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晴れた空が嫌いでした。  作者: 津森太壱。
【晴れた空が嫌いでした。】
10/23

08 : 罪は裁かれる。2





 道中で、ロザヴィンはカヤに頼んだ。気になることがあるから、おれは途中で抜ける、表は任せた、と。


「気になること?」

「見つけた餓鬼が、小せぇ餓鬼どもを心配してたんだ。おれはそっちの様子を見て、間に合いそうになかったら連れ出す」

「どこに連れ出す気だ」

「治療院。とにかく子どもらは栄養状態が悪いようだからな。治療院には連絡済みだ」

「……そういうことなら、わかった」


 それは一緒にいるシャンテから離れる口実にもなったが、ロザヴィンにとってもっとも優先しなければならないことだ。エリクという少女の心配を、とにかく一番に排除してやる必要がある。


「院長夫妻に一度は姿を見せる。そのあとは、おれは勝手にさせてもらう」

「そのほうがいいだろうな。治療院への移動方法は?」

「空間転移装置の呪具がある。一つは昨日のうちに治療院に置いて来た。もう一つは、ここにある。これで治療院と道は繋がった」


 空間を移動できる力は、ここにある。必要になればすぐに使える状態にあると言えば、カヤはそれきり口を開くことなく道を進んだ。


 その後、ロザヴィンは宣言どおり、行動を開始した。

 まずは一度、到着したヴィセック孤児院の院長夫妻の、表面ばかりの歓迎を受けた。院長夫妻はまるでとてもいい人に見えたが、夫妻の娘たるエリクの姿を思い出せば、その笑顔も嘘くさく見えて仕方ない。悪態づきたいのを抑えながら、ロザヴィンは院長夫妻の意識が王佐のシャンテに向けられた隙を窺って、一向から離れた。


「……子どもの声が少ねぇな」


 静かなものだ。それは孤児院だという場所には不似合いな静寂だ。まるで、静けさを強要されているように感じる。外で遊んでいる子ども、調書にある人数より少ない。元気もない。


「なあ、おまえら」


 ロザヴィンは、外に出ている子どもたちに声をかけた。


「なぁに、おにいちゃん」

「おまえらのほかに、いねぇの?」

「おれたちのほか? いないよ?」

「なんで?」

「なんでって……だって、おれたちはまだはたらけないんだもん。はたらける子は、みんな外にでちゃってるから」


 ロザヴィンの問いに答えたのは、十歳にも満たないだろう子どもだった。


「おまえらより大きい子たちで、一番歳上は?」

「シェイダンかな? 十六さいだもん」

「ふぅん……おれと同い歳、か」

「おにいちゃん、シェイダンに逢いたいの? 今はむりだよ。おしごとだもん」

「いや、逢いたいわけじゃねぇよ。それより、中にまだ誰かいるか?」

「いるよ。うごけない子たち」


 子どもらの視線が、ひっそりと静かな建物に移る。どの子もいやにおとなしく、冷めた目をしていたが、そこに視線を向けたときは寂しそうな顔をした。

 やはりそうか、とロザヴィンは低く舌打ちする。


「案内してくれ」


 頼むと、それまでロザヴィンの問いに答えていた子どもが、不安げに瞳を揺らして見上げてくる。


「くらいとこに、つれてくの?」

「……どこに連れてくって?」

「くらいとこ。うごけない子は、おきなくなったら、くらいとこにつれてかれる」


 ああ、とロザヴィンは項垂れる。

 なんて、ひどい、状態なのだ。


「暗くねぇよ。明るいところだ」

「あかるい?」

「ああ。おまえらも、おれについて来い」

「おれたちも?」


 おいで、とロザヴィンは子どもたちを促した。

 案内された建物の、その室内は予想していた状態よりも清潔でほっとしたが、寝台に横になっている数人の子どもたちを見たら、やるせなさでいっぱいになった。


「クゥエル、レッセ、みんなも、おにいちゃんが明るいところにつれてってくれるってよ」

「明るいとこ? なにそれ?」

「わかんない。ねえおにいちゃん、おれたち、どこにいくの?」


 病を抱えてしまった子どもを優先的に治療院へ連れ出そうと思っていたロザヴィンだが、こうして今ここにいる子どもたちを集めてみると、全員を治療院へ連れ出したくなった。ひとりひとり、顔を見渡せば、症状は違えども一様に顔色が悪いのだ。


 子どもたちをこんなふうにした、おとなが、許せない。

 その罪は、必ず、裁く。


「おまえら、少しでいいから、動けるか?」

「? たぶん、少しなら動けるよ」

「なら、ここに集まれ。みんな、連れてってやる」

「あかるいとこ?」

「ああ、そうだ」

「そこ、あったかい?」

「ああ、暖かい」


 ロザヴィンは子どもたちを自分の周りに集めると、羽織っていた魔導師の外套を脱いだ。


「あ、はいいろ……おにいちゃん、もしかして、まどうしさま?」


 街の噂でも聞いたのだろう。ロザヴィンの特徴に気づいた子が、数人いた。


「おれが怖いか?」


 問うと、どの子どもも、きょとんとした。


「なんで? おにいちゃん、なにかこわいの?」


 子どもは無垢だ。純真だ。

 その明け透けな姿に、こんなにも救われる。


「行こう」


 脱いだ外套を大きく広げ、集まっている子どもたちの頭上に振りかけるように、ロザヴィンは力を付与させる。シィゼイユに特注で作ってもらった外套はとても頑丈で、空間移動装置たる呪具を縫いつけても、その力に負けることはなかった。

 空間を移動するという負荷を外套に背負わせ、ロザヴィンは最大の力を付与し、呪具を発動させる。


「うわ、まぶしいっ」

「明る過ぎだよっ」


 光った呪具に子どもたちは目を眩ませて文句を言ったが、次の瞬間には、外套が焼き切れると同時に子どもたちの姿はそこから消え去った。


「無事に、移動できたか」


 そよりと名残りの風を残し、外套だったものの欠片が宙を舞う。

 大きく息を吸って吐いて、ロザヴィンはどっと襲ってきた疲労に足を床に崩した。


「ごめん、シゼさま……壊した」


 欠片しか残らなかった外套は、空間転移という強大な力の負荷が重過ぎたようで、まもなくして塵と化し、さらりと消える。高いものだったろうになぁと思うと心が痛んだが、こういうことに使ったのだと説明すれば、贈ってくれたシィゼイユも許してくれるだろう。

 外套を壊したことに、後悔はない。

 子どもたちは無事、治療院へ送ることができた。


 はあ、と大きく息を吐き出す。


 そうして。


「おいおい餓鬼がいねぇじゃねぇか。ああ? こりゃどういうことだ」

「お? 待てよ、ひとりいるぜ」


 子どもを虐げる黒いものが、都合よく現われてくれた。







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