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ch.25 子どもを、子どもと呼ぶ子供

 クリスマス前の筆記試験。

 本当に危なかったけど、どうにか港湾工学校への進学ができそうということで、ホッとした。

 と言うか、採点をした担任が後からぶっちゃけたのは「今年の3年生は出来が悪すぎるから、授業を聞いていたと分かる人は全員合格にした」ということだった。

 本当にホッとした。


 ちなみに一番成績が良かったのは、なんとエドではなくホベタンだった。

 人は見かけにも振る舞いにもよらない。


 とはいえ、まだ安心はできない。


 この街でまともな仕事につきたければ、高校を出ておかないといけないし、もし就職できなければ、ギャングのパシリにされて、違法なお店とかで働くはめになる。


 川倉の下っ端がどんなに大変かは散々聞かされている。

 ヘマをすれば暴力。

 ときには命令に従って、誰かに暴力を振るわないと、自分が痛めつけられることさえある。


 だけど女の人はもっと大変だと、この日知った。


 土曜の朝。

 すっかり通い慣れていた俺は、いつものように椅子に座って絵を眺めていた。


「この街で若い女ができる仕事って言ったら、結局は男のための仕事ばっかりなのよ」

「なんとなく、そうなのかなって思ってた」

「この街で男に逆らうと、襲われるだけだしね。女にとっては最悪の街」

「襲われる?」

「意味わかるでしょ」


 よくわからなかった。


 ユキは自分が飲み終えたアイスティーのグラスを流しに置くと、こっちに来て俺の手を引いた。

 そして2人で一緒に、床の上に寝転がる。


「テレビとか大っ嫌い。愛とか恋とか、そんなんでイチャイチャするなんて、絶対にありえないから」

 同じ話をもう何回も聞かされている。なんでだろう?


「でも、チカちゃんのことはいつも可愛いって嬉しそうに話すじゃない?」


 チカちゃんというのは、ユキのまだ小さい娘だ。

 普段はドミトリーに預けられてるけど、一時帰宅のとき、たまたま会ったことがある。

 小学校低学年ぐらいかな? ユキの目を大きくしたような顔の、人懐っこい子だった。


「そりゃ、子どもは可愛いよ。でも、ちょっとそういうのとは違う話なの」

「でも、子どもを作る本能なんじゃないの? そういう、イチャイチャするのは」

 てっきりそう思ってた。


「昔、水路に赤ちゃんを捨てる女達がいたって聞いたことない?」

 思わずユキの方を見ると、無表情で天井を見ていた。


「好き放題する男と、欲しくない子供を捨てる女。子供が捨てられなくなったのは、保護施設とドミトリーが出来たおかげ。ひどい話でしょ」

 シリウス区では捨て子なんて見たこともないし、水路に捨てられたりすれば大変なニュースになったと思う。


「女の人には産みたいって本能はあるの?」

「産みたいって思ったことはないよ。ただ産んでみたら、かわいくてしょうがないけどね」

「そっか……」


 よくわからないけど、気を付けた方がいいことがいろいろありそうだ。


「キューはしなさそうだけど、女遊びって本当に残酷だよ」

「うん。でも、ユキといるとムズムズする」


 天井を見ながら、ムズムズをどうしたらいいか考えた。


「初めて見たときもそう。キューは、いつも興味とか好奇心ばっかり」


「ユキの……全部が見てみたい」

 言ってから、まずいことを言ったかもしれないと思った。


 ユキが驚いた顔でパッとこっちを見た。

 けど、2人で目を合わせていると、その顔は笑顔になった。

 戸惑った。


「な、なに?」

「まだムズムズしてる?」


 無意識に、ユキの手を握った。

 なんでそんなことをしたのか、わからない。


 そのまま目を合わせていたら、突然ユキが俺の首にキスをした。


「い、いたた!」


 吸血鬼みたいに強く吸われて痛かったけど、そんなに嫌でもなかった。


「ママ、いるの?」


 チカちゃんの声がして、ユキが飛び起きた。

 そうか、子どもには見つかりたくないのか。


 チカちゃんは、眠そうに奥の部屋から出て来た。


「キュー、座ってて」

 そういうと、ユキは何事もなかったように冷蔵庫に向かった。


 近くに来たチカちゃんに、なんとなく笑いかけた。

「寝てたんだ? おはよう」

「キューお兄ちゃん。おはよう。アップルジュース飲みたい」


 見越していたように、ユキがジュースの入ったコップをテーブルに置いた。

 それから俺の前にはアイスティーが置かれ、ユキは何やらご飯をこしらえ始めた。


 チカちゃんは椅子に座ると、背筋を伸ばす。

 そして手と顔だけをテーブルの上に出して、両手でコップを掴んで飲み始めた。


「キューお兄ちゃんは、ママの彼氏なの?」

「え? いや、どうだろう……?」

 違うとも言えず、横で卵をといているユキを見ると、笑うだけで何も答えない。


「首に何かついてるよ?」

「え?」


 チカちゃんは椅子から降りると、俺の首に触った。


「ほらここ。チョウチョさんみたいになってる」

「え? あれ?」

 ユキに吸い付かれたところだ!

 それと同時にユキが吹き出した。


「これなに?」

「こ、子どもは気にしなくていいよ」

 これがキスマークってやつか? 馬に焼き印するような感じなのかな。


「中坊だって子どもじゃん」

「うん。まあ、そう言われればそうだけど」

 でも君には俺のムズムズはわからない。


「食べな」

 ユキがご飯を並べ始めたので、椅子から立ち上がって、ユキに椅子を譲りながら言った。


「そろそろ行くよ。チカちゃん、またね」


 いつもそうしているように、ユキと目を合わせてから玄関に向かった。

 いつも通りなんだけど、今日はなんとなく恥ずかしかった。


 玄関のドアを開けると、強烈な日差しが目に入る。エアコンに慣れた首筋がぼわっと熱くなる。

 さて、どこに行こう?


 外に出ようとすると、ユキが俺の手を掴んだ。

「どこ行くの?」

「え、ああ、たまにはコロッケでも食べに行こうかななんて」

 出まかせだ。別にお腹はすいてない。


「今度ね」

「え?」


 何の話?


「だから、いつかしようね」

「え?」


 何を?


 一度、顔を引いて呆れたという目で俺を見たユキだったけど、急にまた両手で俺の顔を持ってキスした。


「もっと大人になったらね」

 そう言うと、ドアを閉めてしまった。


 閉まったドアの前で、しばらく考えていた。


 何を考えていたのかは、うまく言い表せない。

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