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第96話 取り残された者たちの選択

八雲島では、新たな問題が生じていた。


語り部にならなかった元水籠たち。


彼らは、人間の姿を取り戻したものの、千年の記憶が残っていた。


「普通の生活なんて、もうできない」


元水籠の一人が嘆いた。


「人を見ると、その人がいつか死ぬことが分かってしまう」


「水を見ると、かつての仲間たちの声が聞こえる」


彼らは、新たな苦悩を抱えていた。


不死ではなくなったが、普通の人間でもない。


その中間の、曖昧な存在。


キヨは、そんな彼らのために、潮待庵を解放した。


「ここを、中途半端な者たちの避難所にしましょう」


キヨ自身も、三百年の記憶を抱えて生きていかなければならない。


しかし、それでも前を向いていた。


「記憶は重荷にもなるけど、財産にもなる」


「要は、どう付き合っていくか」




その夜、伊織神官が自室で息を引き取った。


千年間、八重垣家の使命として水籠システムを守ってきた。


その使命から解放された今、生きる意味を失ったのかもしれない。


しかし、伊織は遺書を残していた。


『新しき語り部へ


千年の過ちを、謝罪する


しかし、後悔はしていない


すべては、この日のために必要だった


新しい時代を、見守ってほしい


そして、二度と同じ過ちを繰り返さぬよう


真実を語り継いでほしい』


伊織の遺体は、遺言により清明井に納められた。


しかし、彼は語り部にはならなかった。


ただ、静かに水に還っていった。


千年の重責から、ようやく解放されて。

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