第81話 新たな契約
慎一は、戦いの中心に向かって進み出た。
「渟の神よ! 朝日よ!」
水の体から発せられた声は、島全体に響き渡った。
双子の姉妹が、戦いの手を止めて慎一を見た。
「私は、新たな契約を提案する」
慎一の意識が、さらに拡大していく。
「水籠システムを、語り部システムに変える契約を」
夕日が嘲笑した。
『語り部? 何を馬鹿なことを』
しかし、朝日は違った。千年間、氷の中で孤独に過ごした彼女は、慎一の提案の意味を理解していた。
「続けて」
朝日が促した。
「水籠は、ただ苦痛の中で永遠を過ごす」
慎一が説明した。
「しかし、語り部は違う。彼らは物語を内包し、それを伝える使命を持つ」
「苦痛を与える代わりに、物語を与える」
「死を与える代わりに、永遠の声を与える」
慎一の水の体が、さらに変化を始めた。
透明な水が、虹色に輝き始める。それは、無数の記憶が光となって現れているのだった。
「見よ、これが私の選んだ道」
慎一の体から、記憶が溢れ出した。
七歳の時の井戸の記憶、大学での研究、あかねとの出会い、島での体験。すべてが、生きた物語として水の中で輝いている。
「これらの記憶は、永遠に残る。そして、新たな記憶も加わり続ける」
夕日が動揺した。
『それは……まさか……』
「そう、新しい形の永遠」
慎一が言った。
「苦痛の永遠ではなく、物語の永遠」




