深に被っていた頭巾を取り払ってしまう。


「だめ、ロザさま!」

「心配ねぇよ。ここには結界がある」

「結界が……?」


 ロザヴィンを陽光の害から護る結界が、ある。それはロザヴィンの行動範囲内には必ずあるものだが、万能なわけではない。ここはどこなのだろう。


「灰色……雷雲の魔導師どのでしたか」

「ああ。シャンテはいるか?」

「王佐どのでしたら中に。ご案内します」

「いや、呼んでくれ。中には入りたくねぇんだ」

「……わかりました。少々お待ちください」


 足音が遠ざかっていく。エリクは顔を上げ、ロザヴィンに頭巾を被るよう促した。


「結界があっても、油断しちゃだめって、母さまが」

「なんともねぇよ」

「わたしがいやだもの」

「……ったく」

「ここはどこですか?」


 頭巾を被り直したロザヴィンは、エリクの問いに、端的に「城」と答えた。


「王城?」


 なぜそんなところに。

 そういえば誰かを呼んでもらっていた気が、と思ったとき、再び足音がした。


「おまえがここに来るなんて珍しい」


 その声は、ロザヴィンに少し似ていて。

 エリクはそっと、隙間から顔を覗かせる。


「ん? 誰か連れているのか?」


 顔を覗かせたエリクを、ロザヴィンは止めなかった。むしろ見せるように、少し外套をずらしてくれる。


「あ……シャンティンさま」


 ロザヴィンの兄、シャンテと呼ばれている王佐がいた。


「エリクじゃないか。兄さまと呼べと、言っておいただろう」


 そうだった、と思い出して、改めて「兄さま」と呼ぶ。ロザヴィンがいやそうな顔をした。


「エリクを連れてここに来るなんて、ますます珍しい。どうした、ロザ?」

「……とーさん」

「父上? たぶんいると思うが……なんだ、漸く逢う気になったのか」

「どこにいるって?」

「知っているくせに、横着するな。中に入りなさい」

「いやだ」

「ロザ……」


 シャンテに呆れられたロザヴィンは、しかし一歩も動かない。


「翼をしまえ。そしてわたしについて来い。でないと、父上を呼ばない」

「ぐ……」

「父上に逢う気があるなら、逃げるな」


 なんとロザヴィンは父親に逢うべくして、エリクも連れてきたらしい。そういえばエリクは、兄のシャンテには逢っていても、父親には逢っていない。その機会がなかった。仕事で忙しいと聞いていたし、ロザヴィンは父親のことを一言も口にしなかったのだ。エリクは、シャンテから「いつか逢ってやって欲しい」としか、言われたことがなかった。


「ロザさま。わたし、義父さまに逢いたいです」

「うるさい、黙ってろ」

「逢って、きちんと挨拶したいです。ロザさま」


 ロザヴィンが逢おうと思ってくれたなら、きちんと逢って、話がしたい。ロザヴィンのお嫁さんになりたいのだと、そう伝えたい。


「兄さま、わたし、ロザさまのお嫁さんになりたいです」

「エコ!」

「ロザさま黙って」


 ロザヴィンの口許を手のひらで覆い、その口を封じて、エリクはもう一度シャンテに伝える。


「わたし、ロザさまのお嫁さんになりたいです。それを、義父さまに伝えたいです」

「……いい心構えだ、エリク」


 にこ、と微笑んでくれたシャンテは、「だが」と口を開いた。


「父上は手強いぞ」

「え?」

「逢えばわかる。おいで、エリク。せっかくだから、きみだけでも父上に逢わせよう」


 おいでおいで、とシャンテの手に誘われて、エリクはロザヴィンの腕から抜ける。しかし、素直にシャンテのところへ行くことはできなかった。


「ここに呼べ!」


 と、ロザヴィンが邪魔したからだ。


「そういう命令は、魔導師の官服を着てから、言うものだ。言っておくが、衛兵がおまえの言うことを聞いてわたしをここへ呼んだのは、おまえが雷雲の魔導師だからだ」

「だからなんだよ」

「わたしはおまえの兄さんだよ、ロザ?」


 誰が言うことを聞くものか、とシャンテの顔には書いてある。それはエリクにもわかるほど、明確なものだった。

 くそ、とロザヴィンが舌打ちして、離れかけたエリクを再び腕の中にしまい込む。エリクにとってロザのそれは嬉しい抱擁だが、今は別だ。


「ロザさま」

「おれは行きたくねぇんだよ」

「逢いたくないんですか?」

「そうじゃねぇけど……」


 逢いたくないわけではないが、逢いたいと強く思っているわけでもないようで、ロザヴィンはもごもごと言葉を濁す。


 そのときだった。


「シャンくん! ローザくんがやっと来たって聞いたんだけど!」


 空から人が降って来た。

 いや、翼のある翼種族の文官が、窓から落ちてきた。


「あ…っ…ローザくん!」


 げ、とロザヴィンが顔を歪めた。







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