偽聖女の作り方
エリザベスの朝は、祈りから始まった。
神に向けたものではない。
鏡の前に立ち、自分の表情を確認するための“確認作業”だった。
口角の上げ方。
視線を落とす角度。
相手が年配か、子どもか、貴族か、平民かで変える呼吸の速さ。
「――違うわ」
呟いて、やり直す。
聖女は、感情をそのまま出してはいけない。
だが、冷たくもなってはいけない。
「この人のために祈っている」
そう錯覚させる距離感。
それを叩き込んだのは、王妃だった。
「人はね、奇跡そのものよりも、
“奇跡を信じた自分”を愛するのよ」
微笑みながら語る王妃の言葉を、エリザベスは今でも覚えている。
5年間にも及ぶ教育は、徹底していた。
貴族令嬢としての教養。
神殿内で浮かないための立ち回り。
派閥関係と、誰が王権寄りか。
そして――
「あなたの癒しは、見せ方に工夫を凝らさなければなりません」
そう教えたのは、現役の神官でありながら王の密命を受けた男だった。
後に枢機卿となる、スパイ司祭。
「水魔法は輝かない。
だからこそ、“祈った結果”に見せねばならないのです」
癒す前に、必ず祈る。
治す順番は、重症者からではなく、見られている相手から。
「あなたは、癒しの使徒であるとともに、舞台役者となるのです」
その言葉に、エリザベスは小さく頷いた。
――人を救うために、嘘をつく。
それが、正しいと教えられた。
5年後の春に学園に入った。
貴族の努めであるため、それ以上に聖女であると見せるため。
学園に入ってからは、さらに忙しくなった。
信者は、子どもから作れ。
友人を作り、悩みを聞き、泣かせ、最後に癒す。
すると、彼らは言うのだ。
「エリザベス様のおかげで」
その言葉を聞くたび、胸の奥が少しだけ痛んだ。
それでも、やめることはできなかった。
―――エリザベス様は聖女である。
広まった噂が神殿を動かすまでは。
アルシンド殿下は、いつも近くにいた。
廊下ですれ違えば、必ず立ち止まる。
視線が合えば、微笑む。
声をかければ、誰よりも長く話そうとする。
「君は、変わらないね」
ある日、そう言われた。
「昔から、ずっと優しい」
エリザベスは、仕込まれた通りに微笑んだ。
「恐れ入ります」
その距離が、彼には耐えられなかった。
「……君は、俺を見ない」
呟きは、誰にも聞こえないほど小さかった。




