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第73話 最後の抵抗

絶体絶命の状況で、慎一は第三の選択を実行に移した。


分散していた意識を、一気に集結させる。


第八の井戸にいた意識。


深海医師の研究室にいた意識。


神社にいた意識。


すべてを、今、ここに。


同時に、慎一は宣言した。


「渟の神よ」


慎一が、震える声で、しかし確固たる意志を持って語りかけた。


「あなたの物語を、語り継がせてください」


神が、一瞬動きを止めた。


『なんだと?』


「私は民俗学の語り部です」


慎一が続けた。


「消えゆく伝承を記憶し、後世に伝えるのが使命」


「あなたの、千年の愛と苦しみの物語を」


「正確に、語り継ぎたい」


渟の神の歪んだ顔に、困惑が浮かんだ。


千年間、誰も自分の物語を聞こうとしなかった。


ただ恐れ、従うだけだった。


しかし、この若者は違う。


語り継ぎたいと言っている。


『私の……物語を……?』


神の声に、かすかな人間らしさが戻った。


『千年間……誰も……聞いてくれなかった……』


『私がなぜ……こうなったのか……』


『誰も……理解しようとしなかった……』


慎一は、その隙を見逃さなかった。


「教えてください」


慎一が優しく語りかけた。


「あなたの本当の物語を」


「愛した人のこと、妹への想い、すべてを」


渟の神の巨大な姿が、少しずつ縮んでいった。


そして、現れたのは、一人の少女の姿。


千年前の、まだ人間だった頃の夕日。


『私は……ただ……愛されたかった……』


夕日が、涙を流し始めた。


千年ぶりの、人間の涙。

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