氷の王子の甘い朝
小鳥のさえずりと、カーテン越しに差し込む柔らかな陽光。
王宮の寝室で目覚める朝は、いつだって平和の象徴だ。
……と言いたいところだけれど。
「……あの、ルーカス様。そろそろ起きませんと」
「あと五分」
「さっきも仰いましたわ」
わたくし、セレスティーナは困り果てていた。
ベッドから抜け出そうとするわたくしの腰には、鋼のような腕がしっかりと巻き付いている。
背中には、夫であるルーカス様の体温と、均整の取れた胸板の感触。
彼はわたくしのうなじに顔を埋めたまま、テコでも動かない構えだ。
「今日は隣国との通商会議でしょう? 遅刻したら、またリリアさんが胃薬を飲むことになりますわよ」
「構わない。リリアなら喜んで私の代理をするだろう」
「無茶を言わないでください」
わたくしは苦笑して、彼の腕を解こうとした。
けれど、ビクリともしない。
それどころか、さらに強く抱きしめられる。
左手の薬指にはまった指輪が、カチリと音を立てた。
ドクン。
指輪を通じて、彼の感情が流れ込んでくる。
(……ああ、なんて甘い)
それは「痛み」ではなかった。
この指輪は『痛みを半分こ』にする魔法がかかっているけれど、平穏な時はこうして『幸福』も共有してしまうのだ。
――行きたくない。
――ずっとこうして、セレスの匂いに包まれていたい。
――愛しい。柔らかい。誰にも見せたくない。
言葉にするよりも雄弁な、溶けるような愛情の波。
普段、外面は「冷徹な氷の王太子」として振る舞っている彼が、内心ではこんなにデレデレだなんて、国民は知るよしもないだろう。
「……ルーカス様。心の声が、ダダ漏れですわ」
「仕様だ。君にだけは隠し事をしたくないからな」
彼は開き直って、わたくしの首筋にチュッと音を立てて口づけを落とした。
ゾワリと甘い痺れが走る。
まずい。このままではわたくしまでダメになってしまう。
「だ、ダメです! 起きますよ!」
「……セレス」
「なんですか」
「充電だ。あと三十秒だけ」
彼は子供のように呟くと、わたくしを抱き枕のようにして深呼吸をした。
指輪から伝わってくるのは、深い安らぎと、全幅の信頼。
かつて孤独に凍えていた彼が、今はこうしてわたくしに体温を預けてくれている。
そう思うと、無理に引き剥がすのも躊躇われた。
(……仕方ありませんわね)
わたくしは観念して、彼の手の上に自分の手を重ねた。
三十秒だけ。
そう思って目を閉じた、その時だった。
『ママ! パパ! あーさーだーよー!』
ドスン!
空から黄金の塊が降ってきた。
聖杯だ。
この子は遠慮というものを知らない。
わたくしたちの間に強引に割り込み、冷たい金属のボディを擦り付けてくる。
『おなかすいた! 魔力ちょうだい! あとパンケーキも!』
「ぐっ……!」
ルーカス様が呻いて目を開けた。
甘い雰囲気は一瞬で霧散する。
彼の周囲の気温が、カクンと氷点下まで下がった。
「……この、空気が読めない金メッキめ。溶かしてインゴットにしてやろうか」
『キャー! パパがこわい! ママ、あそぼ!』
聖杯はルーカス様の殺気などどこ吹く風で、わたくしの周りをブンブンと飛び回る。
わたくしは笑いながら身を起こした。
「ほら、ルーカス様。この子が起こしてくれましたわ。行きましょう」
「……チッ。あとで覚えていろよ」
ルーカス様は不機嫌そうに聖杯を睨みつけたが、わたくしの方を向くと、一瞬で蕩けるような甘い顔になった。
「行ってきますのキスは?」
「まだ着替えてもいませんわ」
「先払いだ」
有無を言わさず、唇を塞がれる。
指輪から、じんわりとした幸福感と、「やっぱり離れたくない」という名残惜しさが伝わってきた。
わたくしの朝は、かつてのシナリオにはなかった、甘くて騒がしい幸せに満ちている。




