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ch.7 ハジキに勝るものなし

「嫌ですよ。痛いのとか、怖いのとか」

 下を向いたままのコノエ君は泣きそうに見えるが、どうなんだろうか。よくわからないが、泣いてもおかしくなさそうな顔には見える。


「1回だけ抵抗しとけば、1回ボコボコにされるだけで済むと思うよ。そしたら、ずーっとお金を取られ続けるってこともなくなると思うんだけど」

「だから、そのボコボコになるのが怖いんですよ」


 なるほど。ボコボコにされるのは、確かにつらそうだ。

 かわせるので、そんな心配をしたこともなかった。


「じゃあ、また明日ね」

「はい。あの……本当にすみません。ありがとうございます」


 コノエ君はこの間のオウガ君のように、ビシッと頭を下げて出て行った。

 ドアが閉まると同時に、ベッドに寝転んだ。


 他人といると、どうも疲れる。

 その人がいい人だろうとなんだろうと。


 それにしてもコノエ君が恐れるボコボコ。

 つらそうだとは思うけど、どれぐらいなんだろう?


 ドミトリーに門限はない。

 しかし子供は暗くなってから出歩いていると、川倉のおっさん達にぶん殴られるので、日が沈んだらみんな帰ってくる。


 外はまだ暗くはなっていない。


 だめだ。どうしても気になる……。

 よし。

 例の『彼』に、ちょっとだけボコボコにしてもらってみよう。


 俺は起き上がると、部屋の外に出た。


 シャリシャリと砂の音をさせながら、コンクリの階段を下りる。

 俺にとってはこういう階段とかの方がずっと怖い。



 中1のころ、学校の階段で転んだ。

 今のように、砂っぽくて滑ったせいだ。


 なんとか下の段に足をついたんだけど、その時にバレリーナのようにつま先立ちになった。

 足首の関節が少しだけ逆に曲がるほどの力が掛かり、それまで感じたことのないような痛さを感じた。


「痛ぁぁ!」

 思わず叫んだが、叫ぶのと足首を両手で押さえるのが、麻酔代わりになっていたと思う。


 痛いと騒いでいると教師が俺をめんどくさそうに台車に乗せて、騎炉南病院に連れて行ってくれた。


 2倍ぐらいの太さになる足首を見て、もう歩けなくなるのかなと少し残念な気持ちになったが、実際は靭帯損傷で後遺症も残らなかった。



 というのが、俺の記憶にある唯一の激痛体験だ。


 怖い階段を下りて外に出ると、お目当ての人物を探して歩き回った。

 ドミトリー近くの運動場、大公園、灯台広場と歩いたが、収穫はなかった。


 諦めて帰る途中、小さな児童公園の公衆トイレに寄った。


 弾丸の痕が何個も残る、ボロボロのトイレ。

 見た目はどうでもいいんだけど、この街のトイレはどれもこれも、とにかく臭すぎてつらい。

 公衆トイレは風通しが良くて、まだマシだけど、学校やドミトリーみたいな屋内のトイレは生きていられないぐらい臭い。


 必死に浅い息をしながら用を足して、外に出る。

「ぷはっ!」

 トイレの壁に寄りかかって深呼吸をすると、生ゴミ臭混じりの空気が、爽やかに感じられた。


 日が傾き始めている。


 帰ろうかな……。


 そう思って、トイレの壁に寄りかかったまま公園を見ると、20メートルぐらい先に目当てのオウガ君がいた。


 というか、ケンカっぽい雰囲気になっている。


「あんまり、うちの学年ばっかりいじめないでくださいよ」

 頼んでいるのは、ロン毛の男子。

 見たことがある。多分後輩だ。


 その後輩君が、オウガ君とカゲスゲ君に頭を下げている。

 オウガ君達2人は、腐りかけた木のベンチに腰掛けている。


 メインで会話しているのは、カゲスゲ君だ。

「ヒーローごっこ始めたの? ヤマナシ?」


 ヤマナシ君? 聞いたことがある。


 ヤマナシ君は、困りながらもがんばって2人に笑いかけている。

「カゲスゲ君。俺達、もうちょっと大人になろうよ」

「は?」


 カゲスゲ君が立ち上がって、ヤマナシ君の胸を小突く。

「俺らガキか!?」

「いや、そう言うつもりじゃ――」


 一瞬でカゲスゲ君の左の拳が、ヤマナシ君の顔に当たる。


「え!?」

 ヤマナシ君の行動に、俺は呆気にとられた。


 ヤマナシ君は首に力を入れ、殴られた頬でカゲスゲ君の拳を押し返したかと思うと、一瞬のうちに両手でカゲスゲ君の首を絞めた。


「くほっ……」

 呼吸を遮られたカゲスゲ君が、苦しそうに首に掛かった手を剥がそうとするが、ヤマナシ君はかまわず絞めあげる。


 それからヤマナシ君は彼を横に投げ飛ばしてしまった。


 カゲスゲ君は一度片足をついたけど、堪えきれず、パサッと静かに倒れた。


 カゲスゲ君がうずくまって咳をしている間に、ヤマナシ君は座ったままのオウガ君の前に立つ。


 遠くで耳につく甲高い汽笛が鳴り、バァーッと機銃の音がする。

 沿岸警備隊の巡視船だ。訓練だろう。


 オウガ君は少し驚いた顔をしているが、どこか余裕を感じる。

 なぜだ?


 ヤマナシ君は少しだけ息切れしたような調子で、言った。

「もうやめましょうって」


 ここに来て、まだそんなことを言うのかと驚いた。

 正直言って呆れたけど、いい奴そうだなとも思った。


 と突然、オウガ君が何か決心したような顔で立ち上がった。


「ん!?」

 ヤマナシ君が一歩下がると、オウガ君は右のポケットから拳銃を出した。


 頭がぐわーっとなって、よくわからなくなった。

 何かしたいけど、足が動かない。


「文句あるんなら言えよ」

 オウガ君のその声が、随分遠く聞こえた。


 ヤマナシ君もオウガ君も、2人ともどこかぼーっとしている。


 俺もだ。

 これは現実なのか?

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