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晴れた空が嫌いでした。  作者: 津森太壱。
【晴れた空が嫌いでした。】
15/23

13 : 助けてと、言えなくて。4





 据え膳食わぬが男の恥。

 とかいう言葉はなかっただろうか。

 なんて、真剣に考えてしまった。


「わたし、ロザさまが好き」


 ロザヴィンが好きだと、そう告白してきた少女は、頬を赤く染め、瞳を潤ませて、ロザヴィンを見つめてくる。

 これを据え膳と言うなら、残念だがロザヴィンには興味がない。こんな貧弱な身体より、もっと豊満で柔らかいほうが強烈に魅力的だ。身体的には。


「……なに言ってんだ、おまえ」


 声が震えたのは、少女にその魅力を感じたからではない。


「好きだから、好きって言ったの」

「……あほか」

「好きだもの!」


 飛びついてきた少女に、自分が身体を震わせたのは、少女の身体に誘惑されたからではない。


「ばかも休み休み言え」

「わたし、ロザさまが好きよ!」


 ぐりぐりとすり寄ってくる少女に、顔が熱くなったのは、少女に女を感じたからではない。

 ロザヴィンは片手で顔を覆い隠し、そっぽを向く。


「誤魔化してんじゃねぇよ、そんな言葉で……っ」


 誰かに「好き」だと言われたのは、初めてだ。

 それを全身で訴えてこられたのなんて、初めてだ。

 誰からも忌むべき者とされ、避けられ、嫌われてばかりで、かまってくれるのは同胞か、アッシュか、それくらいだった。

 好きだなんて、産まれて初めて言われた。


「だって、好きだもの……だから、ロザさまが自分を粗末にするの、いやだ……こ、殺して、なんて、言って欲しく、ないもの……っ」

「……おれなんか」

「わたしがロザさまを好きなだけじゃ、ロザさまだめ?」


 胸にざっくり入り込んでくる言葉に、動揺なんて見せない。

 エリクは夢を見ているのだ。たまたまエリクを助けたのがロザヴィンだったから、だから好きだなんて勘違いしているのだ。ロザヴィンのその姿に、惚れたなんて幻想を抱いているだけだ。


「……わかった」

「は?」


 唐突に、エリクは理解を示した。それがなにを理解したことなのか、ロザヴィンにはよくわからない。


「わたしがロザさまを殺す」


 瞬間、ロザヴィンは再び呆けた。


「……、おまえが?」

「わたし以外に殺されないで、ロザさま」


 顔を上げて、見つめてきた藍色の双眸は、真剣そのものだった。

 その瞳に、どうしてか、射竦められる。


「わたしがロザさまを殺すの」


 背に回されていたエリクの手が、するりと前に抜けてくる。そのままロザヴィンの首へと、添えられた。


「ロザさまが、ロザさまを要らないなら、わたしがもらうもの」

「……おまえ」


 それは極端だと、ロザヴィンは笑おうとして、笑えなかった。

 なぜだろう。

 エリクなら、自分を殺してくれる気がした。

 それはエリクの本気を感じたからかもしれない。

 餓鬼のくせに、と思った。

 自分だって、まだ子どもの領分にいるくせに。


「要らないんでしょ? だったら、わたしがもらってもいいでしょ?」

「……本気か」

「だってわたし、ロザさまが好きだもの」


 ぐっと、首を絞められる。それは優しい力で、苦しくもなんともない。けれどもその分、エリクの本気が伝わってくる。

 この少女は、本当に、この価値のない命が欲しいらしい。


「おれは人殺しだぞ」

「だからなに」

「また人を壊す」

「わたしたちを助けてくれた」

「偽善だ。おれは罪を許せない」

「なんの罪」

「……おれが、人を壊した、罪」

「わたしには関係ないもの」


 さらに首を絞められた。けれども、それはやはり優しい力で、少しでも抵抗すれば簡単に払えてしまう力だ。

 その優しい力を、頼りないと思いこそすれ、虚勢だとは思わなかった。


「……いいのか」


 それは罪を背負うことへの覚悟。


「わたしがロザさまを殺すの」


 応えに迷いは見えなかった。

 迷いない真っ直ぐな心が、ひどく羨ましい。

 あっさりと、覚悟を持つ心の強さに、ひどく惹かれた。


 いいかもしれない、とロザヴィンは身体から力を抜く。瞼を閉じると、少女のぬくもりがよりいっそう強く、感じられた。


「……好きにしろ」


 呟くように言うと、咽喉を圧迫していた指の力が消える。


「ロザさま……っ」


 ふわりと抱きつかれて、その意外にも柔らかな感触に、涙が滲む。それを隠すように、エリクの背に腕を回して抱き寄せた。


「くそ……っ」


 本当はもう、人を壊したくない。けれども、持って生まれたこの力が、それを許さない。だからそれから逃れる方法を、ずっと捜していた。逃れられない己が罪を、責めることで。

 だからこそ、言えなかった。

 たった一言、誰でもいい、言えれば少しは救われたかもしれないのに、言うことができかなった。アッシュにも、ロルガルーンにも、カヤにも、もちろん兄にも、言えなかった。

 どれだけ楽になるか、わかっていても。

 助けて、と。

 どうしても、言えなくて。

 代わりに、殺して欲しいと、いつも願っていた。

 それを。

 エリクが叶えてくれる。

 言えない言葉の代わりに。







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