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晴れた空が嫌いでした。  作者: 津森太壱。
【晴れた空が嫌いでした。】
14/23

12 : 助けてと、言えなくて。3





 雲一つなく晴れ渡った夜空を眺め、そうして眼下を確認する。

 この高さなら、翼を出せば簡単に下りられる。むしろ暗闇に乗じて空を移動したほうが、誰かに見つかることもないかもしれない。

 よし行くか、とふだんは消えている翼に呼びかける。ばさり、と背に広がった翼は、髪や瞳の色と同じように灰褐色だ。ところどころ土色の部分があって、なんだか斑で汚い。いや、みすぼらしいと言ったほうが正確か。


「……さっさと変わりゃいいのに」


 髪にも瞳にも、過去の名残りはない。もう完全に焼けている。翼だけ焼けずにあるのは、昼間にあまり空を飛ばないからだろう。

 空を飛ぶなら夜だ。夜なら、陽射しを気にしなくていい。


 さて、と窓縁に足をかけたときだった。


「わあ……っ」


 という驚いたような声に、吃驚する。

 振り向くとエリクがいた。


「……なにしてんだ、おまえ」

「え? あ、えと……ロザさまこそ」

「見りゃわかんだろ。出てくんだよ」

「えっ? だ、だめです! まだ怪我が」

「関係ねえ」


 なにをしに来たのかわからないエリクを無視して、ばさり、と翼を動かした。行こう、と空へ羽ばたこうとしたら、足が床から離れる直前に急な重力を感じた。


「……おい」


 ちらりと見れば、エリクにがっしりしがみつかれていた。


「けっかい!」

「は?」

「けっかい、あるって、アッシュさまが」

「……結界?」

「白い魔導師さまに、頼んで、けっかいを……」

「……堅氷か」


 ちっ、と思い切り舌打ちする。

 エリクが言う白い魔導師とは、おそらくカヤのことだ。途中でロザヴィンの監視をやめたと思ったのだが、結界を張って外に出られなくしてしまえば、そばで監視する必要もない。

 腕を思い切り伸ばしてみると、ばちっ、と見えない障壁に攻撃された。


「最悪……対犯罪者用の結界じゃねぇか、これ」


 ぴりぴりと残る痛みに、顔が引き攣る。閉じ込める対象を限定した強力な結界を施していったようだ。いつもは自分が施す側だというのに、腹の立つことこのうえない。


「くそっ……外に出せよ!」


 苛立ちに怒鳴ったら、まだしがみついていたエリクがびくりと震えた。


「ろ、ロザさま……」

「……離せ」

「でも……」

「この状態で、どこに行けるってんだ」


 外に出られない、と苛立ち紛れに雷を障壁に向かって放てば、吃驚したエリクが離れていく。


「怒ら、ないで、ロザさま……だって、アッシュさま、心配して」

「こんな怪我、昔からしょっちゅう作ってる」

「でも、痛いもの」

「痛くねぇよ」

「痛いよ!」


 ロザヴィンの怒気に負けず劣らず、エリクが声を荒げた。


「軽くないって、アッシュさま言ったもの! 休ませてあげなくちゃだめだって、言ってたもの!」

「……なんでおまえが怒るんだよ」

「ロザさまが自分のこと粗末にするからでしょ!」


 大事にしてよ、とエリクは叫ぶ。その目には涙まで浮かべていて、月夜の光りで藍色の双眸がきらきらしている。


「なんでそんなに自分のこと粗末にするの? どうして? 痛いの、いやでしょ? 我慢したって、しょうがないでしょ?」

「うるせぇな……自分のことだ。どうしようが自分の勝手だろ」

「アッシュさま、心配してる。わたしだって。白い魔導師さまも、ロザさまが怖いって、心配してた。みんなに心配かけてるのに、どうしてそう言えるの!」


 矢継ぎ早に怒鳴ったエリクは、ふだんはそれほど怒ることもないのか、肩で息をしていた。そんなに疲れるくらい怒鳴らなくたって、と思う。


 けれども。

 エリクに投げられた言葉は、ロザヴィンに失笑させる。


「さっさと消えちまえばいいんだ」

「……え?」

「おれなんか、消えちまえばいいんだよ」

「! なんでそんなこと言うの!」

「大っ嫌いだからだよ!」

「え……」


 くそ、と悪態つく暇もなく、ロザヴィンは噴き上がってきた苛立ちをそのまま口にする。


 晴れた空が嫌いだった。

 陽光が嫌いだった。

 眩しいものが嫌いだった。

 なによりも、それらを拒絶する自分が、大嫌いだった。


「おれなんか放っとけよ! どうでもいいだろ、おれなんか! 生きてる価値もねぇんだから!」

「……ロザさま、なに言ってるの」

「おれは人殺しなんだよ!」


 晴れた空も、輝く陽光も、眩しいものも、この身には相応しくない。この身には闇と、影と、暗いものが染みついている。手のひらはいつも赤くて、いくら洗っても流れ落ちない。

 魔導師になれば、それが少しは消えるかと思ったけれども。

 消えないものなのだ、それは。


「殺せよ……殺せよ! おれが、また人を壊す前に!」


 膨れ上がるのはいつも怒り。

 どうしても消せないものに対する、悲しみ。

 後悔しても遅いのに、いつも後悔する。

 だから。


「おれを殺せよ、ロルゥ!」


 死にたいのではない。

 殺して欲しい。

 生きることを、強要されることには、もう疲れた。

 生きていても、その罪を贖うことはできないのだ。


「殺してよ…っ…兄さん」


 生きていても、苦しめるだけなのだ。

 生きていることが、苦しませるのだ。


「……ロザさま」

「生きていたくないんだ……っ」


 存在していたくない。

 存在そのものが、苦しみを与える。

 そんなことは、していたくない。

 したくない。


「生きたくない……っ」


 こうして呼吸する、そのことも罪で。

 求めたくないのに、求めてしまう罪。

 だから言ってしまいそうになる。


「いやだ……いやだ、ロザさま」


 いつのまにか蹲って想いを吐き出していたロザヴィンに、エリクが両腕を伸ばしてくる。


「いやだよ、ロザさま…っ…ロザさま」


 懐に潜り込んできたエリクは、ロザヴィンがいやがろうとも、その華奢な身体でいっぱいに抱きしめてくる。


「やめ…っ…はな、せ」

「いやだ! いやだもの!」


 強く腕を回してくるエリクは、ロザヴィンが襟首を引っ張ろうが足掻こうが離れようとせず、ぐいぐいと身体を押しつけてくる。


 感じるぬくもりに、なぜだろう、涙がこぼれそうになった。

 エリクまで、赤いもので汚してしまうかもしれないのに。


「やめろ……おまえ、なにして」

「ロザさまかっこよかったもの!」

「え……」

「助けてくれたとき、ロザさま、かっこよかった! みんなだって、ロザさますごいって、かっこいいって、笑ってた……っ」


 ぎゅうっと、いっそう強く抱きつきながら、エリクは泣いていた。


「みんなを笑顔にしてくれたのはロザさまなのに……どうして、そんな悲しいこと、言うの……いやだよ」


 やめてよ、と言うエリクの声が、ずくりと、胸にきた。


「おまえに……おれの、なにが、わかる……っ」

「わかんないよ! でも……でも、わたし、ロザさまが優しいの、知ってるもの。かっこいいって、知ってるもの」


 それだけで充分だもの、とエリクは言う。たったそれだけで、ロザヴィンのすべてがわかると、言う。


「……なんだよ、それ」


 そんなのは幻想だ。優しくも、かっこよくもない。むしろ情けないだろうと、ロザヴィンは鼻で笑う。


 けれども。


 エリクは顔をロザヴィンの胸に擦りつけながら、首を左右に振った。


「優しいもの……かっこいいもの」

「だから、そんなのは……」


 違うと、言っているのに。


「それがわたしの知ってるロザさま……わたしの……っ」


 押しつけられる感情、気持ち、言葉。

 押しつけられる想い。

 ロザヴィンを温める小さな身体が、ひどく、乱暴に心を揺さぶってくる。


「おまえ……」


 なぜだろう。

 押し返せない。


「なんで、そんなに……」


 たった一度、たまたま通りかかった道で、助けただけ。いや、助けたと言えるほどのことは、していない。おとなの理不尽、子どもにならと許される罪、流される裁きに、腹が立っただけだ。

 それなのに、どうしてエリクは。


「好き」

「……は?」

「わたし、ロザさまが好きだもの」


 袂から聞こえた言葉に、ロザヴィンは呆けた。







え、展開が早い?

気のせいですよ。


このたびも読んでくださりありがとうございます。


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