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ch.30 タガ流

 スキンヘッドは俺に、俺はうずくまるナカムラさんに。

 それぞれ銃を向けて睨み合っていた。


 正直、勝算があった。

 スキンヘッドが俺を狙って撃ったところで、まず当たらないだろう。


 だからホベタンを逃がすなら今だ。


 唯一の問題は、カゲスゲ君が俺の背後に来てしまったことだ。

 これでは俺がよけた弾丸が彼に当たりかねない。


 そこでカゲスゲ君に頼んだ。

「カゲスゲ君。ホベタンを連れ出したげて。邪魔が入ったら、俺が撃つから」

「え?」


 カゲスゲ君はちょっと困りながらも、ゆっくりとホベタンの方へ歩き出してくれた。


「おい!」

 スキンヘッドがカゲスゲ君に銃を向けた。

 それを見て俺は、とっさにスキンヘッドの近くの地面に向けて撃った。

 威嚇だ。


 パン!


 撃ったその瞬間に銃が飛び跳ねて、危うく落とすところだった。

 耳は思ったより平気だった。


「ぎゃあぁ! 撃たれたぁ! 足撃たれた!」

「え? 撃ってないよ?」


 おかしいなと思ってスキンヘッドのズボンを見ると、確かにすねのところがちょっとだけ擦り切れて、血が滲んでいる……。

 あ! そうか!


「ごめん! 弾が跳ねたんだ!」


 けど足の傷はどう見てもかすり傷。

 なのに、スキンヘッドはパニック状態だった。


「おい! こらぁ! 殺すぞ!」


 また銃を向けられたけど、何も感じない。

 殺すぞってみんな言うけど、本当にみんな殺さない。


 俺は銃を向け返して、スキンヘッドに近づいた。


「おい! マジで撃つぞ!」

「いや、撃つ気ないでしょ」


 その時、後ろから誰かが襲ってきたのを感じて振り返った。

 倉庫の明かりが逆光になって、前が見えなくなった一瞬、何かが顔の前で空を切った。

 感じ取れたから良かったけど、危なかった。


 それは小さな金づちを持ったヤンキーの一人だった。


 恐れていたことが起きた。

 倉庫にいるヤンキー達、7人だか8人だか知らないけど、全員で来られたらさすがに負けると思う。


 大人しくしてくれてると思ったのが、甘かった。

 こうなったら、この金づちヤンキーも撃って、脅かしてやるしかない。



 ヤンキーの金づちをもう一度よける間、そんな考えに至った。

 だけど、そのヤンキー達と同じような発想を体が拒む。



 早く撃たないと!

 そう思っても、銃を人に向けて撃つのはどうなのか。


 金づちが再び振り上げられた。


 その時、少し離れたところから落ち着いた声が聞こえた。

「もう、やめようぜ」


 近づいてきたその人の顔が、倉庫の明かりに照らされると、目の前のヤンキーが金づちを下ろした。

「タ、タガ?」

 金づちヤンキーがボソッと言うのを聞いて、まさかと思ったけど、それは本当にタガさんだった。


「なに泣いてんだよ、ナカムラ。あ、腹刺されてんのか」


 タガさんは、ハーパンに七分丈のシャツといういつもよりはラフなかっこで、ナカムラさんのそばにしゃがんだ。


「もう勝てないってわかっただろ?」


 みんながタガさんの声に聞き入ってる間にカゲスゲ君を見ると、ホベタンと一緒にヤンキーに囲まれていた。

 これじゃ人質が増えただけじゃないか。

 タガさんが説得できるとは思えないし、どうしたものか……。


 そう悩みながらカゲスゲ君をよく見ると、急に倉庫の奥の方を見てニヤッとしだした。


 と同時に、倉庫の奥から次々と知ってる顔が出てきた。


 ヤマナシ君とエドを先頭に、オウガ君や仲間達がゾロゾロと来た!

 どこから……?


「挟み撃ちっすね」

 ヤマナシ君が嬉しそうに、細長い工具を構えた。よく見たらみんな工具を持っている。


「タガ? こいつらはお前が?」

 ナカムラさんがショックを受けた表情で、タガさんを見上げた。


「いや。みんなの意志だよ」


 ジャリッ


 足音がした方を見るとスキンヘッドがタガさんに銃を向けていたので、俺は慌ててスキンヘッドに銃を向けた。


 ところがタガさんは俺に手で銃を下げるように合図して、スキンヘッドに近づきながらゆっくりと話した。


「今、ガチのケンカになったら、負けるのはお前らだぞ?」

「だったらなんだよ? やんなら来いよ!」


 まだ強がっているスキンヘッドにタガさんは、頼み込むような笑顔で言った。


「いいから、病院連れてってやってくれよ」

「うるせぇよ!」


 タガさんは呆れたようにため息をついて、またナカムラさんのそばにしゃがむと、丁寧に頼んだ。


「俺も偉そうにして悪かったよ」

「えぇ?」

 それまで、自分のケガのことで頭がいっぱいのように見えたナカムラさんが、夢から覚めたような顔でタガさんを見返した。


「謝る。だから、みんなに引き上げるように言ってくれないか? お前の言うことしか聞かないみたいだからさ」


 ナカムラさんはタガさんとしばらく目を合わせた後、少し落ち着いた様子で膝立ちになった。

 すごく静かだった。

 いつの間にか、遠くの銃撃戦の音も聞こえなくなっていた。


 ナカムラさんの泣きはらした目。

 とても先輩とは思えなかった。


 俺に刺されてからずっと苦しんでいたナカムラさんは、ここで初めて倉庫の様子に気付いた。

 エドやオウガ君達は、相変わらず工具を構え、油断なくヤンキー達を見張っている。


 ホベタンとカゲスゲ君が、なぜか気の毒そうにナカムラさんを見ている。

 タガさんはうっすらと笑顔を保ったまま、返事を待っている。


 ナカムラさんは、両手でお腹を押さえながら、足をガタガタ震わせて立ち上がった。


「引き上げるぞ」

 震え、わななく、弱々しい鼻声。

 ヤンキー達は肩を落として、その場に突っ立った。


 カゲスゲ君がホベタンを連れて、先にドミトリーに向かい始めたのに気付いて、俺は倉庫の仲間達を見た。


 みんなそれぞれに、外に出て来てる。

 タガさんはナカムラさんに肩を貸そうとしたけど、手で拒まれ、スキンヘッドがその役を引き受けた。


 俺は銃をポケットに入れると血の付いたナイフを拾って、タガさんに渡した。

「あの、これナカムラさんのです」

「ん? ああ」


 タガさんは俺が畳めなかったバタフライナイフをササッと閉じると、ナカムラさんの尻ポケットに入れた。

 そして俺に言った。


「エザキも帰んな。月曜日、授業と研修終わったら会いに来てくれよな」

「あれ? タガさんは?」

「俺は一緒に病院行くから。先帰っててくれないか?」

「え? 大丈夫ですか?」


 タガさんは俺を見ずにサムアップだけして、スキンヘッドと一緒にナカムラさんに肩を貸した。

 嫌がられるんじゃないかと思ったんだけど、ナカムラさんは何も言わなかった。


 急に疲れが出て、茫然と立っていると、エドに腕を叩かれた。

「エザキ、行こうぜ。聞きたいことが山ほどある」

「ああ」


 エドと並んで歩きながら、上を見上げた。

 明かりの無い真っ暗なTCから見上げる夜空には、凄い数の星。

 足元の石に何度も躓きながら眺めていると、エドが笑った。


「やっぱり、度胸とかそういうのじゃないよな。お前のそういうの」

「いや、今日は怖いって感じたよ」


 4番街から戻る道は俺たち以外誰もいない。

 みんな7番街に遊びに行ってるか、疲れ果てて寝てるんだろう。


「何が怖かったんだ?」

「ナカムラさんがホベタンに銃を向けた時、ホベタンが死ぬのは嫌だなって」

「嫌なだけかよ」


 また笑われたけど、ちゃんと説明するのが難しい。


「オウガと一緒に、タガさんに来て欲しいって頼みに行ったらさ、それはお前の意志かって聞かれたよ」

「意志?」

「メンバーがバラバラに独断で行動するのが、お前らの流儀かって、聞かれてさ。エザキはエザキ流に、俺は俺流、みんながみんな流にやってますって言ってやったら、急に嬉しそうに『じゃあ、俺もタガ流でいくよ』って言って、来てくれた」


 なんだそりゃ?


「そっか……。なんか、よくわかんないけど、助かったよ」


 そう言いながら、大事な質問を思い出した。


「それより、なんで倉庫の奥から出て来たの? ずっといたの?」


 エドは心底呆れたっていう顔で、俺の腕にパスッと拳を当てながら、また笑った。

「おまえ、あの倉庫、覚えてないのかよ!? ヤマナシに教えてもらったろ?」

「ヤマナシ君……あ! 地下の!?」

「そうだよ。暗闇の中で裏に回って、グレーチングを外して、換気口から地下に入ったんだよ。あのヤンキーどものびっくり顔がまた傑作でさ!」



 誰も死ななくて、本当に良かった。

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