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第85話 最後の選択

慎一の中で、すべての要素が統合されていく。


水野教授の知識、香織の想い、深海医師の研究、島民たちの記憶、そしてゆりがもたらした希望。


「私は、すべてを語り継ぐ」


慎一の宣言が、島を震わせた。


慎一が第三の選択を宣言した時、世界が応答した。


地面が波打ち、空が水のように流れる。


上下の感覚が失われ、内と外の区別が曖昧になる。


慎一は今、自分がどこに立っているのか分からなかった。


清明井の縁か?


それとも、もう井戸の中か?


あるいは、井戸自体が慎一の中にあるのか?


「私は、すべてを語り継ぐ!」


その言葉を発した瞬間、慎一の口から無数の声が溢れ出した。


自分の声、あかねの声、夕日の声、朝日の声、そして千年分の水籠たちの声。


すべてが、同時に、しかし明瞭に響く。


それは、もはや人間の発声器官では不可能な音だった。


空気ではなく、水を振動させて作る音。


聞く者の魂に、直接響く音。


「千年の呪いも、千年の愛も、すべてを」


夕日と朝日が、慎一を見つめた。


姉妹の目に、千年ぶりに人間らしい感情が宿った。


「本当に……それができるの?」


夕日が、震える声で聞いた。


「私たちの、醜い争いも、すべて語り継ぐの?」


「そうだ」


慎一は断言した。


「美しい物語だけが、語り継ぐ価値があるのではない」


「人間の弱さ、醜さ、それらすべてが真実」


「そして真実こそが、最も語り継ぐ価値がある」


朝日が、涙を流した。


千年ぶりの、人間の涙。


「それなら……」


姉妹が、同時に決断を下した。


「私たちも、語り部となる」

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