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【SS追加!】悪役令嬢ですが、回復魔法しか使えないので平和に生きます!  作者: 九葉(くずは)
最終章

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第11話 凱旋パレードと、純白の目覚め

 鞄の中でカサリと鳴る羊皮紙の音が、この数日間の悪夢が幻ではなかったことを教えてくれる。


 馬車の窓枠に頬杖をつき、わたくしは流れる景色をぼんやりと眺めていた。

 国境の砦でのオペレーションから数日。

 腐食した大地を後にし、ひた走ってきた馬車列は、ようやく王都の外壁を捉えていた。

 身体の芯に残る倦怠感は、魔力を使い果たした代償だ。

 けれど、その重みさえも心地よい。

 隣に座るルーカス様の手が、わたくしの膝の上で重ねられている。

 その体温を感じるだけで、張り詰めていた神経がほぐれていくようだった。


「……随分と騒がしいな」


 ルーカス様が窓の外を見て、微かに眉をひそめた。

 彼の視線の先。

 王都の正門前には、黒山の人だかりができていた。


「セレス様ー!」

「殿下ー! ありがとう!」

「戦争が終わったぞー!」


 地響きのような歓声。

 花びらが舞い、色とりどりの紙吹雪が空を埋め尽くしている。

 わたくしたちの馬車が門をくぐると、爆発的な「万歳」の声が鼓膜を叩いた。


「……お忍びで帰る予定ではなかったのですか?」

「そのつもりだったが、どうやら情報が漏れていたらしい」


 ルーカス様が苦笑する。

 その視線が、馬車の前方を走る一台の車両に向けられた。

 そこには、リリアさんをはじめとする親衛隊の面々が乗っている。

 彼女たちは窓から身を乗り出し、満面の笑みで民衆に手を振っていた。


「あの方たちが広めたのですわね……」

「まあ、許してやれ。彼女たちにとっても、誇らしい戦果だったのだろう」


 ルーカス様の手が、優しくわたくしの髪を撫でた。

 耳元のアメジストが小さく揺れる。


「それに、民も安心したいんだ。君という『平和の象徴』を見て」


 平和の象徴。

 また大層な肩書きが増えてしまった。

 わたくしは小さくため息をつき、それから覚悟を決めて窓を開けた。

 

 ワァァァッ! と歓声が倍増する。

 手を振り返すと、沿道の女性たちが泣き崩れ、子供たちが飛び跳ねるのが見えた。

 その笑顔を見ていると、不思議と疲れが飛んでいく気がする。

 目立たず生きる計画は完全に失敗したけれど、誰かが笑ってくれるなら、それも悪くないかもしれない。


 ◇


 パレードの熱狂を抜け、王宮の自室に戻ったのは、日が落ちてからだった。


 扉を閉めると、嘘のような静寂が訪れる。

 わたくしは往診鞄を机の上に置き、その場に崩れ落ちるようにベッドへ倒れ込んだ。

 ふかふかのマットレスが、泥のように重くなった身体を受け止める。


「……疲れましたわ」


 独り言が、部屋の空気に溶けていく。

 ドレスを着替える気力もない。

 靴だけを脱ぎ捨て、枕に顔を埋めた。


 瞼を閉じると、あの腐食した玉座の間や、皇太子の絶叫がフラッシュバックする。

 けれど、すぐにルーカス様の温かな手の感触がそれを上書きしていった。

 怖くはない。

 もう、終わったのだ。


 意識が急速に沈んでいく。

 深い、深い眠りの底へ。


 ◇


 翌朝。

 小鳥のさえずりと、カーテンの隙間から差し込む陽光で目を覚ました。


 よく寝た。

 久しぶりに、夢も見ないほどの熟睡だった。

 わたくしは大きく伸びをして、身体を起こした。

 魔力も回復している。

 これなら、また今日から元気に――。


「……あら?」


 視線が、部屋の中央で止まった。


 そこには、昨夜まではなかったはずのトルソーが置かれていた。

 そして、それに着せかけられていたのは、目も眩むような純白のドレスだった。


 最高級のシルクをふんだんに使い、精緻なレースと真珠で飾られた、芸術品のような一着。

 朝日を受けて輝くその白さは、戦場の煙とも、腐食の泥とも無縁の、圧倒的な「祝福」の色だ。


「……ウェディング、ドレス?」


 呆然と呟く。

 状況が飲み込めない。

 なぜ、わたくしの部屋にこんなものが?


 その時、コンコンと控えめなノックの音がした。


「セレスティーナ様、おはようございます」


 入ってきたのは、満面の笑みを浮かべたリリアさんだった。

 彼女の手には、白い花のブーケが握られている。


「リ、リリアさん? これは一体……」

「お目覚めですね! さあ、急いで支度をしましょう!」

「支度? 何の?」

「決まっているではありませんか」


 リリアさんは、まるで世界で一番幸せな秘密を打ち明けるように、声を弾ませた。


「本日正午より、大聖堂にてルーカス殿下との結婚式が執り行われます!」


 けっこんしき。

 わたくしの脳内で、単語が反響する。


(……ええっ!?)


 聞いていない。

 いや、確かに以前「妻になってくれ」とは言われたし、指輪も受け取った。

 けれど、帰ってきた翌日に即挙式だなんて、誰が想像するだろうか。


「ルーカス様が、『鉄は熱いうちに打て』と仰いまして」

「あの人は……!」

「それに、民衆も盛り上がっていますし、他国の牽制にもなります。何より――」


 リリアさんは悪戯っぽく微笑み、ドレスの裾を整えた。


「殿下が、もう一秒たりとも婚約者のままでは我慢できないそうです」


 顔がカッと熱くなる。

 あの氷の王子が、そんな情熱的な(独占欲丸出しの)理由で、国中を巻き込んで準備を進めていたなんて。


 ベッドから降り、ドレスに近づく。

 指先でレースに触れると、ひやりとした感触と共に、職人たちの丁寧な仕事ぶりが伝わってきた。

 突貫工事ではない。

 ずっと前から、わたくしのために用意されていたものだ。


「……拒否権は、なさそうですわね」

「はい。逃がしませんよ、セレスティーナ様」


 リリアさんがウィンクする。

 わたくしは苦笑し、観念したように息を吐いた。


 平和に、目立たず生きる。

 その目標は、今日をもって完全に潰えることになるだろう。

 けれど。


「仕方がありませんわね。……患者様のケアは、最後まで責任を持たなくては」


 目覚めた朝、そこにあったのは戦場の煙ではなく、純白の祝福でした。

 わたくしは鏡の前で背筋を伸ばし、新しい一日――そして新しい人生へと足を踏み出した。

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