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ch.32 いつかわかる。俺の丁と半

 疲れ切っていた俺はユキと話した後、少し部屋で寝させてもらっていたけど、追い出されてしまった。


 6番街に看板の仕事をしに行くのに、俺がいたら鍵を掛けられない。

 そう言われたので仕方ない。


 寝不足と疲労で歩くのもしんどい。

 日差しも強いところを見ると、午前10時とか11時とかそんなもんかなと思う。

 人通りもあって、騒々しくバタバタ走る小学生集団とすれ違う。

 うるさいんだけど穏やかな、いつも通りの日曜。


 俺は7番街のマエハラ通りに向かっていた。

 ギャングばっかりの7番街、できれば行きたくはないんだけど。


 マエハラ通りに入ってから、お金を持ってくればよかったと後悔したけど、今日はコロッケの屋台は出てなかった。


 ナカサワダさんの事務所の前で、前に来た時とは違うギャングのお兄さんに止められた。

「小僧、どうした?」

「すみません。銃を渡したくて、直接会わせてもらえませんか?」

「イズミさんにか?」


 イズミさん? ナカサワダさんのことかな?


「はい。お願いします」

 適当に答えると、しばらく待たされてから、無事に前と同じ部屋に通してもらうことができた。


 部屋に入ると、事務机の前に座っていたナカサワダさんが、缶ビールを持って立ち上がった。

「あれ、今日は相棒とは一緒じゃないのか? あの、ほら。例の強い奴」

 エドのことかな?


「連れてきた方がよかったですか?」

「いや。何の用で来たんだ?」

「これ、渡しといた方がいいかと思って」


 ナカサワダさんに促されて、フカフカのソファに座ると、俺はポケットから昨日奪った拳銃を取りだした。

 ポケットに入れるなと言われてはいたけど、やっぱりポケットが一番しまいやすい。


 前と同じように両手で差し出すと、ナカサワダさんは受け取らずに聞いてきた。


「拾ったのか? それとも、誰かから買ったのか?」


 答えによっては怒り出しそうな、面倒な大人の顔だ。


「奪いました。襲われたんで」

「誰からだよ?」


 答えようか迷った。

 ナカムラさんの名前を出して、あの人が誰かに詰められたら、また恨みを買うような気がした。


「嘘ってのはバレるんだからな。奪ったんじゃないなら、本当のことを言え」

 エドがいたときとは、ちょっと印象が違う。


「内緒にしてもらえるなら言いますよ」

 怒られるかな。


「なんで内緒にしてほしい? その理由はなんだ?」

「これの持ち主だった人が、誰かに責められたりしたら、俺達がまた恨まれますから」


 ナカサワダさんは、あれっという顔になった。

「昨日の7番街で取ったんだよな?」

「いえ、TCです」

「TC? なんでそんなとこに? 誰とケンカしたんだよ?」

「ナカムラさんです」

 あっ、言っちゃった……。


 けどナカサワダさんは、ナカムラさんの名前にも無関心な様子で話し続ける。


「じゃあ、トサカ十字路の銃撃戦は見てないのか?」

「トサカ十字路で?」


 ずっと銃を差し出している俺の両手が疲れてきたのに気付いてか、ナカサワダさんはそれをサッと取り上げた。

 そしてポケットから手拭いを出すと、銃を拭きながら話してくれた。


「俺達が縄張りにしてるこの7番街で商売してる連中と、前から揉めててさ。とうとう川倉さんから『潰せ』って命令が出たんだ。昨日、若い連中が10人ぐらいで潰しに行ったんだよ」


「じゃあ昨日聞こえてた銃声は?」

 ナカサワダさんが頷いた。


「邪魔は全員殺した。だけど、こっちの若い奴も3人殺された」

「撃たれて死んだんですか?」


 手拭いが止まった。

「お前も昨日、撃ったのか?」

「撃ちましたけど」


 弾倉を開いて、俺を覗き込み、怒ったような顔で聞く。

 その顔には何か、怒りとは違うものが込められているようにも思えて来た。


「俺が怖くないのか?」

「怒らせたくはないと思ってます」


 ナカサワダさんが顔を緩めて、フッと笑った。

「案外、お前みたいなのが将来、俺達にとって代わったりするのかもな」

「代わり?」

「俺は今でこそ、川倉さんの元で幹部をやってるが、その前はずっとアオキさんて人の配下にいた。アオキさんてのは、『港湾労働者組合』ってのを立ち上げた人でな」

「コーワン……?」


 一体、何の話だろう?


「労働者組合。みんなが平等に仕事にありつけるようにって、善意で作った組合さ。ところが組合が大きくなって金が集まりだすと、アオキさんは変わった。労働者を売り物に荒稼ぎして、7番街で違法な商売をし始めた」

「コワキ通りの、大人のお店ですか? 違法風俗って」

「そうだ。コワキ通りをあんな風にしたのは、アオキさんだ。この騎炉区で銃を使う奴が増えて、住んでる奴が外に出られなくなったのも、同じ時期だ」

「そうだったんですか」

 知らなかった。


「アオキさんの後に仕切ったのが昨日潰した奴らだ。『派手に咲き誇っては散る』、みんなその繰り返しだ」


 クミアイ、昨日の奴ら、川倉さん……。

 じゃあ次は?


「お前を見てると、どっちに染まっちまうのか心配になるよ」

「どっちって?」


 ナカサワダさんはゆっくり、カチリと弾倉を戻して俺を見た。


「バカっぽいけど目は優しい。お前は多分、まともな奴だ」


 その目を見返すと、ナカサワダさんは銃をかざして言った。


「銃を向け、虚勢を張り合う。そんなバカどもに混ざるなよ」


 親切で言ってくれていると感じたけど、正直に答えた。


「そういうバカな人達のおかげで、俺はこの街が大好きなんです」

「な、なに?」


 この人まで、そんなびっくりした顔をするのか。


「バカな人って、考えも行動もすぐわかるから。俺は安心するんです」


 何秒か、ぼけっとした後、ナカサワダさんが笑い出した。


「ハハハ! なるほど! それはそうかも知れねぇな!」



 多分、この人は俺を少し知ったことで、『死んでほしくない』と思ったんじゃないだろうか。



 勝手な推測だけど。

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