第97話 慎一の最後のメッセージ
深夜、清明井から強い光が放たれた。
慎一の意識が、最後の力を振り絞って、メッセージを送ろうとしていた。
あかね、木村、そして島にいるすべての人々に向けて。
水面に文字が浮かび上がる。
『私は、もうすぐ慎一ではなくなる』
『記憶の海に、自我が溶けていく』
『しかし、それでいい』
『個人の物語は終わっても、全体の物語は続く』
『あかね、君を恨んではいない』
『むしろ、感謝している』
『この選択ができたのは、君のおかげだ』
『木村、研究を続けてくれ』
『生きている人間にしかできないことがある』
『そして、すべての人へ』
『水を恐れるな、しかし侮るな』
『人間であることの尊さを忘れるな』
『さようなら』
『そして、永遠に』
文字は、ゆっくりと水に溶けていった。
それが、羽生慎一として送った、最後の言葉だった。
慎一の自我が完全に溶けた瞬間、新しい存在が生まれた。
もはや、慎一でも夕日でも朝日でもない。
すべての記憶を内包した、純粋な語り部。
『我は語る』
新しい声が響いた。
個人の色を持たない、透明な声。
『八雲島の千年を』
『人と水の物語を』
『愛と憎しみと、そして希望を』
語り部は、すべてを語り始めた。
時に優しく、時に厳しく、時に悲しく。
聞く者の心に、直接物語を刻んでいく。
それは、新しい形の伝承だった。
本でも、口伝でもない。
魂に直接刻まれる、生きた物語。




