13 : 助けてと、言えなくて。4
据え膳食わぬが男の恥。
とかいう言葉はなかっただろうか。
なんて、真剣に考えてしまった。
「わたし、ロザさまが好き」
ロザヴィンが好きだと、そう告白してきた少女は、頬を赤く染め、瞳を潤ませて、ロザヴィンを見つめてくる。
これを据え膳と言うなら、残念だがロザヴィンには興味がない。こんな貧弱な身体より、もっと豊満で柔らかいほうが強烈に魅力的だ。身体的には。
「……なに言ってんだ、おまえ」
声が震えたのは、少女にその魅力を感じたからではない。
「好きだから、好きって言ったの」
「……あほか」
「好きだもの!」
飛びついてきた少女に、自分が身体を震わせたのは、少女の身体に誘惑されたからではない。
「ばかも休み休み言え」
「わたし、ロザさまが好きよ!」
ぐりぐりとすり寄ってくる少女に、顔が熱くなったのは、少女に女を感じたからではない。
ロザヴィンは片手で顔を覆い隠し、そっぽを向く。
「誤魔化してんじゃねぇよ、そんな言葉で……っ」
誰かに「好き」だと言われたのは、初めてだ。
それを全身で訴えてこられたのなんて、初めてだ。
誰からも忌むべき者とされ、避けられ、嫌われてばかりで、かまってくれるのは同胞か、アッシュか、それくらいだった。
好きだなんて、産まれて初めて言われた。
「だって、好きだもの……だから、ロザさまが自分を粗末にするの、いやだ……こ、殺して、なんて、言って欲しく、ないもの……っ」
「……おれなんか」
「わたしがロザさまを好きなだけじゃ、ロザさまだめ?」
胸にざっくり入り込んでくる言葉に、動揺なんて見せない。
エリクは夢を見ているのだ。たまたまエリクを助けたのがロザヴィンだったから、だから好きだなんて勘違いしているのだ。ロザヴィンのその姿に、惚れたなんて幻想を抱いているだけだ。
「……わかった」
「は?」
唐突に、エリクは理解を示した。それがなにを理解したことなのか、ロザヴィンにはよくわからない。
「わたしがロザさまを殺す」
瞬間、ロザヴィンは再び呆けた。
「……、おまえが?」
「わたし以外に殺されないで、ロザさま」
顔を上げて、見つめてきた藍色の双眸は、真剣そのものだった。
その瞳に、どうしてか、射竦められる。
「わたしがロザさまを殺すの」
背に回されていたエリクの手が、するりと前に抜けてくる。そのままロザヴィンの首へと、添えられた。
「ロザさまが、ロザさまを要らないなら、わたしがもらうもの」
「……おまえ」
それは極端だと、ロザヴィンは笑おうとして、笑えなかった。
なぜだろう。
エリクなら、自分を殺してくれる気がした。
それはエリクの本気を感じたからかもしれない。
餓鬼のくせに、と思った。
自分だって、まだ子どもの領分にいるくせに。
「要らないんでしょ? だったら、わたしがもらってもいいでしょ?」
「……本気か」
「だってわたし、ロザさまが好きだもの」
ぐっと、首を絞められる。それは優しい力で、苦しくもなんともない。けれどもその分、エリクの本気が伝わってくる。
この少女は、本当に、この価値のない命が欲しいらしい。
「おれは人殺しだぞ」
「だからなに」
「また人を壊す」
「わたしたちを助けてくれた」
「偽善だ。おれは罪を許せない」
「なんの罪」
「……おれが、人を壊した、罪」
「わたしには関係ないもの」
さらに首を絞められた。けれども、それはやはり優しい力で、少しでも抵抗すれば簡単に払えてしまう力だ。
その優しい力を、頼りないと思いこそすれ、虚勢だとは思わなかった。
「……いいのか」
それは罪を背負うことへの覚悟。
「わたしがロザさまを殺すの」
応えに迷いは見えなかった。
迷いない真っ直ぐな心が、ひどく羨ましい。
あっさりと、覚悟を持つ心の強さに、ひどく惹かれた。
いいかもしれない、とロザヴィンは身体から力を抜く。瞼を閉じると、少女のぬくもりがよりいっそう強く、感じられた。
「……好きにしろ」
呟くように言うと、咽喉を圧迫していた指の力が消える。
「ロザさま……っ」
ふわりと抱きつかれて、その意外にも柔らかな感触に、涙が滲む。それを隠すように、エリクの背に腕を回して抱き寄せた。
「くそ……っ」
本当はもう、人を壊したくない。けれども、持って生まれたこの力が、それを許さない。だからそれから逃れる方法を、ずっと捜していた。逃れられない己が罪を、責めることで。
だからこそ、言えなかった。
たった一言、誰でもいい、言えれば少しは救われたかもしれないのに、言うことができかなった。アッシュにも、ロルガルーンにも、カヤにも、もちろん兄にも、言えなかった。
どれだけ楽になるか、わかっていても。
助けて、と。
どうしても、言えなくて。
代わりに、殺して欲しいと、いつも願っていた。
それを。
エリクが叶えてくれる。
言えない言葉の代わりに。